愚かな道化は鬼哭と踊る

ふゆき

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【付喪神】

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「そんなん、九十九ちゃんは話のわかるええ子なんやさかい、プライベート空間を確保して言うたらええだけやん」

「プライベート空間?」

「寝室とかお風呂とかトイレとか。この家やたらと広いし、お客さん用のお風呂とトイレもあるんやし。住人専用の場所は家主の許可なく出入りできんようしてもろたら?」

「九十九とそこまで意思の疎通が出来たら苦労してねえよ」

 何度言っても九十九は、『迷い家』として怪異を受け入れる事をやめようとはしないんだ。言葉を理解していても、怪異は怪異。話が通じないのは虎蔵だって知っているだろうに、何を言ってるんだと見下ろせば。

「なんでえな。九十九ちゃん、普通に会話できるやん。リュウちゃん待っとる間、口寂しいで煙草取って、言うたら煙草取ってきてくれたで?」

 心底不思議そうな顔をして、小首を傾げられた。

「いや待て。んなこと出来るなら、煙草じゃなくて合鍵もらって中で待ってりゃいいだろうが」

「オレもなー、はじめは合鍵ちょうだい言うたんよ。したら、家の中にないもんは持って来れんのや言うで、煙草取ってもろてん」

 虎蔵が玄関扉に背中を預けているのも、九十九が気を利かせてその辺りの空間を暖めてくれているからだそうで。

「リュウちゃん、もっと九十九ちゃんとコミュニケーションとらなあかんよー」

 のほほんと宣う虎蔵を、溜め息と共に見下ろす。
 常世の住人は、こちらの言葉が聞こえていても、意思の疎通はままならない。だから物の怪も同じだろうと思っていたら、どうやら違っていたようだ。

「九十九ちゃんの存在意義を脅かす要求やなかったら、大概こっちのお願い聞いてくれるで? 九十九ちゃんさあ。『怪異を家の中に入れるな』やのうて『家の中に住人専用の場所を作って』てなお願いやったら嫌や言わへんやろ?」

 虎蔵の言葉に、九十九が一言『是』と返す。
 直接声が聞こえるわけでも、頭の中に声が響くわけでもなく、ふわりと言葉の意味だけが染み入ってくるような感覚は、何度経験しても、どこか奇妙な感じがする。
 この感覚のせいもあって、いくら意思の疎通が出来ようが、『家』とコミュニケーションをとろうだなんてこと、オレには思い付きもしなかった。

 だが、長年怪異と携わってきた虎蔵にとって九十九は、付喪神化した時点で『家』ではなく『物の怪』に分類されていたようだ。
 家主をそっちのけでトントン拍子に話は進み、オレが鞄をあさって家の鍵を取り出す頃には、ここに住みはじめてからの悩み事が、あっさり解消されていた。
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