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【廃ビルの怪】
漆
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思わずぽかんとして、声の主を探す。
声のトーンから、男性であるのはすぐにわかった。
陽気な調子と台詞回しが台無しにしているが、真面目な口調で気障な台詞を紡がせたらとんでもなくセクシーだろう、ちょっと低めの、耳に優しい甘い声。
なんとなく聞き覚えがある声のような気がしたのは、たぶん、きっと、気のせいだ。
「もお、苦労したで、ホンマ。なんなん、自分。出たり出なんだり、出現するのになんか法則でもあるん? この暑い中、電気も通ってへん廃ビルに何日も潜まされて、えっらい迷惑したんやけど?」
場違いな台詞と共にぬっと伸びてきた手のひらが、男の頭を背後から無造作に鷲掴みにする。
ぎょっとしたのは、頭を掴まれた男よりもオレの方だ。
頸を搔き切られた男の髪は、当然ながら吹き出た血に濡れ滑っている。血で汚れるのも厭わず--いや。ソレが化け物だとわかっていながら平然と触りにいく神経が信じられず、息を飲む。
助かったと思う反面。オレには、化け物を躊躇なく素手で掴みにいくヤツもまた、化け物だとしか思えず体が震える。
「昨日のお人はなにが気に入らんで無視したん? 一昨日のお人は? 今日の兄さんとなにが違うん?」
軽く掴んでいるようでいて、相当な圧力が加えられているのだろう。男が慌てたように手のひらを引き剥がそうと踠くが、頭を掴んだ指先は、びくともしない。
骨張った、無骨な手だった。それでいて、繊細な作り物のような印象を与える手でもあった。
オレの位置からでは逆光なのと、内臓を垂れ流した男の胴体が邪魔になって、相手の容姿は見えない。
だがふと、両極端な印象を受ける手のひらに見覚えがあるような気がして注視した直後、見るんじゃなかったと後悔する。
「まあ、これで終いやで、返事はしてくれんでもかまへんのやけどなあ」
ちょうど視線を向けた瞬間。男の頭が、グシャリと握り潰されたからだ。
脳漿が飛び散り、眼球がでろりと垂れ下がる。
恨めしそうなソレと、目が合いそうになった、刹那。
「あんじょう成仏しい」
見事な回し蹴りが男を、軽々と吹き飛ばした。
くの字に曲がった男の体が、勢いよく壁に叩き付けられる。もともと、あちこち爆ぜ、腹まで裂けていたボロボロの体だ。叩き付けられた衝撃でベシャッと潰れ--ほろほろと、跡形もなく消えてなくなる。
いっそ不思議なほど、呆気ない終わりだった。
始まりも突然なら、終わりもまた突然で。状況に頭がついていかず、思考がフリーズする。
「おっしゃ、お仕事終了~。いやいや、兄さん。おおきになあ。アイツ、なかなか姿現さんで、苦労しとったんよ。ええ囮っぷりやった--って。あれ? リュウちゃん?」
「あ?」
半ば呆然と立ち尽くしていたオレは、ここ久しく呼ぶ者のいなかった呼び名で呼ばれ、顔をあげる。
オレを『リュウちゃん』なんぞと呼ぶのはひとりきり。遠縁も遠縁。六従兄弟姉妹の、八房虎蔵だけだ。
よもやまさかと思いつつ。聞き覚えのある声と見覚えのある手のひらに後押しされて視線を向けた先にいたのは、よく見知った顔で。
「虎蔵?」
「あ。やっぱりリュウちゃんやん。久しぶりィ」
無駄に整った容姿を持つ同い年の六従兄弟姉妹にのほほんとした笑みを向けられ、張り詰めていたものがプツンと切れる。
自分がとんでもなく切羽詰まっていたことを、ようやく実感したせいだろう。震えながらもなんとかギリギリで体重を支えていた足から力が抜けたオレは、その場にぺたんとへたり込んだ。
声のトーンから、男性であるのはすぐにわかった。
陽気な調子と台詞回しが台無しにしているが、真面目な口調で気障な台詞を紡がせたらとんでもなくセクシーだろう、ちょっと低めの、耳に優しい甘い声。
なんとなく聞き覚えがある声のような気がしたのは、たぶん、きっと、気のせいだ。
「もお、苦労したで、ホンマ。なんなん、自分。出たり出なんだり、出現するのになんか法則でもあるん? この暑い中、電気も通ってへん廃ビルに何日も潜まされて、えっらい迷惑したんやけど?」
場違いな台詞と共にぬっと伸びてきた手のひらが、男の頭を背後から無造作に鷲掴みにする。
ぎょっとしたのは、頭を掴まれた男よりもオレの方だ。
頸を搔き切られた男の髪は、当然ながら吹き出た血に濡れ滑っている。血で汚れるのも厭わず--いや。ソレが化け物だとわかっていながら平然と触りにいく神経が信じられず、息を飲む。
助かったと思う反面。オレには、化け物を躊躇なく素手で掴みにいくヤツもまた、化け物だとしか思えず体が震える。
「昨日のお人はなにが気に入らんで無視したん? 一昨日のお人は? 今日の兄さんとなにが違うん?」
軽く掴んでいるようでいて、相当な圧力が加えられているのだろう。男が慌てたように手のひらを引き剥がそうと踠くが、頭を掴んだ指先は、びくともしない。
骨張った、無骨な手だった。それでいて、繊細な作り物のような印象を与える手でもあった。
オレの位置からでは逆光なのと、内臓を垂れ流した男の胴体が邪魔になって、相手の容姿は見えない。
だがふと、両極端な印象を受ける手のひらに見覚えがあるような気がして注視した直後、見るんじゃなかったと後悔する。
「まあ、これで終いやで、返事はしてくれんでもかまへんのやけどなあ」
ちょうど視線を向けた瞬間。男の頭が、グシャリと握り潰されたからだ。
脳漿が飛び散り、眼球がでろりと垂れ下がる。
恨めしそうなソレと、目が合いそうになった、刹那。
「あんじょう成仏しい」
見事な回し蹴りが男を、軽々と吹き飛ばした。
くの字に曲がった男の体が、勢いよく壁に叩き付けられる。もともと、あちこち爆ぜ、腹まで裂けていたボロボロの体だ。叩き付けられた衝撃でベシャッと潰れ--ほろほろと、跡形もなく消えてなくなる。
いっそ不思議なほど、呆気ない終わりだった。
始まりも突然なら、終わりもまた突然で。状況に頭がついていかず、思考がフリーズする。
「おっしゃ、お仕事終了~。いやいや、兄さん。おおきになあ。アイツ、なかなか姿現さんで、苦労しとったんよ。ええ囮っぷりやった--って。あれ? リュウちゃん?」
「あ?」
半ば呆然と立ち尽くしていたオレは、ここ久しく呼ぶ者のいなかった呼び名で呼ばれ、顔をあげる。
オレを『リュウちゃん』なんぞと呼ぶのはひとりきり。遠縁も遠縁。六従兄弟姉妹の、八房虎蔵だけだ。
よもやまさかと思いつつ。聞き覚えのある声と見覚えのある手のひらに後押しされて視線を向けた先にいたのは、よく見知った顔で。
「虎蔵?」
「あ。やっぱりリュウちゃんやん。久しぶりィ」
無駄に整った容姿を持つ同い年の六従兄弟姉妹にのほほんとした笑みを向けられ、張り詰めていたものがプツンと切れる。
自分がとんでもなく切羽詰まっていたことを、ようやく実感したせいだろう。震えながらもなんとかギリギリで体重を支えていた足から力が抜けたオレは、その場にぺたんとへたり込んだ。
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