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【書籍化お礼】初恋未満の淡い恋情のことなど

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 さかのぼるのは、四時間ほど前の夕方六時。

 本日の業務として最後に残ったメールの返信をすると、俺は素早くパソコンの電源を落とした。定時までに仕事は終わらす主義だけど、このくらいの残業は仕方ない。そしてジャケットを手に持つと、家を出る。在宅ワークの利点は、通勤時間がないこと。そして目指すは、駅近くにある鈴木酒店。今日は二週に一度の、俺と彩乃の角打ちの日だった。

 角打ちとは、いわゆる酒屋の立ち飲みのことをいう。去年の九月、この酒屋での角打ちで、中学時代の同級生だった彼女と偶然再会した。

 彩乃がこの街で勤務していることは知っていたが、だからといって実際に遭える確率なんて奇跡に近い。その奇跡が起こったからには、チャンスをみすみす逃すことはしたくなかった。その場で夕飯に誘い、次に隔週で角打ちで会うことを約束し、それ以外にもデートに誘った。三か月かけて押して押して、途中で誤解やすれ違いはあったものの、最終的に彼女を振り向かせることに成功したのは十二月のこと。

 それから季節はめぐり、冬から春へとなった。なりふり構わぬ俺の努力は実を結び、今は来月の五月末に予定している挙式を前に、二人とも雑事に追われる日々を送っている。


「こんにちは」
「ああ、大浦さん。いらっしゃい」

 店に入って右の壁際にあるカウンターに向かって歩いていくと、品出しをしていた酒屋の店主、鈴木さんが気付いて後ろからやってきた。

「今日はどうします?」

 そう俺に声をかけるとカウンターの中に入り、足元にあるクーラーボックスから四合瓶を取り出す。

「そうだな、……飲み比べで。お勧めってありますか?」

 目の前に並べられていく酒瓶を眺め、訊ねてみる。

「にごり酒で良ければ、これからちょうど開けようと思っているのがあるけど。瓶内で二次発酵しているので、微発泡のやつ。大浦さん、こういうのいけましたっけ?」
「興味あるな。でもそれなら」

 言い掛けたところで鈴木さんと目が合い、にこりと微笑まれた。

「アヤちゃんが来るまで待ってます?」
「お願いします」

 すっかりこちらの考えが読まれている。最初はたんなる酒屋の店主と客の関係だったものが、二週間に一度の角打ち通いを続けて、今ではすっかり親戚のおじさんと接しているような気やすさだ。そんな鈴木さんと話をしながら飲み比べの酒を決め、それぞれの味を楽しんでいると、自動ドアの開く音がした。
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