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08.フェリクス=ローアルデ-3

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***


 ビアが使用人になりたいと申し出てきたのは、それから程なくしてのことだった。

「……私はもう、嫌なのです。救国の乙女と謳われながら、なんの役にも立たない自分が。この不甲斐なさが辛いのです。」
「お願いします。ここで働かせてください。私を救国の乙女ではなく、一介の使用人として扱ってください!!」

 こちらの勝手を押し付けられていながら、彼女から非難も罵倒も一切出てこなかった。

(いっそのこと恨み言の一つでも言ってくれればいいものを……)

 小さな口から出てくるのは、ただただ自責の念ばかり。酷くやつれた顔をしながら、それでも休みたいではなく働かせてくれと懇願する彼女の姿は、フェリクスを余計に苦しませた。

 もちろんフェリクスとて、あの後何もしなかったわけではないのだ。
 ビアの異変に気づいてすぐ、彼女のスケジュールをもう一度見直した。

(なんだこれは…!?)

 ビアのスケジュールを纏めた報告書は、そのほとんどが“適正審査”の文字で埋め尽くされていていた。以前フェリクスが確認した時はこんなに多くなかったはずだ。不審に思い提出者に確認すれば、ため息混じりに苦笑いが返ってきた。

「まさかここまで続けても乙女の職種が分からないなんて、当初は思いもしなかったんですよ。だからこう、彼女には少し無理をしてもらわないと……ねえ?」
「だからってこのスケジュールは無いだろう!?まだこの世界にきたばかりの彼女をこうも休みなく働かせるなど……!!」
「ははは、何をおっしゃいます。あれが働くのうちに入りますかね。毎日大勢のメイドを侍らせて、何をせずとも最高の衣食住を与えられる。適正審査が続いたくらいで根を上げられてちゃあこっちが困ります。……それにわたくし、こちらの資料はちゃんと王子に提出致しましたよ。あなたとて二つ返事で判をくれたではありませんか、ほら。」
「……っ…そう、だが……」

 役人に見せられた紙にはきっちりフェリクスの押印があった。激務が続き知らずのうちに随分雑な仕事をしていたらしい。
 役人はしばらくフェリクスの方をほれみろと言わんばかりに睨みつけていたが、やがてやれやれと言った様子で再びため息をついた。

「……フェリクス王子、あなたのお気持ちも分かりますよ。でもねえ、経費をかけて召喚の儀を成功させた以上、我々もオクトーバー様にはそれなりの仕事をしてもらわなきゃ、国民に合わせる顔がないのです。それこそ王子、今のままではあなたの信頼を落とすことになりかねますよ。……オクトーバー様だって、職種が分かるまでの辛抱だ。晴れてそれが判明した暁には、我々は彼女の存在を公に発表し、さすれば彼女は国民全員に崇められ、讃えられ……その時きっとオクトーバー様は努力の報いを感じるはずでしょう。頑張って良かったと思うはずだ。だから、それまでみんなで頑張りましょう。我々とて彼女を苦しめたくてやっいてるわけではないのですから。」

 半ば同情のような眼差しを送る男は、彼なりにフェリクスを慮っているのだろう。それくらい自分でもわかる。しかし……

(それが本当にビア様の幸せか……?)

 拭えない疑問を声に出せないまま、フェリクスは押し黙った。

 ――――その結果がこれだ。

 フェリクスは黙って、目の前に立つビアを見る。今にも泣き出しそうな顔をした彼女は、以前より一層痩せ細っていた。

(今度こそ、彼女を守らねば。)

 その日の夜、彼は早速国の重鎮を集めてこの件について話し合いを行った。緊急徴収と銘打って呼び出したことに彼らは少し腹を立てていたが、この際恥もプライドもかなぐり捨てる。このことでいくらか信頼を失っただろうが、それも覚悟の上だ。
 ビアの適正審査の一時休止し使用人にするといった時、会議の場は想像通りどよめいた。その後、ずいぶん揉めたものの、最終的にはほどよい妥協点に着地したと思う。

 使用人生活が始まってからというもの、ビアの顔色はみるみる良くなっていった。目の下のクマは消え、こけた頬も元に戻った。しばらく忘れていた笑顔も徐々に見られるようになり、フェリクスの気持ちは安堵の一途を辿った。
 この時にはもう、ビアに対しだいぶ愛着が湧いていただろう。しかしそれはまだ恋と呼ぶほどの代物ではなかった。庇護欲とでも言うのだろうか。捨てられた子犬や巣から落ちた雛鳥といった弱者を保護し見守りたい、そんな感情に近かった。
 
 己の恋心を自覚したのは、彼女の口から友の話が出るようになった時だ。

「この間、厨房の裏に騎士団の方がいらっしゃったんですが、少し面白い方でした。なんでも、いつもお腹を空かせているみたいで……」

 そう言いながらくすくすと笑うビア。“騎士団の方”の検討がすぐについたフェリクスは、その瞬間ビアへの好感度が一気に高まった。

(テオドアを恐れない人、か……)

 その出自だけで忌み嫌われがちな、目を見ただけで敬遠されてしまう友人を、彼女はあっさりと受け入れてくれた。その事実がフェリクスにとってこの上なく嬉しかったのだ。

(待て待て、早まるな。そもそもビア様はガルムンドのことについて知らないのだから、当たり前だろう。)

 そう頭で分かっていても、気持ちの上気は止まらない。自慢の友を認めてくれた彼女に、好感を抱かずにはいられなかった。

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