はじまりはガシャポンで!

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04.第八部隊-1

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「もう駄目だ。俺、本当にもう二度とあの厨房には近づけない……ううっ……!!」
「あーそーですかーそれは困りましたねー」
「だっていつもはレーナさんしか出てこないんだよ!!だから普段のノリで、なんなら普段よりふざけて『腹減りテオ坊です⭐︎』とかなんとか言っちゃってさあ……」
「あちゃーそれはイタいですねー二十三の男がやることじゃないですねー」
「そしたら、なんとまさかの女の子が出てきたんだぜ!?俺より少し年下くらいのメイドさんが!!もう、俺、どうすればよかったの!?」
「うわーそれはもう最悪ですねー見るに耐えない地獄絵図ってやつですねーオワコンってやつですねー……ところで副隊長、この話、今朝からもうかれこれ三十回以上聞いてるんですけど、いつになったらやめてくれます?」
「でもさ、なんだかんだ俺、可愛い女の子からパンとクッキー、手渡されちゃった……へへっ⭐︎」
「あ゛ぁ゛~~~~心底死んでほしいマジで。」

 ローアルデ騎士団第八部隊に所属するジミル=ブナンダーは、朝から情緒不安定な副隊長の至極どうでもいい話を滔々と聞かされ続け、たいそうげんなりとしていた。かれこれ三十回以上、正確には三十七回この世界一くだないであろうやり取りを繰り返している。百歩譲って街道までならまだ許せたが、今いるのは魔物の蔓延る深い森の中。さすがにここまできたら気持ち切り替えろよと、苛立ちはもはや頂点にまで達していた。
 弁解しておくが、一応仕事はできるし頼りになる男なのだ、このテオドア=ノイマン副隊長は。ただ人よりほんの少し大食らいで、ほんの少しアホなだけで。

「ああ……でもやっぱあの厨房にはもう二度と近づけねえ……ううっ……」

 ……三十八回目突入。訂正しよう。人よりかなり・・・アホなだけ、と。


「……あのねえ副隊長、あんた今勤務中なんだから、いい加減しゃきっとしてくれませんか?これで魔物が出てきても知ら――」

 ジミルが話を終える前に、大きな掌がにゅっと視界を遮った。

「七時の方向、二匹。小さいけどかなり速い。」

  振り返ればそこには、先ほどまでの間抜けヅラの男はもういない。テオドアは後ろを見つめたままその場に立ちつくしている。
 視線の先に広がるのは、鬱蒼とした緑。しかしジミルは、己より目の前の男の感覚を頼ることにした。この男は耳と鼻が効く。テオドアの小さく呟いた言葉で、聡い後輩は全てを理解する。

「……ご指示を。」
「先頭に報告。全員、至急森を抜けろ。真っ直ぐ進めば十分足らずだ。」
「敵は?」
「俺がやる……………多分犬だからな」

 テオドアはそう残すと、そのまま一人で七時の方向に走り出した。

***

 城の北門近くの裏口の戸はかなり年季が入っており、少し力を入れただけでぎいぎいと軋むような音を立てる。しかし構わず扉を押し開ければ、その先には澄みきった青空が広がっていた。
 あたたかなそよ風がビアの頬を撫でる。柔らかな花の香が鼻をかすめ、なんとも心地よい。うららかな天気に瞼が下がるのをぐっと堪えると、ビアは手にした箒を持ち直し、割り振られた掃除区画へと向かった。今日の担当は北門付近一帯である。
 今まで色々な場所の掃除をしたが、北門は今回が初だ。一応、門という名前がついているが、その向こう側はローアルデ騎士団の寄宿舎や訓練場となっており、全くの外部というわけではない。

(騎士団の土地、かあ……)

 城内から出たことのないビアにとって、それはまさに未知の場所だった。こんなにすぐそばにあるのに、石垣一つに阻まれることで立ち入ることが許されない場所。そんなところが今のビアには山ほどある。

(そういえば、寄宿舎のそばにとても綺麗な川が流れてるんだっけ。)

 城の洗濯場で、メイド達が話しているのを耳にしたことがある。なんでもとても澄んだ綺麗な川の為、ちょっとした洗い物はわざわざ洗濯場まで来なくとも、そこでこなしてしまえるそうだ。城の洗濯場は魔法と技術を駆使して作られており、非常に便利で清潔だ。しかしそれ故に場所の争奪戦になりがちなのがネックである。その点、川なら広々と使えるので快適なのだそうだ。

「あとね、夏場になると騎士の方達ががたまに水浴びしてるのよ!それがまた色っぽくて……遭遇したらラッキーってなるのよね!」
「ちょっとやだぁ、あんたったらはしたないんだから~」

 洗濯場は一種の社交場だ。洗い物に来たメイドたちは皆、きゃいきゃいと世間話を始める。もっとも、特別扱いゆえ皆に距離を置かれているビアが、その輪に入ることは一度も無かったが。

(川、か――)

 澄んで水底まで覗ける美しいせせらぎを思い浮かべて、ビアはふうとため息をついた。彼女の行動範囲である城内には、川や森といったありのままの自然物がほとんど無い。美しい庭園や庭池はあるのだが、どれも人の手入れの行き渡った代物ばかり。もちろんそれらが悪いというわけではないが、いざ人工的なものに囲まれてみると、途端に野生が恋しくなるものだ。今度フェリクスに行動範囲の拡大をお願いしてみよう、そう思った時だった。

「あれ……?ここ、穴が空いてる……」

 茂みに隠れて見つけにくいが、北門に沿って巡らされた石垣の隅に、ぽっかりと穴が空いている。おそらく老朽化によるひび割れを起こしたのだろう。小さな子どもならしゃがめば余裕で出入りができてしまいそうなサイズだ。

(いや、もしかしたら私でも、頑張ればイケるんじゃない……?)

 ビアがごくりと唾を飲み込む。門番はこのうららかな陽気に舟を漕いでいるし、他に人の気配もない。多少服は汚れるかもしれないが、今なら……

(いっ、いやいやいや……流石に駄目だよ私!!城外への立入は厳禁!!ただでさえ難しい立場なのにこれ以上厄介ごとは増やしちゃ駄目……)

 頭でそう言い聞かせつつも、ついつい気になってしまう。ビアはその場でしゃがみ込むと、あいた穴の先をチラリと覗き見た。

 芝生の生い茂るのどかな大地、その向こう広がる騎士団たちの訓練場。遠目には犬小屋や馬舎も見える……飼っているのだろうか。
 目視はできなかったが、耳をすませば小さくせせらぎの音も聞こえてきた。おそらく噂で聞いた小川が近くにあるのだろう。

 ありのままの自然、未知の土地、自分しか知らない秘密の抜け穴――
 目の前に人参をぶら下げられて、これがどうして食らいつかずにいられようか。
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