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01.転移-3
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***
ぱちんっ、という小さな痛みに目が覚める。あたりには赤い閃光がぱちぱちと輝いていた。しかし、それもほんの束の間のこと。閃光はふっと姿を消し、次の瞬間、十和の視界に一面の青空が広がった。
そう、青空。前も右も左も上も、遮るものが一つもない真っ青な空だ。つまり……
恐る恐る下を見ようとしたときにはもう遅かった。突如襲ってきた絶大な落下感に、十和は人生で一番大きな悲鳴をあげた。
「ぴきゃあああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
ばさばさと風にあおられた髪が、目に、口に入って苦しい。もがくように手をばたつかせてみるものの、当然飛べるはずもない。むしろその拍子に、右手に握っていた何かをうっかり手放してしまった。
「あっ……待って!!」
十和の叫びもむなしく、それ――先ほど読んでいたミニブックは、そのまま空中をひらひら舞い、遥か彼方へ飛ばされていった。
いったい何が起こっているのだろうか。いや、それよりも、私はここで死んでしまうのだろうか。
目まぐるしく起こる出来事に、次々と浮かぶ疑問、さらには先ほどからずっと苛まれている暴力的な落下感に耐えられなくなり、十和はついにその意識を手放した。
***
次に目を覚ました時、十和は見慣れない場所にへたり込んでいた。重厚な石壁に囲まれた室内。高級そうな絨毯の上には、魔法陣のような謎の円形模様が、黒い砂で描かれている。周りには奇天烈な服を着た人々が、自分を取り囲むようにして並んでいた。中世ヨーロッパの貴族のような人もいれば、騎士のいでたちの男たち、さらにはハリー・ポッターのような長いローブを着た者と、皆が様々な格好をしている。髪や瞳の色から、少なくともここが日本ではないことはすぐに分かった。彼らは皆、驚いた様子でこちらを呆然と見つめていた。
束の間の沈黙。しかし、それを破るように、一番手前にいた長髭の老人――いやにめかしこんでいるので、おそらく偉い人なのだろう彼が、威厳のある声で場を制した。
「これにて、召喚の儀は成功とする!!皆の者、我らが呼びかけに応じし救国の乙女、ビア=オクトーバー様に敬意を!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
老人の言葉が終わりきらぬうちに、あたりは歓声に包まれた。そっと涙を拭う夫人、大声で喜ぶ騎士、へとへとになりながらもガッツポーズを浮かべるローブの男達と、皆、表現の仕方は様々だったが、この場がお祝いムードであることは確かだった。
(……は……?………え、ええ………?)
訳も分からず途方に暮れる十和。その目の前で長髭の老人が皺だらけの手を差し出す。
「ささ、オクトーバー様。お疲れのことでしょう。どうぞこちらに……」
「ちょ、ちょっと待ってください。私、何を言ってるのかさっぱり……ビア=オクトーバーって、私の名前は小倉――」
「オクトーバー様、どうか落ち着きくだされ。ええ、ええ。分かっております。あなたが何もご存じないことは。」
十和の話が終わらぬうちに、長髭老人が声を被せた。
「救国の乙女とは、いつだって無知で無垢なるもの……魔術部隊、ここに鏡を。」
老人の指示で、ローブの男性が二人、そばにあった大きな姿見を運んで十和を映し出した。
「……え?」
鏡に映った自分を見つめると、十和はその場で凍り付いた。そこには、いつも見慣れた自分の姿は映っていなかった。
『髪の色:はしばみ色
瞳の色:若草色』
先ほど読んでいた紙切れの内容を思い出す。次に頭に浮かんだのは、あの可愛らしいディアンドル姿のマスコットフィギュア。
「……そん…な……」
鏡の中に映った自分は、確かに、あのマスコットフィギュアそのものだ。いや、正確にはあれを八頭身の、より人間に近い体型にしたものだろうか。
急にひどい頭痛に襲われた。頭の中で今晩起こった様々な出来事が、浮かんでは消え、ぐるぐると渦巻いている。あまりにも唐突なことばかりで、脳が混乱しているらしい、先ほどから身体が熱くなったり寒くなったりして、脂汗と震えが止まらない。次第に呼吸が浅くなり、視界もぼやけていく。やばい、そう思った時にはもう遅かった。
「!?オクトーバー様!!大丈夫ですか!?ビア=オクトーバー様!?」
隣で老人が何か言った気がするがうまく聞き取れない。十和――否、もうビアと呼ぶべきだろうか。彼女は鏡に映る己の姿を見つめたまま、微動だにしなかった。先程取り戻したばかりの意識が、再び濃い霧の向こうへと遠のいていく。
薄れゆく意識の中で、不意にどうでもいいことを思い出した。後輩君が騒いでいた時のことだ。彼は確かこう言っていた。
「最近は異世界モノがアツいんですよ!中でも僕が好きなパターンは、現代人がひょんなことから異世界に突然移動しちゃう、異世界転移ってやつですね。」
――――ああ、本当に今日は最後までツイてない。あのカプセル、開けないで後輩君にあげれば良かった。ああでも、女の子キャラだったから、後輩君では転移できなかったかな。
ぱちんっ、という小さな痛みに目が覚める。あたりには赤い閃光がぱちぱちと輝いていた。しかし、それもほんの束の間のこと。閃光はふっと姿を消し、次の瞬間、十和の視界に一面の青空が広がった。
そう、青空。前も右も左も上も、遮るものが一つもない真っ青な空だ。つまり……
恐る恐る下を見ようとしたときにはもう遅かった。突如襲ってきた絶大な落下感に、十和は人生で一番大きな悲鳴をあげた。
「ぴきゃあああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
ばさばさと風にあおられた髪が、目に、口に入って苦しい。もがくように手をばたつかせてみるものの、当然飛べるはずもない。むしろその拍子に、右手に握っていた何かをうっかり手放してしまった。
「あっ……待って!!」
十和の叫びもむなしく、それ――先ほど読んでいたミニブックは、そのまま空中をひらひら舞い、遥か彼方へ飛ばされていった。
いったい何が起こっているのだろうか。いや、それよりも、私はここで死んでしまうのだろうか。
目まぐるしく起こる出来事に、次々と浮かぶ疑問、さらには先ほどからずっと苛まれている暴力的な落下感に耐えられなくなり、十和はついにその意識を手放した。
***
次に目を覚ました時、十和は見慣れない場所にへたり込んでいた。重厚な石壁に囲まれた室内。高級そうな絨毯の上には、魔法陣のような謎の円形模様が、黒い砂で描かれている。周りには奇天烈な服を着た人々が、自分を取り囲むようにして並んでいた。中世ヨーロッパの貴族のような人もいれば、騎士のいでたちの男たち、さらにはハリー・ポッターのような長いローブを着た者と、皆が様々な格好をしている。髪や瞳の色から、少なくともここが日本ではないことはすぐに分かった。彼らは皆、驚いた様子でこちらを呆然と見つめていた。
束の間の沈黙。しかし、それを破るように、一番手前にいた長髭の老人――いやにめかしこんでいるので、おそらく偉い人なのだろう彼が、威厳のある声で場を制した。
「これにて、召喚の儀は成功とする!!皆の者、我らが呼びかけに応じし救国の乙女、ビア=オクトーバー様に敬意を!!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」
老人の言葉が終わりきらぬうちに、あたりは歓声に包まれた。そっと涙を拭う夫人、大声で喜ぶ騎士、へとへとになりながらもガッツポーズを浮かべるローブの男達と、皆、表現の仕方は様々だったが、この場がお祝いムードであることは確かだった。
(……は……?………え、ええ………?)
訳も分からず途方に暮れる十和。その目の前で長髭の老人が皺だらけの手を差し出す。
「ささ、オクトーバー様。お疲れのことでしょう。どうぞこちらに……」
「ちょ、ちょっと待ってください。私、何を言ってるのかさっぱり……ビア=オクトーバーって、私の名前は小倉――」
「オクトーバー様、どうか落ち着きくだされ。ええ、ええ。分かっております。あなたが何もご存じないことは。」
十和の話が終わらぬうちに、長髭老人が声を被せた。
「救国の乙女とは、いつだって無知で無垢なるもの……魔術部隊、ここに鏡を。」
老人の指示で、ローブの男性が二人、そばにあった大きな姿見を運んで十和を映し出した。
「……え?」
鏡に映った自分を見つめると、十和はその場で凍り付いた。そこには、いつも見慣れた自分の姿は映っていなかった。
『髪の色:はしばみ色
瞳の色:若草色』
先ほど読んでいた紙切れの内容を思い出す。次に頭に浮かんだのは、あの可愛らしいディアンドル姿のマスコットフィギュア。
「……そん…な……」
鏡の中に映った自分は、確かに、あのマスコットフィギュアそのものだ。いや、正確にはあれを八頭身の、より人間に近い体型にしたものだろうか。
急にひどい頭痛に襲われた。頭の中で今晩起こった様々な出来事が、浮かんでは消え、ぐるぐると渦巻いている。あまりにも唐突なことばかりで、脳が混乱しているらしい、先ほどから身体が熱くなったり寒くなったりして、脂汗と震えが止まらない。次第に呼吸が浅くなり、視界もぼやけていく。やばい、そう思った時にはもう遅かった。
「!?オクトーバー様!!大丈夫ですか!?ビア=オクトーバー様!?」
隣で老人が何か言った気がするがうまく聞き取れない。十和――否、もうビアと呼ぶべきだろうか。彼女は鏡に映る己の姿を見つめたまま、微動だにしなかった。先程取り戻したばかりの意識が、再び濃い霧の向こうへと遠のいていく。
薄れゆく意識の中で、不意にどうでもいいことを思い出した。後輩君が騒いでいた時のことだ。彼は確かこう言っていた。
「最近は異世界モノがアツいんですよ!中でも僕が好きなパターンは、現代人がひょんなことから異世界に突然移動しちゃう、異世界転移ってやつですね。」
――――ああ、本当に今日は最後までツイてない。あのカプセル、開けないで後輩君にあげれば良かった。ああでも、女の子キャラだったから、後輩君では転移できなかったかな。
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