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40.夏休み 別荘(Ⅴ)
しおりを挟む各々が部屋に戻ってからしばらくすると、ジーブスから夕食の時間だと声がかかった。いそいそと食卓に着くと、昼同様、美味しい食事が運ばれてきた。
「ふう、夜も美味しかった……。」
「ああ。特にあのビーフシチューは最高だったな。今まで食べたどのビーフシチューより美味しかった。」
「へへっ、すごいでしょ~!ジーブスの作る料理はどれも絶品なんだよ!」
ハワードの言葉に、なぜかアダムが得意気に返す。
「アダム様は、今までも結構ジーブス様の料理を食べたことがあるのかしら?」
「うん!今はここの管理人をしてるけど、まだお父様がうちにいた頃は、そっちのバトラーをしてたからね。基本的に食事は料理人が作ってくれるんだけど、間食や夜食とかは、たまにジーブスに作ってもらってたんだ~。」
「坊ちゃま、それはご主人様や奥様には秘密にしてくださいませ。」
「もちろん、お母様達には内緒にしてるよ!でもジーブスったら、なんでこの館の管理人なんか引き受けたの?みんな寂しがってるよ~。」
アダムが子犬のような顔でジーブスを見つめる。ジーブスは眉を八の字にして返事に詰まっていた。
「うう…それは……」
「アダム、困らせちゃ駄目ですよ。裏の菜園を見たでしょう?ジーブスは、長年夢だった田舎でのスローライフを絶賛満喫中なのです。すぐ近くに奥様も移住されているのが、その何よりの証拠でしょう。」
リュカが冷静にたしなめる。しかしその事実の露呈は却ってジーブスを困惑させたようだ。彼は顔を青くして必死に言葉を探していた。
「りゅ、リュカ様…………どうか!このことだけはご内密にしてくださいませ……!」
「え?え、ええ。もちろんですよ!それに僕は全然気にしておりませんし!!顔を上げてください、ジーブス!!」
深々と頭を下げるジーブスを、リュカがあわあわと焦りながら必死に慰めの言葉をかけていた。彼の様子からして、おそらくジーブスの気持ちは、皆暗黙の了解だったのだろう。不謹慎ながら、少し微笑ましくなってしまった。
「……みんな気づいてることだったのに、アダムが馬鹿だから……」
「馬鹿じゃないし!誰もそんな話してなかったじゃん!!」
「ああいうのは、察してあげるのが大事なの!!ジーブスは、人一倍バトラーとして意識が高いんだから!!うちで厨房を使うのだって、別に禁止されてないのに、ここは料理人の領分だから~ってすごく申し訳なさそうにしてただろう?ああいう責任感の強い人には、こっちから何かしらタテマエを作ってあげなきゃいけないの!!お父様がここの管理人をジーブスに任せたのだって、本心では彼の望みを叶えてあげたかったからだよ。」
「…リュカってたまにすごい難しい話するよな~。僕分かんない。」
「はあ……もういいよ。アダムはそのままでいて。その方が僕も楽っちゃ楽だから。」
「うーわ、感じ悪~~い。」
ジーブスを何とかなだめすかした後(ヘレンの力も借りた)、リュカがげんなりしながらアダムに不満をぶつけていた。正反対ながらなんだかんだ仲の良い二人は、互いにぶーぶー言いながらもけして会話が途切れない。一人っ子のクラリスは、微笑ましさと、多少の羨ましさの混ざった気持ちで、二人の後ろ姿を見ていた。
食事を終え、湯あみと歯磨きを済ませると、本格的に就寝の準備が整った。時刻はもうすぐ二十二時。少し早い気もするが、長旅の疲れからか、結構いい具合に眠気がやってきていた。隣のカミラも、先程から何度か欠伸をしているので、おそらく同じ気持ちだろう。
洗面所から二階へ戻るとちょうど自室に戻るハワードと鉢合わせた。
「アダムとリュカなら、もう床に就いたみたいだよ。まだ幼いから就寝時刻も早いのだろう。風呂を浴びた後からずっとうつらうつらとしていたよ。」
「あら、そうなのね。……私も長旅でだいぶ疲れたみたい。もう眠くてたまらないの。」
「わたくしも同じだわ。ハワード、貴方はどうします?希望なら、また書庫を開けてもかまわないけど。ただ、わたくしはついていけそうにないから、開錠はジーブスにお願いしてくださる?おそらくこの時間は鍵がかかっているはずだから…」
「確かに、僕はまだもう少し起きていられそうだが…皆が眠るなら合わせようかな。一人で書庫に行くのも寂しいしな。」
「そうね…幽霊や猟奇殺人鬼が現れたら怖いものね。」
「くくくクラリス!!やめろ、めったなことを言うもんじゃない!!カミラやジーブス殿に失礼だろう!!まったく、読書家は想像力が豊かで困る。」
「あらハワード、もしかして怖いのかしら?」
「そ、そそそそそそんなはずないだろう!!とにかく僕はもう寝るぞ!!おやすみ!!二人とも良い夢を!!」
「クラリスったら、ハワードが怒ってしまったじゃない……お休みなさいませ、ハワード。」
「おやすみハワード。怖くなったらこちらの部屋に来てもよろしくてよ~」
カミラがクラリスの横腹をひじでつつく。既に部屋に入ったハワードが、扉越しから「結構だ!!」と叫んでいるのが聞こえた。
「ふう…では、わたくしたちおそろそろ寝ましょうか。」
「そうねえ…もう上瞼と下瞼が仲良しですわ…ふわあぁぁ……」
クラリスが大あくびをしながら自室に入る。カミラはその後ろに続くと、おねむの相方が布団に入るのを見届けてからそっと明かりを消した。この年頃の女子であれば、本来ならもう少しピロートークを楽しむところなのだろう。しかし、二人とも眠気がピークに達していたらしい。枕に頭を預けた瞬間、夢の中へと誘われていった。柔らかな肌触りのシーツと、鼻をツンとかすめる夜の森の空気がとても心地良かった。
***
窓の外で鳴いていた鈴虫の声も止み、風もないのか、草木のざわめく音もしない。コチコチと回る時計の秒針だけが、いやに耳に響く真夜中。ベッドの上で、まだ意識を手放せずにいる者がいた。
(ぜんっっっっっぜん、眠れん!!!!)
ハワードは何度もつむっては開きを繰り返していた両目を、ついにかっ開いた。
(あああああ!!全て全て、あのクラリスの言葉のせいじゃないか!!)
そう、彼が床に就く直前、あの寝ぼけた子うさぎがご自慢の想像力を活かして口にした余計な一言--
(んんん、なっにっがっ!!幽霊だ!猟奇的殺人鬼だ!!まったく、そんなもの実在する訳ないじゃないか!彼女の読書趣味も、ここまでくると少し身体に毒な気もするな。無人の廃墟ならともかく、ここはずっとジーブス殿が管理してくださっていた場所だぞ!?それをクラリスときたら縁起でもないことを…)
ハワードが心の中で散々毒づいていたちょうどその時、窓の外で急に突風が吹いた。部屋の窓ガラスが、ガタガタと大きな音を立てる。ハワードはびくっと大げさなほど肩を振るわせると、そのまま窓の方を凝視した。
(か、風か……)
急に気が抜けたかのように、長い溜息を漏らす。一呼吸置いてまた、クラリスに対して、半ば恨み言に近い悪態をつき始めた。
(別に僕は怖がっている訳じゃない。そうだ、全然怖くなどない。幽霊などそんな非科学的な存在、恐るるに足らないわけだ。…だが、もし。もしも、そんな輩が現れたら……猟奇的殺人鬼などは百パーセントありえないとは言い切れない。そして、そやつが皆の寝込みを狙って襲いかかってきたら……そうしたら、この館はどうする?女子供が多く、成人男性のジーブス殿だって少し歳を召している。となると、闘えるのは自分だけだ。)
もはや弁解じみた理屈を自分に言い聞かせる。しかし、いざその見えない敵と自分が相見えた瞬間を想像すると、たちまち背中に悪寒が走った。
ちなみに彼はこの時、カミラがは剣術で、クラリスは魔法で学内一位の成績を修めており、万が一悪い輩がここへ侵入したとて、彼の出番はあまりないであろうことをすっかり忘れていた。
寝返りを打ち、身体を横向けにする。両手で目をグリグリ乱暴にこするが、一向に眠気はやってこない。
(うう…早く睡魔よやってきてくれ……)
ハワードが切に願う。その祈りも虚しく、彼は次の太陽が顔を出すまで、一睡もできないまま布団に潜り込んでいた。
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