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『Lovely Strawberry』、『にじぷりっ!-虹色の王子様-』、『永遠に響くアリア』……
無数の名前が、記憶から呼び起こされる。数多の恋が頭の中を駆け巡る。ああ、これは仕事で何度もプレイした乙女ゲームじゃないか。元々RPG一筋の自分にとって、恋愛ゲームの周回は苦行であった。しかし、一介の社員の自分が上司の指示に逆らえるはずもない。そもそもこのご時世、希望のゲーム会社に就職できただけでも、十分御の字な話なのだ。
(…ん?乙女ゲーム?)
-模範解答は網羅済です-
静まり返った食堂の片隅で、クラリス=アインカイザーは思考を巡らせていた。乙女ゲームとはなんだ、いや、そもそも、この記憶自体なんなのだろうか。走馬灯のように次々と浮かぶ情報を、ゆっくり整理するよう試みる。元々落ち着きのある性格だ。紅紫色の瞳を伏せ、胸元まで伸びた銀糸の髪を弄びながら、静かに頭の中をまとめていった。そう、まず何故急にこんなことを思い出したのだろうか。その疑問に至った時、鋭い声が耳をつんざいた。
「とにかくこれ以上フローラに嫌がらせをするんじゃない、カミラ!」
「お言葉ですがエリオット様、わたくしはフローラ様に嫌がらせをした覚えは一切ありません。ああ、貴族の嗜みも知らぬ平民育ちに常識の一つ二つ教えてやったことはありますが。」
見れば、食堂の真ん中に人集りができている。その中心で、どうやら男女が睨み合っている様だ。ワインレッドの髪が揺れる。カミラ=ローゼンヴァルド公爵令嬢だ。文武両道、眉目秀麗、才色兼備なご令嬢はどうやら肝も座っているらしい。婚約相手からの罵声にもへこたれず、飄々と憎まれ口を叩く。アメジストの強い眼差しからは、あくまで自分は引かぬつもりだという強い意志がうかがえた。
毅然とした態度に怯んだのか、相手のエリオット=フィリップスは言葉を詰まらせる。金髪から覗く澄んだ碧い瞳は、それでも確固たる憎しみの色を滲ませていた。そしてその後ろには、フローラと呼ばれる少女が縮こまっている。水でもかけられたのだろうか、亜麻色の髪はしっとりと濡れ、薄水色の瞳は涙で潤んでいた。
フローラ=ミアー。貴族しか入れないこのアストリア学園に、庶民の生まれながら入学を許された、特別な存在だ。なんでも半年前に、希少な治癒魔法の能力を開花させた為、この春から特別に編入を認められたらしい。
この世界では、火・水・風・雷・土の五種類の魔法が存在し、人は皆魔力を持って産まれてくる。魔力の強さは個人差がある。また属性は基本一人一つ、魔力が強い者でせいぜい二、三属性扱える程度なのだが、稀に全ての属性を扱える者が生まれることがある。クラリスがその一人だ。彼女は自身が最も得意とする水属性を筆頭に、五属性全ての魔法を自在に操ることができる。
また、この五属性とは別に、特殊魔法と呼ばれるものがある。この顕現は、クラリスのような五属性操者より稀で、百年に一度現れれば奇跡と呼ばれる代物だ。重力操作や能力増長など、様々な顕現例があり、フローラの治癒魔法もここに分類される。前述の通り、この能力こそ彼女がこの学園に入学を許された理由であり、特殊魔法は国家規模で保護される程、非常に貴重な存在なのである。
(しかしまあ、ただでさえややこしい境遇の子なのに、彼女もよくやるわね)
クラリスは、半ば呆れ顔でフローラを見やった。庶民生まれということだけで、一部の学生の反感を買っているというのに、よりによってこの国の第二皇子であるエリオットと、その婚約者カミラの間に割って入るとは…見かけによらずなかなか強かな女である。
(いや、違うか―)
見ているとまた思い出す。津波のように押し寄せた“乙女ゲーム”なるものの記憶。フローラ達のやりとりは、それとあまりに似ているのだ。
記憶の中で、クラリスは別世界の成人女性であった。名前は小森一花。中堅ゲーム会社に入社後、RPG制作課に配属される。念願の部署で仕事を任された喜びから、それはもう昼夜惜しみなく働いた。いわゆる、ワーカーホリックというやつだ。努力が功を奏したのか、普通は十年以上かかるところを、入社七年目という若さでマネージャー職に抜擢、それと同時に新しい部署へ異動となった。それが、乙女ゲーム製作課だった。
生粋のRPG党だった彼女にとって、その異動は残念なものであった。何しろ畑が全然違う。システムの操作も、ストーリーのツボもまるで理解出来なかったが、それでもマネージャー職としてのプライドがある。苦手意識と闘いながらも全力で仕事に取り組み、十数作の作品を完成させた。やはり自分が手がけた作品には愛着が湧いたし、売れ行きが好調だった時は涙ぐんでしまったことも覚えている。
ところで、どんな物語にも定石というものがある。バトル漫画では敵との死闘ののちに新たな刺客が登場したり、少女漫画ではヒロインがライバルの存在を乗り越えヒーローと両想いになったり……もちろんそれは乙女ゲームも同じである。ヒロインが様々な困難を克服しヒーロー達とゴールインする、というのがほぼおきまりのルートなのだが、
(外野の扱いが、雑、なのよね―)
これはあくまで一花の個人的な意見、また彼女が製作した乙女ゲームに限った話ではあるが、一花の会社で作る乙女ゲームはどれも主人公補正がとても強いものばかりだった。脇役は「村人B」など名前もなければ、ライバルキャラはただただ意地悪で底が浅い女ばかり…主人公とヒーロー以外にはどう頑張っても感情移入できないような作りになっていた。
ゲームの狙い上、多少の贔屓は仕方ないとして、これはあんまりじゃないか。そう思った一花は、もう少し脇役も凝ってみてはどうかと提案したことがある。しかし、どうやらこの作風は深く根付いているらしく、マネージャーの自分の意見ですら聞き入れてもらえなかった。実際これで売り上げも出してるわけだし、と自分に言って聞かせたものの、心の中では納得がいかなかったのを覚えている。
(RPGでは仲間みんなを大事にしてこそのパーティーなのに…)
異動してからもPRGへの愛が褪せることはなく、つい比べてしまうこともあった。もっとも、ライバルも脇役も仲間にはならないのだが。
とにかく、乙女ゲームにおいてはヒロインが正義であり、絶対であり、彼女だけ愛されることが当然なのだ。
(おそらくこれも、そうなのね。)
今の状況と一花の記憶を照らし合わせ、クラリスは一人頷いた。一花の記憶にはフローラ達に関するものはない。しかし、彼女の経験則で分かる。
(これはきっと、フローラ=ミアーの物語。)
そう、これは彼女がヒロインの乙女ゲームの世界なのだろう。平凡な少女が突如奇跡の力に目覚め、王子様達と情熱的な恋に落ちる、甘く切ない純愛の物語。……さしずめエリオットはメインヒーロー、そしてカミラはライバルの悪役令嬢といったところか。確証こそなけれど、ここは奇跡的に呼び起こされた記憶に準じてみようじゃないか。ならば…
「皆さん、静粛に!!生徒同士の揉め事が起きたと報告がありましたが、一体これは何事です!?」
思考が一気に現実に引き戻された。どうやら誰かが事態を見兼ねて教員を呼んだらしい。魔法学のグレネル教諭がその場を制すように声をあげた。
「エリオット=フィリップス、フローラ=ミアー、それにカミラ=ローゼンヴァルドまで……一体何があったか説明できる者はおりますか?」
彼女の予想に反し、問題を起こした者が皆真面目な生徒だったからだろう。グレネル教諭は事態が把握できず困惑しているようだ。
「そうね、クラリス=アインカイザー。事態の説明をお願いします。」
急な指名に、一瞬目を見開く。しかし考えてみれば妥当な判断かもしれない、何せこの場には当事者のカミラとエリオットを除けば、クラリスが一番優秀な生徒なのだ。しかも魔法学に至っては二人を差し置き学年首位である。当然、グレネル教諭のお気に入りというわけだ。
(優等生ポジって、こういう時不便よね…)
内心頭を抱えつつ、さてどうしたものかと考える。事態をありのまま話してもいいが、後々当事者達と気まずくなるのは避けたい。なんとかして無難な回答に持ち込みたいところだが…
「ええと、実は私も本に夢中であまり分かってないのですが…」
全部嘘だ。確かに読書は好きだが、食事中にするほどはしたない人間ではない。とはいえ今は手元にある小説を利用するしかあるまい。ああ、読書家で良かった。本がこんな風に役立つ日が来るとは…
「おそらく今日は食堂で一番の人気メニュー、限定三十個の特製プリンが出ていたから、みなさんそれを取り合って争いになったのではないでしょうか?」
にこり。と笑みを貼り付ける。グレネル教諭を含め、食堂にいる全員がクラリスを呆気にとらえ、次の瞬間一斉に呆れ返った顔をした。一体何を言っているんだこの娘は、とでも言いたげである。ああ、皆の視線が痛い。当事者のカミラに至っては「貴方、本当は馬鹿なんじゃないの?」とでも思っているのだろう、侮蔑の眼差しを隠そうともしない。
(なによ、私だって自分がとんちんかんな発言してることぐらい分かってるわよ!貴方達のためにやってるんでしょうが!お節介でしょうけども!!)
叫び出したい気持ちを抑えて、クラリスはひたすら微笑むことに徹した。
(はあ、明日からなんて噂されるのかしら…)
クラリスは内心、ひどく気落ちしていた。
「ま、まあ、そういうことにしましょう。とりあえず、あと十分で次の授業が始まります。一同、速やかに支度を!」
到底納得してないようだが、事態の収束を優先したのだろう。グレネル教諭はそう言い残してその場を後にした。生徒達もその言葉を合図に散り散りになる。当事者三名も、まるで何事もなかったかのようにそれぞれの場所に向かっていった。クラリスも大急ぎで食事を掻き込み、教室へ向かう。
何故自分がこんな世界に生まれてきたかは分からない。しかし、この記憶を頼りにすればだいぶ上手く立ち回ることができるだろう。道中、そんなことを考える。
(そう、これはフローラ=ミアーの物語)
そのあらすじが、結末が、今のクラリスには簡単に予想がつく。ならば…
(どうせなら、引っ掻き回してみるのもいいんじゃない?)
邪な考えが頭に浮かぶ。これはもはや小森一花の願望に違いない。だって何度も同じような話を見てきたのだ。作品のテストや勉強用に集めたソフトで、何度も何度も繰り返し、模範解答は網羅済みなのだ。
(それに今は私、ヒロインじゃないもの。)
人様の為の脇役人生なんてまっぴら御免だ。どうせならこの舞台を派手にめちゃくちゃにしてしまおう。なに、たまには0点をとってもいいじゃないか。
物静かな優等生の口角がいつもよりかすかに上がっている。しかしそれに気付くものは誰一人いなかった。
無数の名前が、記憶から呼び起こされる。数多の恋が頭の中を駆け巡る。ああ、これは仕事で何度もプレイした乙女ゲームじゃないか。元々RPG一筋の自分にとって、恋愛ゲームの周回は苦行であった。しかし、一介の社員の自分が上司の指示に逆らえるはずもない。そもそもこのご時世、希望のゲーム会社に就職できただけでも、十分御の字な話なのだ。
(…ん?乙女ゲーム?)
-模範解答は網羅済です-
静まり返った食堂の片隅で、クラリス=アインカイザーは思考を巡らせていた。乙女ゲームとはなんだ、いや、そもそも、この記憶自体なんなのだろうか。走馬灯のように次々と浮かぶ情報を、ゆっくり整理するよう試みる。元々落ち着きのある性格だ。紅紫色の瞳を伏せ、胸元まで伸びた銀糸の髪を弄びながら、静かに頭の中をまとめていった。そう、まず何故急にこんなことを思い出したのだろうか。その疑問に至った時、鋭い声が耳をつんざいた。
「とにかくこれ以上フローラに嫌がらせをするんじゃない、カミラ!」
「お言葉ですがエリオット様、わたくしはフローラ様に嫌がらせをした覚えは一切ありません。ああ、貴族の嗜みも知らぬ平民育ちに常識の一つ二つ教えてやったことはありますが。」
見れば、食堂の真ん中に人集りができている。その中心で、どうやら男女が睨み合っている様だ。ワインレッドの髪が揺れる。カミラ=ローゼンヴァルド公爵令嬢だ。文武両道、眉目秀麗、才色兼備なご令嬢はどうやら肝も座っているらしい。婚約相手からの罵声にもへこたれず、飄々と憎まれ口を叩く。アメジストの強い眼差しからは、あくまで自分は引かぬつもりだという強い意志がうかがえた。
毅然とした態度に怯んだのか、相手のエリオット=フィリップスは言葉を詰まらせる。金髪から覗く澄んだ碧い瞳は、それでも確固たる憎しみの色を滲ませていた。そしてその後ろには、フローラと呼ばれる少女が縮こまっている。水でもかけられたのだろうか、亜麻色の髪はしっとりと濡れ、薄水色の瞳は涙で潤んでいた。
フローラ=ミアー。貴族しか入れないこのアストリア学園に、庶民の生まれながら入学を許された、特別な存在だ。なんでも半年前に、希少な治癒魔法の能力を開花させた為、この春から特別に編入を認められたらしい。
この世界では、火・水・風・雷・土の五種類の魔法が存在し、人は皆魔力を持って産まれてくる。魔力の強さは個人差がある。また属性は基本一人一つ、魔力が強い者でせいぜい二、三属性扱える程度なのだが、稀に全ての属性を扱える者が生まれることがある。クラリスがその一人だ。彼女は自身が最も得意とする水属性を筆頭に、五属性全ての魔法を自在に操ることができる。
また、この五属性とは別に、特殊魔法と呼ばれるものがある。この顕現は、クラリスのような五属性操者より稀で、百年に一度現れれば奇跡と呼ばれる代物だ。重力操作や能力増長など、様々な顕現例があり、フローラの治癒魔法もここに分類される。前述の通り、この能力こそ彼女がこの学園に入学を許された理由であり、特殊魔法は国家規模で保護される程、非常に貴重な存在なのである。
(しかしまあ、ただでさえややこしい境遇の子なのに、彼女もよくやるわね)
クラリスは、半ば呆れ顔でフローラを見やった。庶民生まれということだけで、一部の学生の反感を買っているというのに、よりによってこの国の第二皇子であるエリオットと、その婚約者カミラの間に割って入るとは…見かけによらずなかなか強かな女である。
(いや、違うか―)
見ているとまた思い出す。津波のように押し寄せた“乙女ゲーム”なるものの記憶。フローラ達のやりとりは、それとあまりに似ているのだ。
記憶の中で、クラリスは別世界の成人女性であった。名前は小森一花。中堅ゲーム会社に入社後、RPG制作課に配属される。念願の部署で仕事を任された喜びから、それはもう昼夜惜しみなく働いた。いわゆる、ワーカーホリックというやつだ。努力が功を奏したのか、普通は十年以上かかるところを、入社七年目という若さでマネージャー職に抜擢、それと同時に新しい部署へ異動となった。それが、乙女ゲーム製作課だった。
生粋のRPG党だった彼女にとって、その異動は残念なものであった。何しろ畑が全然違う。システムの操作も、ストーリーのツボもまるで理解出来なかったが、それでもマネージャー職としてのプライドがある。苦手意識と闘いながらも全力で仕事に取り組み、十数作の作品を完成させた。やはり自分が手がけた作品には愛着が湧いたし、売れ行きが好調だった時は涙ぐんでしまったことも覚えている。
ところで、どんな物語にも定石というものがある。バトル漫画では敵との死闘ののちに新たな刺客が登場したり、少女漫画ではヒロインがライバルの存在を乗り越えヒーローと両想いになったり……もちろんそれは乙女ゲームも同じである。ヒロインが様々な困難を克服しヒーロー達とゴールインする、というのがほぼおきまりのルートなのだが、
(外野の扱いが、雑、なのよね―)
これはあくまで一花の個人的な意見、また彼女が製作した乙女ゲームに限った話ではあるが、一花の会社で作る乙女ゲームはどれも主人公補正がとても強いものばかりだった。脇役は「村人B」など名前もなければ、ライバルキャラはただただ意地悪で底が浅い女ばかり…主人公とヒーロー以外にはどう頑張っても感情移入できないような作りになっていた。
ゲームの狙い上、多少の贔屓は仕方ないとして、これはあんまりじゃないか。そう思った一花は、もう少し脇役も凝ってみてはどうかと提案したことがある。しかし、どうやらこの作風は深く根付いているらしく、マネージャーの自分の意見ですら聞き入れてもらえなかった。実際これで売り上げも出してるわけだし、と自分に言って聞かせたものの、心の中では納得がいかなかったのを覚えている。
(RPGでは仲間みんなを大事にしてこそのパーティーなのに…)
異動してからもPRGへの愛が褪せることはなく、つい比べてしまうこともあった。もっとも、ライバルも脇役も仲間にはならないのだが。
とにかく、乙女ゲームにおいてはヒロインが正義であり、絶対であり、彼女だけ愛されることが当然なのだ。
(おそらくこれも、そうなのね。)
今の状況と一花の記憶を照らし合わせ、クラリスは一人頷いた。一花の記憶にはフローラ達に関するものはない。しかし、彼女の経験則で分かる。
(これはきっと、フローラ=ミアーの物語。)
そう、これは彼女がヒロインの乙女ゲームの世界なのだろう。平凡な少女が突如奇跡の力に目覚め、王子様達と情熱的な恋に落ちる、甘く切ない純愛の物語。……さしずめエリオットはメインヒーロー、そしてカミラはライバルの悪役令嬢といったところか。確証こそなけれど、ここは奇跡的に呼び起こされた記憶に準じてみようじゃないか。ならば…
「皆さん、静粛に!!生徒同士の揉め事が起きたと報告がありましたが、一体これは何事です!?」
思考が一気に現実に引き戻された。どうやら誰かが事態を見兼ねて教員を呼んだらしい。魔法学のグレネル教諭がその場を制すように声をあげた。
「エリオット=フィリップス、フローラ=ミアー、それにカミラ=ローゼンヴァルドまで……一体何があったか説明できる者はおりますか?」
彼女の予想に反し、問題を起こした者が皆真面目な生徒だったからだろう。グレネル教諭は事態が把握できず困惑しているようだ。
「そうね、クラリス=アインカイザー。事態の説明をお願いします。」
急な指名に、一瞬目を見開く。しかし考えてみれば妥当な判断かもしれない、何せこの場には当事者のカミラとエリオットを除けば、クラリスが一番優秀な生徒なのだ。しかも魔法学に至っては二人を差し置き学年首位である。当然、グレネル教諭のお気に入りというわけだ。
(優等生ポジって、こういう時不便よね…)
内心頭を抱えつつ、さてどうしたものかと考える。事態をありのまま話してもいいが、後々当事者達と気まずくなるのは避けたい。なんとかして無難な回答に持ち込みたいところだが…
「ええと、実は私も本に夢中であまり分かってないのですが…」
全部嘘だ。確かに読書は好きだが、食事中にするほどはしたない人間ではない。とはいえ今は手元にある小説を利用するしかあるまい。ああ、読書家で良かった。本がこんな風に役立つ日が来るとは…
「おそらく今日は食堂で一番の人気メニュー、限定三十個の特製プリンが出ていたから、みなさんそれを取り合って争いになったのではないでしょうか?」
にこり。と笑みを貼り付ける。グレネル教諭を含め、食堂にいる全員がクラリスを呆気にとらえ、次の瞬間一斉に呆れ返った顔をした。一体何を言っているんだこの娘は、とでも言いたげである。ああ、皆の視線が痛い。当事者のカミラに至っては「貴方、本当は馬鹿なんじゃないの?」とでも思っているのだろう、侮蔑の眼差しを隠そうともしない。
(なによ、私だって自分がとんちんかんな発言してることぐらい分かってるわよ!貴方達のためにやってるんでしょうが!お節介でしょうけども!!)
叫び出したい気持ちを抑えて、クラリスはひたすら微笑むことに徹した。
(はあ、明日からなんて噂されるのかしら…)
クラリスは内心、ひどく気落ちしていた。
「ま、まあ、そういうことにしましょう。とりあえず、あと十分で次の授業が始まります。一同、速やかに支度を!」
到底納得してないようだが、事態の収束を優先したのだろう。グレネル教諭はそう言い残してその場を後にした。生徒達もその言葉を合図に散り散りになる。当事者三名も、まるで何事もなかったかのようにそれぞれの場所に向かっていった。クラリスも大急ぎで食事を掻き込み、教室へ向かう。
何故自分がこんな世界に生まれてきたかは分からない。しかし、この記憶を頼りにすればだいぶ上手く立ち回ることができるだろう。道中、そんなことを考える。
(そう、これはフローラ=ミアーの物語)
そのあらすじが、結末が、今のクラリスには簡単に予想がつく。ならば…
(どうせなら、引っ掻き回してみるのもいいんじゃない?)
邪な考えが頭に浮かぶ。これはもはや小森一花の願望に違いない。だって何度も同じような話を見てきたのだ。作品のテストや勉強用に集めたソフトで、何度も何度も繰り返し、模範解答は網羅済みなのだ。
(それに今は私、ヒロインじゃないもの。)
人様の為の脇役人生なんてまっぴら御免だ。どうせならこの舞台を派手にめちゃくちゃにしてしまおう。なに、たまには0点をとってもいいじゃないか。
物静かな優等生の口角がいつもよりかすかに上がっている。しかしそれに気付くものは誰一人いなかった。
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