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番外編
クリスマスSS
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先に仕事を終えた志千が自室で休んでいると、撮影から帰ってきた百夜が部屋に入ってきて言った。
「志千、知っているか。今日は基督弥撒という日らしい」
「ああ、基督教の祭日だろ。子どもの頃に絵本で見たな。三太九郎がなんかくれるんだっけ」
ロバに乗り、白い布を被った三太九郎。
志千は昔の記憶をふんわり思い出しながら答えた。
「それがどうかしたか?」
「衣装部からふたつプレゼントをもらった」
と、二種類の風呂敷を取りだした。
「ほー、そりゃよかったな。俺とおまえに?」
「いいや、どちらも志千に」
「俺??」
両方とも百夜に、というならまだわかる。
だが、しょっちゅう出入りしているものの部外者である志千にプレゼントとは、いったいなんだろうか。
「ただし、片方だけだ。好きなほうを選べ」
「うん?」
「この中には、撮影のために試作したが使わなかった衣装がはいっているらしい。志千が選んだほうを着てやる」
「衣装……?」
着物でももらったのかと思えば、そうではなかった。
「まず、こっちの赤い風呂敷には、ものすごく助平な衣装がはいっている」
「ちょっと待て」
聞いた瞬間、志千は頭を抱えた。
「いや、待て。いったん落ち着いてくれ」
「おれは至極冷静だが。貴様が落ち着け」
「だってその風呂敷、衣装にしては明らかに小せえじゃん。布の面積が心配なるだろ、そんなん」
「本当はデビュー作で着るはずだったんだが、過激すぎて却下されたものらしい」
そもそもあの作品の衣装でさえ、すでにきわどかったのだ。
百夜は年老いた画家に見初められる蠱惑的な美青年役だったが、絵のモデルになって様々な服を着せられる場面がある。
筆が乗るにつれて、老人の趣味としかいいようがないぎりぎりの衣装を着せられていく。
「俺さぁ、あのシーンになるたびに説明を噛みそうになって大変なんだぜ。客は大抵顔を真っ赤にして口を押さえてるし、関係者席じゃ偉いオッサンたちが羨ましそうに観てんだよ。実物のおまえに触れられるのが俺だけだと思うと、優越感がすげえのなんの」
「仕事中にそんなことを考えていたのか……」
あれより過激とは、いったいどんな衣装なのか。
「で、もうひとつは?」
「緑の風呂敷は、助平ではないが可愛い衣装だといっていた」
「助平ではないが、可愛い……?」
たしかに風呂敷の容量的に、布面積は最初のほうより大きそうだ。
つまり助平か、可愛いか、どちらか選べということである。
衣装部の若い娘たちの顔を思い浮かべ、確信した。
絶対に楽しんでいる。
おそらく百夜はこう言えと指示されたとおりに、素直に従っているだけだ。
志千と百夜の関係に気づいていて遊んでいるのである。
遊んでいるというか、向こうもはしゃいでいるのが目に浮かぶ。
「さあ、どうする?」
「うーん…………」
正直、どちらも捨てがたい。
助平ももちろん見たいが、すでに日本一可愛い百夜が、可愛い服まで身につけたらどうなってしまうのか。
「うーん……うう…………」
「悩みすぎじゃないか?」
「こんなに頭を使ったのは生まれて初めてかもしんねえ」
「もっと勤勉に生きろ」
散々悩んで、交渉することにした。
「百夜、ひとつ提案していいか」
「桜蒔先生みたいな言い方だな。どんな?」
「中身を確認してから決めさせてくれ」
「どれだけ真剣なんだ」
まあそれは指示になかったからいいだろう、と百夜は了承した。
やはり衣装部の手のひらの上で遊ばれている。
「じゃあ、赤い風呂敷から」
「ふーん、おお……? いや、これどうなって……んんん、って、紐じゃん!!」
はらりと風呂敷が広がった途端にでてきたのは、衣装というか、紐である。
ほぼ革紐でできた服。
作中ではなぜか裸体の胸の下あたりを革紐で縛った恰好が登場し、なんの意味があるんだと思っていたが、あれのさらに紐を多くした服である。
「紐だし、手首と足首が拘束されるし……」
和装なのか洋装なのかすら、もはや謎だ。
上半身を交差する紐、下半身を縛る紐、ほとんど拘束具と呼んで差し支えない。
そのうえ大事な部分はいっさい隠れていない。
「こっちを選んだら、本気でこれ着てくれんのかよ……!?」
「まあ衣装だしな。べつにいいぞ」
私生活ではすぐに「いやだ」と返すくせに、仕事となると頭が切り替わるらしく、撮影とか演技だという名目があれば百夜はちょっと感覚が麻痺しがちだ。
だが、あえて指摘してこの流れを止めたくはない。着てくれるのならば黙っておくに越したことはない。
「しかたねえな、助平じゃないほうも見てみるか……」
「しかたないって顔じゃないが。ほら」
緑の風呂敷にはいっていたのは、一見普通の着物だった。
「べつに変わったところは……ん、尻のあたりになんか縫いつけてある」
広げてみると、獣の尻尾であった。
「耳もあるぞ」
「こりゃ狐か? すげーふわふわ」
狐の耳と尻尾つきの着物。
これだけ見れば可愛いが、大の男が身につけてどうするんだ?
そう思って百夜がこれらを着た姿を想像してみた。
「……可愛いな。間違いなく可愛い。やべえ。とてたますぎる」
「もはやおれがなにを着ていても興奮しそうだな。で、どちらがいいんだ?」
どっちも見たい。
中身を確認して、よけいに決めがたくなった。
「……百夜、交渉していいか」
「一応聞いてやる」
「狐の着物を着て、その中に革紐を仕込んでくれ。愛でたあとに脱がして助平を楽しむから」
「片方だけといっているだろうが」
「いやだ。どっちも着てほしい」
「駄々をこねるな」
「基督弥撒なんだし、いいだろ!?」
「貴様はいつから基督教徒になったんだ」
ついに謎の理屈をだしてまで、志千がごねはじめた。
結局百夜のほうが折れたのだが、最初から最後まですべて衣装部の思惑どおりであったという。
「志千、知っているか。今日は基督弥撒という日らしい」
「ああ、基督教の祭日だろ。子どもの頃に絵本で見たな。三太九郎がなんかくれるんだっけ」
ロバに乗り、白い布を被った三太九郎。
志千は昔の記憶をふんわり思い出しながら答えた。
「それがどうかしたか?」
「衣装部からふたつプレゼントをもらった」
と、二種類の風呂敷を取りだした。
「ほー、そりゃよかったな。俺とおまえに?」
「いいや、どちらも志千に」
「俺??」
両方とも百夜に、というならまだわかる。
だが、しょっちゅう出入りしているものの部外者である志千にプレゼントとは、いったいなんだろうか。
「ただし、片方だけだ。好きなほうを選べ」
「うん?」
「この中には、撮影のために試作したが使わなかった衣装がはいっているらしい。志千が選んだほうを着てやる」
「衣装……?」
着物でももらったのかと思えば、そうではなかった。
「まず、こっちの赤い風呂敷には、ものすごく助平な衣装がはいっている」
「ちょっと待て」
聞いた瞬間、志千は頭を抱えた。
「いや、待て。いったん落ち着いてくれ」
「おれは至極冷静だが。貴様が落ち着け」
「だってその風呂敷、衣装にしては明らかに小せえじゃん。布の面積が心配なるだろ、そんなん」
「本当はデビュー作で着るはずだったんだが、過激すぎて却下されたものらしい」
そもそもあの作品の衣装でさえ、すでにきわどかったのだ。
百夜は年老いた画家に見初められる蠱惑的な美青年役だったが、絵のモデルになって様々な服を着せられる場面がある。
筆が乗るにつれて、老人の趣味としかいいようがないぎりぎりの衣装を着せられていく。
「俺さぁ、あのシーンになるたびに説明を噛みそうになって大変なんだぜ。客は大抵顔を真っ赤にして口を押さえてるし、関係者席じゃ偉いオッサンたちが羨ましそうに観てんだよ。実物のおまえに触れられるのが俺だけだと思うと、優越感がすげえのなんの」
「仕事中にそんなことを考えていたのか……」
あれより過激とは、いったいどんな衣装なのか。
「で、もうひとつは?」
「緑の風呂敷は、助平ではないが可愛い衣装だといっていた」
「助平ではないが、可愛い……?」
たしかに風呂敷の容量的に、布面積は最初のほうより大きそうだ。
つまり助平か、可愛いか、どちらか選べということである。
衣装部の若い娘たちの顔を思い浮かべ、確信した。
絶対に楽しんでいる。
おそらく百夜はこう言えと指示されたとおりに、素直に従っているだけだ。
志千と百夜の関係に気づいていて遊んでいるのである。
遊んでいるというか、向こうもはしゃいでいるのが目に浮かぶ。
「さあ、どうする?」
「うーん…………」
正直、どちらも捨てがたい。
助平ももちろん見たいが、すでに日本一可愛い百夜が、可愛い服まで身につけたらどうなってしまうのか。
「うーん……うう…………」
「悩みすぎじゃないか?」
「こんなに頭を使ったのは生まれて初めてかもしんねえ」
「もっと勤勉に生きろ」
散々悩んで、交渉することにした。
「百夜、ひとつ提案していいか」
「桜蒔先生みたいな言い方だな。どんな?」
「中身を確認してから決めさせてくれ」
「どれだけ真剣なんだ」
まあそれは指示になかったからいいだろう、と百夜は了承した。
やはり衣装部の手のひらの上で遊ばれている。
「じゃあ、赤い風呂敷から」
「ふーん、おお……? いや、これどうなって……んんん、って、紐じゃん!!」
はらりと風呂敷が広がった途端にでてきたのは、衣装というか、紐である。
ほぼ革紐でできた服。
作中ではなぜか裸体の胸の下あたりを革紐で縛った恰好が登場し、なんの意味があるんだと思っていたが、あれのさらに紐を多くした服である。
「紐だし、手首と足首が拘束されるし……」
和装なのか洋装なのかすら、もはや謎だ。
上半身を交差する紐、下半身を縛る紐、ほとんど拘束具と呼んで差し支えない。
そのうえ大事な部分はいっさい隠れていない。
「こっちを選んだら、本気でこれ着てくれんのかよ……!?」
「まあ衣装だしな。べつにいいぞ」
私生活ではすぐに「いやだ」と返すくせに、仕事となると頭が切り替わるらしく、撮影とか演技だという名目があれば百夜はちょっと感覚が麻痺しがちだ。
だが、あえて指摘してこの流れを止めたくはない。着てくれるのならば黙っておくに越したことはない。
「しかたねえな、助平じゃないほうも見てみるか……」
「しかたないって顔じゃないが。ほら」
緑の風呂敷にはいっていたのは、一見普通の着物だった。
「べつに変わったところは……ん、尻のあたりになんか縫いつけてある」
広げてみると、獣の尻尾であった。
「耳もあるぞ」
「こりゃ狐か? すげーふわふわ」
狐の耳と尻尾つきの着物。
これだけ見れば可愛いが、大の男が身につけてどうするんだ?
そう思って百夜がこれらを着た姿を想像してみた。
「……可愛いな。間違いなく可愛い。やべえ。とてたますぎる」
「もはやおれがなにを着ていても興奮しそうだな。で、どちらがいいんだ?」
どっちも見たい。
中身を確認して、よけいに決めがたくなった。
「……百夜、交渉していいか」
「一応聞いてやる」
「狐の着物を着て、その中に革紐を仕込んでくれ。愛でたあとに脱がして助平を楽しむから」
「片方だけといっているだろうが」
「いやだ。どっちも着てほしい」
「駄々をこねるな」
「基督弥撒なんだし、いいだろ!?」
「貴様はいつから基督教徒になったんだ」
ついに謎の理屈をだしてまで、志千がごねはじめた。
結局百夜のほうが折れたのだが、最初から最後まですべて衣装部の思惑どおりであったという。
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