双子山女子高等学校

神谷 愛

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隣のあの子は色々知っている

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「双山さん、おはよう!」
「おはよう」
 学校に行くと早速隣の子に話しかけられた。普通に返事が出来たことが不思議なほど朗らかな挨拶を受けた。昨日の自己紹介を、高校初日から色々ブッチした明らかにやばい生徒になんでここまで明るい返事が出来るのだろうか。というか、私は自己紹介もしていない、なんで名前を知っているのだろうか。
「えーっと」
「私は南。みなみでもみなちゃんでも好きに呼んでね!」
「じゃあ、南で」
「うん!よろしくね!」
 それ以上の話はしなかった。何か企んでいそうな顔をしていたので少し怖い。追及しようにも心当たりが多すぎる、そしてどれも教室で話せるような内容ではない。悶々としたまま授業を受ける。授業と言ってもまだオリエンテーションだったり、初めなので緩い。思考する余裕ぐらいはある。
「双山さん、一緒にご飯食べない?」
「え?」
 南に手を引かれるままに教室から連れ出される。委員長ちゃんか里奈と食べようと思っていたのに、出鼻を挫かれた上に無理やり連れてこられた。連れてこられたのはあの日、里奈と来た部室棟。ここで食べたりする人がいたりするのか、静かだけどどこか人の気配がある。なんだか悪いことをしに行くようでなんとなく足音を潜めてしまう。
「えっと、南。どこに行くの?」
「こっちこっち」
 ここの構造を知っているかのように足は軽く、迷うような事もなくまっすぐに進む。どんどんと奥に奥に。里奈と来た時もこうやってぐんぐんと前に進んでいったら急に部屋が出てきたんだっけ。
「着いた着いた」
 南はここのことを知っていて来ようとしていたらしい。有名な場所なのだろうか。いや、こんな奥まった場所にあれば逆に変に有名になっていてもおかしくない。
「私さ、女の子同士がいちゃついてるの見るの好きなんだよね」
「は?」
「でも見るだけなのが最近だと我慢できなくて」
「え、うん」
「だから、さ、双山さんの、ううん、双山さんたちの仲間に入れてほしいなって」
 唐突に始まった告白から唐突なお願いで終わった。女同士が好きなのは理解できる。中学の時は私が相手していない二人が我慢できずに始めるのを横目で見るのも好きだった。でも。
「仲間って?」
「文字通りの意味だよ。委員長と義元さんと双山さん、かな。今知ってるのはこの三人だけだけど」
 この言い口だとたぶん私が二人と何をしていたのか知っている。私を見る目が気づけばじっとりとした湿度を帯びている。どろりとした欲望が向けられているのを感じる。嫌ではない、嫌なわけがない。
「これ見て」
 彼女のスマホに映っていたのは里奈とした時の映像だった。いつの間に撮られたのだろう。あの日ここには誰もいなかったはずなのに。
「だから、ね?これを広めてほしくなかったら、私も仲間に入れてほしいなって」
「そんな脅ししなくても、言ってくれれば相手するのに」
「え?」
 驚いて呆けた顔はきっと彼女が今日初めて私に見せた素の顔なのだろう。作ったような笑顔の下には存外素朴で純情そうな顔が眠っていた。
 その唇を強引に塞ぐ。これ以上彼女と言葉を交わす必要もないのだから。リップを塗り忘れたのか、少し乾燥した唇は私とのキスで、離した時の舌でゆっくりと湿っていく。


「双山さん?」
「言ったじゃん。そんな脅ししなくてもいくらでも相手するってば。私は二人でする方が好きだから、里奈とかと一緒にしたかったら申し訳ないけど」
「いや、そういうことじゃ」
 まだ何か言い募ろうとしたが、もう我慢できない。こんな脅迫じみた、というか脅迫だが。こんなことをしてまで要求は一緒になってほしいということなのだから。これが愛おしい以外に一体どうやって表現すればいいのか。
 溢れる愛おしさに任せて、また、本日二回目のキスをする。さっきみたいな不意を衝くようなキスじゃなくて、しっかりと顔を捕まえて真正面から唇を奪う。必死に何かを我慢するかのように目を閉じて私にされるがままになっている。
「南」
「・・・」
「南ってば」
「ん。ん?」
 必死に目を閉じるあまりもう唇が自由になっていることにも気づいていないらしい。キスされた顔のままギュッと目を閉じている様子は可愛らしくてしょうがない。
 やっと目を開けたかと思ったら呆けた顔をしながら半開きの唇を晒している。どうしようもなくこのまま押し倒してしまいたいが、今は昼休み。初日からすっぽかしてさらに次の日は午後からいないとなると絶対に、絶対にめんどくさいことになるのが目に見える。
 ちらと時計を見れば昼休みが終わるまでまだ十分。教室に帰るまでは五分もあればいい。つまり、あと五分は南を、可愛い南を堪能してもいいということだ。
「ん!ま、また?!」
「もちろん」
 またごちゃごちゃ言う前に唇を塞いでしまう。時間は有限なのだ。今一番重要なのは南とキスすることで議論したり、説得することじゃない。
 さっきまでの少し慣れたのか、ひたすらに閉じるのではなく、私と唇を重ねるということを出来るようになったらしい。体温が混ざるように、唇を混ぜるように。私に委ねられてしまった時点で我慢なんてできるわけもない。私に合わせて少し開いた彼女の口の中に舌を捻じ込む。舌が歯に当たって、歯茎に当たって、そして口腔内に侵入を果たす。口の中で一層熱い熱を持っている彼女の舌と触れ合う。さっきまでとは全く違う熱が、色を纏った熱が、私にも流れ込んでくる。
「な、何を」
 さっきあれだけ啖呵を切った割にキスの経験はほとんど無いらしい。彼女の言葉を無視してそのまま舌を絡める。熱が、体温が、体液が、混ざって溶け合って一つになっていく。

 そろそろいい加減我慢も出来なくなって来そうなとき、時計を見る。見てしまった。昼休みが終わるまであと五分。さっき自分で戻らなければいけないと決めた時間だ。断腸の思いで彼女の唇を離す。
「え?」
「時間。もう戻らなきゃ」
「あ、でも」
 もじもじと、足が、腰が、くねる。気持ちはわかる。私だって今すぐこの場で南を押し倒してしまいたい気分だ。でも流石にこれ以上はまずい。
「先、戻るね。またあとでね!絶対ね!」
 我ながら未練タラタラのセリフを残して教室に戻る。スカートの中はもう絶賛大興奮状態ではあるのだが、今トイレに行ったらそのまま放課後になる自信がある。全てを後回しに教室に戻った時にはもうチャイムが鳴る寸前だった。
 南は帰ってこなかった。絶対あの空き教室にいるのだろう。本当に羨ましい。
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