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30】呼び方一つが羨ましいらしいそうで

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30】呼び方一つが羨ましいらしいそうで

 「えっと……久保君?」

今では斎藤先生も「水野先生、久保君が来てますよ」と慣れて来て。それどころか一緒に見送りをして認知され始めた。ゆりちゃんは、「先輩!」と喜んでいた。

そうこうして今日も夕方になり、明日の準備をする時間。子供たちが帰って、静かになった教室に二人きり。僕の前には、珍しく不機嫌そうな久保君が一人。
見送りが終わって、掲示物の準備をしていると、手伝うとやって来てくれた久保君。最初こそ、普段通りにニコニコして。時々僕をドキリとさせるようなことを言っていた久保君。チョキチョキとはハサミを走らせ。画用紙をのりつけたりしていた時だった。

「どうしたの……?」

何となく、機嫌が……。とは言えず。チラリと久保君を見れば、僕と視線が合った。どうしようかという表情。それから一瞬ギュッ! と目を瞑り。あ、迷ってると僕は久保君を観察。

「……」

「久保君?」

「……あの! 俺、先生に言いたいことがあるんですけど」

「うん」

この様子だと、好きだとかじゃないだろう。僕も気になるし、どんとこい! と心の中で身構えた。


「先生。俺のこと、何で名前で呼んでくれないんですか?」

「え?」

何それ。突然過ぎない?(いや、久保君は再会もそうだったけど、意外と突然だ)

「どうして突然呼び方を?」

「この間、百合が来たんだろ?」

「ああ、百合ちゃんだね。最初分からなかったよ。久保君も同じクラスなんだって?」

「それ!」

「あ」

確かに。サラリと百合ちゃんと言ってしまったが、瞬間久保君が「それ!」と指摘した。その様子もまた、久保君が「あー!」と小さかったと変わりがなく、内心変わらないなぁ……と思いながら、僕は口元を押さえた。

「先生、何で俺は名前呼びしてくれないんですか?」

「ほら! この前、久保君が会ったゆりちゃんがいるから呼び慣れてることもあって」

「む……」

「だから……」

「先生」

「うん?」

首を傾げる僕に、久保君が近づく。椅子と違って、お互い床に座っての作業は近づくのは簡単で。ハサミを少しだけ遠くに置いて、端正な顔が近づいて来た。

「でもやっぱり、百合だけズルイですよ。俺のことも、名前で呼んで欲しいです」

「ぅ、あ……っ」

(ズルイのは、久保君の方じゃないか)

こういう時だけ、また子供っぽい素振りをするのばズルイ。

「先生」

「待って」

「水野さん」

「待って、久保君の方がズルくない?」

僕の顔が熱くなる感じがした。顏路は、赤くなっていないだろうか。

「俺だって、必死なんですよ」

「何で……っ」

「好きな人に、名前。呼んで欲しいじゃないですか」

「~~~~~~っ、分かったから。ちょっと近いから、離れて」

刺激が強いから、と言葉は続けず。僕がお願いだからといえば、黙って元の位置に久保君が戻って行った。それから黙ったまま僕を見ている。待っているだと思うと、やっぱり気恥ずかしい。でも言わないと、久保君は諦めてくれない。

(ええい!)

心の中では勢いがあっても、視線を逸らしたままの僕の喉から出た声は随分と小さかった。

「…………っ、圭介君」

「すっげぇ嬉しい……」

ドキドキドキ。
緊張で心臓が速く鳴って、喉が締まりながら渇いた感じがしてゴクリと唾を飲み込んだ。

**********
次の話が思い浮かびません(´;ω;`)
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