上 下
34 / 34
四章 史岐の父

最終話

しおりを挟む
 潟杜に戻り、清史や充とメールをやり取りして記事の作成を進めているうちに、あっという間に一週間が過ぎ、実家に帰る日がやって来た。
 十二月三十日の早朝である。兄・佐倉川匠がSUVを運転してアパートまで迎えに来てくれた。
「史岐君は?」
 助手席に乗り込むや、思いも寄らない質問をされたので、利玖はつかの間、眉をひそめて、何を言われたのかと考え込んでしまった。
「最近はお会いしていませんが、まあ、元気でいらっしゃるのではないでしょうか」
「来るって聞いたけど」
「誰がですか?」
「だから、史岐君」
「え」
「え?」
 ほんの数秒の間に、利玖の中でいくつもの処理が同時に走った。
「すみません、兄さん」シートベルトを戻して、利玖は助手席のドアを開ける。「少し待っていてもらえますか。三分──いえ、六分で戻ります」
「あ、ちょっと、利玖……」脇目も振らずにアパートめがけて走って行く妹の背中に、慌てて兄は叫んだ。「急がなくていいから。ちゃんと足元を見て歩きなさい」


 宣言通り、利玖は五分ほどで戻ってきた。
 出て行った時とは打って変わって、慎重な足取りで、黒々と結氷した水たまりを避けながら歩いて来る。持ち手の付いた小さな紙袋を胸に抱えていた。
「お待たせしました」
「忘れ物?」
「ええ。こういう物は、鮮度をおろそかにすると痛い目を見ると言いますから」
「鮮度」
「何でもありません」
 利玖は、花のように品の良い笑顔で首をかしげた。
 母が直々に仕込んだだけあって、淑女の仕草もなかなか板に付いているが、性分に合わない奥ゆかしい真似をするのを恥ずかしがって普段は隠している癖に、誤魔化したい事がある時に限って引っ張り出してくるので、今も、どうにも怪しさの方が際立っていた。
「後ろに置いたら?」
「いえ、このままで」
 かたくなに紙袋を手元に置いておこうとする姿に、匠はいよいよ疑念を深くする。
「ケーキ……、にしては、小さいか。二つも入らなさそうだね」
 利玖は無言で微笑んでいる。
「史岐君が来るって聞いた途端、思いついたみたいに見えたけど」
「…………」
「あ、僕も何か買って行こうかな。その辺のコンビニで、どら焼きとか」
「本当にわたしの部屋から史岐さんが出てきたらどうするつもりだったんですか?」
 利玖が真顔になって訊いた。
「さてと」匠はわざとらしく前を向いて両手をこすり合わせる。「じゃあ、道が混まないうちに出発しようか」
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ハバナイスデイズ~きっと完璧には勝てない~

415
ファンタジー
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

Strain:Cavity

Ak!La
キャラ文芸
 生まれつき右目のない青年、ルチアーノ。  家族から虐げられる生活を送っていた、そんなある日。薄ら笑いの月夜に、窓から謎の白い男が転がり込んできた。  ────それが、全てのはじまりだった。  Strain本編から30年前を舞台にしたスピンオフ、シリーズ4作目。  蛇たちと冥王の物語。  小説家になろうにて2023年1月より連載開始。不定期更新。 https://ncode.syosetu.com/n0074ib/

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

『古城物語』〜『猫たちの時間』4〜

segakiyui
キャラ文芸
『猫たちの時間』シリーズ4。厄介事吸引器、滝志郎。彼を『遊び相手』として雇っているのは朝倉財閥を率いる美少年、朝倉周一郎。今度は周一郎の婚約者に会いにドイツへ向かう二人だが、もちろん何もないわけがなく。待ち構えていたのは人の心が造り出した迷路の罠だった。

アムネジアの刻印~Barter.14~

志賀雅基
キャラ文芸
◆共に堕ちるな僕は咎人//私は私の道を往く/欠けても照らす月のお前と◆ キャリア機捜隊長×年下刑事バディシリーズPart14[全41話] 連続強盗殺人事件が発生。一家全員子供まで殺害する残虐な犯行と、意外なまでに大きな被害額で捜査は迷走。一方で市内の名門大学にテロリストが偽名で留学し資金獲得活動をしているとの情報が入った。動向を探る特別任務が機捜隊長・霧島とバディの京哉に下るが、潜入中に霧島が単独となった際に銃撃戦となり4階から転落して……。 ▼▼▼ 【シリーズ中、何処からでもどうぞ】 【BL特有シーンはストーリーに支障なく回避可能です】 【Nolaノベル・小説家になろう・ノベルアップ+・ステキブンゲイにR無指定版/エブリスタにR15版を掲載】

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

処理中です...