上 下
22 / 34
二章 温泉郷の優しき神

驚異の部屋

しおりを挟む
 社に上がると、中は四畳半ほどの広さの和室になっていた。
 中央に置かれた碁盤を挟んで座布団が二つ向かい合っている。右手前と左奥にも同じ座布団が一枚ずつ敷かれており、利玖は、おそらくそちらが従者の席なのだろうと推測した。
 扉が設けられていない社には、利玖達が入ってきたのとは反対側にもう一つ出入り口がある。そちらにはくるぶしほどの高さまで梔子くちなし色の暖簾が下ろされて、外の様子が見えないようになっていた。
 鶴真にすすめられて座布団に座った後、じっくりと内装を観察する。
 意外にも、祭壇や呪文の札のような、何かに対する信仰を伺わせるような物は一つもない。代わりに目に入ってくるのは、動植物や、有名な歴史的建造物をかたどった置物、色とりどりの刺繍糸でどこかの海辺の風景を縫い取ったペナント、ばらばらの時刻を指す置き時計、などなど。見覚えのない物ばかりなのに、それらがひしめき合う社の中は、奇妙な懐かしさに満ちている。
「珍妙な所で、驚かれたでしょう」
 鶴真に話しかけられて、利玖はぶるぶると首を振った。本当は、
(和製の『驚異の部屋ヴンダー・カンマー』みたいだ)
と思っていても、それをありのまま口にするほど怖い物知らずではない。
「わたしは何の変化も感じ取れないのですが、ここは、もう結界の中なのですか?」
 代わりに、エレベータを降りてからずっと気になっていた事を訊ねた。
「はい。エレベータを出た時点で、結界の庇護下に入っています。
 結界といっても、ケースのような物で〈宵戸よいのとの木〉を丸ごと覆っているわけではないのです。気体に似た不可視の力……、我々は便宜上『れい』と呼びますが、それを〈宵戸よいのとの木〉の表面に充満させて虫を寄せ付けないようにしています」
 そこまで聞いて、利玖はもう一つの疑問を思い出し、あ、と呟いた。
「そういえば、〈宵戸よいのとの木〉はどこにあるのですか? これほどまでに辺りが暗くては、何がどこにあるやら、まったくわからずじまいで」
「ああ、それは……」
 鶴真が答えようとした時、奥の方から床板を踏む足音がしたので、二人は慌てて正面に向かって居ずまいを正した。
 岩のようなたくましい手が暖簾をかき分ける。その向こうの闇から、すべり出るように二つの人影が現れた。
 片方は、いぬの面をつけた大男。ただでさえ鶴真の三倍はあろうかというたいを、夜叉のようにのさばった髪がさらに大きく見せている。白の足袋たびを履き、ぎんねずの袴の上には蘇芳すおう色の羽織を着込んでいた。
 その前を、痩せた老人が一人、ゆっくりと杖をつきながら歩いてくる。
 美しい白の着流し姿で、顔には能楽で用いられるような翁の面をつけていた。狗面の男のような威圧感は微塵もない。代わりに、朝霧の中、あるかなしかの風に揺れるヤナギのような、優しい静けさをたたえている。
「久しゅうございます、オカバ様」老人の姿を見て、鶴真が板張りに両手をついた。「たびもお招き頂き、恐悦至極に存じます」
 鶴真に続いて、利玖も見よう見まねで拝礼を行う。何を喋っていいかわからないので、声は出さないでおいた。
 老人──オカバ様は、片手を広げてそれを受け取りながら、狗面の男に杖を預け、鶴真の向かいの席についた。
 そして、着流しの襟を指で整えてから、体の前で両手を広げてひらひらと左右に振った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

ハレマ・ハレオは、ハーレまない!~億り人になった俺に美少女達が寄ってくる?だが俺は絶対にハーレムなんて作らない~

長月 鳥
キャラ文芸
 W高校1年生の晴間晴雄(ハレマハレオ)は、宝くじの当選で億り人となった。  だが、彼は喜ばない。  それは「日本にも一夫多妻制があればいいのになぁ」が口癖だった父親の存在が起因する。  株で儲け、一代で財を成した父親の晴間舘雄(ハレマダテオ)は、金と女に溺れた。特に女性関係は酷く、あらゆる国と地域に100名以上の愛人が居たと見られる。  以前は、ごく平凡で慎ましく幸せな3人家族だった……だが、大金を手にした父親は、都心に豪邸を構えると、金遣いが荒くなり態度も大きく変わり、妻のカエデに手を上げるようになった。いつしか住み家は、人目も憚らず愛人を何人も連れ込むハーレムと化し酒池肉林が繰り返された。やがて妻を追い出し、親権を手にしておきながら、一人息子のハレオまでも安アパートへと追いやった。  ハレオは、憎しみを抱きつつも父親からの家賃や生活面での援助を受け続けた。義務教育が終わるその日まで。  そして、高校入学のその日、父親は他界した。  死因は【腹上死】。  死因だけでも親族を騒然とさせたが、それだけでは無かった。  借金こそ無かったものの、父親ダテオの資産は0、一文無し。  愛人達に、その全てを注ぎ込み、果てたのだ。  それを聞いたハレオは誓う。    「金は人をダメにする、女は男をダメにする」  「金も女も信用しない、父親みたいになってたまるか」  「俺は絶対にハーレムなんて作らない、俺は絶対ハーレまない!!」  最後の誓いの意味は分からないが……。  この日より、ハレオと金、そして女達との戦いが始まった。  そんな思いとは裏腹に、ハレオの周りには、幼馴染やクラスの人気者、アイドルや複数の妹達が現れる。  果たして彼女たちの目的は、ハレオの当選金か、はたまた真実の愛か。  お金と女、数多の煩悩に翻弄されるハレマハレオの高校生活が、今、始まる。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

“5分”で読めるお仕置きストーリー

ロアケーキ
大衆娯楽
休憩時間に、家事の合間に、そんな“スキマ時間”で読めるお話をイメージしました🌟 基本的に、それぞれが“1話完結”です。 甘いものから厳し目のものまで投稿する予定なので、時間潰しによろしければ🎂

俺達は愛し合ってるんだよ!再婚夫が娘とベッドで抱き合っていたので離婚してやると・・・

白崎アイド
大衆娯楽
20歳の娘を連れて、10歳年下の男性と再婚した。 その娘が、再婚相手とベッドの上で抱き合っている姿を目撃。 そこで、娘に再婚相手を託し、私は離婚してやることにした。

処理中です...