上 下
15 / 34
二章 温泉郷の優しき神

虫やらいの御役目

しおりを挟む
「佐倉川さんにお願いしたいのは『虫やらい』と呼ばれる御役目です。オカバ様と私の対局が終わるまでの間、花の香りに惹かれてやって来る虫達から〈宵戸よいのとの木〉の実を守っていただきたいのです」
「虫といっても、これくらいの大きさがありましたよ」利玖は腕をめいっぱい横に広げた。「遠目で見たので本当はもっと大きかったかもしれません。どちらにしろ、生身でやり合って勝てるとは思えませんが」
「あ、いえ……」鶴真は、慌てて胸の前で片手を振った。「説明不足で申し訳ありません。佐倉川さんが手ずから追い払っていただく必要はないのです」
「ほう」
「儀式の刻になると〈宵戸よいのとの木〉の周りに、部外者を立ち入らせない為の結界が張られます。それだけでもある程度の守りにはなるのですが、オカバ様の従者とこちら側からの使者、それぞれ一人ずつが支柱となる事で、より強固な防壁となるのです。つまり、身も蓋もない言い方をすれば、佐倉川さんはただ儀式の場にいてくださるだけで良い、という訳です」
「おや。それは、一気に気が楽になりました……、と申し上げたい所ですが」
 利玖は斜めに首をかしげて、鶴真を見つめる。
「虫が寄ってくるという事は、結界は〈宵戸よいのとの木〉自体を不可視に出来る類の物ではないのですね? つまり、虫達にも我々の姿が見えている可能性が高いという事。部外者を遮断する、という性質を彼らが知っていれば、誰が結界の保持に関わっているのかは一目瞭然です。
 そこまで知恵の回る虫はほんの一握りかもしれません。ですが、結託して総攻撃を仕掛けられたら、いくら結界の内側にいても、のんべんだらりと寝転がっていられるほど安全とは言えないのではないでしょうか?」
 鶴真は目を見開いた。
 すうっ、と息を詰め、膝の上できつく拳を握る。
「おっしゃるとおりです。まったく危険のない物だと、申し上げる事は出来ません」
 利玖は頷き、先を促す。
「私自身、何度か結界の支えとして務めたのでわかる事なのですが、虫達の中にはヒトに都合の良い幻を見せる事が出来るモノがいるのです」
「なるほど。親しい者、あるいは逆に嫌悪している者の姿を利用して、内側から結界を解くように訴えかけるのですね? こちら側でよく用いられるセオリーを踏襲しているのは興味深いですね」
「そうですね……、ええ」
 頷いた鶴真は、少し遅れて苦笑する。
「ただ、正直な所、結界が破られても大きな問題はないのです。
宵戸よいのとの木〉の実は樺鉢温泉にもたらされる恵みが形になった物。かすめ取られて良い気はしないのは確かですが、道具も持たない虫達が自力で持ち出せる量などたかが知れています。全体に対する比率で言えば、ほとんど無視して良いと言える程度なのです。そもそも、初めに結界が作られたのも『対局中にそこら中を虫に飛び回られては気が散る』という理由からでして」
「つまり、幻を見せられる事によって一時的な錯乱に陥る危険性はあるものの、結界を保持し通せるかどうかによって樺鉢温泉の行く末が左右される訳ではない、と」
「そう考えて頂いて差し支えありません」
「ふむ……」
 利玖は顎をつまんでうつむき、鶴真が語った内容を反芻した。
 見落としているもの、訊き忘れている事、巧妙にカモフラージュされている事象がないか丹念に確かめる。それらの作業が終わっても、決意は変わっていなかった。
「わかりました。──虫やらいの御役目、わたしで良ければ、お引き受け致します」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

親戚のおじさんに犯された!嫌がる私の姿を見ながら胸を揉み・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
親戚のおじさんの家に住み、大学に通うことになった。 「おじさん、卒業するまで、どうぞよろしくお願いします」 「ああ、たっぷりとかわいがってあげるよ・・・」 「・・・?は、はい」 いやらしく私の目を見ながらニヤつく・・・ その夜。

ハレマ・ハレオは、ハーレまない!~億り人になった俺に美少女達が寄ってくる?だが俺は絶対にハーレムなんて作らない~

長月 鳥
キャラ文芸
 W高校1年生の晴間晴雄(ハレマハレオ)は、宝くじの当選で億り人となった。  だが、彼は喜ばない。  それは「日本にも一夫多妻制があればいいのになぁ」が口癖だった父親の存在が起因する。  株で儲け、一代で財を成した父親の晴間舘雄(ハレマダテオ)は、金と女に溺れた。特に女性関係は酷く、あらゆる国と地域に100名以上の愛人が居たと見られる。  以前は、ごく平凡で慎ましく幸せな3人家族だった……だが、大金を手にした父親は、都心に豪邸を構えると、金遣いが荒くなり態度も大きく変わり、妻のカエデに手を上げるようになった。いつしか住み家は、人目も憚らず愛人を何人も連れ込むハーレムと化し酒池肉林が繰り返された。やがて妻を追い出し、親権を手にしておきながら、一人息子のハレオまでも安アパートへと追いやった。  ハレオは、憎しみを抱きつつも父親からの家賃や生活面での援助を受け続けた。義務教育が終わるその日まで。  そして、高校入学のその日、父親は他界した。  死因は【腹上死】。  死因だけでも親族を騒然とさせたが、それだけでは無かった。  借金こそ無かったものの、父親ダテオの資産は0、一文無し。  愛人達に、その全てを注ぎ込み、果てたのだ。  それを聞いたハレオは誓う。    「金は人をダメにする、女は男をダメにする」  「金も女も信用しない、父親みたいになってたまるか」  「俺は絶対にハーレムなんて作らない、俺は絶対ハーレまない!!」  最後の誓いの意味は分からないが……。  この日より、ハレオと金、そして女達との戦いが始まった。  そんな思いとは裏腹に、ハレオの周りには、幼馴染やクラスの人気者、アイドルや複数の妹達が現れる。  果たして彼女たちの目的は、ハレオの当選金か、はたまた真実の愛か。  お金と女、数多の煩悩に翻弄されるハレマハレオの高校生活が、今、始まる。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・

マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」 義姉にそう言われてしまい、困っている。 「義父と寝るだなんて、そんなことは

オレの魂はいずれドラゴンかアイツに食われるらしいが死んだ後のことに興味はない。

仔犬
キャラ文芸
・青春以上ドラゴンファンタジー のんびりとした性格でなんでもかんでも受け止める主人公と幼馴染とドラゴンのお話です。 変な事はよく起きるけどなんだかんだ楽しいからまあいいか、騒がしいのは嫌いじゃないし、死ぬまでは楽しく生きようと思う。 「だからせめてお前ら仲良くしてくれないか?」

処理中です...