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Act.5-01
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翌日も、遥人は仕事が終わってから迷わず桜の木のある空き地へと向かった。
昨晩の夢。あれは、トキネが見せたものか、それとも、遥人の潜在意識が夢となって現れたのか。
だが、今の遥人にはそんなことはどうでも良かった。ただ、トキネに逢いたい。本当は、仕事を放り出してしまいたいほどだったが、理由もなくサボれるほど器用な性格ではない。
桜は満開を迎えていた。薄暗くなった空の下で、桜の木の周りだけ、ほんのりと明かりが灯っているようだ。
「――トキネ……」
夢の中と同様、桜の前で佇んでいたトキネに遥人は呼びかかる。
トキネは変わらず、口元を綻ばせ、眩しそうに遥人を見つめ返した。
「俺は……、あんたの兄貴、だったのか……?」
遥人の問いに、トキネがわずかに目を見開く。だが、すぐに笑みを取り戻し、ゆっくりと首を縦に動かした。
「ここは、わたくしがハルヒトさまと初めてお逢いした場所なのです」
トキネは遥人に背を向け、そっと桜の幹に触れた。
「お互い、血が繋がっているなどとは思っていませんでした。ただ、ハルヒトさまを見た瞬間、懐かしいような気持ちになって……。
ハルヒトさまも、わたくしと全く同じことを思っていたようです。初めてなのに、初めて逢った気がしない、と。
わたくしは、心からハルヒトさまをお慕いしておりました。ハルヒトさまとなら、一生を共に過ごしても良い。きっと、幸せになれると、そう信じていました。
ところが、わたくしの同母兄が病に倒れ、父の後を継ぐ存在がいなくなってしまった。そんな時、父の弟である叔父がハルヒトさまを伴って現れ、申したそうです。『この者の身体には、兄上の血が流れています』と……」
そこまで言うと、トキネは力尽きたように地面に膝を着いた。
遥人はトキネに近付き、彼女の側に座る。そして、弱々しい肩に腕を回し、遥人の胸元へと引き寄せた。
兄妹とは知らずに出逢った、ハルヒトとトキネ。しかし、その偶然の出逢いは、残酷過ぎる運命を突き付けるための必然だったのだろうか。
『――運命とは、非常に残酷なものです……』
初めて遥人がトキネと出逢った時も、夢の中でも、トキネは言っていた。
互いを想い、慈しみ合う気持ちは同じ。それなのに、運命には逆らえずに引き裂かれてしまった。
「――わたくしは……」
遥人に全身を預ける格好で、トキネは静かに続けた。
「ハルヒトさまと最後の逢瀬のあと、間もなく永遠の眠りに就きました。ハルヒトさまと結ばれることが叶わないと知り、わたくしはもう、生きる意味さえ失ってしまったのです……」
トキネの肩が、小さく震え出した。途切れがちに嗚咽も聴こえてくる。
トキネに、どんな最期を迎えたかなど訊けない。しかし、生きる意味さえ失ってしまった、という言葉から、トキネは自ら命を絶ったのだと察した。ハルヒトと出逢いを果たした、この桜の下で――
どんな理由であれ、トキネは〈自害〉という大罪を犯した。恐らく、これからも生まれ変わることは叶わないだろう。
(それでも、生まれ変われることを信じてるのか……?)
初めて逢った時、トキネは遥人に、今度こそ添い遂げられるように、と言っていた。
出来ることなら、トキネの願いを叶えたい。だが、遥人はただの人間であまりにも無力だ。ただ、トキネを強く抱き締めてあげることが精いっぱいだった。
昨晩の夢。あれは、トキネが見せたものか、それとも、遥人の潜在意識が夢となって現れたのか。
だが、今の遥人にはそんなことはどうでも良かった。ただ、トキネに逢いたい。本当は、仕事を放り出してしまいたいほどだったが、理由もなくサボれるほど器用な性格ではない。
桜は満開を迎えていた。薄暗くなった空の下で、桜の木の周りだけ、ほんのりと明かりが灯っているようだ。
「――トキネ……」
夢の中と同様、桜の前で佇んでいたトキネに遥人は呼びかかる。
トキネは変わらず、口元を綻ばせ、眩しそうに遥人を見つめ返した。
「俺は……、あんたの兄貴、だったのか……?」
遥人の問いに、トキネがわずかに目を見開く。だが、すぐに笑みを取り戻し、ゆっくりと首を縦に動かした。
「ここは、わたくしがハルヒトさまと初めてお逢いした場所なのです」
トキネは遥人に背を向け、そっと桜の幹に触れた。
「お互い、血が繋がっているなどとは思っていませんでした。ただ、ハルヒトさまを見た瞬間、懐かしいような気持ちになって……。
ハルヒトさまも、わたくしと全く同じことを思っていたようです。初めてなのに、初めて逢った気がしない、と。
わたくしは、心からハルヒトさまをお慕いしておりました。ハルヒトさまとなら、一生を共に過ごしても良い。きっと、幸せになれると、そう信じていました。
ところが、わたくしの同母兄が病に倒れ、父の後を継ぐ存在がいなくなってしまった。そんな時、父の弟である叔父がハルヒトさまを伴って現れ、申したそうです。『この者の身体には、兄上の血が流れています』と……」
そこまで言うと、トキネは力尽きたように地面に膝を着いた。
遥人はトキネに近付き、彼女の側に座る。そして、弱々しい肩に腕を回し、遥人の胸元へと引き寄せた。
兄妹とは知らずに出逢った、ハルヒトとトキネ。しかし、その偶然の出逢いは、残酷過ぎる運命を突き付けるための必然だったのだろうか。
『――運命とは、非常に残酷なものです……』
初めて遥人がトキネと出逢った時も、夢の中でも、トキネは言っていた。
互いを想い、慈しみ合う気持ちは同じ。それなのに、運命には逆らえずに引き裂かれてしまった。
「――わたくしは……」
遥人に全身を預ける格好で、トキネは静かに続けた。
「ハルヒトさまと最後の逢瀬のあと、間もなく永遠の眠りに就きました。ハルヒトさまと結ばれることが叶わないと知り、わたくしはもう、生きる意味さえ失ってしまったのです……」
トキネの肩が、小さく震え出した。途切れがちに嗚咽も聴こえてくる。
トキネに、どんな最期を迎えたかなど訊けない。しかし、生きる意味さえ失ってしまった、という言葉から、トキネは自ら命を絶ったのだと察した。ハルヒトと出逢いを果たした、この桜の下で――
どんな理由であれ、トキネは〈自害〉という大罪を犯した。恐らく、これからも生まれ変わることは叶わないだろう。
(それでも、生まれ変われることを信じてるのか……?)
初めて逢った時、トキネは遥人に、今度こそ添い遂げられるように、と言っていた。
出来ることなら、トキネの願いを叶えたい。だが、遥人はただの人間であまりにも無力だ。ただ、トキネを強く抱き締めてあげることが精いっぱいだった。
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