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第十章 呪力と言霊
第一節-02
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「そうそう、江梨子から持たされた」
テーブルの前にどっかりと胡座をかくなり、樋口はやや乱暴に南條に風呂敷包みを差し出してきた。樋口の声の大きさに気を取られ、そんな物を持っていたことすら気付かなかった。
「何ですか、これ……?」
南條は恐る恐る、風呂敷包に手を伸ばす。江梨子から持たされた、というのが何となく怖い。
「お前、ほんっとーに江梨子が怖いんだなあ!」
また近所迷惑も顧みず大音声で笑う樋口を前に、南條はガックリと項垂れる。ここはもう、周りから苦情がきたら樋口の代わりに頭を下げるしかない。
一方、憂鬱になっている南條をよそに、樋口は能天気に続ける。
「大丈夫だよ。いくら江梨子だって毒なんて盛らんよ。それに、あれはあれで南條を心配してるんだから」
「はあ……」
「あ、その反応と目! まーだ疑ってやがるなあ?」
「――疑うな、というのが無理だと思いますが……」
「まあそう言うなって! ほれ、開けてみろ。ほれほれ!」
あなたが開ければいいでしょう、と心の中で突っ込みつつ、南條は結局、素直に樋口に従った。風呂敷の結び目を解くと、そこからは二段重ねの重箱が姿を現す。またさらに重箱の蓋を開けてみれば、玉子焼きに唐揚げ、里芋とイカの煮物、きんぴらごぼうと菜の花とほうれんそうのお浸しらしきものがぴっちりと詰められていた。
「これは……?」
怪訝に思いながら訊ねる南條に、樋口は、「弁当だろ」とこともなげに答えた。
「ほら、下も見てみ?」
また、樋口に言われるがまま、おかずが入ったお重をそっと上に上げる。想像はしていたが、下はご飯もの。おにぎりといなり寿司が、これもまた所狭しと入っている。
「すげえだろ、ん?」
樋口は弁当と南條を交互に見ながら目を爛々と輝かせている。考えるまでもなく、この弁当は南條への差し入れなのだろうが、差し入れの遣いを頼まれた樋口の方が明らかにテンションが高い。量も量だから、一緒に食べてきなさい、と江梨子に言われたのだろう。
「――二人でも多過ぎますよね、この量……」
口にしてから、しまった、と思った。量に驚いたとはいえ、感謝の言葉を先に言うべきだった。
だが、樋口はそんなことを気にする男ではない。「お前ってやつぁ!」と、また迷惑な笑い声を上げ、南條の背中をバシバシと叩いてくる。
「ま、とりあえず食おうじゃないか。お前、ほんとにやつれてんぞ? 江梨子の心配した通りだ」
「江梨子さんが……?」
「うん。『南條君ってあれですっごく神経細いから、ろくに食べてないんじゃない? 放っておいたら干からびて死んじゃうわ』って」
江梨子の口真似をするも、かえって気色悪い。それに、これほど酷い自分の口真似をされたと知れば、江梨子は烈火の如く怒るだろう。本人がこの場にいないとはいえ、そんな命知らずなことを出来るのは、夫である樋口ぐらいなものだ。
何にしても、こうして弁当を届けようと考えてくれたのだから、江梨子の厚意はありがたく受け止めようと思った。自称〈男嫌い〉の江梨子だが、何だかんだで面倒見がいいのも確かだ。その辺は樋口と似合いの夫婦だ。
「何か飲むもの出してきます」
南條は立ち上がり、台所へ向かって冷蔵庫を開ける。一瞬、ビールに手をかけたが、酔っ払った樋口にさらに酷く絡まれることが安易に想像出来たから、二リットルペットボトルの烏龍茶を取り出す。それを一度部屋に持って行き、今度は食器棚からコップと小皿を二個ずつ、さらに箸を二膳取って再び戻った。
「あれ、アルコールは?」
やはりと思ったが、酒を期待していたらしい。
南條は苦笑いしながら、「ダメですよ」と首を横に振った。
「あなたに飲ませるとロクでもないことになりますから。それ以前に、車で来たんじゃないですか?」
「いや、江梨子が送ってくれた」
「帰りも呼ぶんですか?」
「いや、南條ントコ泊まって、朝一で南條に送ってもらえって言われてる」
とんでもない夫婦だ。長い付き合いだから分かっていたとはいえ、また項垂れるしかない。
何にしても、江梨子は帰りの迎えに来る気はないということだ。確かに、あれでも母親をやっているから、旦那のために無駄な時間を割く気にもなれないのだろうが。
「とにかく酒はダメです」
さらに強く念を押し、二つのコップに烏龍茶を順番に注いでゆく。
酒禁止令を出された樋口はあからさまに不満そうにしていたが、軽く乾杯し、持たされた弁当を口にしたとたん、「おおっ! うめー!」と機嫌が戻った。現金な男だ。
テーブルの前にどっかりと胡座をかくなり、樋口はやや乱暴に南條に風呂敷包みを差し出してきた。樋口の声の大きさに気を取られ、そんな物を持っていたことすら気付かなかった。
「何ですか、これ……?」
南條は恐る恐る、風呂敷包に手を伸ばす。江梨子から持たされた、というのが何となく怖い。
「お前、ほんっとーに江梨子が怖いんだなあ!」
また近所迷惑も顧みず大音声で笑う樋口を前に、南條はガックリと項垂れる。ここはもう、周りから苦情がきたら樋口の代わりに頭を下げるしかない。
一方、憂鬱になっている南條をよそに、樋口は能天気に続ける。
「大丈夫だよ。いくら江梨子だって毒なんて盛らんよ。それに、あれはあれで南條を心配してるんだから」
「はあ……」
「あ、その反応と目! まーだ疑ってやがるなあ?」
「――疑うな、というのが無理だと思いますが……」
「まあそう言うなって! ほれ、開けてみろ。ほれほれ!」
あなたが開ければいいでしょう、と心の中で突っ込みつつ、南條は結局、素直に樋口に従った。風呂敷の結び目を解くと、そこからは二段重ねの重箱が姿を現す。またさらに重箱の蓋を開けてみれば、玉子焼きに唐揚げ、里芋とイカの煮物、きんぴらごぼうと菜の花とほうれんそうのお浸しらしきものがぴっちりと詰められていた。
「これは……?」
怪訝に思いながら訊ねる南條に、樋口は、「弁当だろ」とこともなげに答えた。
「ほら、下も見てみ?」
また、樋口に言われるがまま、おかずが入ったお重をそっと上に上げる。想像はしていたが、下はご飯もの。おにぎりといなり寿司が、これもまた所狭しと入っている。
「すげえだろ、ん?」
樋口は弁当と南條を交互に見ながら目を爛々と輝かせている。考えるまでもなく、この弁当は南條への差し入れなのだろうが、差し入れの遣いを頼まれた樋口の方が明らかにテンションが高い。量も量だから、一緒に食べてきなさい、と江梨子に言われたのだろう。
「――二人でも多過ぎますよね、この量……」
口にしてから、しまった、と思った。量に驚いたとはいえ、感謝の言葉を先に言うべきだった。
だが、樋口はそんなことを気にする男ではない。「お前ってやつぁ!」と、また迷惑な笑い声を上げ、南條の背中をバシバシと叩いてくる。
「ま、とりあえず食おうじゃないか。お前、ほんとにやつれてんぞ? 江梨子の心配した通りだ」
「江梨子さんが……?」
「うん。『南條君ってあれですっごく神経細いから、ろくに食べてないんじゃない? 放っておいたら干からびて死んじゃうわ』って」
江梨子の口真似をするも、かえって気色悪い。それに、これほど酷い自分の口真似をされたと知れば、江梨子は烈火の如く怒るだろう。本人がこの場にいないとはいえ、そんな命知らずなことを出来るのは、夫である樋口ぐらいなものだ。
何にしても、こうして弁当を届けようと考えてくれたのだから、江梨子の厚意はありがたく受け止めようと思った。自称〈男嫌い〉の江梨子だが、何だかんだで面倒見がいいのも確かだ。その辺は樋口と似合いの夫婦だ。
「何か飲むもの出してきます」
南條は立ち上がり、台所へ向かって冷蔵庫を開ける。一瞬、ビールに手をかけたが、酔っ払った樋口にさらに酷く絡まれることが安易に想像出来たから、二リットルペットボトルの烏龍茶を取り出す。それを一度部屋に持って行き、今度は食器棚からコップと小皿を二個ずつ、さらに箸を二膳取って再び戻った。
「あれ、アルコールは?」
やはりと思ったが、酒を期待していたらしい。
南條は苦笑いしながら、「ダメですよ」と首を横に振った。
「あなたに飲ませるとロクでもないことになりますから。それ以前に、車で来たんじゃないですか?」
「いや、江梨子が送ってくれた」
「帰りも呼ぶんですか?」
「いや、南條ントコ泊まって、朝一で南條に送ってもらえって言われてる」
とんでもない夫婦だ。長い付き合いだから分かっていたとはいえ、また項垂れるしかない。
何にしても、江梨子は帰りの迎えに来る気はないということだ。確かに、あれでも母親をやっているから、旦那のために無駄な時間を割く気にもなれないのだろうが。
「とにかく酒はダメです」
さらに強く念を押し、二つのコップに烏龍茶を順番に注いでゆく。
酒禁止令を出された樋口はあからさまに不満そうにしていたが、軽く乾杯し、持たされた弁当を口にしたとたん、「おおっ! うめー!」と機嫌が戻った。現金な男だ。
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