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第九章 恣意と煩慮
第五節
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雅通はシルバーの軽自動車で来ていた。
「瀧村さんの車ですか?」
車が発進するなり、訊ねてみる。
雅通は前方に視線を向けたまま、「いや」と答えた。
「母ちゃんの借りた。俺はバイクしか持ってねえし」
「そうだったんですか」
「わりいな」
「え?」
「もうちょっといい車に乗りたかったかと思ってさ」
「そんなの全く気にしてないです」
「そうか?」
「はい」
わずかだが、雅通に笑みが浮かんだように見えた。
朝霞は車に決して詳しくない。だが、普段はセダンに乗ることが多いから、少し狭いようには感じる。同時に、狭いからこそ雅通との距離が近い。
普段は静かなのに慣れているはずなのに、雅通との間の沈黙には耐えられない。気持ちが落ち着かず、何とか話題を、と必死で頭の中で巡らせ、ようやく話しかけた。
「自分の車、持たないんですか?」
「俺の車?」
「はい」
雅通は、「そうだなあ」と右の人差し指でハンドルを小さく叩く。
「そんな欲しいと思ったことはなかったな。この通り、一応運転は出来るけど、結局はバイクの方が小回り利いて好きだから」
「そうですか」
「でも……」
雅通は言いかけて、口を噤む。
朝霞は雅通の横顔を見つめたまま、先に続く言葉を待ち続けた。
「いい加減、そろそろマイカー買うのも考えた方がいいかもしれねえな……」
深い意味はなかったかもしれない。なのに、朝霞の鼓動は急激に高鳴る。
(馬鹿……。なに勝手に意識してるの、私……?)
こんな時、表情筋が他人より硬くて良かったとつくづく思う。美咲のように喜怒哀楽がはっきり出てしまうようなら、自分が雅通のさり気ない言葉に動揺していることを見破られていた。
「車、買うんですか?」
とはいえ、口だけは嘘を吐けないらしい。しかし、雅通は朝霞の質問を深く捉えた様子はなく、「多分な」とサラリと返してきた。
「高校ン時からバイトをしてカネは貯めてたし。まあ、使う目的自体がないってのもあったんだけど。彼女がいても、全然長続きしなかったし」
雅通は単純に、話の流れで口にしただけかもしれない。だが、〈彼女〉という言葉に、朝霞はわずかに負の感情が芽生え始めたことを自覚した。
(私は、瀧村さんにとって何なんだろう……?)
不意に哀しみが込み上げてくる。自分が知らない雅通の二十年間。その中で、雅通はどんな人生を歩み、どんな恋愛をしてきたのか――
朝霞は何度も瞬きを繰り返した。そうでもしないと、勝手に涙が流れ、止められなくなりそうだった。それに、いきなり泣いたりしたら、雅通を困らせるだけだろう。
そのうち、学校が見えてきた。二人きりでいることが辛くなってきていた朝霞は、ホッと胸を撫で下ろした。
「瀧村さんの車ですか?」
車が発進するなり、訊ねてみる。
雅通は前方に視線を向けたまま、「いや」と答えた。
「母ちゃんの借りた。俺はバイクしか持ってねえし」
「そうだったんですか」
「わりいな」
「え?」
「もうちょっといい車に乗りたかったかと思ってさ」
「そんなの全く気にしてないです」
「そうか?」
「はい」
わずかだが、雅通に笑みが浮かんだように見えた。
朝霞は車に決して詳しくない。だが、普段はセダンに乗ることが多いから、少し狭いようには感じる。同時に、狭いからこそ雅通との距離が近い。
普段は静かなのに慣れているはずなのに、雅通との間の沈黙には耐えられない。気持ちが落ち着かず、何とか話題を、と必死で頭の中で巡らせ、ようやく話しかけた。
「自分の車、持たないんですか?」
「俺の車?」
「はい」
雅通は、「そうだなあ」と右の人差し指でハンドルを小さく叩く。
「そんな欲しいと思ったことはなかったな。この通り、一応運転は出来るけど、結局はバイクの方が小回り利いて好きだから」
「そうですか」
「でも……」
雅通は言いかけて、口を噤む。
朝霞は雅通の横顔を見つめたまま、先に続く言葉を待ち続けた。
「いい加減、そろそろマイカー買うのも考えた方がいいかもしれねえな……」
深い意味はなかったかもしれない。なのに、朝霞の鼓動は急激に高鳴る。
(馬鹿……。なに勝手に意識してるの、私……?)
こんな時、表情筋が他人より硬くて良かったとつくづく思う。美咲のように喜怒哀楽がはっきり出てしまうようなら、自分が雅通のさり気ない言葉に動揺していることを見破られていた。
「車、買うんですか?」
とはいえ、口だけは嘘を吐けないらしい。しかし、雅通は朝霞の質問を深く捉えた様子はなく、「多分な」とサラリと返してきた。
「高校ン時からバイトをしてカネは貯めてたし。まあ、使う目的自体がないってのもあったんだけど。彼女がいても、全然長続きしなかったし」
雅通は単純に、話の流れで口にしただけかもしれない。だが、〈彼女〉という言葉に、朝霞はわずかに負の感情が芽生え始めたことを自覚した。
(私は、瀧村さんにとって何なんだろう……?)
不意に哀しみが込み上げてくる。自分が知らない雅通の二十年間。その中で、雅通はどんな人生を歩み、どんな恋愛をしてきたのか――
朝霞は何度も瞬きを繰り返した。そうでもしないと、勝手に涙が流れ、止められなくなりそうだった。それに、いきなり泣いたりしたら、雅通を困らせるだけだろう。
そのうち、学校が見えてきた。二人きりでいることが辛くなってきていた朝霞は、ホッと胸を撫で下ろした。
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