9 / 32
第三話 持つべきものは
Act.3
しおりを挟む
涼香が家に来たのは、午後六時十分前だった。
「悪いね。ちょっと早いかと思ったけど」
そう言いながら、玄関先で涼香は紫織に袋に入った白い箱を差し出してきた。
「わっ、ほんとに買ってきてくれたのっ?」
紫織は目を爛々と輝かせながら箱を受け取った。
そんな紫織に、涼香は「あったりまえでしょ!」と踏ん反り返って見せる。
「涼香ちゃんは友達想いだからね。あ、一番はスポンサーに恩を売っとくことか」
「――スポンサー、って、まさか……、お母さん……?」
「他に誰がいると?」
「――だから威張って言うことじゃないでしょ……」
盛大に溜め息を漏らす紫織を前に、涼香は得意気に歯を見せて笑う。本当に、涼香らしいとしか言いようがない。
「ま、上がってよ。料理はだいたい出来てるからすぐ食べれるよ?」
「おおっ! そういやすっごいいい匂いする!」
涼香は靴を脱いで上がりながら、鼻をクンクンとさせている。黙っていれば同性から見てもかなりの美人なのに、こういった行為が涼香の魅力を台無しにしている、と紫織はつくづく思う。もちろん、そういう飾らないところが良い面でもあり、母親も気に入ってくれているのだが。
「涼香ちゃん、いらっしゃい」
リビングに入るなり、母親は満面の笑みで涼香を迎えた。
「こんばんはー! お言葉に甘えてお邪魔しちゃいましたー!」
「いいのよお。涼香ちゃんならばいつでも大歓迎だから。気兼ねしないでゆっくりしてねえ?」
「はーい!」
無邪気に返事をする涼香に、母親はまた嬉しそうに微笑み返す。
(ほんっと、涼香に甘いよなあ、お母さん……)
ふたりのやり取りを少しばかり見届けてから、紫織は涼香から貰った箱を母親に渡した。
「これ、涼香からお土産だよ」
「あら、まあ!」
予想通り、紫織と同様、目をキラキラさせていた。
「もう、涼香ちゃんってば気を遣わなくていいのに。でも、せっかくだからありがたくいただくわね。食後のデザートにしましょ」
この台詞の最後には、確実に音符マークかハートマークは付け加えられている。もちろん、箱の中身もちゃんと分かっているはずだ。
「それじゃ、早いけどお夕飯にしましょう。お父さんはいつものように帰りが遅いし。待っていたらいつまでも食べられないものね」
「だよね。お父さんを待ってたら死んじゃう……」
「そうそう。お父さんには残りもので充分!」
いやいや、私はそこまで言ってないし、と紫織は心の中で母親に突っ込みを入れた。とはいえ、実際に父親は残りものにしかあり付けないのだから、母親の言うことは間違ってはいない。
「今日は残りものだって凄い贅沢よ。涼香ちゃんが来てくれたことに感謝してもらわないとね」
また、妙にずれたことを口にしている。もう、心の中で突っ込む気にもなれなくなった。
「とりあえず、その箱冷蔵庫にしまっとこうよ」
いつまでも動きそうにないので、紫織が再び箱を取り上げて冷蔵庫へ向かった。
母親は、そのまま涼香と向かい合わせに座って話を始めてしまった。
(どっちの友達なんだか……)
そう思いながら、さっきの電話の時と同様に楽しそうにしている母親を、紫織は笑みを湛えながら見つめていた。
「悪いね。ちょっと早いかと思ったけど」
そう言いながら、玄関先で涼香は紫織に袋に入った白い箱を差し出してきた。
「わっ、ほんとに買ってきてくれたのっ?」
紫織は目を爛々と輝かせながら箱を受け取った。
そんな紫織に、涼香は「あったりまえでしょ!」と踏ん反り返って見せる。
「涼香ちゃんは友達想いだからね。あ、一番はスポンサーに恩を売っとくことか」
「――スポンサー、って、まさか……、お母さん……?」
「他に誰がいると?」
「――だから威張って言うことじゃないでしょ……」
盛大に溜め息を漏らす紫織を前に、涼香は得意気に歯を見せて笑う。本当に、涼香らしいとしか言いようがない。
「ま、上がってよ。料理はだいたい出来てるからすぐ食べれるよ?」
「おおっ! そういやすっごいいい匂いする!」
涼香は靴を脱いで上がりながら、鼻をクンクンとさせている。黙っていれば同性から見てもかなりの美人なのに、こういった行為が涼香の魅力を台無しにしている、と紫織はつくづく思う。もちろん、そういう飾らないところが良い面でもあり、母親も気に入ってくれているのだが。
「涼香ちゃん、いらっしゃい」
リビングに入るなり、母親は満面の笑みで涼香を迎えた。
「こんばんはー! お言葉に甘えてお邪魔しちゃいましたー!」
「いいのよお。涼香ちゃんならばいつでも大歓迎だから。気兼ねしないでゆっくりしてねえ?」
「はーい!」
無邪気に返事をする涼香に、母親はまた嬉しそうに微笑み返す。
(ほんっと、涼香に甘いよなあ、お母さん……)
ふたりのやり取りを少しばかり見届けてから、紫織は涼香から貰った箱を母親に渡した。
「これ、涼香からお土産だよ」
「あら、まあ!」
予想通り、紫織と同様、目をキラキラさせていた。
「もう、涼香ちゃんってば気を遣わなくていいのに。でも、せっかくだからありがたくいただくわね。食後のデザートにしましょ」
この台詞の最後には、確実に音符マークかハートマークは付け加えられている。もちろん、箱の中身もちゃんと分かっているはずだ。
「それじゃ、早いけどお夕飯にしましょう。お父さんはいつものように帰りが遅いし。待っていたらいつまでも食べられないものね」
「だよね。お父さんを待ってたら死んじゃう……」
「そうそう。お父さんには残りもので充分!」
いやいや、私はそこまで言ってないし、と紫織は心の中で母親に突っ込みを入れた。とはいえ、実際に父親は残りものにしかあり付けないのだから、母親の言うことは間違ってはいない。
「今日は残りものだって凄い贅沢よ。涼香ちゃんが来てくれたことに感謝してもらわないとね」
また、妙にずれたことを口にしている。もう、心の中で突っ込む気にもなれなくなった。
「とりあえず、その箱冷蔵庫にしまっとこうよ」
いつまでも動きそうにないので、紫織が再び箱を取り上げて冷蔵庫へ向かった。
母親は、そのまま涼香と向かい合わせに座って話を始めてしまった。
(どっちの友達なんだか……)
そう思いながら、さっきの電話の時と同様に楽しそうにしている母親を、紫織は笑みを湛えながら見つめていた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
DREAM RIDE
遥都
青春
順風満帆に野球エリートの道を歩いていた主人公晴矢は、一つの出来事をキッカケに夢を失くした。
ある日ネットで一つの記事を見つけた晴矢は今後の人生を大きく変える夢に出会う。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼馴染をわからせたい ~実は両想いだと気が付かない二人は、今日も相手を告らせるために勝負(誘惑)して空回る~
下城米雪
青春
「よわよわ」「泣いちゃう?」「情けない」「ざーこ」と幼馴染に言われ続けた尾崎太一は、いつか彼女を泣かすという一心で己を鍛えていた。しかし中学生になった日、可愛くなった彼女を見て気持ちが変化する。その後の彼は、自分を認めさせて告白するために勝負を続けるのだった。
一方、彼の幼馴染である穂村芽依は、三歳の時に交わした結婚の約束が生きていると思っていた。しかし友人から「尾崎くんに対して酷過ぎない?」と言われ太一に恨まれていると錯覚する。だが勝負に勝ち続ける限りは彼と一緒に遊べることに気が付いた。そして思った。いつか負けてしまう前に、彼をメロメロにして告らせれば良いのだ。
かくして、実は両想いだと気が付かない二人は、互いの魅力をわからせるための勝負を続けているのだった。
芽衣は少しだけ他人よりも性欲が強いせいで空回りをして、太一は「愛してるゲーム」「脱衣チェス」「乳首当てゲーム」などの意味不明な勝負に惨敗して自信を喪失してしまう。
乳首当てゲームの後、泣きながら廊下を歩いていた太一は、アニメが大好きな先輩、白柳楓と出会った。彼女は太一の話を聞いて「両想い」に気が付き、アドバイスをする。また二人は会話の波長が合うことから、気が付けば毎日会話するようになっていた。
その関係を芽依が知った時、幼馴染の関係が大きく変わり始めるのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
High-/-Quality
hime
青春
「…俺は、もう棒高跳びはやりません。」
父の死という悲劇を乗り越え、失われた夢を取り戻すために―。
中学時代に中学生日本記録を樹立した天才少年は、直後の悲劇によってその未来へと蓋をしてしまう。
しかし、高校で新たな仲間たちと出会い、再び棒高跳びの世界へ飛び込む。
ライバルとの熾烈な戦いや、心の葛藤を乗り越え、彼は最高峰の舞台へと駆け上がる。感動と興奮が交錯する、青春の軌跡を描く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる