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番外編・五 不器用な愛情表現
Act.3-02
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「紫織?」
俺は考えるよりも先に、緊張した面持ちで玄関先に立っていた少女の名前を口にした。
少女――紫織も恐らく、俺が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。くりくりとした目を大きく見開き、穴が空くほど俺を凝視している。
「あの……、家の人は……?」
明らかに動揺している。俺も紫織と同様、目を見開きながら彼女を見つめていたが、「いないよ」と微笑を浮かべながら答えた。
「で、ご用は何でしょうか?」
最後に、『お嬢様』とふざけて付け足そうかと思ったが、やめた。今の紫織には、冗談が通じるとはとても思えない。
紫織は少し躊躇いがちに、しかし、俺にパラフィン紙とリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを差し出してきた。
「クッキー、焼いたから宏樹君に渡したくて……。ほんとは、いなかったら朋也にお願いするつもりだったんだけど。あ、もちろん朋也の分もあるよ! 宏樹君のがあって朋也のがないなんて不公平じゃない!」
必死になって取り繕おうとする紫織が微笑ましい。本当はすぐにでも受け取るつもりだったが、困っている紫織を見ていたら、ちょっとばかり意地悪な心が芽生えてしまった。
「ほんとに、深い意味はないから……」
なかなか受け取ろうとしない俺に、紫織は不安を覚えてきたのか、今度は泣きそうになっている。ここまでされると、さすがに苛め過ぎるのは可哀想に思えてきた。
「ありがと」
微笑しながら受け取ると、紫織もようやく安堵の表情を見せた。
それから、俺は紫織に上がるように勧めた。
紫織は最初、遠慮がちにしていたものの、さすがに玄関先は寒いと思ったのか、素直に俺の言葉に従ってくれた。
リビングまで通すと、紫織は真っ先に、コタツの上の空き缶に視線を向けた。もしかしたら、未成年の紫織にとって、ひとりでビールを飲んでいたというのが信じられなかったのだろう。
「悪い。今まで飲んでたから」
俺はクッキーをコタツの上に一旦置き、いそいそと缶をキッチンまで持って行った。そして、空き缶を専用の袋に放り込むと、今度はヤカンに水を満たしてガスにかける。上がるように言った手前、温かい飲みものぐらいは出すべきだろう。
棚には、インスタントコーヒーとココアが常備されている。ただ、紫織は昔からコーヒーが全く飲めない。
「紫織、ココアでいいよな?」
答えは分かっていながら、念のためにと訊いてみる。案の定、紫織からは、「うん」と返ってきた。
それから、カップをふたつ用意する。ひとつには俺用のコーヒーの粉を、もうひとつには、紫織用にココアの粉と、甘い方がいいだろうと思い、砂糖も一緒に入れた。
お湯が沸いてから、ヤカンからそれぞれのカップにゆっくりと熱湯を注いでゆく。湯気と共に、コーヒーの香りとココアの甘い匂いが交互に鼻腔を擽る。
お湯を入れ終えてから、仕上げに紫織のココアにポーションのミルクも加えてみた。本当は牛乳が良かったかもしれないが、冷蔵庫のストックがなくなっていたから断念した。
「どうぞ」
リビングに戻り、コタツの上でココアの入ったカップを滑らせると、紫織は、「ありがとう」と礼を言い、カップを持ってゆっくりと啜った。
俺はそれを見届けてから、コーヒーを口にする。コーヒーはブラックで飲む主義だから、当然、砂糖もミルクも入っていない。
ふと、コタツに置いたままのクッキーが目に飛び込んだ。せっかくだし、食べてみたい。
俺はわざわざ紫織に許可を仰ぎ、リボンを解いて中身を見る。見た目は綺麗な焼き具合だ。
「お、見た目は上等」
我ながら、ずいぶんと上目線な言い方だな、と思いつつクッキーを齧ってみると、味もなかなかで驚いた。
「どう?」
紫織が俺の顔を覗いながら味の感想を催促してくる。俺の口に合うかどうか不安だったのだろうか。
俺はそんな紫織を安心させる意味も込めて、「美味いよ。見た目通り」と答えた。
「これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
そう言いながらも、朋也だったら、紫織の手作りだと知ればどんなものでも喜ぶに違いない。意地を張って、「食えなくはねえな」などと偉そうに言うだろうが、あいつはすぐに顔に出る。
二枚目を咀嚼した俺は、ふと、日中に買ってきたネックレスの存在を想い出した。こうして紫織が来てくれたのだ。渡すなら今がいいだろう。
「ちょっと待っててくれるか?」
俺は中座すると、リビングを出て自室へ向かう。
ネックレスの入った箱は、失くさないようにとチェストの一番上の引き出しにしまっている。
「こんなすぐに渡せるチャンスがくるとは……」
ひとりごちながら引き出しを開けた俺は、ネックレスの箱を取り出し、それを片手で持ちながら再びリビングへと戻った。
紫織は戻って来た俺を、カップに口を付けたままの状態で見つめてきた。
「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」
そう言いながら、ネックレスの箱を差し出す。
紫織は目を思いきり見開いている。
「え? これって……」
「もうじきクリスマスだろ? 考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったしな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」
開けてみな、と催促すると、紫織は恐る恐るリボンを解く。まさか、ビックリ箱だと誤解されているのか。だが、ネックレスが姿を見せたとたん、「綺麗……」と声が漏れてきた。
「――高かったんじゃない……?」
予想通りと言えば予想通りの反応だった。確かに、高校生の紫織にしてみたら高価なものかもしれない。ただ、それなりに稼ぎのある俺としては、遠慮がちにされるのは困ってしまう。
「無粋なことは言わない。たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」
ここまで言うと、さすがに照れが生じてきた。何とか、ポーカーフェイスを保とうとしたのだが、どうやらそれは無理だったらしい。
「照れてる?」
紫織が俺の顔をまじまじと見て訊いてくる。それでも俺は、ついつい意地になって、「さあな」と気のないふりをした。
紫織はニコニコと満面の笑みを浮かべている。紫織に照れ臭さを看破されてしまうとは、俺もまだまだかもしれない。いや、紫織が昔よりも聡くなっているのか。
しかも、紫織の友達に似ているとも言われてしまった。もちろん、相手は女の子だから、外見ではなく内面的なものだろう。
悪い子では決してないと思う。ただ、俺と似ているという時点で、関わり合いになるのはちょっと怖い気もする。関わる機会があれば、の話だが。
◆◇◆◇
紫織とは、明日の夜、朋也も交えて一緒にメシを食おうと約束をして、家まで送った。隣とはいえ、やはり、暗い夜道を女の子ひとりにするのはさすがに気が引ける。
明日、朋也が帰って来てから晩メシの話をしたら、どんな反応が返ってくるか。素直に応じるか、はたまた、俺達に気を遣って辞退するか。どちらにしろ、黙って紫織とふたりで出かけるよりはマシかもしれない。去年、朋也に内緒で出かけたことで機嫌を損ねてしまったから、俺もちょっと敏感になっているのだろう。
「どっちも大切だからな、俺には……」
ポツリと口にし、俺は夜空を仰ぐ。
星が、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていた。
【「紫織?」
俺は考えるよりも先に、緊張した面持ちで玄関先に立っていた少女の名前を口にした。
少女――紫織も恐らく、俺が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。くりくりとした目を大きく見開き、穴が空くほど俺を凝視している。
「あの……、家の人は……?」
明らかに動揺している。俺も紫織と同様、目を見開きながら彼女を見つめていたが、「いないよ」と微笑を浮かべながら答えた。
「で、ご用は何でしょうか?」
最後に、『お嬢様』とふざけて付け足そうかと思ったが、やめた。今の紫織には、冗談が通じるとはとても思えない。
紫織は少し躊躇いがちに、しかし、俺にパラフィン紙とリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを差し出してきた。
「クッキー、焼いたから宏樹君に渡したくて……。ほんとは、いなかったら朋也にお願いするつもりだったんだけど。あ、もちろん朋也の分もあるよ! 宏樹君のがあって朋也のがないなんて不公平じゃない!」
必死になって取り繕おうとする紫織が微笑ましい。本当はすぐにでも受け取るつもりだったが、困っている紫織を見ていたら、ちょっとばかり意地悪な心が芽生えてしまった。
「ほんとに、深い意味はないから……」
なかなか受け取ろうとしない俺に、紫織は不安を覚えてきたのか、今度は泣きそうになっている。ここまでされると、さすがに苛め過ぎるのは可哀想に思えてきた。
「ありがと」
微笑しながら受け取ると、紫織もようやく安堵の表情を見せた。
それから、俺は紫織に上がるように勧めた。
紫織は最初、遠慮がちにしていたものの、さすがに玄関先は寒いと思ったのか、素直に俺の言葉に従ってくれた。
リビングまで通すと、紫織は真っ先に、コタツの上の空き缶に視線を向けた。もしかしたら、未成年の紫織にとって、ひとりでビールを飲んでいたというのが信じられなかったのだろう。
「悪い。今まで飲んでたから」
俺はクッキーをコタツの上に一旦置き、いそいそと缶をキッチンまで持って行った。そして、空き缶を専用の袋に放り込むと、今度はヤカンに水を満たしてガスにかける。上がるように言った手前、温かい飲みものぐらいは出すべきだろう。
棚には、インスタントコーヒーとココアが常備されている。ただ、紫織は昔からコーヒーが全く飲めない。
「紫織、ココアでいいよな?」
答えは分かっていながら、念のためにと訊いてみる。案の定、紫織からは、「うん」と返ってきた。
それから、カップをふたつ用意する。ひとつには俺用のコーヒーの粉を、もうひとつには、紫織用にココアの粉と、甘い方がいいだろうと思い、砂糖も一緒に入れた。
お湯が沸いてから、ヤカンからそれぞれのカップにゆっくりと熱湯を注いでゆく。湯気と共に、コーヒーの香りとココアの甘い匂いが交互に鼻腔を擽る。
お湯を入れ終えてから、仕上げに紫織のココアにポーションのミルクも加えてみた。本当は牛乳が良かったかもしれないが、冷蔵庫のストックがなくなっていたから断念した。
「どうぞ」
リビングに戻り、コタツの上でココアの入ったカップを滑らせると、紫織は、「ありがとう」と礼を言い、カップを持ってゆっくりと啜った。
俺はそれを見届けてから、コーヒーを口にする。コーヒーはブラックで飲む主義だから、当然、砂糖もミルクも入っていない。
ふと、コタツに置いたままのクッキーが目に飛び込んだ。せっかくだし、食べてみたい。
俺はわざわざ紫織に許可を仰ぎ、リボンを解いて中身を見る。見た目は綺麗な焼き具合だ。
「お、見た目は上等」
我ながら、ずいぶんと上目線な言い方だな、と思いつつクッキーを齧ってみると、味もなかなかで驚いた。
「どう?」
紫織が俺の顔を覗いながら味の感想を催促してくる。俺の口に合うかどうか不安だったのだろうか。
俺はそんな紫織を安心させる意味も込めて、「美味いよ。見た目通り」と答えた。
「これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
そう言いながらも、朋也だったら、紫織の手作りだと知ればどんなものでも喜ぶに違いない。意地を張って、「食えなくはねえな」などと偉そうに言うだろうが、あいつはすぐに顔に出る。
二枚目を咀嚼した俺は、ふと、日中に買ってきたネックレスの存在を想い出した。こうして紫織が来てくれたのだ。渡すなら今がいいだろう。
「ちょっと待っててくれるか?」
俺は中座すると、リビングを出て自室へ向かう。
ネックレスの入った箱は、失くさないようにとチェストの一番上の引き出しにしまっている。
「こんなすぐに渡せるチャンスがくるとは……」
ひとりごちながら引き出しを開けた俺は、ネックレスの箱を取り出し、それを片手で持ちながら再びリビングへと戻った。
紫織は戻って来た俺を、カップに口を付けたままの状態で見つめてきた。
「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」
そう言いながら、ネックレスの箱を差し出す。
紫織は目を思いきり見開いている。
「え? これって……」
「もうじきクリスマスだろ? 考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったしな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」
開けてみな、と催促すると、紫織は恐る恐るリボンを解く。まさか、ビックリ箱だと誤解されているのか。だが、ネックレスが姿を見せたとたん、「綺麗……」と声が漏れてきた。
「――高かったんじゃない……?」
予想通りと言えば予想通りの反応だった。確かに、高校生の紫織にしてみたら高価なものかもしれない。ただ、それなりに稼ぎのある俺としては、遠慮がちにされるのは困ってしまう。
「無粋なことは言わない。たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」
ここまで言うと、さすがに照れが生じてきた。何とか、ポーカーフェイスを保とうとしたのだが、どうやらそれは無理だったらしい。
「照れてる?」
紫織が俺の顔をまじまじと見て訊いてくる。それでも俺は、ついつい意地になって、「さあな」と気のないふりをした。
紫織はニコニコと満面の笑みを浮かべている。紫織に照れ臭さを看破されてしまうとは、俺もまだまだかもしれない。いや、紫織が昔よりも聡くなっているのか。
しかも、紫織の友達に似ているとも言われてしまった。もちろん、相手は女の子だから、外見ではなく内面的なものだろう。
悪い子では決してないと思う。ただ、俺と似ているという時点で、関わり合いになるのはちょっと怖い気もする。関わる機会があれば、の話だが。
紫織とは、明日の夜、朋也も交えて一緒にメシを食おうと約束をして、家まで送った。隣とはいえ、やはり、暗い夜道を女の子ひとりにするのはさすがに気が引ける。
明日、朋也が帰って来てから晩メシの話をしたら、どんな反応が返ってくるか。素直に応じるか、はたまた、俺達に気を遣って辞退するか。どちらにしろ、黙って紫織とふたりで出かけるよりはマシかもしれない。去年、朋也に内緒で出かけたことで機嫌を損ねてしまったから、俺もちょっと敏感になっているのだろう。
「どっちも大切だからな、俺には……」
ポツリと口にし、俺は夜空を仰ぐ。
星が、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていた。
「紫織?」
俺は考えるよりも先に、緊張した面持ちで玄関先に立っていた少女の名前を口にした。
少女――紫織も恐らく、俺が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。くりくりとした目を大きく見開き、穴が空くほど俺を凝視している。
「あの……、家の人は……?」
明らかに動揺している。俺も紫織と同様、目を見開きながら彼女を見つめていたが、「いないよ」と微笑を浮かべながら答えた。
「で、ご用は何でしょうか?」
最後に、『お嬢様』とふざけて付け足そうかと思ったが、やめた。今の紫織には、冗談が通じるとはとても思えない。
紫織は少し躊躇いがちに、しかし、俺にパラフィン紙とリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを差し出してきた。
「クッキー、焼いたから宏樹君に渡したくて……。ほんとは、いなかったら朋也にお願いするつもりだったんだけど。あ、もちろん朋也の分もあるよ! 宏樹君のがあって朋也のがないなんて不公平じゃない!」
必死になって取り繕おうとする紫織が微笑ましい。本当はすぐにでも受け取るつもりだったが、困っている紫織を見ていたら、ちょっとばかり意地悪な心が芽生えてしまった。
「ほんとに、深い意味はないから……」
なかなか受け取ろうとしない俺に、紫織は不安を覚えてきたのか、今度は泣きそうになっている。ここまでされると、さすがに苛め過ぎるのは可哀想に思えてきた。
「ありがと」
微笑しながら受け取ると、紫織もようやく安堵の表情を見せた。
それから、俺は紫織に上がるように勧めた。
紫織は最初、遠慮がちにしていたものの、さすがに玄関先は寒いと思ったのか、素直に俺の言葉に従ってくれた。
リビングまで通すと、紫織は真っ先に、コタツの上の空き缶に視線を向けた。もしかしたら、未成年の紫織にとって、ひとりでビールを飲んでいたというのが信じられなかったのだろう。
「悪い。今まで飲んでたから」
俺はクッキーをコタツの上に一旦置き、いそいそと缶をキッチンまで持って行った。そして、空き缶を専用の袋に放り込むと、今度はヤカンに水を満たしてガスにかける。上がるように言った手前、温かい飲みものぐらいは出すべきだろう。
棚には、インスタントコーヒーとココアが常備されている。ただ、紫織は昔からコーヒーが全く飲めない。
「紫織、ココアでいいよな?」
答えは分かっていながら、念のためにと訊いてみる。案の定、紫織からは、「うん」と返ってきた。
それから、カップをふたつ用意する。ひとつには俺用のコーヒーの粉を、もうひとつには、紫織用にココアの粉と、甘い方がいいだろうと思い、砂糖も一緒に入れた。
お湯が沸いてから、ヤカンからそれぞれのカップにゆっくりと熱湯を注いでゆく。湯気と共に、コーヒーの香りとココアの甘い匂いが交互に鼻腔を擽る。
お湯を入れ終えてから、仕上げに紫織のココアにポーションのミルクも加えてみた。本当は牛乳が良かったかもしれないが、冷蔵庫のストックがなくなっていたから断念した。
「どうぞ」
リビングに戻り、コタツの上でココアの入ったカップを滑らせると、紫織は、「ありがとう」と礼を言い、カップを持ってゆっくりと啜った。
俺はそれを見届けてから、コーヒーを口にする。コーヒーはブラックで飲む主義だから、当然、砂糖もミルクも入っていない。
ふと、コタツに置いたままのクッキーが目に飛び込んだ。せっかくだし、食べてみたい。
俺はわざわざ紫織に許可を仰ぎ、リボンを解いて中身を見る。見た目は綺麗な焼き具合だ。
「お、見た目は上等」
我ながら、ずいぶんと上目線な言い方だな、と思いつつクッキーを齧ってみると、味もなかなかで驚いた。
「どう?」
紫織が俺の顔を覗いながら味の感想を催促してくる。俺の口に合うかどうか不安だったのだろうか。
俺はそんな紫織を安心させる意味も込めて、「美味いよ。見た目通り」と答えた。
「これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
そう言いながらも、朋也だったら、紫織の手作りだと知ればどんなものでも喜ぶに違いない。意地を張って、「食えなくはねえな」などと偉そうに言うだろうが、あいつはすぐに顔に出る。
二枚目を咀嚼した俺は、ふと、日中に買ってきたネックレスの存在を想い出した。こうして紫織が来てくれたのだ。渡すなら今がいいだろう。
「ちょっと待っててくれるか?」
俺は中座すると、リビングを出て自室へ向かう。
ネックレスの入った箱は、失くさないようにとチェストの一番上の引き出しにしまっている。
「こんなすぐに渡せるチャンスがくるとは……」
ひとりごちながら引き出しを開けた俺は、ネックレスの箱を取り出し、それを片手で持ちながら再びリビングへと戻った。
紫織は戻って来た俺を、カップに口を付けたままの状態で見つめてきた。
「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」
そう言いながら、ネックレスの箱を差し出す。
紫織は目を思いきり見開いている。
「え? これって……」
「もうじきクリスマスだろ? 考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったしな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」
開けてみな、と催促すると、紫織は恐る恐るリボンを解く。まさか、ビックリ箱だと誤解されているのか。だが、ネックレスが姿を見せたとたん、「綺麗……」と声が漏れてきた。
「――高かったんじゃない……?」
予想通りと言えば予想通りの反応だった。確かに、高校生の紫織にしてみたら高価なものかもしれない。ただ、それなりに稼ぎのある俺としては、遠慮がちにされるのは困ってしまう。
「無粋なことは言わない。たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」
ここまで言うと、さすがに照れが生じてきた。何とか、ポーカーフェイスを保とうとしたのだが、どうやらそれは無理だったらしい。
「照れてる?」
紫織が俺の顔をまじまじと見て訊いてくる。それでも俺は、ついつい意地になって、「さあな」と気のないふりをした。
紫織はニコニコと満面の笑みを浮かべている。紫織に照れ臭さを看破されてしまうとは、俺もまだまだかもしれない。いや、紫織が昔よりも聡くなっているのか。
しかも、紫織の友達に似ているとも言われてしまった。もちろん、相手は女の子だから、外見ではなく内面的なものだろう。
悪い子では決してないと思う。ただ、俺と似ているという時点で、関わり合いになるのはちょっと怖い気もする。関わる機会があれば、の話だが。
紫織とは、明日の夜、朋也も交えて一緒にメシを食おうと約束をして、家まで送った。隣とはいえ、やはり、暗い夜道を女の子ひとりにするのはさすがに気が引ける。
明日、朋也が帰って来てから晩メシの話をしたら、どんな反応が返ってくるか。素直に応じるか、はたまた、俺達に気を遣って辞退するか。どちらにしろ、黙って紫織とふたりで出かけるよりはマシかもしれない。去年、朋也に内緒で出かけたことで機嫌を損ねてしまったから、俺もちょっと敏感になっているのだろう。
「どっちも大切だからな、俺には……」
ポツリと口にし、俺は夜空を仰ぐ。
星が、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていた。
【不器用な愛情表現 - End】
俺は考えるよりも先に、緊張した面持ちで玄関先に立っていた少女の名前を口にした。
少女――紫織も恐らく、俺が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。くりくりとした目を大きく見開き、穴が空くほど俺を凝視している。
「あの……、家の人は……?」
明らかに動揺している。俺も紫織と同様、目を見開きながら彼女を見つめていたが、「いないよ」と微笑を浮かべながら答えた。
「で、ご用は何でしょうか?」
最後に、『お嬢様』とふざけて付け足そうかと思ったが、やめた。今の紫織には、冗談が通じるとはとても思えない。
紫織は少し躊躇いがちに、しかし、俺にパラフィン紙とリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを差し出してきた。
「クッキー、焼いたから宏樹君に渡したくて……。ほんとは、いなかったら朋也にお願いするつもりだったんだけど。あ、もちろん朋也の分もあるよ! 宏樹君のがあって朋也のがないなんて不公平じゃない!」
必死になって取り繕おうとする紫織が微笑ましい。本当はすぐにでも受け取るつもりだったが、困っている紫織を見ていたら、ちょっとばかり意地悪な心が芽生えてしまった。
「ほんとに、深い意味はないから……」
なかなか受け取ろうとしない俺に、紫織は不安を覚えてきたのか、今度は泣きそうになっている。ここまでされると、さすがに苛め過ぎるのは可哀想に思えてきた。
「ありがと」
微笑しながら受け取ると、紫織もようやく安堵の表情を見せた。
それから、俺は紫織に上がるように勧めた。
紫織は最初、遠慮がちにしていたものの、さすがに玄関先は寒いと思ったのか、素直に俺の言葉に従ってくれた。
リビングまで通すと、紫織は真っ先に、コタツの上の空き缶に視線を向けた。もしかしたら、未成年の紫織にとって、ひとりでビールを飲んでいたというのが信じられなかったのだろう。
「悪い。今まで飲んでたから」
俺はクッキーをコタツの上に一旦置き、いそいそと缶をキッチンまで持って行った。そして、空き缶を専用の袋に放り込むと、今度はヤカンに水を満たしてガスにかける。上がるように言った手前、温かい飲みものぐらいは出すべきだろう。
棚には、インスタントコーヒーとココアが常備されている。ただ、紫織は昔からコーヒーが全く飲めない。
「紫織、ココアでいいよな?」
答えは分かっていながら、念のためにと訊いてみる。案の定、紫織からは、「うん」と返ってきた。
それから、カップをふたつ用意する。ひとつには俺用のコーヒーの粉を、もうひとつには、紫織用にココアの粉と、甘い方がいいだろうと思い、砂糖も一緒に入れた。
お湯が沸いてから、ヤカンからそれぞれのカップにゆっくりと熱湯を注いでゆく。湯気と共に、コーヒーの香りとココアの甘い匂いが交互に鼻腔を擽る。
お湯を入れ終えてから、仕上げに紫織のココアにポーションのミルクも加えてみた。本当は牛乳が良かったかもしれないが、冷蔵庫のストックがなくなっていたから断念した。
「どうぞ」
リビングに戻り、コタツの上でココアの入ったカップを滑らせると、紫織は、「ありがとう」と礼を言い、カップを持ってゆっくりと啜った。
俺はそれを見届けてから、コーヒーを口にする。コーヒーはブラックで飲む主義だから、当然、砂糖もミルクも入っていない。
ふと、コタツに置いたままのクッキーが目に飛び込んだ。せっかくだし、食べてみたい。
俺はわざわざ紫織に許可を仰ぎ、リボンを解いて中身を見る。見た目は綺麗な焼き具合だ。
「お、見た目は上等」
我ながら、ずいぶんと上目線な言い方だな、と思いつつクッキーを齧ってみると、味もなかなかで驚いた。
「どう?」
紫織が俺の顔を覗いながら味の感想を催促してくる。俺の口に合うかどうか不安だったのだろうか。
俺はそんな紫織を安心させる意味も込めて、「美味いよ。見た目通り」と答えた。
「これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
そう言いながらも、朋也だったら、紫織の手作りだと知ればどんなものでも喜ぶに違いない。意地を張って、「食えなくはねえな」などと偉そうに言うだろうが、あいつはすぐに顔に出る。
二枚目を咀嚼した俺は、ふと、日中に買ってきたネックレスの存在を想い出した。こうして紫織が来てくれたのだ。渡すなら今がいいだろう。
「ちょっと待っててくれるか?」
俺は中座すると、リビングを出て自室へ向かう。
ネックレスの入った箱は、失くさないようにとチェストの一番上の引き出しにしまっている。
「こんなすぐに渡せるチャンスがくるとは……」
ひとりごちながら引き出しを開けた俺は、ネックレスの箱を取り出し、それを片手で持ちながら再びリビングへと戻った。
紫織は戻って来た俺を、カップに口を付けたままの状態で見つめてきた。
「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」
そう言いながら、ネックレスの箱を差し出す。
紫織は目を思いきり見開いている。
「え? これって……」
「もうじきクリスマスだろ? 考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったしな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」
開けてみな、と催促すると、紫織は恐る恐るリボンを解く。まさか、ビックリ箱だと誤解されているのか。だが、ネックレスが姿を見せたとたん、「綺麗……」と声が漏れてきた。
「――高かったんじゃない……?」
予想通りと言えば予想通りの反応だった。確かに、高校生の紫織にしてみたら高価なものかもしれない。ただ、それなりに稼ぎのある俺としては、遠慮がちにされるのは困ってしまう。
「無粋なことは言わない。たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」
ここまで言うと、さすがに照れが生じてきた。何とか、ポーカーフェイスを保とうとしたのだが、どうやらそれは無理だったらしい。
「照れてる?」
紫織が俺の顔をまじまじと見て訊いてくる。それでも俺は、ついつい意地になって、「さあな」と気のないふりをした。
紫織はニコニコと満面の笑みを浮かべている。紫織に照れ臭さを看破されてしまうとは、俺もまだまだかもしれない。いや、紫織が昔よりも聡くなっているのか。
しかも、紫織の友達に似ているとも言われてしまった。もちろん、相手は女の子だから、外見ではなく内面的なものだろう。
悪い子では決してないと思う。ただ、俺と似ているという時点で、関わり合いになるのはちょっと怖い気もする。関わる機会があれば、の話だが。
◆◇◆◇
紫織とは、明日の夜、朋也も交えて一緒にメシを食おうと約束をして、家まで送った。隣とはいえ、やはり、暗い夜道を女の子ひとりにするのはさすがに気が引ける。
明日、朋也が帰って来てから晩メシの話をしたら、どんな反応が返ってくるか。素直に応じるか、はたまた、俺達に気を遣って辞退するか。どちらにしろ、黙って紫織とふたりで出かけるよりはマシかもしれない。去年、朋也に内緒で出かけたことで機嫌を損ねてしまったから、俺もちょっと敏感になっているのだろう。
「どっちも大切だからな、俺には……」
ポツリと口にし、俺は夜空を仰ぐ。
星が、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていた。
【「紫織?」
俺は考えるよりも先に、緊張した面持ちで玄関先に立っていた少女の名前を口にした。
少女――紫織も恐らく、俺が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。くりくりとした目を大きく見開き、穴が空くほど俺を凝視している。
「あの……、家の人は……?」
明らかに動揺している。俺も紫織と同様、目を見開きながら彼女を見つめていたが、「いないよ」と微笑を浮かべながら答えた。
「で、ご用は何でしょうか?」
最後に、『お嬢様』とふざけて付け足そうかと思ったが、やめた。今の紫織には、冗談が通じるとはとても思えない。
紫織は少し躊躇いがちに、しかし、俺にパラフィン紙とリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを差し出してきた。
「クッキー、焼いたから宏樹君に渡したくて……。ほんとは、いなかったら朋也にお願いするつもりだったんだけど。あ、もちろん朋也の分もあるよ! 宏樹君のがあって朋也のがないなんて不公平じゃない!」
必死になって取り繕おうとする紫織が微笑ましい。本当はすぐにでも受け取るつもりだったが、困っている紫織を見ていたら、ちょっとばかり意地悪な心が芽生えてしまった。
「ほんとに、深い意味はないから……」
なかなか受け取ろうとしない俺に、紫織は不安を覚えてきたのか、今度は泣きそうになっている。ここまでされると、さすがに苛め過ぎるのは可哀想に思えてきた。
「ありがと」
微笑しながら受け取ると、紫織もようやく安堵の表情を見せた。
それから、俺は紫織に上がるように勧めた。
紫織は最初、遠慮がちにしていたものの、さすがに玄関先は寒いと思ったのか、素直に俺の言葉に従ってくれた。
リビングまで通すと、紫織は真っ先に、コタツの上の空き缶に視線を向けた。もしかしたら、未成年の紫織にとって、ひとりでビールを飲んでいたというのが信じられなかったのだろう。
「悪い。今まで飲んでたから」
俺はクッキーをコタツの上に一旦置き、いそいそと缶をキッチンまで持って行った。そして、空き缶を専用の袋に放り込むと、今度はヤカンに水を満たしてガスにかける。上がるように言った手前、温かい飲みものぐらいは出すべきだろう。
棚には、インスタントコーヒーとココアが常備されている。ただ、紫織は昔からコーヒーが全く飲めない。
「紫織、ココアでいいよな?」
答えは分かっていながら、念のためにと訊いてみる。案の定、紫織からは、「うん」と返ってきた。
それから、カップをふたつ用意する。ひとつには俺用のコーヒーの粉を、もうひとつには、紫織用にココアの粉と、甘い方がいいだろうと思い、砂糖も一緒に入れた。
お湯が沸いてから、ヤカンからそれぞれのカップにゆっくりと熱湯を注いでゆく。湯気と共に、コーヒーの香りとココアの甘い匂いが交互に鼻腔を擽る。
お湯を入れ終えてから、仕上げに紫織のココアにポーションのミルクも加えてみた。本当は牛乳が良かったかもしれないが、冷蔵庫のストックがなくなっていたから断念した。
「どうぞ」
リビングに戻り、コタツの上でココアの入ったカップを滑らせると、紫織は、「ありがとう」と礼を言い、カップを持ってゆっくりと啜った。
俺はそれを見届けてから、コーヒーを口にする。コーヒーはブラックで飲む主義だから、当然、砂糖もミルクも入っていない。
ふと、コタツに置いたままのクッキーが目に飛び込んだ。せっかくだし、食べてみたい。
俺はわざわざ紫織に許可を仰ぎ、リボンを解いて中身を見る。見た目は綺麗な焼き具合だ。
「お、見た目は上等」
我ながら、ずいぶんと上目線な言い方だな、と思いつつクッキーを齧ってみると、味もなかなかで驚いた。
「どう?」
紫織が俺の顔を覗いながら味の感想を催促してくる。俺の口に合うかどうか不安だったのだろうか。
俺はそんな紫織を安心させる意味も込めて、「美味いよ。見た目通り」と答えた。
「これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
そう言いながらも、朋也だったら、紫織の手作りだと知ればどんなものでも喜ぶに違いない。意地を張って、「食えなくはねえな」などと偉そうに言うだろうが、あいつはすぐに顔に出る。
二枚目を咀嚼した俺は、ふと、日中に買ってきたネックレスの存在を想い出した。こうして紫織が来てくれたのだ。渡すなら今がいいだろう。
「ちょっと待っててくれるか?」
俺は中座すると、リビングを出て自室へ向かう。
ネックレスの入った箱は、失くさないようにとチェストの一番上の引き出しにしまっている。
「こんなすぐに渡せるチャンスがくるとは……」
ひとりごちながら引き出しを開けた俺は、ネックレスの箱を取り出し、それを片手で持ちながら再びリビングへと戻った。
紫織は戻って来た俺を、カップに口を付けたままの状態で見つめてきた。
「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」
そう言いながら、ネックレスの箱を差し出す。
紫織は目を思いきり見開いている。
「え? これって……」
「もうじきクリスマスだろ? 考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったしな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」
開けてみな、と催促すると、紫織は恐る恐るリボンを解く。まさか、ビックリ箱だと誤解されているのか。だが、ネックレスが姿を見せたとたん、「綺麗……」と声が漏れてきた。
「――高かったんじゃない……?」
予想通りと言えば予想通りの反応だった。確かに、高校生の紫織にしてみたら高価なものかもしれない。ただ、それなりに稼ぎのある俺としては、遠慮がちにされるのは困ってしまう。
「無粋なことは言わない。たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」
ここまで言うと、さすがに照れが生じてきた。何とか、ポーカーフェイスを保とうとしたのだが、どうやらそれは無理だったらしい。
「照れてる?」
紫織が俺の顔をまじまじと見て訊いてくる。それでも俺は、ついつい意地になって、「さあな」と気のないふりをした。
紫織はニコニコと満面の笑みを浮かべている。紫織に照れ臭さを看破されてしまうとは、俺もまだまだかもしれない。いや、紫織が昔よりも聡くなっているのか。
しかも、紫織の友達に似ているとも言われてしまった。もちろん、相手は女の子だから、外見ではなく内面的なものだろう。
悪い子では決してないと思う。ただ、俺と似ているという時点で、関わり合いになるのはちょっと怖い気もする。関わる機会があれば、の話だが。
紫織とは、明日の夜、朋也も交えて一緒にメシを食おうと約束をして、家まで送った。隣とはいえ、やはり、暗い夜道を女の子ひとりにするのはさすがに気が引ける。
明日、朋也が帰って来てから晩メシの話をしたら、どんな反応が返ってくるか。素直に応じるか、はたまた、俺達に気を遣って辞退するか。どちらにしろ、黙って紫織とふたりで出かけるよりはマシかもしれない。去年、朋也に内緒で出かけたことで機嫌を損ねてしまったから、俺もちょっと敏感になっているのだろう。
「どっちも大切だからな、俺には……」
ポツリと口にし、俺は夜空を仰ぐ。
星が、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていた。
「紫織?」
俺は考えるよりも先に、緊張した面持ちで玄関先に立っていた少女の名前を口にした。
少女――紫織も恐らく、俺が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。くりくりとした目を大きく見開き、穴が空くほど俺を凝視している。
「あの……、家の人は……?」
明らかに動揺している。俺も紫織と同様、目を見開きながら彼女を見つめていたが、「いないよ」と微笑を浮かべながら答えた。
「で、ご用は何でしょうか?」
最後に、『お嬢様』とふざけて付け足そうかと思ったが、やめた。今の紫織には、冗談が通じるとはとても思えない。
紫織は少し躊躇いがちに、しかし、俺にパラフィン紙とリボンで可愛らしくラッピングされたクッキーを差し出してきた。
「クッキー、焼いたから宏樹君に渡したくて……。ほんとは、いなかったら朋也にお願いするつもりだったんだけど。あ、もちろん朋也の分もあるよ! 宏樹君のがあって朋也のがないなんて不公平じゃない!」
必死になって取り繕おうとする紫織が微笑ましい。本当はすぐにでも受け取るつもりだったが、困っている紫織を見ていたら、ちょっとばかり意地悪な心が芽生えてしまった。
「ほんとに、深い意味はないから……」
なかなか受け取ろうとしない俺に、紫織は不安を覚えてきたのか、今度は泣きそうになっている。ここまでされると、さすがに苛め過ぎるのは可哀想に思えてきた。
「ありがと」
微笑しながら受け取ると、紫織もようやく安堵の表情を見せた。
それから、俺は紫織に上がるように勧めた。
紫織は最初、遠慮がちにしていたものの、さすがに玄関先は寒いと思ったのか、素直に俺の言葉に従ってくれた。
リビングまで通すと、紫織は真っ先に、コタツの上の空き缶に視線を向けた。もしかしたら、未成年の紫織にとって、ひとりでビールを飲んでいたというのが信じられなかったのだろう。
「悪い。今まで飲んでたから」
俺はクッキーをコタツの上に一旦置き、いそいそと缶をキッチンまで持って行った。そして、空き缶を専用の袋に放り込むと、今度はヤカンに水を満たしてガスにかける。上がるように言った手前、温かい飲みものぐらいは出すべきだろう。
棚には、インスタントコーヒーとココアが常備されている。ただ、紫織は昔からコーヒーが全く飲めない。
「紫織、ココアでいいよな?」
答えは分かっていながら、念のためにと訊いてみる。案の定、紫織からは、「うん」と返ってきた。
それから、カップをふたつ用意する。ひとつには俺用のコーヒーの粉を、もうひとつには、紫織用にココアの粉と、甘い方がいいだろうと思い、砂糖も一緒に入れた。
お湯が沸いてから、ヤカンからそれぞれのカップにゆっくりと熱湯を注いでゆく。湯気と共に、コーヒーの香りとココアの甘い匂いが交互に鼻腔を擽る。
お湯を入れ終えてから、仕上げに紫織のココアにポーションのミルクも加えてみた。本当は牛乳が良かったかもしれないが、冷蔵庫のストックがなくなっていたから断念した。
「どうぞ」
リビングに戻り、コタツの上でココアの入ったカップを滑らせると、紫織は、「ありがとう」と礼を言い、カップを持ってゆっくりと啜った。
俺はそれを見届けてから、コーヒーを口にする。コーヒーはブラックで飲む主義だから、当然、砂糖もミルクも入っていない。
ふと、コタツに置いたままのクッキーが目に飛び込んだ。せっかくだし、食べてみたい。
俺はわざわざ紫織に許可を仰ぎ、リボンを解いて中身を見る。見た目は綺麗な焼き具合だ。
「お、見た目は上等」
我ながら、ずいぶんと上目線な言い方だな、と思いつつクッキーを齧ってみると、味もなかなかで驚いた。
「どう?」
紫織が俺の顔を覗いながら味の感想を催促してくる。俺の口に合うかどうか不安だったのだろうか。
俺はそんな紫織を安心させる意味も込めて、「美味いよ。見た目通り」と答えた。
「これだったら、朋也の奴も喜んで食うよ」
そう言いながらも、朋也だったら、紫織の手作りだと知ればどんなものでも喜ぶに違いない。意地を張って、「食えなくはねえな」などと偉そうに言うだろうが、あいつはすぐに顔に出る。
二枚目を咀嚼した俺は、ふと、日中に買ってきたネックレスの存在を想い出した。こうして紫織が来てくれたのだ。渡すなら今がいいだろう。
「ちょっと待っててくれるか?」
俺は中座すると、リビングを出て自室へ向かう。
ネックレスの入った箱は、失くさないようにとチェストの一番上の引き出しにしまっている。
「こんなすぐに渡せるチャンスがくるとは……」
ひとりごちながら引き出しを開けた俺は、ネックレスの箱を取り出し、それを片手で持ちながら再びリビングへと戻った。
紫織は戻って来た俺を、カップに口を付けたままの状態で見つめてきた。
「今日、紫織が来てくれたのはラッキーだったかもな」
そう言いながら、ネックレスの箱を差し出す。
紫織は目を思いきり見開いている。
「え? これって……」
「もうじきクリスマスだろ? 考えてみたら、去年は何もプレゼントしてなかったしな。そう思って、今年は早めに用意しておいた」
開けてみな、と催促すると、紫織は恐る恐るリボンを解く。まさか、ビックリ箱だと誤解されているのか。だが、ネックレスが姿を見せたとたん、「綺麗……」と声が漏れてきた。
「――高かったんじゃない……?」
予想通りと言えば予想通りの反応だった。確かに、高校生の紫織にしてみたら高価なものかもしれない。ただ、それなりに稼ぎのある俺としては、遠慮がちにされるのは困ってしまう。
「無粋なことは言わない。たまたま見て、紫織に似合いそうだと思って買っただけだから。ちょっと大人っぽいかもしれねえけど、その方が長く使えそうだしいいだろ?」
ここまで言うと、さすがに照れが生じてきた。何とか、ポーカーフェイスを保とうとしたのだが、どうやらそれは無理だったらしい。
「照れてる?」
紫織が俺の顔をまじまじと見て訊いてくる。それでも俺は、ついつい意地になって、「さあな」と気のないふりをした。
紫織はニコニコと満面の笑みを浮かべている。紫織に照れ臭さを看破されてしまうとは、俺もまだまだかもしれない。いや、紫織が昔よりも聡くなっているのか。
しかも、紫織の友達に似ているとも言われてしまった。もちろん、相手は女の子だから、外見ではなく内面的なものだろう。
悪い子では決してないと思う。ただ、俺と似ているという時点で、関わり合いになるのはちょっと怖い気もする。関わる機会があれば、の話だが。
紫織とは、明日の夜、朋也も交えて一緒にメシを食おうと約束をして、家まで送った。隣とはいえ、やはり、暗い夜道を女の子ひとりにするのはさすがに気が引ける。
明日、朋也が帰って来てから晩メシの話をしたら、どんな反応が返ってくるか。素直に応じるか、はたまた、俺達に気を遣って辞退するか。どちらにしろ、黙って紫織とふたりで出かけるよりはマシかもしれない。去年、朋也に内緒で出かけたことで機嫌を損ねてしまったから、俺もちょっと敏感になっているのだろう。
「どっちも大切だからな、俺には……」
ポツリと口にし、俺は夜空を仰ぐ。
星が、まるで宝石を散りばめたようにキラキラと輝いていた。
【不器用な愛情表現 - End】
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