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第九話 ささやかな願い
Act.4
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◆◇◆◇◆◇
今朝のニュースで、宏樹は今日がクリスマスイヴであることを改めて認識した。だが、毎日仕事に追わている彼には、クリスマスに特別な感情は湧かない。それに、今はもう、一緒に過ごせる相手もいないのだから。
千夜子から最後の電話がかかってきてから数日後、宏樹は再び彼女に電話した。
宏樹もあれからしばらく悩んだが、最終的には、やり直す気はないことをはっきりと伝えた。
千夜子にはずいぶんと酷なことを言ってしまったと思うが、同じことの繰り返しになるであろうことは目に見えている。
後悔していない、と言えば嘘になる。しかし、気持ちが軽くなったのも本当だった。
(瀬野さんのお陰でもあるかもな)
宏樹は、強引に飲みに連れて行かれた日のことを想い出していた瀬野は厄介な先輩ではあるが、半面で、頼れるところも確かにある。話を聴いてもらえて良かった、と感謝出来た。
◆◇◆◇
夜八時過ぎ、夕飯を済ませた頃に高沢家の電話が鳴った。
「ちょっとー! 誰か出てちょうだい! こっちは洗い物してて手が離せないからー!」
キッチンから母親に言われ、たまたま電話に一番近い位置にいた宏樹が立ち上がり、受話器を取った。
「はい、高沢です」
いつもよりも抑え気味の声音で言った。
ところが、向こうからは何の返答もない。
(――悪戯か?)
宏樹は眉をひそめながら電話を切ろうとした。と、その時だった。
『――宏樹君、ですか?』
女の声だった。一瞬、千夜子かと思ったが、千夜子は宏樹を〈君付け〉では呼ばない。そうなると、残るはただひとりだけだ。
宏樹は受話器を耳にしたまま、朋也を一瞥する。幸いにも、朋也はテレビに夢中になっているようで、こっちの様子には全く気付いてなさそうだった。
「俺だけど。――どうした?」
名前はあえて言わず、相手に訊ねた。
相手は躊躇っている。改めて電話なんてすることはないから、もしかしたら緊張しているのかもだろう。宏樹はそう思い、相手が話し出すのを辛抱強く待った。
『えっと……』
少しの間を置いてから、相手はやっと話し始めた。
『ちょっと、お願いがあるんだけど……。いいかな……?』
「――いいけど?」
そう答えたものの、宏樹は訝しく思いながら首を捻っている。
そんな宏樹の気持ちを察知してしまったわけではないだろうが、相手はまた、少し間を置いてから『あの』と言った。
『――今、ちょっとだけ外に出られないかな……? この間借りてたコート、返したいから……』
「ん? ああ、あれか」
相手に言われて、酔っ払って帰ってきた日、コートをかけてやったことを想い出した。
ただ、やはり朋也がどうしても気になる。再び朋也に視線を送りそうになったが、何度も見ると、いくら鈍い弟でもすぐに勘付いてしまうに違いない。
「今日じゃなきゃダメか?」
宏樹は不自然さを感じさせないように意識しつつ、声を抑えて訊ねた。
『出来れば今』
朋也の気持ちを知っているであろうに、相手はきっぱりと言い放つ。
宏樹は思わず苦笑いしてしまった。
「――こんな時間に外に出たりしたら、小母さんに怒られるだろ?」
『大丈夫、お母さんにバレないようにするから』
遠回しに断ってみても、相手はやはり、頑として譲らなかった。大人しそうな顔をしているくせに、とてつもなく頑固だ、と宏樹も観念した。
「――分かったよ」
宏樹は言った。
「それじゃあ、今すぐに出るから。ただし、用が済んだらすぐに家に入れよ? また風邪を引いたら大変だからな」
『うん! 分かった!』
宏樹の答えが、相手は相当嬉しかったのだろう。先ほどとは打って変わり、声の調子が急に明るくなった。
『それじゃ、私もすぐに出るね!』
そう言うなり、相手はそそくさと電話を切ってしまった。
(せっかちだな……)
ツーツーと鳴り続ける受話器を睨みながら、宏樹は小さな溜め息をひとつ吐いた。
(とにかく、すぐに行って戻って来るか)
そう言い聞かせると、受話器を元に戻し、ゆったりとした足取りでリビングを後にした。
今朝のニュースで、宏樹は今日がクリスマスイヴであることを改めて認識した。だが、毎日仕事に追わている彼には、クリスマスに特別な感情は湧かない。それに、今はもう、一緒に過ごせる相手もいないのだから。
千夜子から最後の電話がかかってきてから数日後、宏樹は再び彼女に電話した。
宏樹もあれからしばらく悩んだが、最終的には、やり直す気はないことをはっきりと伝えた。
千夜子にはずいぶんと酷なことを言ってしまったと思うが、同じことの繰り返しになるであろうことは目に見えている。
後悔していない、と言えば嘘になる。しかし、気持ちが軽くなったのも本当だった。
(瀬野さんのお陰でもあるかもな)
宏樹は、強引に飲みに連れて行かれた日のことを想い出していた瀬野は厄介な先輩ではあるが、半面で、頼れるところも確かにある。話を聴いてもらえて良かった、と感謝出来た。
◆◇◆◇
夜八時過ぎ、夕飯を済ませた頃に高沢家の電話が鳴った。
「ちょっとー! 誰か出てちょうだい! こっちは洗い物してて手が離せないからー!」
キッチンから母親に言われ、たまたま電話に一番近い位置にいた宏樹が立ち上がり、受話器を取った。
「はい、高沢です」
いつもよりも抑え気味の声音で言った。
ところが、向こうからは何の返答もない。
(――悪戯か?)
宏樹は眉をひそめながら電話を切ろうとした。と、その時だった。
『――宏樹君、ですか?』
女の声だった。一瞬、千夜子かと思ったが、千夜子は宏樹を〈君付け〉では呼ばない。そうなると、残るはただひとりだけだ。
宏樹は受話器を耳にしたまま、朋也を一瞥する。幸いにも、朋也はテレビに夢中になっているようで、こっちの様子には全く気付いてなさそうだった。
「俺だけど。――どうした?」
名前はあえて言わず、相手に訊ねた。
相手は躊躇っている。改めて電話なんてすることはないから、もしかしたら緊張しているのかもだろう。宏樹はそう思い、相手が話し出すのを辛抱強く待った。
『えっと……』
少しの間を置いてから、相手はやっと話し始めた。
『ちょっと、お願いがあるんだけど……。いいかな……?』
「――いいけど?」
そう答えたものの、宏樹は訝しく思いながら首を捻っている。
そんな宏樹の気持ちを察知してしまったわけではないだろうが、相手はまた、少し間を置いてから『あの』と言った。
『――今、ちょっとだけ外に出られないかな……? この間借りてたコート、返したいから……』
「ん? ああ、あれか」
相手に言われて、酔っ払って帰ってきた日、コートをかけてやったことを想い出した。
ただ、やはり朋也がどうしても気になる。再び朋也に視線を送りそうになったが、何度も見ると、いくら鈍い弟でもすぐに勘付いてしまうに違いない。
「今日じゃなきゃダメか?」
宏樹は不自然さを感じさせないように意識しつつ、声を抑えて訊ねた。
『出来れば今』
朋也の気持ちを知っているであろうに、相手はきっぱりと言い放つ。
宏樹は思わず苦笑いしてしまった。
「――こんな時間に外に出たりしたら、小母さんに怒られるだろ?」
『大丈夫、お母さんにバレないようにするから』
遠回しに断ってみても、相手はやはり、頑として譲らなかった。大人しそうな顔をしているくせに、とてつもなく頑固だ、と宏樹も観念した。
「――分かったよ」
宏樹は言った。
「それじゃあ、今すぐに出るから。ただし、用が済んだらすぐに家に入れよ? また風邪を引いたら大変だからな」
『うん! 分かった!』
宏樹の答えが、相手は相当嬉しかったのだろう。先ほどとは打って変わり、声の調子が急に明るくなった。
『それじゃ、私もすぐに出るね!』
そう言うなり、相手はそそくさと電話を切ってしまった。
(せっかちだな……)
ツーツーと鳴り続ける受話器を睨みながら、宏樹は小さな溜め息をひとつ吐いた。
(とにかく、すぐに行って戻って来るか)
そう言い聞かせると、受話器を元に戻し、ゆったりとした足取りでリビングを後にした。
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