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最終話 夢の終わり 

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「降りて来てください。」
「‥‥!親父‥‥お袋‥‥!」

 咲也と弥生はためらうことなく両親に抱きついた。涙が溢れ出て、止まらない。

「ごめんなさい‥‥!私がちゃんとしていれば‥‥もっと早くそっちに行けたはずなのに‼」
「弥生、あなたが責任を感じる必要はないわ。ずっと咲也を守ってくれたんでしょう?」
「母さん‥‥!」
「父さん‥‥俺‥‥あの時‥‥もっとちゃんと‥‥!」
「お前は立派だったさ。自分がどうなろうと、弥生の命だけは助けたいと思った。まだ小さかったのに‥‥よく頑張った。」
「でも‥‥でも‥‥結局‥‥!」

 2人の泣きつく姿を見て、颯太はサクラに尋ねた。

「どうしたら‥‥2人を救えるの?」
「さっきも言ったように、それは私にはできない。颯太くんが、目覚めたいと願うしかない。これは、あなたの長い夢。現実から逃げて、作り出した夢なの。そこから君が目覚めなければ、2人の魂も、ご両親の魂も、迷ったまま。そしてそれは、桜の精である私の住処でなければ、絶対に叶わないこと。」
「僕の‥‥夢‥‥」
「そう。夢から覚めれば、2人はいない。でも、現実と向き合わなければ、あなたは前に進めない。夢に囚われたまま、目覚めることができなくなってしまう。颯太くんは、亡くなった菜種梅雨家の人たちの分も、しっかり生きようとは思わない?2人を、ご両親の元に返してあげようとは思わない?少しでもそう思うなら、あなたの手で、この夢を終わらせなければ。」

 その言葉を聞いた颯太は、ゆっくりと深呼吸をし、晴子と朝陽に頭を下げた。

「晴子おばさん、朝陽おじさん‥‥長い間、僕のせいで家族を離れ離れにしてしまって、ごめんなさい。僕は、皆さんを失った辛さから逃げていた。でも‥‥もう終わりにします。2人を、よろしくお願いします。」
「颯太くん‥‥あなたがいてくれて良かった。咲也が最期に頼ったのはあなた‥‥あなたは、息子の生涯の友です。」
「僕もそう思っています。僕こそ、咲也だけが心から信頼できる友達でした。咲也以上に親しくなれる人間なんて現れないでしょう。」
「そんなことはない。君は現実の世界で、これからたくさんの人と出会う。心の友にも、きっと出会える。私のせいで、咲也と弥生を連れて去っていくことを許してくれ。どうかどうか、幸せになってくれ。」
「はい。ありがとうございます。」

 咲也と弥生は、涙を流しながら颯太を抱きしめた。颯太もこらえきれず、涙を流す。

「お前に‥‥全部背負わせてすまねえ。でも、俺たちは行く。父さんと母さんはずっと待ち続けてくれたんだ。真相を知ったからには、もう待たせるわけにはいかねえ。」
「颯太くん。あなたは咲也を恩人と言ったけど‥‥私たちにとっても、あなたは恩人だよ。あなたが作り出した夢でも‥‥私たちに幸せな時間をくれた。叔父さんや叔母さんを置いていくのは、正直、気が引けるけどね。」
「いいえ‥‥それでいいんです。これは実はずっと、僕が心の奥底で、望んでいたことのような気がしますから。咲也‥‥本当に楽しかったよ。僕はまだそっちにはいけない。だから‥‥見守っていて。」

 咲也は号泣する颯太を見て、何度も頷いた。

「ああ‥‥ああ‥‥!約束する!ずっと、ずっと、お前を見守る!いつかお前がこちら側に来るその時まで!だから戻れ!お前がいるべき世界に!」

 4人の体が透けるように消えかかったと思うと、桜色に染まった。つむじ風が吹き、花びらのようにくだけて、舞って、消えてしまった。

 その様子を、颯太は静かに見つめていた。我に返って周りを見たが、そこにはあんなに舞い散った花びらも、サクラの姿もなかった。ただ、颯太の目の前に、1枚の花びらがひらひらと舞い落ちてきた。颯太はその花びらを握りしめると、ゆっくり息を吐き、元来た道を戻った。明かり一つなかったが、月明かりで浮かび上がる道を、颯太はたった1人で歩き続けた。

                       *  

 どのくらい時間が経ったのだろう。脈の速さくらいの電子音が聞こえる。人の話し声も。自分の名前を呼ぶ声が聞こえて、颯太はゆっくりと目を開けた。

「颯太!良かった!気がついたのね!」
「ずっと眠って‥‥もう目が覚めないかと‥‥!」
「父さん‥‥母さん‥‥ここは‥‥?」
「病院よ。あなた‥‥咲也くんたちが事故に遭った日に眠ってしまって、それっきり‥‥。」

 颯太の両親が言うにはーーーーあの日、留守電を聞いて散々泣いた後、颯太はまた、病院に駆け戻った。後を追った両親が病院についた時には、颯太は咲也たちの遺体にすがるように顔を伏せて、眠っていた。
 どれだけ呼びかけても、体を揺らしても、目を覚まさなかった。医師は、“事故のショックかもしれない”と言い、颯太は事故の日から、4日間も、この病室で眠り続けていたのだという。

「‥‥夢を‥‥見ていたよ。」
「夢?」
「幸せな夢だったよ。咲也や弥生さんと一緒に中学にも高校にも行って‥‥笑い合って‥‥桜を見たんだ。綺麗な桜だった。」

 颯太の言葉に、両親は何も言わなかった。まだ、夢と現実の区別がついていないと思ったのだ。

 颯太は、右手を強く握りしめていることに気づいた。ゆっくりと手を開くと、1枚の桜の花びらがあった。4日間も握りしめていたとは思えないような、綺麗な花びらだった。
 そして自分のその手は、高校2年生のものではなく、とても小さかった。

「心配かけてごめんね、父さん、母さん。僕はもう大丈夫。もう、逃げないから。」
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