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13話 残酷な真実

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「2人とも忘れ物はない?」
「おう。」
「はい。」
「よし。じゃあ出発しよう。3時間半はかかるから、途中でお昼を食べて、到着は夕方近くになるかも。」
「姉貴もまだ運転初心者だし、ゆっくりで大丈夫だよ。きっと、夜の方がいいんだろうから。」

 3月末日。3人は、弥生の運転する車でシカバネザクラのある丘へと出発した。

 (親父、お袋、サクラ。今から会いに行くからな!)

                      *

 咲也の家から3時間半ほどかかる山の中。町を見下ろす丘の上に、見事な桜の木が立っていた。
 シカバネザクラと呼ばれている。樹齢400年を超えるというエドヒガンの古木だが、枝の隅々にまでつぼみをつけており、ほとんどの花が開いて、花びらが美しく輝いていた。
 丘の周囲は低いフェンスで覆われており、“立入禁止”と書かれた看板が立っていた。
 これほど見事な桜なのに花見客はおらず、立ち入り禁止のはずの満開のシカバネザクラの下に、人らしき3つの影があった。

「咲也くん、お花見の時に私が言い残した言葉の意味、分かってくれたはずですよね。」
「大丈夫よ、サクラさん。この世界のあの子には弥生も颯太くんもいる。義兄さん夫婦だって。成長した姿を見ると、胸がいっぱいになるわ。」
「社会人になる弥生を家族全員でお祝いしてやりたかったな。」
「事故に遭ったあの日から今日まで、よく待ち続けてくださいました。ついにこの日が来ましたね。」

 サクラはふっと笑った。シカバネザクラを見上げ、目を細める。

「綺麗‥‥夜には、全ての花が開いて満開になります。咲也くんたちも来てくれる。」

                        *

 数時間後、咲也たち3人は山のふもとに車を止めた。シカバネザクラの立つ丘の頂上までは、15分ほどかかるらしい。

「それじゃあ、行こうか。この細道をそのまま進めば着くみたい。」
「おう。いい具合に日が暮れてきたな。急ごうぜ。」

 3人は少し早足で丘へと向かった。ふもとに着くと、張り巡らされたフェンスと“立入禁止”と書かれた看板を見て目を見開く。

「おいおい、フェンスまであるぞ。」
「この鍵、解除できるかも。弥生さん、ヘアピン持ってませんか?」
「あるけど‥‥これで開けるの?」
「不吉な場所だと怖がって、入ろうとする人はまずいないんでしょう。単純な構造の鍵ですよ。」

 ぶつぶつ言いながらヘアピンを鍵に差し込んで動かす颯太を2人が不安げに見つめていると、ほどなくガチャリという音がした。咲也は苦笑する。

「颯太、お前って意外に悪いやつだな。」
「あはは‥‥まさか。自他共に認める優等生だよ。さあ行こう。」

 ゲートを開けて丘の頂上に登ると、ちょうど夕日が沈むところだった。夕闇に浮かぶシカバネザクラはゾッとするほど美しく、3人は思わず息を呑んだ。

「この写真と同じだ。場所は間違ってないみたいだね。」
「でも、どうやって父さんたちに会うんだろう?」

 どうしていいか分からず、3人で根元に腰掛けて桜を見上げて話をしているうちに、あたりはすっかり暗くなった。気づけば、見事な満月の月明かりが一帯を照らしている。シカバネザクラの美しさも、凄みを増している。
 すると、木の上から声がした。

「久し振りだね、3人とも。来てくれてありがとう。」
「サクラ!お前やっと現れたな。」
「花霞上さん、お久しぶり。」
「サクラちゃん、降りてこられないの?」

 サクラはちょっと待ってと言うと木からふわりと飛び降りた。3人の前に立つと、あの頃と変わらない微笑を浮かべた。

「咲也くん、颯太くん。よくここまでたどり着いたね。まだ、何か聞きたいことがあるんじゃない?私自身のことも、ご両親のことも。」
「ああ。まずお前は‥‥本当に死神か?死神って死者の世界に導くような存在だろ?それなのに、生きてる俺らのために動くだなんて‥‥おかしくねえか?」
「‥‥そうだね。咲也くんの言う通り‥‥私は死神じゃない。あの時颯太くんには、邪魔させないために、怖がるように嘘ついたの。私の正体は‥‥妖精って言ったら分かりやすいかな?」
「妖精⁉︎わあ、確かにそっちの方が、サクラちゃんっぽいわ!」

 弥生の言葉に、咲也と颯太も確かにと頷いた。サクラは続ける。

「私はね‥‥桜の精なの。だから、この世界で「サクラ」と名乗った。ある重要な仕事をするために、咲也くんたちの前に現れて仲良くなったの。桜に触れると姿が戻るから、あの時、自分から姿を消した。3人でいるのがあまりに楽しくて、仕事を忘れてしまいそうだったから。」
「全部話してくれれば良かったじゃねえか。」
「ごめんね。伝えても信じてもらえないような気がして。‥‥この桜の木は、400年前くらいから、私の住処だったの。毎年たくさんの人が、満開の私を見にきてくれた。でも戦が起こって、亡くなった人たちがここに埋められたの。」
「それ、本に書いてあったぞ。」
「そう。それから急に妖力が増してしまって‥‥」
「7年に一度しか満開にならない桜になった。」
「そうなの。そして私の花を持ち帰った人は、その妖力に耐えられず、3年後くらいに死んでしまうようになった。」
「そういえば、親父の草花帳のシカバネザクラのページに、細い枝付きの花の押し花があった‥‥」
「そう。花が大好きなあなたのお父さんは、強風で折れて地面に落ちていた小枝を、つい持ち帰ってしまった。だから、死んでしまった。ご両親も‥‥あなたたちも。」
「‥‥えっ?」

 サクラが指さしたのは、咲也と弥生だった。隣にいた颯太は困惑する。

「でも2人は僕とずっと一緒に‥‥!」
「そう。互いを思いやる心が強いせいで、自分たちも事故で亡くなったことを忘れてしまった。颯太くん、あなたがこの世界の全てを作ったんだよ。」
「意味が分からねえよ。俺たちもあの事故で死んだってことか!?」
「そう。3人とも思い出して。あの日起きた‥‥本当の出来事を。」

 サクラが手をかざすと、3人の周囲に桜の花びらが舞った。そして3人の意識の中に、なだれ込んできた。交通事故が起きた、あの日の“真実”が。
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