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8話 咲也の覚醒

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 叔父・向陽に将来のことについて背中を押された後、咲也はやる気のなかった学校生活に真面目に取り組んでいた。元々文武両道である彼は、やる気を出せば学年トップの成績を取ることができた。

「おい‥‥菜種梅雨ってあんなに運動できたか?」

 中学時代からの同級生たちが、首をかしげた。

「さあ‥‥?でもあいつ、こないだの中間テストで全科目ほとんど満点で、学年1位だったらしいぜ?」
「確か体力テストも1位だったって先生が言ってたけど‥‥」
「嘘⁉︎今までやる気なんて全く感じられなかったのに!?」
「どういう心境の変化なんだよ?」

 咲也の変わり様は、同級生や教師たちを驚かせた。

「咲也が本気を出したらすごいのは知ってたけど‥‥ちょっと悔しいな。こないだまで、勉強だけは勝ってたのに。」
「お前だって成績は学年2位だろ。来年の春は確かに遠い話だが、ボーッとしてるのもどうかと思っただけだ。それに‥‥姉貴にも迷惑かけたくないんだよ。俺の成績が良くなかったから、“カンニングしてる”とか色々言われてたみたいだし。」
「姉弟だからって成績まで似てるわけじゃないんだけどね。でも、ホント咲也って弥生さんのこと好きだよね。小さい頃の夢は“お姉ちゃんと結婚する”だったよね?」
「いつの話だよ!つーか、何で覚えてんだよ!」
「いやだって‥‥お母さんじゃなく、お姉さんってくるところがシスコンだよねー。僕は一人っ子だから、そのシスコンも微笑ましいと感じるよ。ふふふ。」

 颯太の言葉に、咲也はふてくされながら弁当を食べ始めた。颯太が尋ねる。

「咲也のお弁当って、弥生さんが作ってるんだよね。いつも美味しそうだよね。」
「叔母さんは早く帰って来てるとはいえ仕事してるし、叔父さんは社長だ。だから、家族の弁当はできるだけ姉貴が作ってるんだ。」
「大変だよね。同じ時間に学校に行くのに。」
「洗濯もたまにやってる。姉貴は喘息があるから、叔母さんも叔父さんもほどほどにって言ってるんだけど、姉貴、強情だから。」
「昔からそんな人だったっけ?」
「親父とお袋が死んでからだな。それまでは家事なんてさっぱりだったのに。」
「しかもバイトもしてるんだよね。自分のこと以外何にもやらない咲也とはえらい違いだよね。」
「うっ‥‥確かに姉貴には敵わねえよ。だからこそ俺も就職を‥‥と思ってるんだけど‥‥」
「大学に行けって言われてるんだろ?弥生さんの気持ちはよく分かるよ。自分が行かない分、君には学生時代を謳歌して欲しいんだ。」

 咲也は卵焼きを口に頬張り、それ以上何も言わなかった。

                      *

 しばらくすると、クラスメイトが咲也を呼んだ。扉の横に隣のクラスの女子生徒がいる。溜息を吐きながら教室を出て中庭に行くと、予想通りの言葉が飛んできた。

「菜種梅雨くん‥‥好きです!付き合ってください!!」
「‥‥悪い。俺は今、恋愛をしてる場合じゃねえんだ。」
「‥‥花霞上さんが好きだったの?」
「いや。あいつはそんなんじゃねえよ。申し訳ないけど、俺は今誰とも付き合えない。」

 咲也はそう言い残すと、教室に戻った。何やら騒がしいと思ったら、弥生が来ていた。

「どこ行ってたの?はいこれ、忘れ物。」

 弥生が咲也に渡したのは、家に忘れた体操着だった。咲也は礼を言いながら受け取り、首を傾げる。

「颯太に渡してくれればよかったのに‥‥何でわざわざ待ってたんだ?」
「ゆうべも今朝も時間がなかったけど、ちょっと話したいことがあったの。こっち来て。」

 弥生は咲也の腕を引き、廊下に出た。周囲に人がいないのを確認すると、弥生は小さな声で咲也に言った。

「私ね‥‥明日から1週間くらい学校休むから。」
「‥‥‥え?」
「昨日喘息が出ちゃって、学校早退したの。叔母さんと一緒に病院に行ったら、色々無理しすぎって怒られて‥‥しばらくの間は、家で安静にしてなさいって。」
「‥‥‥ごめん‥‥俺‥‥何も知らなくて‥‥」
「いいの、いいの。私が勝手に頑張りすぎただけだから。叔母さんも仕事をセーブしてくれるらしいから、咲也は何も気にしないでね。」

 咲也は戸惑いながら、ゆっくりと頷いた。弥生は笑顔を浮かべ、咲也の肩に手を置いた。

「その代わり、この機会に咲也にしてほしいことがあるんだけど。」
「おう、何でも言ってくれ。」
「いい返事だね。まずは、叔父さん・叔母さんを気にかけること。顔には出さないけど疲れてる。だって会社のトップなんだもの。体を壊さないよう、少しは気にかけて。」
「分かった。他には?」
「家事の手伝い。無理に料理や洗濯をやれとは言わないから、洗い物や洗濯物を取り込むくらいは手伝って。それくらいやったって、勉強に支障は出ないから。この機会に、自分のこと以外にも目を向けて。」
「それ、さっき颯太に言われたばっかりだ。了解。」

 咲也は深く頷いた。弥生は笑って、咲也の肩から手を離す。

「それから何より学校にはちゃんと通うこと。それが叔父さんと叔母さんへの恩返しにもなるし、咲也のためにもなるんだから。」
「うん、分かった。」

 咲也の強い返事に、弥生は満足そうだった。彼女は、無理は禁物だよ、と言いながら去って行った。咲也は、思わずその言葉に苦笑する。

「無理してるのはどっちだよ。本当、自分のことは後回しだな。」

 咲也は大きく息を吸い込み、叫んだ。

「よし!!やるぞ、俺!!姉貴の分まで!」

 後に颯太から聞いた話では、咲也のこの声が校内に響き渡っていたらしい。
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