小説探偵

夕凪ヨウ

文字の大きさ
上 下
221 / 230

Case220.捨てきれなかった思い

しおりを挟む
「あなたが東堂信武を殺したんですね。16年前・・・この場所で。」

 沈黙が流れた。真衣も思い出したのか、震えながら頭を押さえている。

「・・・・よく思い出しましたね。」

 男ーーー拓海はフードを剥ぎ取り、再び顔を見せた。腰より長い銀髪を束ね、光のない碧眼が見える。年齢より若くは見えたが、美しい顔に感情はなかった。

 海里は汗を掻きながら父親を睨みつけ、言った。

「圭介さんの話は嘘だったんですね。私はここで負った頭の怪我で、真衣は私が怪我をしたことと、遺体を見たショックで記憶を失った。圭介さんは真実だと思っていたのでしょう?あなたや幹部の人間が、そう信じ込ませた。」
「ええ、そうです。素直な彼なら、あり得ないような話でも、理屈を付け加えれば信じると思っていました。事実、上手く行った。」
「・・・代わりに西園寺茂に罪を着せたと?」

 拓海は苦笑した。掴まれている腕を振り解いて組み、海里よりも頭一つ上から2人を見下ろす。

「勘違いしないでください。彼が望んだことです。」
「その残酷な望みを、簡単に叶える冷酷さを持ってしまったんですね。」
「口が減りませんね。随分と生意気に育ったようだ。」

 海里は歯軋りをした。真衣は唖然として父と兄を見ている。

「やはり・・・あの時あなたを殺しておくべきでしたね。そうすれば、警察の戦力も削げたはずだ。」
「そうやって人の命を奪い続けるんですか?奪われた者でありながら。」

 その言葉が言い終わった瞬間、拓海は海里の首を掴み、持ち上げた。

「兄さん!お父さん、やめて・・・‼︎」

 真衣は拓海の腕を掴んだが、びくともしなかった。拓海は真衣を睨みつけ、空いている左手で彼女を殴り飛ばした。

「真衣!実の娘に対して、何てことをするんですか‼︎」
「今更でしょう。・・・海里、あなたの質問に答えましょうか。」

 拓海は冷酷な瞳で海里を見た。浮かぶ微笑に温かみはない。

「命なんて、いくらでも奪い続けますよ。警察も、警察に協力する者たちの命も。邪魔者は誰1人として許さない。奪われた苦しみを与えることで、罪を自覚せずとも罰を与えることができる。そうして、皆死んでいく。それが私たちの喜びになる。」
「・・・正気とは・・思えない。そんなことを・・したところで・・・・」
「“真由香は帰って来ない”、ですか?分かっていますよ、そんなこと。」

 海里は徐々に息苦しくなり、口を開くこともままならなくなった。父親の腕は硬く、強く、意識を失いかけている海里には解けなかった。

「でも、できなかったんです。悲しみを、憎しみを、恨みを、忘れることが。守れなかった無力さを力に変えたかった。例えそれがどんな力でも構わなかった。だから、圭や咲恵と共に仲間を集めたんです。警察を恨み、警察に絶望を与えられた人間を引き込んだ。そして組織が出来上がり、警察を苦しめるために動き出したんです。」

 拓海の言葉には確かな怒りがあった。しかしそれと同時に、どうしようもない悲しみが感じられた。

「兄さん、動かないで‼︎」

 真衣の怒鳴り声に2人はハッとした。同時に、拓海の腕に石が当たる。彼はわずかに顔を歪め、海里の首から手を離した。海里は地面に尻餅をつき、激しく咳き込む。真衣はすかさず兄の前に立ち、拓海を蹴り飛ばした。

「くっ・・・!・・・・どこでそんなものを覚えたんです?」
「答える義理なんてない!兄さん、逃げよう‼︎」

 海里はふらつきながらも立ち上がり、走り出した。

「捕らえてください!」

 その言葉と同時に周囲からテロリストたちが飛び出した。2人はすぐに腕を掴まれ、地面にねじ伏せられた。

「こんな所で会うとは思っていませんでした。しかし姿を見られた以上、簡単に返すわけにもいかない。」
「ふざけないでください!勝手に巻き込んで、殺そうとして・・・‼︎少しでもあなたに同情なんてするべきじゃなかった!」
「そんなことは頼んでいません。海里、真衣。警察と手を切りなさい。奴らに関わったところで、ろくなことになりませんよ。」
「今更、父親“ぶって”忠告ですか?一方的な感情しか抱かないくせに、偉そうなことばかり言わないでください!」

 2人は睨み合った。その途端、海里のスマートフォンが鳴る。テロリストの1人が鞄からスマートフォンを抜き出し、拓海に渡す。彼は眉を顰め、画面に映し出された名前を呟く。

「東堂龍・・・?」

(東堂さんから電話?なぜこんな時に?事件の話とは思えない・・・。所用なら、メールで連絡してくる人なのに・・・。)

「一応、出てください。こちらの事情は伝えないで。伝えた瞬間・・・・」

 2人の頭に銃口が向けられた。海里は息を呑む。
 拓海が通話ボタンを押し、海里の耳元にスマートフォンを近づけた。

『江本。急に電話して悪いな。』
「いえ、お気になさらず・・・。どうされました?」
『話しておきたいことがあるんだ。東京に戻ってきたら、妹さんと警視庁に来てくれ。』
「もちろん構いませんが、今ではダメなのですか?」

 海里はこちらの事情を察してくれるかもしれないと思い、言った。

『あまり大きな声で言えない話なんだ。アサヒや天宮、神道も交えて話さなきゃならないことだからな。』
「・・・そうですか、分かりました。真衣にも伝えておきます。」

 電話が切れるか否かの瞬間、側にいたのか、玲央の声が飛んで来た。

『江本君、今どこ?』
「母のお墓参り中ですよ。今から墓地を出る所です。」
『・・・・気温を確かめたけど、今日の京都は寒くないみたいだね。やけに声が震えているけど、大丈夫?』

 衝撃だった。真衣が何かを叫ぼうと口を開いたが、すかさず塞がれる。海里はテロリストの腕を振り解き、叫んだ。

「今、テロリストたちと対峙しています!」
『そうか。念のため、車を走らせておいて正解だったな。』

 背後から聞こえた声に振り返ると、龍と玲央が立っていた。拓海は驚きを隠せない。

「どうしてここに・・・⁉︎東京で職務中のはずでは?」
「デマだよ。警視庁の近くに君たちの配下が潜んでいることが分かったから、逆に利用させてもらったんだ。」

 テロリストたちが動いたが、2人の方が早かった。海里と真衣を拘束しているテロリストたちを殴り倒した。
 同時に刑事たちが飛び出し、テロリストたちをねじ伏せた。2人は、拓海が取った作戦と同じことをやったのだ。

「龍。」
「分かってる。」

 龍はテロリストたちを飛び越えて拓海の元へ走った。2人の攻防が合わさる瞬間、間に誰かが降り立ち、龍の腕を掴んだ。

「なーにしてんだよ。1人で出歩くなって言ったろ?」
「お墓参りくらい落ち着きたかったんです。」
「分からなくもねえけどな。」

 現れた男は龍を蹴り飛ばした。受け身を取りながら顔を上げると、拓海の隣に圭介と同じ顔をした男が立っている。

「行くぞ、拓海。今捕まるわけにはいかねえ。」
「ええ。」

 直後、煙幕が上がり、拓海たちは姿を消した。拘束していたテロリストたちも、逃げたらしい。

「やっぱり簡単に捕らえさせてくれないね。2人とも、無事?」
「はい。でも、どうして・・・。」
「京都府警に協力を要請するつもりだったんだが、親父が“全てを伝えるのは待って欲しい”って言ったからな。急いで飛んで来たんだ。」
「助かりました。殺されるか、誘拐されるか、どちらかの雰囲気でしたし。」

 海里は抑え込まれた腕をさすった。真衣は座ったまま足をさすっている。

「真衣。大丈夫ですか?」
「うーん・・・痛めちゃったみたい。受け身、上手く取れなかったから。」
「病院に行きましょう。骨が折れてないかも気になります。」

 海里は真衣をおんぶした。龍は2人を自分の車に案内する。

「久しぶりに父親と会っただろうけど、どう?」
「・・・そうですね。キャンパスに描かれたり、写真で見た印象とは全く違いました。当然かもしれませんが、残酷にもなっている。変わらないのは、母への愛情くらいでしょう。」
「加えて、知りたくないこと知っちゃった。」

 2人は顔を見合わせて暗い表情をした。言っていいことなのか、分からないらしい。

「何かあるなら言ってくれ。俺たちもお前たちに話さなきゃならないことがあるしな。」
「・・・私たちが記憶を無くした原因が、分かったんです。」
「えっ?薬がどうとか言ってなかった?」
「違いました。父は圭介さんに嘘をついていた。父は・・・母のお墓の前で、東堂信武を殺していたんです。私たちは、その時に記憶を無くした。」

 その言葉に2人は驚いていた。しかしすぐに冷静になり、龍が口を開く。

「・・・・そうか。だが俺たちの話は、その話をひっくり返す話なんだよ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

推理小説家の今日の献立

東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。 その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。 翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて? 「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」 ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。 .。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+ 第一話『豚汁』 第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』 第三話『みんな大好きなお弁当』 第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』 第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

警狼ゲーム

如月いさみ
ミステリー
東大路将はIT業界に憧れながらも警察官の道へ入ることになり、警察学校へいくことになった。しかし、現在の警察はある組織からの人間に密かに浸食されており、その歯止めとして警察学校でその組織からの人間を更迭するために人狼ゲームを通してその人物を炙り出す計画が持ち上がっており、その実行に巻き込まれる。 警察と組織からの狼とが繰り広げる人狼ゲーム。それに翻弄されながら東大路将は狼を見抜くが……。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...