小説探偵

夕凪ヨウ

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Case97.闇夜のダンスパーティー②

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「広いな・・・歩いた範囲から察するに、3階建て?」
「恐らくそうでしょう。加えて、麻生義彦がここにいるのか怪しいですね。」
「ああ。さっきのあれはホログラムだ。本人が館のどこかにいるのか、いないのか。現時点では後者が有効かな。」

 季節は夏真っ盛り。2人は歩き回って汗を掻いていた。ハンカチで汗を拭きながら、海里が続ける。

「10年前の犯行現場はダンスホール・・そして今回もダンスをしろと言った。理由は分かりませんが、10年前と関わりを持っていることは確かですね。」
「彼は犯人だと確定していなかったのに逃げた。この1件は、10年前と比較して考えなきゃならない。俺たちは2つの事件の真実を明らかにしないといけないんだ。」

 玲央は息を吐いた。腕時計を見ると、夜の7時を回っている。麻生が言った“時間”がいつか分からないため、2人は部屋に戻ることにした。

 部屋に戻ると、扉の前に黒服の男が2人、中には、メイド服を着た女が2人いた。2人を見るなり、黒服のうちの1人が口を開く。

「勝手な動きをなさらないでください。地図は後でお渡しします。」
「・・・随分と丁寧なやり方をするね。君たちのボスは何を考えているのかな?」
「我々の知る所ではありません。とにかく、部屋を出るときは我々と共に。部屋の中の掃除は、あの2人にお申し付けください。」
「忠告、感謝するよ。」

 部屋の中にいたメイドは、手早く部屋の掃除をしていた。2人に気づくと、軽く会釈をし、淡々と掃除を続ける。

「あなたたちは麻生さんの使用人か何かですか?」

 メイドたちは頷いただけだった。海里は情報を集めるため、しばらくの間質問を続けることにした。

「彼の目的が何か、知っていますか?」

 今度は首を横に振った。何の疑問も抱かず、見知らぬ人間の世話をするなど、海里には全く理解できなかった。

「ここは一体どこですか?」

 メイドたちは答えなかった。どうやら、YesかNoで答えられる質問しか答えないらしい。やりとりを見ていた玲央が、口を開いた。

「10年前に、君たちのご主人が殺人容疑をかけられたことは知ってる?」

 今度は頷いた。玲央は眉を顰める。ベッドに座っていた彼は立ち上がり、メイドたちの前に立った。

「俺たちの監視をするように頼まれたね?首付けているそのチョーカー・・・盗聴器か何かだろう?加えて、天井裏の掃除をした際、監視カメラでも設置した?天井のタイルが僅かにずれてる。」

 2人は大袈裟に首を横に振った。その反応が、真実味を増している。海里は驚きながら、

「どうして分かったんですか?」

と尋ねた。玲央は笑みを浮かべ、答える。

「天井のタイルは部屋に入った時に分かるし、チョーカーから微かに音が聞こえた。音を録音したりする時の、あの音。加えて、会釈をした後に首を気にしていたし、可能性として大きいと思ったんだ。」
「なるほど・・・。まあ確かに、こんな所に誘拐されて、部屋に何の監視もないというのも、無理な話ですもんね。」
「そういうこと。さあ、そろそろ時間になるかもしれないし、着替えようか。」
                   
            ※

 部屋の柱時計が鳴ったのは、19時半丁度だった。2人は黒服の男たち、メイドの2人と共に部屋を出て、先程のホールへ向かった。

「改めて見ると、本当に大きいですね。そういえば、玲央さんダンスの経験は?」
「無いよ。江本君は?」
「同じく。どうしろっていうんでしょうかね。」

 2人が文句を言っていると、再び階段の踊り場に麻生が現れた。やはりホログラムである。

「集まって頂き、感謝しよう。お主らの中には、ダンスの経験がない者も多いと聞いておる。だが、案ずるな。全て儂が解決しよう。」

 その言葉と共に、細い糸のようなものが、全員の手足に巻き付いた。体が引っ張られ、近くにいる男女が適当にペアにされる。

「なっ・・・⁉︎」

 ホールにいた全員が、一斉に踊り始めた。音楽はワルツが流れている。海里は逆らおうと腕を引いたが、びくともせず、ダンスに引き戻された。
 その様子を見ている麻生は、愉快そうに笑った。しかし、彼は急に笑みを消し、ぽつりぽつりと話を始めた。

「10年前・・・儂は自分の子供たちや孫と共にダンスパーティーに行った・・と言っても、主催は儂の義息子・・・娘の夫じゃった。」
「おい、てめえ!何言ってんだ‼︎とっととこれを解け‼︎」

 1人の男が怒鳴ったが、麻生は何も言わなかった。彼は静かに言葉を続ける。

「娘と息子は、幸せそうに踊っておった。孫たちもそれを見て隣で踊り、儂は妻と共にそれを見ておった。幸せな・・時間じゃった。」
 
 麻生は懐かしむような温かい声でそう述べた。しかしその時、海里と玲央は麻生の目の色が変わるのを見た。

「じゃが、儂の幸せは唐突に終わった。ダンスをしていた娘・義息子・孫2人が、急に血を吐いて倒れたのじゃ。儂は車椅子に乗っていることも忘れ、床を這って4人の元へ行った。」
「しかし4人は既に息絶えており、倒れた後、口以外の体のあらゆる穴から出血し、会場が血に染まった。」

 言葉を継いだのは玲央だった。麻生は静かに玲央を見る。

「その凄惨な現場の様子から、“血塗れのダンスホール殺人事件”と名付けられ、捜査が始まった。結果、警察はダンス会場にいた全員を容疑者として捜査をし、君と君の妻・麻生杏さんが最有力候補とされた。」

 麻生はゆっくりと頷いた。否定しないということは、玲央の言葉は正しいのだ。麻生は苦笑しながら言う。

「結論から言って、儂と妻は犯人ではない。あの会場にいた、他の誰かが犯人なのじゃ。それなのにお主ら警察は、疑うこともせず儂らを捕まえようとしおった。」
「・・・だから逃げたと?」

 海里は麻生を睨みつけて尋ねた。彼は頷く。

「そうじゃよ、探偵君。」
「そのせいで、あなた方は余計に疑いを晴らせなくなったのに・・・ですか。」
「どの道、容疑者として取り調べを受ければ、犯人にされておったよ。それほど、当時の警察組織は腐りきっておった。お主なら分かるじゃろう?東堂玲央。」

 玲央は何も言わなかった。彼は、静かに麻生を見ているだけだったのだ。

「儂は探偵ではない。資産家として生きていたが、心静かに暮らしたいと思っていた。それなのに家族は殺され、妻も死んだ。儂が失うものは、もうこの世に存在しないのじゃ!」

 麻生の全身に力が入るのが分かった。玲央はハッとし、叫ぶ。

「・・・待て・・やめろ‼︎」
「やめはせんよ。これが儂の復讐なのじゃから。」

 その言葉と同時に、ホールにいた4人の男女が床に倒れ込んだ。10年前と同じように、体のあらゆる穴から出血して、である。

「お主を呼んだのは他でもないよ、探偵君・・・いや・・江本海里君。」

 その言葉に海里は眉を動かした。

「公表していない私の名前を・・・。」
「下調べは大事じゃからな。海里君、お主には、10年前の真相を解いてもらいたい。そのために、ここに呼んだのじゃ。当然、東堂玲央と協力しての。」

 2人は息を飲んだ。その言葉は、“この事件の犯人は自分であり、逃げる気はない”、という意味だった。
 彼が知りたいのは、10年前の真相だけ。それ以外には何の興味もないのだ。

「この1週間で、儂は4人ずつ殺して行く。このホールには、お主らを含めて30人。残りの24人全員が死ぬのが早いか、お主らが謎を解くのが早いか・・・勝負しようじゃないか。」

 その言葉を聞いて、海里は顔を歪めた。歯軋りをし、麻生に鋭い視線を向けながら言う。

「・・・・勝負・・・?ふざけないでください。人の命を弄んで、復讐だからと殺していい理由にはなりません!この謎は、必ず私たちが解き明かします!」
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