小説探偵

夕凪ヨウ

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Case85.カジノに潜む悪魔⑤

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「あ・・・映りましたね。」

 2人は龍の車の中でカメラの映像を見ていた。暗くて見えにくいが、人の姿や話し声はよく通っている。

「おい、これ・・・お前が言ってた老人と一致しないか?」

 龍が指し示した場所には、1人の老人の姿があった。杖をつきながらゆっくりと歩いており、顔はよく見えないが、確かに、海里の言った特徴と一致している。海里は思わず息を呑んだ。

「ええ・・・。ただ、そうだと決まったわけではありませんし・・・・」
「まあな。」

 次の瞬間、銃声が聞こえた。急いで画面を見ると、倒れる警察官と、滴り落ちる鮮血が見えた。老人は、ただ彼らの前に立っていた。

「そういうことか・・・・。」

 龍の呟きに、海里は首を傾げた。

「えっ?」
「俺たちは、犯人の銃を特定しようとしていた。だが、必ずしも銃がそのままの形をしているとは限らないんだ。恐らく犯人は、“杖を銃に改造していた”。」
「そんなこと・・・可能なんですか?」
「できる奴はできる。最も、この老人の名前さえ分からないんだから、面倒な話だがな。」

 海里は映像を見返し、唖然とした。警察官を撃ったのは、確かに自分が助けたあの老人だったのだ。人は見かけによらないというが、あの体で銃を扱えること自体が理解できなかった。

「あ・・・そうか。」
「どうした?」
「現場に落ちていたオークの欠片・・これで説明がつくかもしれません。東堂さんの仰る通り、犯人は杖を銃に改造して使用した。しかし、あまりにあからさまな持ち方をしていると、警察官は怪しむ。だから、“杖をついていた時に撃った”。あの欠片は、“銃として改造した杖を地面に強く打ちつけたから落ちた”のですよ。」
「・・・なるほど。確かに、杖が銃と改造されていたら、その説明がつくな。」

 すると、龍のスマートフォンが鳴った。アサヒからの電話である。

「どうした?」
『捜査に進展があったわよ。』
「何?」
『あなたが渡したあのオークの欠片、なーんか奇妙な色してると思って調べたの。そしたら、』

 アサヒは1度言葉を止め、こう言った。

『あの欠片に、死んだ警察官の血液が付着していたわ。例のご老人が犯人なのはもう確定ね。念のためいつのものか調べたけど、まだ新しい・・・凝固したばかりだったわ。』
「血液が・・・。撃った時に図らずもついたってことか?」
『でしょうね。付け加えておくと、あれは人為的に外されたものよ。犯人も随分頭が良いようね。指紋を残さないように自ら外して、地面に捨てた。まあ結果的にあなたが見つけたから関係ないんでしょうけど。』

 龍は目を細めた。何か“違和感”があったのだ。その時、隣にいた海里がハッとしたように目を見開く。

「早すぎる・・・・」
「は?」
「証拠が見つかるのも、犯人特定に至るのも、早すぎるんですよ。ここ1ヶ月で起こった5件の賭博罪は、まだ何も分かっていないんですよね?」
「生憎な。」
「だからこそおかしい。賭博罪に関しては、電話番号を割り出して・・・仮にそれが偽造だっとしても、調べれば分かる、いわばシンプルな事件なんです。でも、今回は違う。一般人と警察官、合わせて12人が亡くなっています。こんな・・・必ずと言っていいほど死刑になる殺人事件が、なぜこうも簡単に暴かれるんですか?」

 龍は息を呑んだ。つまり、海里はこう言いたいのだ。 
 

“自分たちは、犯人に動かされているのではないか”、と。


 信じがたいことだが、十分理屈は通っている。上層部と対立した東堂兄弟・・事件発生から今日まで、恐ろしい速さで進む捜査・・・簡単に特定される容疑者・・・・虫が良すぎる。

「待てよ・・・何か、前にも同じようなことがあった気がする。」
「同じようなこと?」
「ああ。動かされている・いないではなく、こういう・・・背後に“黒幕”がいると宣言するような、こんな事件が・・・・」

 龍が呟くと、電話の向こうでアサヒがこう言い放った。

『津雲浩彦の事件じゃないの?義理の息子に虐待して、薬物に手を出した、あの男。確かあの時、江本さんが出した結論は、“早乙女佑月”って名前の男だったわよね?』
「ええ。私は事件のその後を知らないのですが・・どうなっているんですか?」
「・・・・調査中だ。上手く身を隠しているらしい。だがアサヒ、同一人物とは限らないんじゃないのか?」
『まあね。私の言葉は、あくまで憶測に過ぎないもの。』

 淡々とした口調だった。彼女は、過去の事件へ本格的に踏み込む気はないらしい。すると、電話の向こうで、別の人物の声が聞こえた。

『龍、江本君。1度警視庁に戻って来てくれないか。』
「兄貴?戻るってどういうことだ?」
『パトロール中の刑事たちに、一応老人の特徴を伝えたんだよ。そしたら、見つけて来たんだ。江本君が言った特徴に当てはまる人が。』
「何?」
『まあ俺は直接会ってないから、見ても判断が難しい。捜査の途中で申し訳ないけど、取り敢えず戻って来てくれ。』
「分かった。すぐに行く。」
                    
            ※

 警視庁に戻ると、玲央が取調室に2人を呼んだ。本来、海里が入るのは難しいのだが、今までの事件解決の手助けのお礼かつ容疑者と唯一関わった者として許可が降りたのだ。

「あの人だよ。君が会ったご老人と同じ?」
「少し・・・話はできますか?いきなり取調べをしても、混乱される可能性がありますし。」
「いいよ。言っておいで。俺たちはここから見てるから。」

 海里は頷き、取調室に入った。老人は顔を上げ、首を傾げる。

「お兄さん・・・警察の方かの?」
「いいえ、違います。私は・・・警察の協力者です。」

 その言葉を言った途端、海里は思わず目を見開いた。“おかしい”のだ。彼には、先ほど警察官でないことを述べたばかり。認知症だろうか?

「あの・・・その質問、さっきもされましたよね。今回、警察官の方々が亡くなられたあの現場で、同じことを。」
「現場?はて・・・儂はそんな所に行ってないのじゃが。」

 その言葉に海里は驚きを隠せなかった。思わず椅子から立ち上がり、叫ぶ。

「行ってない・・・⁉︎では数日前、警視庁近くの駅に居たでしょう。その時、私に荷物を持ってくれと頼んでーーーー」

 必死に言葉を選ぶ海里だったが、老人は心の底から不思議そうに首を傾げた。

「行っておらんのう。そもそも、お兄さんと会うのは、これが初めてじゃが。」
「・・・・え?」

 話を終えた海里は、事の顛末を2人に話した。2人は意味が分からないという顔で首を横に振った。

「彼は江本君に会ってない・・・だが、特徴は一致している。つまり、“真犯人が彼の姿をしているだけ”・・・?」
「あの男に罪を被せるために、別の誰かが動いた・・・いや、自分で罪を被らないためか。どの道、あの老人は犯人とは思えない。あんな細く弱々しい腕・・・銃なんて撃ったら相当負荷がかかる。」
「腕・・・?あ・・‼︎」
「どうした?」
「私があった老人は、右手の甲に怪我をしていました。確か、切り傷のような・・・・随分古い傷に見えましたね。」

 玲央の顔色が変わった。龍は怪訝な顔で彼を見る。

「東堂警部!」
「何だ?今から取調べの続きを・・・」
「それどころではありません!先程、S駅の近くで犯人らしき男が目撃されたんです!今は部下に追わせていますが、足の速い男でして。ご助力を・・・・」
「全員追跡を中止して、警視庁に戻るように言ってくれ。」

 玲央が間髪入れずにそう言った。2人は首を傾げる。

「兄貴?」 「玲央さん?」
「しかし・・・」
「いいからやってくれ‼︎これ以上犠牲者が出る前に、全員を警視庁に帰還させろ!」
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