小説探偵

夕凪ヨウ

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Case83.カジノに潜む悪魔③

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「この間と合わせて12人か。まずいね。」

 現場に到着した3人は、目の前に広がる惨状に目を細めた。警官たちは全員銃で脳天を撃ち抜かれており、全く無駄のない狙撃だった。

「一昨日の事件と同じ傷跡だ。銃殺という点はもちろん、弾丸の種類まで被っている。ここまでの腕前・・・そういない。こうなると、同業者を疑いたくなるな。」
「生憎、同意見だよ。江本君。どう思う?」
「・・・お2人の拳銃を見せて頂けませんか?」

 海里に言われ、2人は銃を見せた。警察官が使う、ごく一般的な拳銃だ。これといって特別なものは感じられない。

「警察官が所持している銃がこれだと考えた場合、少しこちらの弾丸より小さく思えます。私は専門家でもないので確信はありませんが。」
「まあ・・・言われてみればそうなるかな。となると・・・何か別の銃・・・・種類が多いから、一々考えてられないな。銃の種類は置いておこう。」

 龍は遺体の側にしゃがみ、手袋をした手で警官たちの胸元を探っていた。彼は5人全員に同じことをし、全員の銃を取り出した。

「妙だ。この銃・・・全て撃たれた形跡がない。仮に犯人が銃を所持していることに気付けずとも、1人撃たれた時点で構えないか?なぜ撃った形跡も、何かしら抵抗した形跡もない?街中で無闇に発砲しろとは言わないが、威嚇のために相手と向き合うことはあるはずだ。」
「うーん・・・眠っていたわけでもないとしたら・・・・」
「“犯人は警戒しなくてもいい人物だった”?」

 玲央の言葉を、海里が継いだ。玲央は頷く。

「警戒しなくてもいい・・・。もしこの仮説が正しければ、犯人は一般人である可能性が高いですね。警察官が一般人を見て、銃を持っているなどと思いはしない。犯人はその隙に乗じて、5人を殺害した・・・?」

 海里は、自分でも曖昧なことを言っている自覚があるようだった。

 そして困ったことに、ここには犯人の形跡が存在しなかった。犯人が自ら消しているのだろうが、用心深いにも程がある。

「普通のコンクリートで、足跡もありませんね。泥汚れも見当たりませんし、血も被害者のものだけ・・・」
「そうだな。特定は難しい・・・ん?」
「どうしたの?龍。」
「これ・・・何だ?」

 龍が拾い上げたのは、木の欠片だった。周囲を見渡したが、山はなく、植物を育てている家も見当たらない。泥汚れもついていない、まだ新しいものに見えた。

「・・・・何かを地面に強く打ち付けて、その弾みで取れた・・とかか?」
「多分ね。一応、鑑識に回そう。って・・・江本君、どうしたの。そんなにこれが気になる?」

 海里は龍の手の平に乗っている木の欠片を凝視していた。

「はい。最近、どこかで同じような色をしたものを見た気がするんです。」
「何?」

 海里は顎に手を当て、空を仰ぎながら考えた。ここ数日間の記憶を遡り、“それ”に行き着く。

「杖・・・」
「杖?」

 2人が首を傾げた。海里は続ける。

「はい。先日、私が待ち合わせの時間に遅れてきたでしょう?その時、ご老人の荷物を持っていたことを話しましたよね。その木の色・・・ご老人がついていた杖と同じ色なんです。少し特殊な色だったので。」
「そのご老人の名前や特徴は分かる?」
「名前は分かりませんが、特徴なら分かります。髪は短髪、色はグレーでした。左目近くの前髪だけ伸びていて、左目はよく見えませんでしたね。後は・・・」
「左目を隠していた?」

 突如、玲央がその言葉に反応した。汗を掻き、目が軽く見開かれている。

「は・・はい。それがどうかしたんですか?」
「・・・・いや、何でも。続けて。」
「ええ・・・腰はやや曲がっていましたが、背は高い方だと思います。足が長かったです。人当たりのいい、優しい口調と笑顔でしたよ。服装は・・半袖のワイシャツに、薄い長ズボン、革靴でした。」
「よく覚えてるな。1回会っただけだろ?」
「まあそうなんですけど、ご老人ですし、転んでもいけないと思って、駅まで様子を見ていたんです。」
「親切だか好奇心だかよく分からないな。兄貴、取り敢えず戻ろう。色々報告しなきゃならないことがある。」
「あ、ああ・・・そうだね。」

 警視庁に戻った3人は、鑑識に木の欠片を調べてもらうよう頼んだ。

「これがそんなに気になるなんてね~。相変わらず視野が広いわね、龍。」
「そりゃどうも。まあ何も出ないかもしれないから、期待はすんなよ。」
「あら。あなたが持って来るものって結構“イイ”わよ?」

 軽口を叩く2人を見て、海里は首を傾げた。すると、玲央が横から説明する。

「彼女は鑑識課の西園寺アサヒ。龍の警察学校時代の同期で、元捜査一課。勤務先もずっと龍と同じ警視庁で、長年力になってもらってるんだ。」
「ありがたいお言葉ね。私は仲違いしていたあなたたちが民間人の協力を得て仲直りしたって聞いて驚いたわ。人生どう転ぶか分からないわね。」

 アサヒは黒いショートヘアーの後ろに手を回してそう言った。茶色い瞳が輝き、美しい顔立ちに浮かぶ笑顔はどこかいたずらな雰囲気がある。龍はやれやれと首を振りながら彼女の横に座る。

「ああ、江本君も残って彼女の仕事を見てみるといいよ。俺は用事があるから少し外すね。」
「はい。ありがとうございます。」

 玲央はアサヒによろしくと言い残し、早足で部屋を出て行った。アサヒはその後ろ姿を見ながら、不思議なことを呟いた。

「今度は何に気づいたんだか。」
「えっ?」

 首を傾げた2人だったが、彼女が何を言ったのかは分からなかった。アサヒは気持ちを切り替えるように海里に視線を移し、言葉を続ける。

「何でもないわ。それより、あなたが2人の話してる小説探偵でしょ?少し話を聞かせて頂戴。あなたがどんな風に事件に関わって来たのか、興味あるわ。」
                    
            ※

「九重警視長。私です。」
「・・・・入れ。」

 玲央は失礼します、と言いながら扉を開けた。浩史は扉から背を向けて窓の外を眺めており、扉が閉まると同時に、ゆっくりと振り向いた。

「何か進展があったのか?」
「進展というより・・・不安、です。」

 そう言いながら、玲央は浩史の机にメモ帳を置いた。先ほど、海里が言った言葉を書き留めたのだ。浩史は無言でそれを手に取り、栞が挟んであるページを開く。
 そして彼もまた、“左目を隠していた”という言葉に驚いた。

「これは・・・」
「確証はありません。ただ、可能性はある。それに“あの時”、私はああすることで“彼女”を守り切ることができた。“彼女”は怪我を負った私を心配しましたが・・・・」

 玲央はそう言いながら自分の左腕をさすった。浩史は彼の言葉に頷きながら、何か考え事をしているようだった。

 少しして、浩史が言う。

「江本君の言うこの男が私たちの追い求めている者だとしても、そうでなかったとしても、殺人犯に変わりはない。彼が見た姿を元に徹底的に探せ。だが、こちらの事情は言うな。お前はあくまで、今回の事件の犯人を探しているだけ。いいな?」
「はい。」
「細かいことはこちらでも調べる。それと・・・・どうするつもりだ?」

 その質問の意味が分かるのは、玲央ただ1人だった。浩史は静かに続ける。

「彼女はずっと“探している”。情報を共有しても構わないが、再び命の危機に陥ることは免れない。それでも・・・教えるのか?」
「・・・・いいえ。今はそれが最善だと思わないので、教えられません。しかしそれでも、もし万が一彼女にーーーー小夜に何かあれば、責任は全て私が取ります。」
「分かった。」

 玲央が出て行くと、浩史はスマートフォンを取り出した。小夜の名前を押し、電話をかける。

『あら、九重さん。また何か?』
「急にすまないな。少し、話しておきたいことがある。重要な話だ。心して聞いてくれ。」
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