小説探偵

夕凪ヨウ

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Case56.幽霊屋敷で出会った男④

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「兄貴。あんた、一体俺たちに“何”を隠している? 過去に、泉龍寺小夜と何があった?」

 龍の質問に玲央は眉を動かした。が、すぐに溜息をつき、口を開く。

「今は関係ないだろ。わざわざ話すことじゃないよ。」
「不信に塗れた上流社会で生きて来た泉龍寺が、他人を・・・男の兄貴を、下の名前で呼ぶか? 兄貴も同じだ。親しい人間以外、名前で呼んだりしないだろ。
 他人に対して人一倍警戒の強い泉龍寺が、兄貴に対して向ける表情は他と違う。恋人でも友人でもない、何らかの関係があるんじゃないのか?」

 玲央はやれやれと首を振った。海里がいないことを確認し、彼は口を開く。

「君は騙せないね。江本君と違って弟だから、こちらが嫌になるほど踏み込んでくる。」
「そうさせてるのは兄貴だけどな。で? 教えてくれるのか?」
「却下。彼女に聞いても答えは得られないから、脳トレ代わりに考えてみなよ。」

 玲央は軽口を叩いていたが、額に微かに汗が滲んでいた。龍は思わず溜息を漏らす。

「全く。こっちは腹割って色々話したってのに、秘密主義は変わらねえな。」

 龍の言葉を聞いて、玲央は悲しげな笑みを浮かべた。

「ごめんね。これは、“約束”なんだ。」
「約束・・・? 一体どういう、」
「捜査を続けようか。」

 龍の言葉を遮るように立ち上がり、玲央は部屋を出て行った。龍は不信感を覚えながら、兄の背中を追った。


「随分と喧嘩口調だったな。探偵サン。」

 2人と別行動を取っている海里に、またしても圭介が話しかけた。

「そうですか? 私は思ったことを述べただけです。私としては、あそこで反論なさらなかったあなたの行動が、霊がいないことを示しているように思えますよ。」
「騙せないねえ。まあ、そうだな。少なくともーーーー霊による殺人じゃないことは事実だ。だが、人が来たら姿を隠す霊もいるし、完全にいないとは言い切れねえよ。」
「なるほど。専門家ならではの意見ですね。」

 海里は、文雄と風香に許可を得て、3階の空き部屋・・・元言い、今は亡きこの館の元主人・立石鈴香の部屋に来ていた。理由は、正が亡くなった柵から、斜め上に位置する部屋だからだ。海里は窓を開け、柵までの距離を見ていた。窓際に手をかけ、身を乗り出したりもしており、下手をすれば落ちてしまいそうだった。

「やはり、普通に転落してもあそこには落ちない。となると・・・・」

 海里はゆっくりと部屋の中を見渡し、埃を被った衣装箪笥で視線を止めた。近づいて見ると、箪笥のノブだけ、埃がなかった。人が触れたような後があり、海里は笑みを浮かべた。
 勢いよく扉を開けると、中には服がぎっしりと詰まっていた。圭介は海里の考えを察したのか、苦笑いを浮かべて声を上げる。

「おいおい、まさかとは思うが、服の袖同士を縛って、滑り台みたいにしたなんて言うんじゃないだろうな。」
「勘が鋭いですね、神道さん。滑り台は正解ですよ。私が探しているのは、長い絨毯のようなものです。埃を被ったここが、妙だと思ったのですが・・・・」

 言いながら、海里はかけてあった服を箪笥から出し、圭介に渡した。引き出しを開いたり、壁を叩いたりして、隠し部屋などがないか探しているらしい。

「ここにはありませんね、残念。」
「さすが、妙なところに目を付けるな。でも、そんな殺人の証拠になりそうなもの、とっくの昔に処分しているんじゃないか?」
「その可能性は高いですね。だから先程、東堂さんに頼みました。」
「何を?」

 海里はにっこりと笑い、何食わぬ顔で続けた。

「ここら辺一帯にある監視カメラの映像解析、使用人の方へゴミ出しについての質問、自分たちで捨てた可能性もありますから・・・・回収業社への電話も。」

 海里の手回しの速さに、圭介は苦笑した。
 2人は館を出て、庭に回った。そしてその時、圭介は気になっていたことを尋ねた。

「なあ、探偵サン。」
「何ですか?」
「さっき、何で俺が神主の息子だと分かった? 俺は名前しか名乗っていない。下調べなんてしてねえだろ?」

 海里は少し考えた後、笑って答えた。

「名前と礼儀作法ですよ。
 まず、“神”の字がつく名前が、神社に関連しているのではと思ったんです。神道という言葉自体、日本の民族宗教のことですしね。除霊師と名乗っていますから宗教関連かな、とも思いました。加えて、あなたの礼儀作法は洗練されている。しかしそれは、立石家のような上流社会と呼ばれる人々の作法より、僧侶の立ち振る舞いに近かった。」
「僧侶? だったら、住職の息子って考えはなかったのか?」
「そこは私も少し考えました。しかし住職の息子で、しかも成人しているとあれば髪を剃り落としているのが普通のはずです。あなたはそうしていませんから、神主の息子ではないかと思ったのですよ。」

 海里はそこまで言うと、少し間を開け、

「他にご質問は?」

と尋ねた。圭介は一連の推理を聞き、高笑いを上げる。

「なるほどなあ、やっぱりあんたは本物だ。探偵なんて怪しい職業、偽の経歴の可能性もあると見たが、見当違いだったらしい。」
「除霊師も十分怪しい気がしますが・・まあいいでしょう。満足頂けたのなら、何より。」

 2人が笑っていると、頭上で、ガラスの割れる音がした。同時に、怒鳴り声が聞こえる。

「江本、退け!」 「江本君、退いて!」
「は⁉︎」

 2人が驚くのも無理はなかった。
 なぜなら、龍と玲央の2人が3階の窓から落下して来たからだ。海里と圭介が急いでその場を離れると、銃を構えていた龍が水道管を撃ち、2人は壁から外れた水道管に捕まって、地面に転がった。

「大丈夫ですか⁉︎ 凄い音がしましたよ!」

 窓ガラスが割れた音で驚いたのか、騒ぎを聞きつけた文雄たち3人が駆けつけた。2人は土埃を払いながら、

「ご心配なく。怪我はしていません。それよりも、非常時とはいえ勝手なことをしてしまいました。申し訳ありません。」
「いえいえ。ご無事で何よりです。しかし、一体何が・・・?」

 文雄の質問に、玲央は息を吐いた。

「我々も何が起こったかよく分かりません。ですから、分かる範囲でのみ、ご説明します。」
                     
            ※

 10分前。2人は、海里が1度検分した、立石鈴香の部屋にいた。

「滑り台?」
「そう。当然、実際の滑り台じゃなくて、カーペットみたいなものを垂らして、被害者を落とす・・・っていう方法も、無きにしも非ずだと思うんだ。」
「随分子供らしい考えだが、否定はしないな。この部屋は現場の斜め上にあるし、屋根の線を消せば、ここから落ちた可能性が1番高い。」
「だろ? だから、ちょっと探してみようよ。江本君が1度調べているだろうけど、以前の水島大学みたいに、暗号の紙でも出てきたらたまらないから。」
「確かに、あの面倒は遠慮するな。」

 2人は数分間、部屋を捜索していた。 
 しかし、結果は海里の時と変わらなかったので、引き上げようとした、その時、“それ”が起こったのだ。

「ん? 何か・・・風が強いな。窓、空いてる?」
「いや、閉めた。気のせいだろ。行くぞ。」
「ちょっと待って。この風・・・強すぎ・・・・!」

 次の瞬間、2人の体は宙に浮いていた。大柄な2人が宙に浮くなど、自分たちでも信じられなかった。すぐに何かを掴もうとしたが、物置と化したこの部屋には、掴めるものなど何もない。2人はそのまま吹き飛ばされ、窓に激突しそうになった。

「龍!」
「分かってる!」

 龍は銃を取り出し、窓に3発撃った。2人は穴の空いた窓を突き破り、先程の行動に出たのだ。突然のことにここまで対応できるのはさすがと言えるがーーー

「無茶苦茶な話ですね・・・しかし、もしそのまま何もせずに飛んでいたら、正さんと同じことになっていた可能性が高いかもしれません。」
「やっぱりそうか・・・。でも、一体何だっていうんだ? どこからともなく風が吹き、俺たちを飛ばし、殺そうとした・・・・。」

 玲央は落ちたガラス片を拾った。その時、玲央がハッとする。

「この窓ガラス、まだ新しい・・・埃も汚れも、付いていない。他の破片もそうだ。土汚れは、さっき地面に落ちた時に付いたはず。」
「となると、犯人は窓を変えた・・・正さんを殺した方法も、今と同じと考えて良いでしょうね。そして今の状況で・・・・」

 海里の言葉に龍と玲央が続けた。

「内部犯の可能性が高くなった。」
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