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69 誰も彼もが
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翔一郎が日野下から伝えられた話をするなり、拓司たちは顔色を変えた。医療ミス、の4文字に課せられた重みと同時に、背景に浮かぶ家からの重圧は、責めるに責めきれない要因であることは確実だった。
「叔父さんも知らなかったのか? この話」
「聞いたことがないな。火宮家と不仲であることは、水守家の中じゃ公然の事実で、理由を聞く必要がなかった。だが、俺の親も理由を既に知らなかったとなると、納得がいく。時間が経って、忘れ去られたということか」
「・・・・時間が解決する、みたいな話でもないわね。水守家にとっては、結果的に家が存続できたから文句はなく、火宮家にとっては、日野下家という恥をかかせた家を影に追いやったから問題はない。だから、過去なんて問題なくて、ただ家の存続だけを考えていれば良くなった」
春海が溜息混じりに言った。翔一郎は続けて司と翔二郎の事件を、日野下は因果のように感じていたらしいと告げる。
「流石に考え過ぎだが、気持ちは分かるな。跡取りの命が奪われるなんて、またしても家の存続に関わることだ。氷上家に移行することで何とかなったが、表向き拓司が死人になっている以上、水守家は断絶したに等しい」
一路は厳しめの評価をつけつつ、そう言った。拓司は頷き、口を開く。
「でも、死人にならなかったとしても、俺は当主にならなかったよ。器とか能力とか、春江さんのこととか、理由は色々あるけどさ。1番の理由は、俺がなりたくなかったからだ。
子供心に両親が理不尽なことを言っているって分かってたし、自分の家が滅茶苦茶なことも分かってた。兄ちゃんが死んだ時、心のどこかで思ったんだ。この家は、もうダメだなって」
しかし、地位は氷上家に引き継がれた。そのことについてどう思っているのか、と翔一郎が尋ねると、拓司は鼻で笑う。
「必死だな、って感じさ。一路さんの前例がある以上、近親婚に限界があることは理解できているはずだ。それなのに、また近親婚をして、家を繋いでいる。どれだけ政界や司法を支配しようが、自分たちの過ちを絶対に認めない。それどころか正しいと言わんばかりに、家の存続を第一にしている。権力って名前の玉座に、永遠にしがみついていたいんだろう」
そんなことは無理だ、と拓司は続けた。兄の人生が唐突に終わったように、永遠なんてこの世にはないと笑う。20歳に満たない彼が理解していることを、彼より遥かに年長である家の人間が全く理解できていないことが、現状を色濃く表していた。
「話が逸れたな。火宮、その医療ミスで死んだ跡取りって、誰だったんだ? 結果的に水守家は続いていたけど、死んだ跡取りが年少なら子供がいなくて子孫はいないだろ。どこかに地位が移って、続いたはずだ」
そう言いながら、拓司は机に置かれている家系図を持ち上げた。翔一郎は日野下の言葉を思い出しつつ、指で代を遡り、1人の男の名前を指し示す。
「彼だよ。水守一成。亡くなった時は15歳で当然子供はいない。だから、彼の弟に当主の座が・・・・」
弟の名前を指し示した瞬間、拓司たちはハッとした。その弟こそが、拓司の母方の曾祖父だったのだ。つまり、医療ミスがなければ、拓司の母方が水守家当主になることはなかったのである。
「偶然の果てに、俺の曾祖父は当主になったのか。その後、祖母ちゃん、母さんと続いて、兄ちゃんに移るはずだった」
拓司は目を丸くして呟いた。咄嗟に一路に視線を移すが、彼は知らない、とばかりに首を横に振っている。
その時、
「蒼一? どうしたの?」
春海の声で、一斉に視線が蒼一へ移った。彼はなぜか、驚きとも怒りとも形容できぬ曖昧な表情を浮かべ、家系図を見つめていた。どこか睨んでいるようでもあった。
「・・・・そういうことか」
その呟きの意味を、本人以外は理解できなかった。全員の心配げな視線に気がついていないのか、蒼一は顔を歪め、舌打ちをする。
「お、叔父さん? どうしたんだよ? 何か・・・」
拓司の困惑した声を聞いて、蒼一は我に返ったのか、歪めていた表情を平坦に戻した。
「違う。拓司たちのせいでも何でもない。俺個人の問題だ。気にするな」
「無茶言わないでくれよ! 叔父さんのさっきみたいな表情、初めて見た。叔父さん、ひいじいちゃんと何かあったの?」
真っ直ぐな問いかけが、蒼一の心をわずかに過去へ傾けた。思い出したくもない言葉が、頭の中に蘇る。その言葉のせいで狂い始めた、自身の半生も。
しかし、そんなものを気にしたとこで、時間を取り戻すことはできなかった。
「喧嘩みたいなものさ。本当に気にしないでくれ。とうの昔に、終わったことだ」
終わったことに対する表情ではないーーーーそんな言葉を、誰もが発したかったが、飲み込んだ。蒼一に見え隠れする愛憎が、無意識のうちに言葉を封じ込めていた。
蒼一は話を逸らすためか、気を紛らわすためか、似合わぬ明るい声を上げた。
「いずれにせよ、両家の対立の原因が司と火宮翔二郎に影を落としたことは確実だ。悠に連絡して、戻って来た時に事を円滑に勧められるよう、準備をしよう」
心を隠した蒼一の言葉に、拓司たちはただ頷いた。
「叔父さんも知らなかったのか? この話」
「聞いたことがないな。火宮家と不仲であることは、水守家の中じゃ公然の事実で、理由を聞く必要がなかった。だが、俺の親も理由を既に知らなかったとなると、納得がいく。時間が経って、忘れ去られたということか」
「・・・・時間が解決する、みたいな話でもないわね。水守家にとっては、結果的に家が存続できたから文句はなく、火宮家にとっては、日野下家という恥をかかせた家を影に追いやったから問題はない。だから、過去なんて問題なくて、ただ家の存続だけを考えていれば良くなった」
春海が溜息混じりに言った。翔一郎は続けて司と翔二郎の事件を、日野下は因果のように感じていたらしいと告げる。
「流石に考え過ぎだが、気持ちは分かるな。跡取りの命が奪われるなんて、またしても家の存続に関わることだ。氷上家に移行することで何とかなったが、表向き拓司が死人になっている以上、水守家は断絶したに等しい」
一路は厳しめの評価をつけつつ、そう言った。拓司は頷き、口を開く。
「でも、死人にならなかったとしても、俺は当主にならなかったよ。器とか能力とか、春江さんのこととか、理由は色々あるけどさ。1番の理由は、俺がなりたくなかったからだ。
子供心に両親が理不尽なことを言っているって分かってたし、自分の家が滅茶苦茶なことも分かってた。兄ちゃんが死んだ時、心のどこかで思ったんだ。この家は、もうダメだなって」
しかし、地位は氷上家に引き継がれた。そのことについてどう思っているのか、と翔一郎が尋ねると、拓司は鼻で笑う。
「必死だな、って感じさ。一路さんの前例がある以上、近親婚に限界があることは理解できているはずだ。それなのに、また近親婚をして、家を繋いでいる。どれだけ政界や司法を支配しようが、自分たちの過ちを絶対に認めない。それどころか正しいと言わんばかりに、家の存続を第一にしている。権力って名前の玉座に、永遠にしがみついていたいんだろう」
そんなことは無理だ、と拓司は続けた。兄の人生が唐突に終わったように、永遠なんてこの世にはないと笑う。20歳に満たない彼が理解していることを、彼より遥かに年長である家の人間が全く理解できていないことが、現状を色濃く表していた。
「話が逸れたな。火宮、その医療ミスで死んだ跡取りって、誰だったんだ? 結果的に水守家は続いていたけど、死んだ跡取りが年少なら子供がいなくて子孫はいないだろ。どこかに地位が移って、続いたはずだ」
そう言いながら、拓司は机に置かれている家系図を持ち上げた。翔一郎は日野下の言葉を思い出しつつ、指で代を遡り、1人の男の名前を指し示す。
「彼だよ。水守一成。亡くなった時は15歳で当然子供はいない。だから、彼の弟に当主の座が・・・・」
弟の名前を指し示した瞬間、拓司たちはハッとした。その弟こそが、拓司の母方の曾祖父だったのだ。つまり、医療ミスがなければ、拓司の母方が水守家当主になることはなかったのである。
「偶然の果てに、俺の曾祖父は当主になったのか。その後、祖母ちゃん、母さんと続いて、兄ちゃんに移るはずだった」
拓司は目を丸くして呟いた。咄嗟に一路に視線を移すが、彼は知らない、とばかりに首を横に振っている。
その時、
「蒼一? どうしたの?」
春海の声で、一斉に視線が蒼一へ移った。彼はなぜか、驚きとも怒りとも形容できぬ曖昧な表情を浮かべ、家系図を見つめていた。どこか睨んでいるようでもあった。
「・・・・そういうことか」
その呟きの意味を、本人以外は理解できなかった。全員の心配げな視線に気がついていないのか、蒼一は顔を歪め、舌打ちをする。
「お、叔父さん? どうしたんだよ? 何か・・・」
拓司の困惑した声を聞いて、蒼一は我に返ったのか、歪めていた表情を平坦に戻した。
「違う。拓司たちのせいでも何でもない。俺個人の問題だ。気にするな」
「無茶言わないでくれよ! 叔父さんのさっきみたいな表情、初めて見た。叔父さん、ひいじいちゃんと何かあったの?」
真っ直ぐな問いかけが、蒼一の心をわずかに過去へ傾けた。思い出したくもない言葉が、頭の中に蘇る。その言葉のせいで狂い始めた、自身の半生も。
しかし、そんなものを気にしたとこで、時間を取り戻すことはできなかった。
「喧嘩みたいなものさ。本当に気にしないでくれ。とうの昔に、終わったことだ」
終わったことに対する表情ではないーーーーそんな言葉を、誰もが発したかったが、飲み込んだ。蒼一に見え隠れする愛憎が、無意識のうちに言葉を封じ込めていた。
蒼一は話を逸らすためか、気を紛らわすためか、似合わぬ明るい声を上げた。
「いずれにせよ、両家の対立の原因が司と火宮翔二郎に影を落としたことは確実だ。悠に連絡して、戻って来た時に事を円滑に勧められるよう、準備をしよう」
心を隠した蒼一の言葉に、拓司たちはただ頷いた。
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