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「捜査は約3ヶ月で打ち切られた。警察が発表した事件への結論は、“火宮翔二郎は家のことで水守司と揉め、会う約束をして殺害した。しかし殺害直後に己のしたことへの重大さに気がつき自殺した”。分かったことを繋ぎ合わせただけの適当な結論だ。なぜ、こんな結論になった?」
翌日、再び集まった翔一郎たちは、変わらず翠から10年前の捜査の話を聞いた。
彼女は前日の続きとして差し止めをされた以上、事情聴取ができず遺族に話が聞けなくなったこと、幼い拓司は家に閉じ籠り心身の傷もあるため話など聞くわけにはいかなかったこと、翔一郎に話を聞きに行く提案を翠を含む一部の捜査官が述べたものの事件以前に起こった彼の問題行動から信頼されずに不可能だったことなどを続け様に述べた。己の罪禍に、翔一郎は顔を曇らせたが、2人は深入りしなかった。
そうして話を続けるうちに、捜査が3ヶ月で打ち切られると言う異例の事態に対して、蒼一が問いを投げたのである。翠は大袈裟とも呼べるほどの溜息をつき、口を開いた。
「警察上層部に水守家・火宮家双方の人間からの訴えが元です。すなわち、互いの家のせいにしろという内容だった。ここでもまた、“家”が問題視され、個人は無視されました。親友だった2人の心など慮ることなく、ただ家名を汚されないようにしたのです。正直、今でも信じ難い結論ですよ。こんな馬鹿げた話、聞いたことがありません。
そして、この結論から発生したのが、あの裁判です。遺族同士が家の罪を挙げては非難し、反論し、また非難し・・・の繰り返し。司法を司っていたのは昨夜の氷上さんの言葉通り氷上家と雪坂家だったでしょうが、そんな伝手など意味をなさないほどの裁判だった。恐らく火宮家は分家の者たちを使い、水守家の悪事を調べさせていたはずです。だからこそ、圧倒できるはずの裁判が罵り合いの場になった」
「・・・・そんな中、水守拓司君の言葉が法廷を止めた」
当時を思い出しながら、翔一郎が呟いた。あの瞬間、どれだけの人々が己の愚かさに気がついたかは、彼には分からない。しかし、少しでも胸を打ったからこそ、双方の訴えが取り下げられ、裁判自体が終わったのだ。それが、事件から半年ほど経った時のことである。
「だが別の悲劇を生み出した。それこそ、拓司の両親が拓司に当主になるよう迫ったこと。本当に呆れるよ。あの場で拓司の両親が息子に感じたのは、当主の器の片鱗だった。ただ兄を想って口にした言葉が、両親によって己の首を絞める結果になったんだ」
蒼一の発言は2人が全く知らないことばかりだった。彼によると、司の葬儀の時から本家に留まり、裁判に足を運ぶことはなかったものの、拓司の行動は姉から聞いたそうだ。拓司に当主となるよう迫る場面は、彼の眼前で繰り広げられたという。
「呆れに呆れて、俺は拓司を本家から連れ出して自分の家に匿った」
「そうなんですか?」
翔一郎は思わず声を大にして尋ねた。蒼一が刹那、厳しい視線を向けたので、彼はしまったと思いつつ口を噤む。
「拓司は本家に居たくもないし、当主にもなりたくないと言った。当然の話だ。だからこそ、次期当主を氷上家に譲るよう拓司の両親に提案した。それしか方法がなかったからな。だが、当然両親は拒否。俺が留守の間に使用人を派遣して、拓司を本家に連れ戻したよ」
「・・・・水守拓司が自殺したのは、裁判の終了から1ヶ月後のことでしたよね」
翠が険しい面持ちで尋ねた。蒼一はすぐさま頷く。本当は生きているのに、ここまで容易く死者として存在を認められるなど大したものだと、翔一郎は感じた。
「事件発生からは7ヶ月。拓司の死を区切りに事件の再捜査を求める声が上がったが、立ち消えた。理由は分かるか? 土壁」
「・・・・終わったことだと上層部から通達がありました。加えて、再捜査をするには遺族に話を聞く必要があったのですが、水守兄弟の両親は狂乱して正気を失い、火宮兄弟の両親は失踪。捜査らしい捜査ができる状態ではなかったことも、上層部は指摘しました。後者に関しては理屈が通っているようにも見えますが、何もできないわけではなかったはず。しかし、結局何もできずに、今に至っているんです」
こちらの報告は以上と言わんばかりに、翠は口を閉じた。
10年前の捜査において、翠を含む一部の捜査官は懸命に真相を追っていた。だが、双方の家が邪魔をした。次期当主が死んだことだけが事実であり、その責任を互いになすりつければ、自分たちの家は生き残れる。そんな醜い思いが、真相を闇へ葬ったのだ。次期当主の子供らを一気に失い、自分たちも狂乱し、また地位を失った。残ったものは、何一つとして存在しなかった。
翠が先に帰った後、翔一郎と蒼一は沈黙の時を過ごした。先に口を開いたのは蒼一で、彼は独り言のように呟いた。
「結局、全ては家だ」
「・・・・そうですね」
翔一郎は同意するしかなかった。否定する必要もないほど、その一言は10年前の事件の様相を語るに相応しかったからである。
「家同士の立場が理由で、司とお前の弟は親近感を感じて友人になった。当然、人柄もあっただろうが、家のことが含まれていないはずがない。自分たちの境遇を分かり合えるのは、自分たちだけだった。
事件が起こったのもそうだ。お前の弟は何かしらの理由で司に会えないと告げたが、親友にそこまで告げるなんて並大抵のことじゃない。お前の弟からの報告を受け、お前の両親が理由を告げることも連絡することも許さなかった以上、水守家に知られてはならない“何か”だった。恐らく、家のこと。司法を席巻する三家を危惧していたのなら、法に反することだと想像はつく。
事件の捜査が打ち切られた後の裁判も、互いの家の罪を罵り合う空間になった。死者を悼まず、家の再興と名誉に全てを懸ける愚かしさを、拓司は目にしてたまらず叫んだ。だがその結果、両親からいらぬ期待を抱かれ、表向きとはいえ、自殺。拓司の両親は狂った。
これを経て事件の再捜査が求められたが立ち消え、同時にお前の両親が失踪。そうして真相は闇に葬られ、残った奴らは素知らぬ顔で家を維持し続けている」
蒼一は言い終えた後、苦笑いを浮かべた。馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに。翔一郎も同じ気持ちだった。
少し間を空けて、翔一郎は話し合いで気になったことを尋ねた。
「あの、次期当主を氷上家に譲るという話なんですが。あの話の時、なぜそれしか方法がなかったと仰ったんですか? 分家という立場は雪坂家も同じです。分家であればどちらでも良かったのでは?」
その質問に、蒼一はすぐさま答えた。
「一応の気遣いさ。俺の父親も司と拓司の父親も氷上家だ。より血の濃い方が納得しやすいかと思って、そう提案した。二代続けて本家に婿入りした家の方が、説得しやすいだろ?」
「ああ、確かにそうかもしれませんね」
結局無駄だったけどな、と蒼一は続けた。翔一郎は曖昧な笑みを返すだけで、余計なことを聞いてしまっただろうかと不安を抱く。しかし彼が何も言わないので、翔一郎は内心、安堵した。
蒼一の一言に込められた、本当の理由を知らずに。
翌日、再び集まった翔一郎たちは、変わらず翠から10年前の捜査の話を聞いた。
彼女は前日の続きとして差し止めをされた以上、事情聴取ができず遺族に話が聞けなくなったこと、幼い拓司は家に閉じ籠り心身の傷もあるため話など聞くわけにはいかなかったこと、翔一郎に話を聞きに行く提案を翠を含む一部の捜査官が述べたものの事件以前に起こった彼の問題行動から信頼されずに不可能だったことなどを続け様に述べた。己の罪禍に、翔一郎は顔を曇らせたが、2人は深入りしなかった。
そうして話を続けるうちに、捜査が3ヶ月で打ち切られると言う異例の事態に対して、蒼一が問いを投げたのである。翠は大袈裟とも呼べるほどの溜息をつき、口を開いた。
「警察上層部に水守家・火宮家双方の人間からの訴えが元です。すなわち、互いの家のせいにしろという内容だった。ここでもまた、“家”が問題視され、個人は無視されました。親友だった2人の心など慮ることなく、ただ家名を汚されないようにしたのです。正直、今でも信じ難い結論ですよ。こんな馬鹿げた話、聞いたことがありません。
そして、この結論から発生したのが、あの裁判です。遺族同士が家の罪を挙げては非難し、反論し、また非難し・・・の繰り返し。司法を司っていたのは昨夜の氷上さんの言葉通り氷上家と雪坂家だったでしょうが、そんな伝手など意味をなさないほどの裁判だった。恐らく火宮家は分家の者たちを使い、水守家の悪事を調べさせていたはずです。だからこそ、圧倒できるはずの裁判が罵り合いの場になった」
「・・・・そんな中、水守拓司君の言葉が法廷を止めた」
当時を思い出しながら、翔一郎が呟いた。あの瞬間、どれだけの人々が己の愚かさに気がついたかは、彼には分からない。しかし、少しでも胸を打ったからこそ、双方の訴えが取り下げられ、裁判自体が終わったのだ。それが、事件から半年ほど経った時のことである。
「だが別の悲劇を生み出した。それこそ、拓司の両親が拓司に当主になるよう迫ったこと。本当に呆れるよ。あの場で拓司の両親が息子に感じたのは、当主の器の片鱗だった。ただ兄を想って口にした言葉が、両親によって己の首を絞める結果になったんだ」
蒼一の発言は2人が全く知らないことばかりだった。彼によると、司の葬儀の時から本家に留まり、裁判に足を運ぶことはなかったものの、拓司の行動は姉から聞いたそうだ。拓司に当主となるよう迫る場面は、彼の眼前で繰り広げられたという。
「呆れに呆れて、俺は拓司を本家から連れ出して自分の家に匿った」
「そうなんですか?」
翔一郎は思わず声を大にして尋ねた。蒼一が刹那、厳しい視線を向けたので、彼はしまったと思いつつ口を噤む。
「拓司は本家に居たくもないし、当主にもなりたくないと言った。当然の話だ。だからこそ、次期当主を氷上家に譲るよう拓司の両親に提案した。それしか方法がなかったからな。だが、当然両親は拒否。俺が留守の間に使用人を派遣して、拓司を本家に連れ戻したよ」
「・・・・水守拓司が自殺したのは、裁判の終了から1ヶ月後のことでしたよね」
翠が険しい面持ちで尋ねた。蒼一はすぐさま頷く。本当は生きているのに、ここまで容易く死者として存在を認められるなど大したものだと、翔一郎は感じた。
「事件発生からは7ヶ月。拓司の死を区切りに事件の再捜査を求める声が上がったが、立ち消えた。理由は分かるか? 土壁」
「・・・・終わったことだと上層部から通達がありました。加えて、再捜査をするには遺族に話を聞く必要があったのですが、水守兄弟の両親は狂乱して正気を失い、火宮兄弟の両親は失踪。捜査らしい捜査ができる状態ではなかったことも、上層部は指摘しました。後者に関しては理屈が通っているようにも見えますが、何もできないわけではなかったはず。しかし、結局何もできずに、今に至っているんです」
こちらの報告は以上と言わんばかりに、翠は口を閉じた。
10年前の捜査において、翠を含む一部の捜査官は懸命に真相を追っていた。だが、双方の家が邪魔をした。次期当主が死んだことだけが事実であり、その責任を互いになすりつければ、自分たちの家は生き残れる。そんな醜い思いが、真相を闇へ葬ったのだ。次期当主の子供らを一気に失い、自分たちも狂乱し、また地位を失った。残ったものは、何一つとして存在しなかった。
翠が先に帰った後、翔一郎と蒼一は沈黙の時を過ごした。先に口を開いたのは蒼一で、彼は独り言のように呟いた。
「結局、全ては家だ」
「・・・・そうですね」
翔一郎は同意するしかなかった。否定する必要もないほど、その一言は10年前の事件の様相を語るに相応しかったからである。
「家同士の立場が理由で、司とお前の弟は親近感を感じて友人になった。当然、人柄もあっただろうが、家のことが含まれていないはずがない。自分たちの境遇を分かり合えるのは、自分たちだけだった。
事件が起こったのもそうだ。お前の弟は何かしらの理由で司に会えないと告げたが、親友にそこまで告げるなんて並大抵のことじゃない。お前の弟からの報告を受け、お前の両親が理由を告げることも連絡することも許さなかった以上、水守家に知られてはならない“何か”だった。恐らく、家のこと。司法を席巻する三家を危惧していたのなら、法に反することだと想像はつく。
事件の捜査が打ち切られた後の裁判も、互いの家の罪を罵り合う空間になった。死者を悼まず、家の再興と名誉に全てを懸ける愚かしさを、拓司は目にしてたまらず叫んだ。だがその結果、両親からいらぬ期待を抱かれ、表向きとはいえ、自殺。拓司の両親は狂った。
これを経て事件の再捜査が求められたが立ち消え、同時にお前の両親が失踪。そうして真相は闇に葬られ、残った奴らは素知らぬ顔で家を維持し続けている」
蒼一は言い終えた後、苦笑いを浮かべた。馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに。翔一郎も同じ気持ちだった。
少し間を空けて、翔一郎は話し合いで気になったことを尋ねた。
「あの、次期当主を氷上家に譲るという話なんですが。あの話の時、なぜそれしか方法がなかったと仰ったんですか? 分家という立場は雪坂家も同じです。分家であればどちらでも良かったのでは?」
その質問に、蒼一はすぐさま答えた。
「一応の気遣いさ。俺の父親も司と拓司の父親も氷上家だ。より血の濃い方が納得しやすいかと思って、そう提案した。二代続けて本家に婿入りした家の方が、説得しやすいだろ?」
「ああ、確かにそうかもしれませんね」
結局無駄だったけどな、と蒼一は続けた。翔一郎は曖昧な笑みを返すだけで、余計なことを聞いてしまっただろうかと不安を抱く。しかし彼が何も言わないので、翔一郎は内心、安堵した。
蒼一の一言に込められた、本当の理由を知らずに。
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