殺意の扉が開くまで

夕凪ヨウ

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39 暴露

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『指定暴力団、朱雀会会長・岩渕進死去⁉︎  組員らの自宅に白骨届く、警察は捜査中!』

 現実離れした新聞の文言と、テレビのニューステロップに、誰もが動揺を禁じ得なかった。
 朱雀会組員らの自宅に届いた味気のない段ボールに入られていたのは、小さな骨壷に入った白骨。連絡の取れない会長を心配していた彼らは、お互いに連絡を取り合い、届いた白骨を並べた結果、全身の白骨が現れたのだ。彼らは宿敵とも呼べる警察へ事情を話し、急行すると、どこからか嗅ぎつけたマスコミが世間にこの事を伝え、日本中を震撼させる結果となった。


 この事件が更に注目を集めたのは、その数日後。届いた白骨が全て岩渕進のものだと判明すると同時に、ある事件の首謀者が彼であることが報道されたのだ。
 その事件こそ、今から15年前に発生した、『連続児童誘拐事件』である。

            ※

「朱雀会前会長・岩永朗いわながあきらの指示に応じて、あなたは日本各地を飛び回り、子供たちを誘拐。誘拐した後は子供の自宅から離れた場所へ行き、そこで人身売買事業の仲介人だったハイエナに子供を引き渡す。ハイエナが引き渡された子供を売買先まで送り届ける。その場で売買先の人間が値段を決めて支払い、報酬として朱雀会とハイエナに流れる。
 これが、15年前の当時、朱雀会とハイエナが行っていた裏事業の段取りよね? ハイエナが接触していた朱雀会幹部及び、十数人の子供を誘拐した張本人こそ、あなた。警察はどういう情報網を辿ったのか、朱雀会に行き着き、解決を試みた。でも」
 未解決に終わった、と春海は続けた。進は彼女の眼前にある巨大な箱のような物体が気に掛かりつつも、表に出ることのなかった犯罪歴に息を呑んでいた。
 春海は続ける。
「事件が未解決に終わった理由はシンプルで、あなたが最後に誘拐した子供が、現警察庁次長・松土正の亡き妻、土門菫の甥だったから。
 警察は初めこそ必死に解決しようとしていたけれど、あなたを逮捕することで暴力団と癒着している身内の存在が知られることに気がついた。そして、そんな薄汚い事件に巻き込まれた警察庁高官から、何を突きつけられるか分からなかった。だからこそ、警察は捜査が難航中という方便を使い、事件が収まるのを待った。その後、子供の誘拐が止んだのは、暴力団と癒着している警察官が岩永に働きかけた結果。岩永は自分たちの存在をバラさないことを当時の警察に約束させ、事件は闇に葬られた」
 何一つ間違っていなかった。進は、岩永からの指示を未だに覚えており、誘拐した子供に正の関係者がいたことも理解しており、岩永が警察に保身を約束させたことも知っており、なおかつ、その場に同席していた。忘れるはずもなかった。あの瞬間から、朱雀会は絶対的な安全を手に入れたのだから。
「誘拐が止んだ。一部の善良なる警察官にとって、それは安心できたでしょう。でも、誘拐された子供たちは誰一人として見つかっていなかった。突然よね? これは単なる誘拐事件じゃなくて、人身売買という裏事業が絡んだ事件なのだから。
 ただ、警察官はそんな事を知らないし気づきもしない。捜査を続け、子供たちを必死に探した。そして、誘拐された十数人の子供たちのうち、1人だけが、遺体となって発見された」
 春海は、子供の死を悼むように瞑目した。しかし、すぐに目を開けて言葉を続ける。
「その子供こそ、土門菫の甥・土門星矢どもんせいや。彼は売買された人間の元から幸運にも逃げ出し、家へ帰ろうとしていた。でも、子供の体力なんて知れている。体力が尽きた彼は人気のない場所で見つからないよう一晩過ごすことを決め、その最中、野犬に食い殺された。発見された時、彼はほとんどの内臓を失っていて、顔も半分以上なかった。身元の判明は、かろうじて残っていた左手薬指の指紋。
 遺体安置所に駆けつけた両親と土門菫、松土正は、あまりの惨たらしさに涙すら流せなかった。そして数日の後、菫の姉に当たる星矢の母は、気が狂い、今も精神病院にいる」
 大勢の家族を壊し、絶望させた罪。罪なき子供の将来を奪った罪。誘拐されなければ死ななかった子供が死んだ罪。ありとあらゆる罪が、朱雀会とハイエナには存在すると、春海は告げていた。しかし、彼女は謝罪も反省も贖罪も求めていなかった。そんなことをしたところで、何の意味もなかった。彼女の目的は、復讐だったから。


 やがて、進は沈黙に耐えきれず尋ねる。
「お前は、何者だ? 氷上蒼一も話していたが、依頼の上の復讐・・・その意味が分からない。それに、ハイエナはどこにいる? あの男もまた、依頼の上の復讐とやらの対象だろう」
 春海は笑った。心底楽しそうに。
「ハイエナは・・・そうね。じゃないかしら」
「・・・・は?」
 何を言われたのか、まるで理解ができなかった。春海はなおも笑いながら、言葉を続ける。
「依頼者は、ハイエナもあなたと同じ殺し方をして欲しいと言った。でも、彼の場合は戸籍がないから意味がないの。だから、私は提案した。、と」
 その瞬間、進は復讐を依頼した人間が、亡き土門星矢の父親だと理解した。ハイエナは死んだ息子と同じ殺され方ーーーー仲介人を通して売買され、売買先とは違う場所で動物に食い殺されるーーーー復讐を、そして進は・・・・
「今回は火葬で依頼を受けたの。土葬もあるけど、どっちの方が手間がかかるのかは、未だに謎。でも、今回みたいに公表するには火葬の方が良いのよ。土葬と違って、残るから」
 言い終わるなり、春海はスーツの胸ポケットから小さなリモコンを取り出した。真ん中に赤色のボタンが1つあるだけで、大きさはトランプくらいである。彼女がゆっくりとボタンを押すと、進が座り込んでいる当たりの床が前進した。行き先は巨大な箱の中である。
「お喋りに付き合ってくれて礼を言うわ。火葬炉の準備、時間がかかるから」


 この女は何を言っている? 何をしようとしているのか、理解しているのか? 第一、なぜこんなに手慣れている? なぜ躊躇しない? 
 まさか、この女・・・噂の・・・⁉︎
 余計な考えを巡らしていると、いつのまにか、進の眼前に火葬炉があった。「やめろ」と叫んだ気がしたが、熱さのためか、本当に口にしたのか、彼自身にも分からなかった。
「できる限り早くお願いね」
 その言葉を最後に火葬炉の扉が閉まった。



 太陽の内部にいるかのような熱さの中で、進は叫び、怒鳴り、涙を流し、恨み言を吐き、誰かを罵倒し、苦痛の中で死んで行った。
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