殺意の扉が開くまで

夕凪ヨウ

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4 本当の犯人

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 テレビのニュース速報を見て、拓司は頭を殴りつけられたような気分になった。寝起きで覚束おぼつか無い足を動かし、かじり付くようにテレビを見つめる。思わず右手を口元にやり、その不可解さに眉をひそめた。
「何だ、これ・・・・」
 唖然とする拓司の頭を明瞭にさせるかのように、ニュースキャスターは早口で告げた。

『速報です。
 昨日、東京都S市で起こった殺人事件の現場が、何者かによって荒らされたことが発覚しました。天候によるものではなく、人為的なものだということです。現在、警視庁は現場への立ち入りを禁じ、厳戒態勢を敷いています・・・・』

 昨日の殺人事件は、もちろん知ってる。被害者(加害者でもある)2人が刺し違えて死んだとあり、ネット上を騒がせていた。悠は手早く情報を集め、何か10年前と事件と似たものを感じると言っていた。俺も叔父さんも、同じことを思った。
 それなのに今、現場が表された? 一体、どういうことなんだ? この事件は、ただの殺人事件じゃないのか? 被害者兼加害者2人が殺し合ったのは、誰かの企み? 
 そんなこと、あり得ない。そんなこと、あり得るはずがない。でも、妙だ。まるで、警察を挑発しているかのようで。何かしらの証拠を、消し去りに来たかのようで。

            ※

 現場は酷い有様だった。
 真っ直ぐに張っていたバリケードテープは破られ、引き千切られ、破片が風で散っている。血溜まりを隠すためのブルーシートは剥ぎ取られ、血痕の上には泥がぶちまけてあった。近くの電柱や防犯カメラは柱から叩き折られ、原型を止めないほど破壊されていた。だらりと垂れた電線は地面に付くか付かないかの位置で止まっているが、微かな火花が散って危険だった。コンクリートのヒビは隕石でも落ちたかのように大きくなり、道路脇の白線まで割れていた。
 しかし、土足痕はなかった。指紋も毛髪も血液も、手がかりは何もなかった。鑑識の報告が間違っているとは思えなかった。破壊された現実だけが、無情に眼前に広がっていた。
「この事件、一筋縄じゃいかないな」
 他の警察官と話していた土壁警部補は、唖然としている私のそばへ立って言った。私は僅かに頷き、ゆったりとした足取りで、土壁警部補と中へ入る。
「泥の成分分析は頼んだから、後で回収してもらう。電線は下からフックか何かを引っ掛けて引っ張り、壊したんだろう。一部から鉄が発見された。コンクリートは上から岩か何かを落としたのかもしれないが、詳しいことは分からない」
「目撃者はいないんですか? 昨日、見張の警察官がここを離れたのは22時過ぎ。遅い時間ではありますが、誰1人出歩いていないとは断言できない。防犯カメラが恐らく破壊活動の前に壊されていますから、頼りになるのはそれくらいです」
「今のところ、ないな。ただ、コンクリートのヒビを素手で作り出すことは不可能だ。重機か何かで巨大物を投石でもしなきゃならない。音を聞いた、くらいの話がないと・・・・」
 その時、火宮はなぜか足を止め、背後を振り返った。私はつられて視線を追ったが、騒ぐ近隣住民を静止している警察官だけが見えた。
「誰かいたのか?」
「・・・・いいえ、気のせいです」
 そう呟く火宮の表情は見えなかった。私が続けて質問しようとすると、火宮はそれより、と続けた。
「現場をどうしますか? コンクリートも電柱も使い物にならなくなって、危険な状態です。今一度保存するのが最善ですが、また荒らされる可能性はゼロじゃない」
「上と掛け合う必要があるかもな。バリケードテープや血痕はともかく、コンクリートと電柱は民間人の生活に関わるし・・・・」
「そうですね。早く復旧をーーーーあれ?」
「どうした?」
「停電」
「えっ?」
 火宮は素早く私の方を見た。柔和な表情に、厳しさと戸惑いが宿っている。
「停電は起こらなかったんですか? 電線が真ん中から派手に引きちぎられているんですよ? 停電が起こらないはずがない。報告として上がっていないんですか?」
 私は息を飲み、近隣住民の元へ駆けて叫んだ。
「すみません! 昨夜から、この辺り一体は停電していませんか⁉︎  もしくは、そのような報告を受けた方は⁉︎」
 住民たちは首を傾げた。馬鹿な。気づかなかったと? それとも、起こっていないと? そんなことがあるものか。雷で都内が停電し、パニックになった例はいくつもある。
 昨夜に限って、何もないだなんて、そんなことーーーー
「電柱の点検だから使えないだけじゃあないのかね?」
 声を上げたのは1人の老爺ろうやだった。寝巻きにサンダルという装いで、すぐ側に見えているアパートの住人のようだった。いや、それより、今何を口にした?
「点検とは? 具体的に教えてください」
 尋ねたのは駆けつけてきた火宮だった。真っ直ぐに老爺を見つめ、責めるような素振りは見せない。落ち着き払っていた。
 老爺は腕を組み、記憶を捻り出すように首を傾ける。
「うーん・・・3日前くらいだったかな? 業者が来て、ここら一体で電柱の点検をするから、その間少し電気系統が動きにくくなるって話だよ。丁度夏の暑さも過ぎたから、冷房も要らないし、そこまで問題ないだろうって、みんなで話してたんだよ」
「点検の期間は?」
「昨日の夜20時から、今日の夜20時まで・・・きっかり24時間だったかな」
 近隣住民がまばらに頷いた。火宮は人のいい笑みを老爺に向ける。
「ありがとうございます。助かりました」
 火宮はすぐに踵を返し、しかし私の傍を通る際、確認を取ります、と告げた。私は誰にも悟られぬよう、静かに頷き、近隣住民の制止に当たった。


「業者に確認を取りましたが、電柱の点検をする予定はなかったそうです。誰かが個人的に行ったわけでもなく、点検するからと下手に住民へ制限を設けることもないと」
 私が警視庁に戻ると、火宮は既に詳細を調べ終えていた。手渡された資料は業者の点検予定表であり、1ヶ月ほど前に行われたばかりだった。何より、担当の業者は昨日と今日、休日で、会社に出勤した者すらいなかった。
「偽の点検を知らせた人物は業者の車に乗っていたそうなので、今、全ての車を調べています。防犯カメラも偽の映像が差し込まれた可能性がありますから、回収して解析中です。数日時間は必要ですね」
「構わない。時間が掛かろうとも、確かな結果を出す必要があることだ。無理のない範囲で進めてくれ」
「分かりました。しかし、犯人は狡猾ですね」
 火宮の発言に、数人の捜査官が首を捻った。何を言っているんだ、とばかりに顔を歪めている。説明を引き受けようとしたが、火宮はすぐに続けた。
「現場を荒らし、電柱と電線を壊すことで、私たち警察が停電を心配するのは当たり前です。住民に話を聞くのも。しかし、それこそが問題だった。大々的に住民に停電の有無を尋ね、“点検だから使いにくい”という最もな理由が、公衆の面前で突きつけられる。悪意ある者たちにとっては、、とみなされます。非難する者も出てくることでしょう。」
 土壁警部補は歯軋りをした。無理もない。誰よりも己の正義を信じる彼女にとって、このやり方は気に食わないはずだ。犯人に対する怒りも溜まる。でも、きっと犯人は簡単に見つからない。

 2人の人間を死に導いたであろう、本当の犯人は。
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