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三年生編
朝永6
しおりを挟む俺の番がオメガにまで惚れられるとは。
可能性があることを失念し、常にアルファだけを注意していた。かわいくて小さいオメガが綺麗なオメガを見て頬を赤くさせる姿は、他人であれば微笑ましいかもしれない。
*
四月に入って頼んでおいたアプリができ、やっと夜詩人の首輪についている一部の機能と連動することができた。
職人と希望について話をしていくうちにどんどん楽しくなってきて、時々は困らせてしまうこともあった。でも職人は根気強く俺に付き合ってくれた。
機能はほぼ後付けで、首輪を作って満足してしまった感もあり、アプリの開発が後手に回ってしまった。そして夜詩人にばれるわけにはいかないから思うように進まなかった。自己満足で作ったものだが夜詩人が付けてくれて意識がトびそうなくらい嬉しかった。
もちろん夜詩人は機能についてはこれからも教える予定もない。
その一つとして夜詩人の心拍数がある一定以上いくと俺に通知が来るようにした。夜の九時以降の通知はニヤニヤしながら眺めることもある。ついでに音声も聞けるが、だいたい椋地と共有の部屋にいるときなので想像だけをしている。
すべての音声は残されているから後でも聞くことはできるが、夜詩人の痴態は隔離部屋に行った時の楽しみにしている。
ある日、実家で兄と話をしている時、まだ夕方の早い時間に通知が来て、確認するため足早に自室に入った。夜間以外に通知が来ることはなく、夜詩人の周りは平和だったから珍しいことだった。
スマホで音声も確認すると、聞き覚えのない声で「はい! ささきまゆきです!」と静かな部屋に元気な名乗りが響いた。男だが少し高めの声。その後すぐに「違う!」と夜詩人の声が聞こえた。強張ったような声の、あまり聞いたことがないものだ。
状況が分からず立ったまま続きを聞くが、普段の夜詩人からは想像も出来ないくらい硬い口調で、ささきとやらに名前につい
ての危険性を言い聞かせていた。それはかつて自分がそうだったからか、強い後悔も滲んでいた。
あの頃のことを思い出して欲しくない俺としても、こういった危ない存在はいらない。俺の夜詩人を揺らさないで欲しい。いい意味でも悪い意味でも夜詩人を揺らすのは俺だけだからだ。
名前は“ささきまゆき”と言った。多分あの食堂で夜詩人を見ていたオメガだろう。顔を思い出しながらしっかりと名前を刻んだ。
少しして13番が割って入るが、初めからいたならこんなことにはなっていないはずだから、少しの間離れていたのだろうか。
なんにせよ、13番がいたお蔭で夜詩人は部屋に入ったようだ。このオメガは夜詩人の部屋の前で待ち伏せでもしていたのか。
あの棟までは中々監視が出来ないから不便ではある。だからこそ13番が隣の部屋にいるということがありがたい。
永匡に連絡しようと思ったが、ふと今年卒業してしまった一つ上の従兄の顔が浮かんだ。とても頼りになる人だった。少し考え、試したいこともあり一人の生徒に電話を掛けた。
『那須野です』
「頼みたいことがある」
『珍しいですね』
悪ふざけで近寄ってきては俺を怒らせるのが好きな那須野。必要以上に近寄るなと何度言っても聞かない。こんなのでも頼りになる従兄の弟だ。俺にとっては従弟となるわけだが。
那須野も永匡も椋地を気に入っているから、お子様な永匡は那須野弟が好きではない。俺が永匡に「校内では他人のふりをしろ」と言ったら全力でやるわと息巻いていた。椋地は俺が言わなくても全力で他人を装っていて、那須野はそれすら楽しんでいるような変態だ。
「二年オメガのささきまゆきという生徒をアルファの校舎に晒して欲しい。黒髪短髪で背も小さい、もちろん未契約だ。永匡にもあとで連絡して夜詩人を見ていたオメガに心当たりがあれば写真も付け加えて欲しい」
せっかく夜詩人の良心が忠告してくれたのに、それを俺が落とすのも夜詩人には申し訳ないが。
しかしこんな歪んだ学園内での邪魔は一切を排除していこうと決めたのだ。俺と夜詩人以外、すべてが排除対象だ。
夜詩人には残りの学園生活を穏やかに、ゆっくり過ごしてもらいたい。夜詩人がそう願っているから。
『理由を聞いても?』
「ただ俺にとって邪魔なだけだ」
『かわいそうに……』
「そう思うのならお前が番ってやればいい」
『はは、それもいいですね』
こいつの本心はどこにあるのだと、那須野には気付かれないよう息を吐いた。那須野弟にこういったことを頼むのは初めてだ。兄とは性格が違うので、頼み方を間違えたなと反省した。永匡に頼めばよかったかもしれない。
『報酬は?』
「ない。むしろ今まで忠告を破ってきた分の仕事だ」
『ええっ、もう奴隷じゃないですか』
「お前の兄さんはよく動いてくれたよ」
『あの人は総領の甚六とでもいいますか。奴隷気質もありそうですけど』
「そうだな。悪かった。お前に頼みごとをした俺が間違っていた。もうお前に連絡することもないだろう。じゃあ」
『あーうそうそ! すいませんでした! 調子に乗りました!』
通話を切ろうとしたが(ついでに那須野のすべての情報も消そうとした)、焦る那須野の声に切るのを止めた。
『ささきまゆきですね。分かりました』
「無理しなくていい」
『いえ。……朝永さんが俺を他人のように扱うのでちょっと寂しかっただけなので。拗ねただけです。第三者がいる時は名前で呼ぶのも禁止されましたし』
何を言うかと思えば。拗ねるにしてもあんなに堂々と嫌がらせのように近寄ってきていたくせに。
「夜詩人にアルファの知り合いなんていらないんだよ。お前は夜詩人にしてみたら他人だ。むしろ敵だ。お前と知り合いだと思われない方が色々都合がいいこともある。だから呼び方はこれからも苗字で呼べ。それに四月の頭にわざと夜詩人にぶつかっただろ。出来のいいお前の兄さんと違って、お前は気安く俺に近づいてくるから禁止にしたんだ」
『……はあ、すみません。まあ俺は寂しいだけです。でも、番が出来たら俺もそんな考え方になるかな』
「自分のオメガを見つけて試したらいい」
『そうですね。朝永さんも兄も羨ましいです。あ、報酬はいらないですけど、でも……時々は俺もあの食堂で一緒にさせてもらってもいいですか?』
必要以上に俺の周りから那須野を排除したのは、夜詩人にアルファを近寄らせたくない事が一番だが、もう一つ、那須野の外見がいいからだ。
頭が回らないくせに賢そうに振る舞い、男臭く整った顔立ちは昔から無駄に人を惹きつけた。
そんな奴が夜詩人の周りをうろちょろしていたら余計目立つ。ただでさえ、俺がアルファを牽制しまくっていたから孤立したというのに。
鈍感な夜詩人でさえも、しばらくの間は食堂で注目されていることを気にしていた。やっと周囲の奇異な視線がなくなり、夜詩人も心安らいで食堂にいることができるようになったのだ。
「なぜそこまで」
『気付いてないかもしれませんが、あの一角はいつでも輝いているんですよ。俺たちにとってはまだ歪でしかない関係のアルファとオメガが楽しそうにしていて、一年オメガはみんな憧れています。もちろん、アルファの中にも憧れを持つものもいます。俺のようにね』
「お前が憧れ、ねぇ」
『本当です』
「他人を羨んでも仕方ないだろ。それは自分の手で作らないと意味がないと思うぞ」
『まあ、そうなんでしょうね。一度だけでいいんです、朝永さん達の雰囲気だけでも共有できればそれだけで』
「……一度だけなら」
『いいんですかっ? 言ってみるものですね』
那須野の声が一瞬だけ哀れに聞こえ、自分で許してしまったくせにすぐに後悔をしてしまった。那須野の喜び方が俺の気分を害するのにはてき面だった。
「はあ……。これからも俺のいないところでは夜詩人に接触するなよ」
『分かりました。では、俺もささきまゆきについて永匡さんにも連絡してみます』
俺もつくづく甘い。
那須野の兄にはかなり世話になった。何も返せていないから、代わりにこのふざけた次男にお返しということにしよう。そんなことを考えても溜飲は下がらない。
大きく息を吐いてソファに寝そべった。
夜詩人は分かっていないが、夜詩人の中にある妙な余裕が人を惹きつけるのかもしれない。卒業まであと数ヶ月。そこからさらに一ヶ月以上経ってようやく俺が十八だ。長い。三年になってから一日が恐ろしく長く感じた。
ソファに寝転がったまま休んでいると、那須野から電話が来た。先ほどのやり取りからは一時間も経ってはいなかった。
晒し終わった連絡かと思えば違った。顔も番号も分かり、いざ晒そうとしたときに同級生がその情報が欲しいから売ってくれと頼まれたとのことだった。
『どうしたらいいですか?』
「売っていい。売値はお前が決めていいし、お前がもらったらいい。ただしオメガがこの学園から出て行くことが条件だ」
『はあ、分かりました。売って欲しいと言った同級生は頭のいい奴だと思っていたんですが、前から狙っていたとかで舌なめずりするような気持ち悪い奴だったんですけど』
「かまわない」
むしろ、そのアルファだけが何かをするなら、夜詩人が売ったと疑われる可能性が少なくなる。ささきに被害が行けば、当然名前を知っている夜詩人が恨まれ役をやることになるからその辺のフォローをしなくてはと考えていたが、状況によってはそれもいらないかもしれない。
「夜詩人がささきの名前を知っている。ささきには名前が晒されたと感じないようそのアルファは接触してほしいけど、できるか?」
『まあ、頭は良いし悪知恵しかないような奴なのでそれは大丈夫かと』
無差別に晒されるより、一人にアルファだけであればささきの負担も少なく、さらにそのアルファはささきを狙っているのであればより幸せなのでは。幸せかどうかは本人しか分からないが。
しかし一人のアルファに囲ってもらうことが安全であることも確かだ。
夜詩人に惚れたが運の尽き。残りの学校生活は諦めてもらうしかない。
少しして夜詩人に被害もなくささきまゆきが退学したのを知って、ようやく安心して夏休みの外出のための準備に取り掛かれると胸をなでおろした。
が、一つだけ、この件について夜詩人からはなんの話もなかったことだけ、誰も知らない俺の深いところ、その奥底に黒く重たいものが残った。
*
「今日はダメだ」
久しぶりの夜詩人との食事に那須野が入ってきたが、今日は俺が癒されたかったため図々しい那須野を排除した。約束はしたが、無遠慮に入り込んでくる那須野は煩わしく、ここで使っては被害がでるなと分かっていたが那須野を怯ませるべく一瞬だけ威圧した。
那須野は去っていったが、夜詩人も少しダメージを受けたようだった。
回復した夜詩人には椋地に近寄る人もダメなのかと見当違いのことも言われ、さらに那須野と名前まで呼ぶ夜詩人に驚きを隠しつつ、詰め寄った。
ふざけた真似をしてくれる。
あの従弟とは約束を違えたって構わなそうだ。二度と那須野に何かを頼むこともないだろう。
温くなったお茶を飲みつつ、冷静さを取り戻そうと夜詩人の丸い頭を撫でた。
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