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三年生編

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『帰ってきたよ。夕食は終わった?』

 誕生日のあとまた帰省した朝永だったが、始業式前になって寮へ戻ってきたようだ。夕食は継直と約束していたが、朝永がいてもいいだろう。すぐに『継直とこれからいくところ』と返した。

 四月に入ると寮内に知らない顔が見え始めるようになった。新入生だ。脅え方が初々しいので後姿だけでもすぐに分かった。一年アルファも何かを探る視線が必死で分かりやすい。
 冷静になれるあたり今年もまた一歩、新堂へ近づけたようだ。今年は朝永と繋がれたことでさらに大人になった気分もしてちょっと嬉しい。

「おー、さすがに始業式前日となると人増えてきたな」
「うん」

 継直と食堂の入り口で中を見渡す。ご飯を食べてはいるが、それぞれが食事に集中できていないのはそわそわした雰囲気で分かった。話し声も妙に静かだった。
 しばらく続いていた俺への注目も次第に静かになり、今では一部を残して注目されることはなくなった。その代わり単純にいない者のように避けられるようにはなったが。
 知らない人に意味もなく避けられるのは精神的に結構しんどいが、絡まれるよりはマシだろうと思うことにした。

 一通り見渡し、朝永も椋地もいなかったので空いている席に行こうと歩き始めたとき、すぐ横から人が来ていて肩がぶつかってしまった。

「わ、ごめんなさい」
「こちらこそすいません。怪我、ないですか?」
「大丈夫です」

 すぐさま通路を空けるよう身を引くと、そこにはすっきりとした目元の男前の人がいた。見たことがなかったのでちらっとネームを見るとやはり新入生アルファ。
 ふっと目元を緩ませ、柔らかな笑顔を見せたかと思うと小さくお辞儀をして食堂へ入っていった。

「おお、なんだあの余裕。年下のくせにイケメン恐るべし」
「確かに男前だったね」
「古渓に群がっていたオメガ達が好きそうな感じもするな」
「古渓さんがちゃらちゃらしたイケメンならこっちは正統派な感じだね」
「どっちにしろミーハーにはたまらないかと」
「物色中?」

 聞きなれた大好きな声が後ろから聞こえて咄嗟に振り返った。
 少し腰を屈め、俺と継直の間に顔を覗かせた朝永は「どいつ?」と呟いて食堂内を見渡した。

「お帰り、朝永」
「北原久しぶり」
「で、正統派がなんだって?」

 俺と少しでも関わったことのある人物に対して非常に過敏であるため、挨拶も無視の朝永はキラキラの笑顔で聞き出そうとする。が、今回はただ肩がぶつかっただけで俺としてもあまり大事にしたくない。

「ぶつかっただけだよ」
「わざとかな」

 意味の分からないことを言う朝永は笑顔を崩さず、視線だけを食堂内にゆっくりと這わす。

「わざとぶつかる理由とは……」
「ああ、なるほど、こいつとお近づきになる一歩ってことね」
「ええー、なんでまた」
「お前鈍くさいけど妙にもてるもんな。はは、契約したって北原の心配はつきないな」
「またそんなこと言う」

 からかう継直を睨んでやると朝永はスッと姿勢を正した。

「ま、いいや。13番、よろしくね」
「はいはい。見返りはあとでこいつ経由でリスト贈るよ。また漫画だけど」
「了解」

 驚いたことに、俺に関してなにやら取引をしているとのことだった。それを知ったときのショックと言ったら。継直は物でつられて俺の傍にいるのかと失恋もしていないのに胸の奥がぎゅっと苦しくなった。
 継直に問い詰めると「俺は好きでお前といるっつってんのに、聞かねーんだよお前のダンナ。煩いからもらっとくことにしたんだ。漫画。どうせお前も読むしいいかなって」と返ってきた。確かに俺も読む。
 が、俺の友人に物をあげて俺の周りを見張れとはどういうことなのだ、と言いたいけど言えなかった。朝永は常に俺に被害が及んだり、誰かがコンタクトを取ったりするだけでも嫌がる。隠し事もそうだ。俺に関するすべてを把握していないと具合が悪くなる、とまで言われたこともあった。俺は逆にすべてを把握されたら具合が悪くなりそうだ……とは返せなかった。

 確かに古渓の言うとおり、朝永の執着は激しい。いや、激しくなってきたのか。初めはこんなんじゃなかったのに。それでも一人で泳げるくらいには野放しにしてくれるときもあるが、それはアルファがいない前提の話。アルファがいたら雁字搦めにする気満々だ。
 ずっと先輩と会うことができていない継直にしてみたら贅沢な話なので誰にも相談は出来ない。これは幸せな悩み、ということにしておこう。

「さて、食べに行こう」

 朝永に背中を押され、歩き出す。さりげなさを装った手がすべるように体を這う。ラインを確かめるように背中から腰、腰から尻へと。よからぬことをしでかす前に朝永の脇腹を肘で殴った。思ったよりも衝撃があったようで、朝永から小さくうめき声が聞こえて手はすぐに引っ込んでいった。

 ゆっくりと久しぶりの会話を楽しみながら夕食をとった。向かいのテーブルに座る新二年オメガがチラチラとこちらを気にしていて、どういうわけかずっと俺と視線が合わさっていた。
 こいつはアレだ、俺に「幼馴染のアルファを返せ」と言ったやつだ。アルファの名前は忘れた。こいつの泣き方が尋常じゃなくて、それ以外の記憶がすっぽ抜けている。
 あの時はよく分からなかったが、よく見ると猫目のかわいいタイプのオメガ。朝永を見ているわけじゃないのかと不思議になり、ジッと見つめてみると顔を赤らめて視線を逸らされた。恥ずかしそうに前髪をいじって口元をキュッと結んでいた。
 俺はこの表情の意味を知っているけど、しかし本当にそれは俺が相手でいいのだろうか。俺がオメガだというのは当然知っているはずだし、朝永と契約済みなのも知っていたはず。疑問しか湧かない。
 年上がよく見えることは大いにある。あの話し合いで俺に対して何かの感情が生まれたのかもしれない。いや、自分で考えといてなんだが、あの話し合いで何の感情が生まれるというのだ?
 俺よりも経験値が高いくせに初心っぽいの止めてほしい……。

「見られているね」
「えっ」
「あのかわいい子に」
「あー、うん……。うーん?」

 下を向いてあつあつ鍋焼きうどんに集中しているとばかり思っていたが、朝永はしっかりと俺の状況を見抜いていた。

「誰。またこいつを見てる人いんの」
「え、いや、気のせいだと思うんだけどさ。オメガの生徒だし……」
「ええー。お前の首輪目に入ってないわけ?」
「いや、俺の勘違いかもしれないけど。自意識過剰なだけかも」
「だってさ、北原。でもオメガ同士なら14番も負けないだろ。体もベータ並だし、オメガの中じゃでかい方だし」
「そうだろうね。でもその場に誰か他の人間を使われたら14番はあっという間に捕まっちゃうね。ま、それは誰に対しても言えることだけれど。これを機にオメガに対しても用心してくれていればいいよ」

 甘い笑顔を貼り付けた朝永は、目の前のオメガに見せつけるように俺の髪をすいてくる。頬に掛かる髪も耳にかけ、そして耳を意味ありげに撫でてから離れていった。
 触られた場所が、朝永にもっと触られたかったと強請っているように熱を持つ。それはジワジワと広がり、顔全部が熱くなった。多分顔が赤いんだろうな。誤魔化すためにもご飯に集中した。
 そして悲しそうにしたニ年オメガが見ているのを、朝永はしっかりと捕らえていた。

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