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2年生編
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しおりを挟む翌日、同学年アルファと番契約済みの15番が教えてくれた。番予定のアルファから、1年アルファの7名が2学期中に自主退学したと聞いたと。きっとその中の1人が崎田なんだろう。
そして俺が知らないだけで全学年のアルファ中、毎学期に1人くらいは学費が払えずに辞めていくものらしい。だから1年だけで7人という数字はすごいことが分かる。
「でも今年の1年オメガって人数少ないから、アルファが少なくなっても別に困らないんじゃね、むしろライバル消えていいみたいな話をしてたよ」
「でも7人って多いな。それだけ無理してこの学校に入ってきたってことになるのだろうけど」
そのうち5人が朝永の手によって辞めさせられ(前の3年アルファを辞めさせたのとは違って見せしめ気味に)、アルファの中では俺にもお触り禁止令が出ていることも知らず、俺達はのんびりとした会話をしていた。
「アルファにしたらライバル少なくていいかもしれないけど、オメガにしたら選択肢少なくなって困る話だ、それ。1年アルファって大型犬みたいの多くてかわいいし」
失恋した後だが、そんなことはもう過去の話とばかりに8番は年下にも眼を向けているらしかった。
「タメは駄目なん?」
「親が同い年なんだけど、言い合いしたらどっちも絶対負けないんだよ。譲らないというか。あんなの見ていると年が違っていた方がいいのかなと思ってさ」
「年は関係ないんじゃ。性格じゃね」
「まーねー。あー、赤ライン羨ましいわー」
8番、13番、俺、15番。
8番意外は赤ライン持ち。継直は前のめりになって「もっと言って」と瞳を輝かせていたが、8番は白けたようにあくびをしていて笑えた。
こうやってのんきに会話がおわったこともあって、朝永に伝えるのも忘れままだった。怪我をしたわけでもないし、ダメージすらないし。むしろあの1年の方が大丈夫かなと思えるくらいだったし。
しばらくこうやってのんびりとした時間が流れ、今年もまた冬休みは外出すると言った朝永に、俺はお利口にして寮で待っていることにした。
発情期が来る予定はないが、朝永は匂いたっぷりのカーディガンを残していってくれたので、時々匂いを嗅いでは満足をする、そんな変態行動を繰り返していた。4日もすると匂いも薄らいでいたが、それでも顔を埋めたり首や顔に巻きつけていた。これをしていると心が安定するというか、落ち着くというか。とにかく朝永に包まれたいだけなのだ。
寂しがる継直にも「先輩の匂いたっぷりの衣類を贈ってもらうといいよ」とすすめてみた。聞いた直後に先輩に連絡をしていて笑えたが、衣類が届いてからというもの継直は引きこもりになって少し寂しくなった。
時々突撃しては俺と同じように首や頭にグルグルに巻いていて、オメガはどうしてこういった行動をとるのか不思議に思った。これは本能なのか。
冬休みも明け、少しすると学校内、寮内ともに3年が姿を消した。他の学校より早めに迎える卒業式まで、あとは自由ということだ。
去年も見た光景ではあるし、3年はオメガもアルファもそれほどいいイメージがないのでいなくても寂しさは微塵もない。ただ長期休みにアルファはいなくなるが、今のようにオメガもいないということに違和感があった。
非常階段へ向かうべく、朝永と少し静かな廊下を行く。俺が迷子にならないようにと手を繋ぐのはもうなれた。迷子とはなんだと詰め寄ったが笑ってキスされて誤魔化された。素直に繋ぎたいからと言えばいいのに。
角を曲がり、少し奥まったところにあるそこを覗けば札が赤くなっていた。
また先客か。
「うーん。最近申請も急だと取りにくいし、また購買前でも行く?」
「うん」
来た道を戻ろうとしたとき、ギィと重古い音を立てて目の前のドアが開かれた。こんな所ではち会うことは今までなく、なんとなく気まずいくせに、誰が使っているのか知りたくて出てくる人物を待った。
「アレ、待ってたの? それとも覗いてた? イヤらしい」
前髪をかき上げ、にっこり笑う古渓は、こんな所で俺たちを目の前にしていても悠々としたものだった。
思わず「げ」と口に出してしまったが、今は朝永がいるのでサッと朝永の影に隠れた。そして顔だけ動かして古渓の横にいる背の高めの人物を見て驚く。古渓の横にいるのが想像つかないほど真面目そうな外見を持つ人だったからだ。さらさらの黒髪に、メガネの奥に隠れた切れ長の瞳、左右に引き結ばれた薄い唇はとても意思が強そうに見えた。こんな不真面目極まりない古渓と逢引場にいるような人では絶対にないだろう人。
人を外見で判断するなとは言いつつ、外見というものは性格をそれなりに反映していると思うんだ。だから真面目を外見で表すこの人がなぜこんなところに古渓といるのか、ただただ疑問だった。
「ふふ、見つかっちゃった。どうせもう卒業だしね。コレ、俺の番。社会にでたら嫌でも顔を合わせるときが来るかもしれないから、そんなときはよろしくね」
背の高い古渓は、俺よりも少し背の高そうなその人の頭を抱き、頭にちゅ、とかわいい音を立てる。ただ、腕の中のその人は頬に赤みが広がる。表情は変わらなかったが、嬉しそうなのは伝わってきた。
ネームプレートは3-20。赤ラインはあるが、俺のものよりも薄い。3年になりネームプレートを新しくしたとき、ラインも一緒にひいたのではないか。
こいつ、俺たちを散々煽ってからかってバカにしてきたくせにちゃっかり番候補がいたなんて。しかも俺には悪意をガンガン寄越しといて、本命には甘い空気ときたもんだ。嫌がらせのオンパレードを思い出し、古渓相手には憎たらしさしか浮かんでこなかった。
「でもね、お前のことも結構気に入ってたんだよ。北原なんかには取られたくないくらいには」
「番いるくせによく言いますよ」
「はは。もう2年以上前に契約しちゃったからさー。ちょっと新鮮さが足りなくて」
番を目の前になんてことを言うのだ。俺だったら朝永を容赦なくぶん殴る。
いや、待てよ。2年以上前に契約済みであるのに、他のオメガの肩を抱いていたり、年上のアルファを無理やりどうこうしたりしていたのか、コイツ。
こんなクズでいいのだろうか、この人は。そもそもその事実を知っているのだろうか。いや、割と鈍感な俺ですら知っているからこの人が知らないわけはないよな。
と思いつつも、余計なお世話が発動してしまう。この人に恨みはないけど、古渓に恨みがたくさんあるのだ。
「あ、あの、この人すごいクズですよ。大丈夫ですか?」
古渓を指差し、3-20に問いかけた。失礼なことを言っているが、20番さんは表情を変えることなく「知っている」とだけ答え、そして俺の横をすり抜けて行った。20番さんに似合う爽やかな残り香を置いて。
あまりにもあっさりとしたもので呆気に取られたが、古渓が爆笑していたので我に返った。
「俺はクズだけど、あいつはこんな俺にべたぼれなんだよ。俺とのセックスなしじゃ生きていけないほどなんだから。さて、アイツ怒らせるとすげー面倒だから俺も行くわ。じゃあね、キミ達」
口元にむずむずと嬉しさを醸し出し、古渓は足取り軽やかに去って行った。会話の内容はやはりクズだが、意外にもあのオメガの先輩のことを好きなんだろうなと思わせるものが見えた。
自分はさっさと番契約しておいて、人に散々ちょっかいを出し、悪意を向けてきて、とても嫌な人だった。オメガは赤ラインで番契約済みが分かるのに、アルファがないのはやはりおかしいと思う。
空いた逢引場。
朝永といつものようにアスファルトに座って後ろから抱きしめられて、ぴったりとくっつくがどこか上の空だ。
アルファはずるい。そう思ったら止まらない。
「朝永も首輪をしたらいいのに」
「首輪?」
「そう。なんでアルファは契約済みでも認識票に書かれるだけでおしまいなんだろう。俺達は赤いラインも入るのに。いっその事、番が見つかったら首輪をして『番契約済み』とかお知らせして欲しいくらいだ」
「ああ、そういうこと。俺はてっきり夜詩人の犬になって欲しいのかと思ったよ。ペット的な。俺はそれでもいいけど」
「ペットって。朝永は犬っぽいとこあるけどさ」
「契約済みを知らせるなら首輪じゃなくて同じようにネームに赤ラインでいいんじゃないとは思うからさ」
「そうか。赤ラインあればいいだけか。なんで首輪って思ったんだろ」
「ふふ。無意識に夜詩人も俺のことを繋いでいたいのかもね」
……無意識に。なんか怖いな。継直に「一言余計」とか言いつつ、俺も20番さんに余計なことを言い、さらに朝永にも言ってしまっていた。頭に浮かんだものがポンと飛び出てしまう。浮かんだ内容がさらに性質が悪いし。
自分の思考に嫌悪するが、朝永は俺の言葉を悪く取っていないのか、終始楽しそうに体を揺らしていた。
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