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2年生編

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 どういう事なのだと脳内パニックになっていると、弟くんは俺を見てブフーッと盛大に噴出した。鳩が豆鉄砲だったのは分かるけど噴出しすぎ。
 こういうところも朝永と似ている。俺の顔見て笑うところ。
 ムッとしていると、

「あー、かわいいねぇ……」

 テーブルに頬杖を付き、弟くんがにっこにこの笑顔で俺を見てくる。が、ちょっと待て。そんなおっさんくさくしみじみ言われても、朝永と丁度1年違いってことは先月に15歳になったばかりの子供じゃないか。年下相手に俺も大人気ない態度を取るのはやめよう。椋地だけならいいけど。
 そこで春休みに感じた気持ち悪さが俺を襲う。喉元に何かつかえている、手の届かない場所にあるヤな感じ。
 実際のどに何かあるわけでもないが首輪の上から喉を擦ってみた。

「永匡、しょうゆ取って」
「はい」

 喉元に手を当てたまま、カツを頬張った。
 そして、2人のやり取りにまたもやモヤっとしたものが……。

「なんで北原のことは苗字で呼ぶのに、北原の弟は名前で呼ぶんだ?」
「ほれ~」

 今まで空気だった継直が、モヤっとしたものを代弁してくれた。口の中がカツで一杯になっていたので思わず気の抜けた声で“ほれ~”なんて言ってしまった。
 痒いところに手の届くありがたい質問です、継直さん。

「別に俺はどっちでも。気になるなら北原本人に聞けばいい」

 答えになっていない返答をした椋地はアジフライにしょうゆを垂らしていた。
 俺も継直も頭の上にはハテナが一杯。
 ハトコなんだから、朝永のことだって名前で呼んでも言いと思うけど。むしろ親戚しかいないところで苗字を呼び合う子供達って……おかしくないかな。親戚付き合いをそれほどしたことがないから明確なものは分からないけど。

 でも朝永に聞け、椋地は名前でも苗字でもどっち呼びでもいい、と言うことは。朝永が椋地に呼び方を決めているということだろうか。
 なにやら訳ありか。ここは椋地が絡んでいるため深くは掘り下げることが出来ないから、あとで忘れていなかったら朝永に聞いてみよう。なんとなくたいした理由は無さそうかなと思うし。アルファはもともと名前を晒していることだし。

 弟くんのお蔭で、3人でいるときよりも気まずい雰囲気もなく食事をした。
 そろそろ食べ終わりと言うところで、一部のテーブルが色めき立った声を出した。これが黄色い声、とでも言うのだろう。

 ざわつくテーブルにはオメガの1年生が数名座っていた。そしてきゃあきゃあと声を出して食堂の入り口を見ると、そこには見知った人が入ってきていた。
 何かの間違いじゃないだろうかともう一度1年生オメガ達の視線の先を、目を凝らしながら追ってみると、やはりその先には1人のアルファが。
 1年生オメガ達の気が知れなくて、継直の腕を肘でつついた。

「古渓さんがきゃーきゃー言われてるんだけど……」
「え、古渓さん?」

 継直は1年生オメガ達のざわつきも分からなかったようで、俺がこっそりと指で指したところを見て、さらにその先も見た。継直の目が死んでいた。

「1年には3年がよく見えるってよくある話だし、今だけだろ」
「でもちょっと気持ち悪いね」
「あれ、お2人さんは古渓さんのことはタイプじゃないんです?」
「タイプも何も……」

 きっと継直と俺で同じ表情で弟くんを見ていると思う。古渓がタイプって、100%ない話。

「1年のオメガ達、こぞって古渓さんに憧れ持っているんですよねー。まあかっこいいですもんね、実際。モデルしてますよね、確か」
「げぇ。あいつ相当性格悪いけど。モデルならしゃべんないから中身知らなくて当然だけど」

 継直の言葉に同意を示すため首を縦にがっくんがっくん振った。モデルは初耳だったが、あの自信は外見のよさからくるものなのか。
 弟くんは面白いものを見つけたかのように俺たちを眺め、そして目を細めて唇を弧にした。
 のんきに笑ってるけど、アルファも食っちゃう人なんだよ、古渓は。

「あの人、本当におかしいから近寄らないほうがいいよ。アルファでも」

 ね、椋地。と心の中で呟いてから椋地を見るが、椋地はスマホを弄っていた。興味ないにもほどがある。

「古渓さんってすごい男らしいってわけじゃないけど、顔面がかなりいいじゃないですか。それこそ3年で1番整っていると思ってるんですけどね。でもお2人は顔で選んでなくってなんだか嬉しいです」

 いや、俺は朝永の顔面も好きなんだけどさ。なんだか感激している弟くんを目の前にそんな本音は言えないのだけれど。適当に笑って誤魔化し、水を口にした。

「13番さん、そのネームの端にある赤いラインは“番契約済み”ってことでいいんでしたっけ」
「そうなんだよー。聞きたい?」
「それっていつでも番えるんですよね」
「そうなんだよー。でも俺の相手は俺のこと気遣ってくれて卒業するまで待っててくれるって。それでね、」
「あ、いえ、もう大丈夫です。番契約おめでとうございます」
「ありがとう。知りたいことあったらいつでも聞いてよ」
「そうします」

 なにやら継直の扱いもうまそうだ。
 にっこりと笑顔で壁を作っている。これもどこか朝永に似ている。弟くんの端々に朝永を見つけて嬉しいやら寂しいやら……。
 そしておめでとう、という言葉が俺の頭を過ぎり、そしてそこで立ち止まった。ずっと気持ち悪かったナニカ。そのナニカ……。

「あー!!!」

 食堂だというのに大声を出してしまって思わず口を手で塞いだ。気持ち悪さの原因が分かり、一人心臓を止まるんじゃないかと思うほど動揺してしまった。

 やばい、朝永の誕生日を忘れていた……。
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