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住み込みの大変さは予測不能

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そのまま、重苦しい空気が流れた部屋に、静かにノックの音が響いた。

「殿下、お時間です」

部屋の外から呼ぶリトヘルムの声に、現実に戻ってきたコンラートは静かにこちらを見た。

「隣国から手紙がきた件で陛下に呼ばれてるんだ。ラーラは退がっていいよ」

「はい」

小さく頭を下げてコンラートの執務室から退出した私は、自分の部屋に戻って大きく息を吐いた。

「急になんなのよ……あんな表情、初めてだわ」

ドキドキした。
辛そうで、でも色っぽい、男の顔だった。

コンラートにあんな顔をさせる人がいるんだ。その人はコンラートに何かを諦めさせるくらい、彼にとって大事な人なんだ。
そう考えるだけでどうしてだか胸が苦しくて、ぐっと握り込んだ拳を胸に押し当てていると、心配そうな声が遠慮がちに聞こえた。

「お嬢様、どうかされましたか?」

「ううん、大丈夫よ。ちょっと疲れちゃっただけ」

咄嗟に取り繕った笑顔は、どうにか相手を安心させる事に成功したらしい。
コンラートからの要請で急遽王宮に来てくれたベスは私以上に大変だろうから、これ以上要らぬ心配はかけたくない。

「あまり頑張り過ぎないでくださいね。侯爵家で5年間も毎日お勉強をしていたとはいえ、お仕事をするのは初めてなんです。それもコンラート殿下の秘書だなんて、いくらお嬢様が優秀でも大任ですからね」

「ありがとう。でも大丈夫よ」

王宮に呼び出されたあの日、コンラートの一声で使いが出され、ベスと一緒に身の回りの品が運び込まれた。そしてそのまま、押し切られる形で王宮に滞在し続けている。ベスにしてみれば、主人を送り出したと思ったら荷物と一緒に自分も王宮に運ばれて、更にはそのままそこで暮らせと言われたのだから大変だったろう。なのに愚痴も溢さず私についていてくれるのだもの。

「そんなこと言って。昨夜も遅くまでお仕事してらっしゃんでしょう?寝不足が続くとお肌に出ますよ」

邸にいた頃と変わらぬお小言も嬉しくなるくらい。だから私もあえて軽口を叩く。

「まだ若いから大丈夫よ。それにコンラートってば意外と人使いが荒いから、少しくらい睡眠時間を削らないと間に合わないもの」

冗談めかしていったけれど、実際、仕事量は多い。将来宰相となることが期待される第二王子は国内のあらゆる事象に関心を払い、解決策を模索する。だからその秘書はどんな質問や要望にもすぐに対応できるように事前準備が必要となるのだ。

「必要な資料はリトヘルムが用意してくれてるから助かっているけど、そうじゃなかったら寝不足どころか睡眠をとる時間もないかも」

ベスが入れてくれたお茶に手を伸ばしながら机に座ってため息を吐いた。ホント、今ならアルノーに心から同意できる。
国の政に関わるって、やりがいはあるけれどとても大変な仕事だ。

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