上 下
18 / 23
就活の難しさは予想外

10

しおりを挟む
あの夜は泣きたいくらい恥ずかしくって、でも帰る事もできなくて。帰り道でそれを伝えたアディール様にも同様に嘲笑された時には我慢できずに涙をこぼして、うんざりされて。

今でも思い出すと死にたいくらいに落ち込むエピソードだ。今、こうしてコンラートに告げるのさえ辛い。

すっかり下を向いた私はぎゅっと握りしめた自分の拳だけを見つめて声を絞り出した。

「コンラートの秘書が出来るほどの能力なんかないの。出来るのは精々、一貴族家を運営していくことくらい。それも領地の管理人や執事に助けてもらいながら、よ」

ここ数年、クラフェス侯爵家に通って教育を受けた賜物だ。勿論、幼少期に男子二人が授業を受けるときにくっついていた事で覚えた諸外国の情勢や世界の成り立ちもその知識の土台になっているけれど。

「でもそんなの、家を預かる婦人なら当然のことでしょ?だから特別に私が出来ることなんて、」

「分かった」

ぐずぐずと続ける言い訳めいた説明を聞くことに疲れたのか、唐突にコンラートが静かに宣言するように言葉を発した。

「ラーラがこの5年間でどんな扱いを受けて、どんな思い込みをしてるのか、それがどれほど強固な思い込みかもよく分かった。そしてそれを打ち破るには少々強引な手法が必要だってこともな」

「思い込みじゃなくて、それが事実なの。コンラートは幼馴染だし、何年も会っていなかったからちょっと私を美化してるのよ」

「美化じゃなくて俺が知る現実だが、それを今言葉で説明したところでラーラは理解できないだろうからな。だから24時間一緒にいて、心の底から納得してもらうことにする」

「にじゅう、よじ、かん?」

急に何の話になったんだろう。きょとんとする私にコンラートは笑みを深めた。ちょっと悪い方の。

「そう、24時間ずっとだ。ラーラは今からこの部屋に住み込んで俺の秘書をする」

「住み込み!?え、だって秘書は通いってさっきリトヘルムが……」

「変更だ。だいたい、宮女は全員住み込んで働くんだし、元々宮女を願っていたラーラには当たり前な労働条件だろう?この部屋に住めば俺とずっと一緒にいられるし、秘書の仕事もしやすいしな」

「え、あ、あの……」

「今すぐにレイランス伯爵家に使いを出してベスを寄越してもらおう。そうすればラーラも少しはリラックスして暮らせるだろうし」

「コンラート、あの、」

「あぁ、ドレスや身の回りのものを持ってくるのは最低限で良いと言っておこう。王宮で暮らすのに合ったものを新しく揃えれば良いのだからな」

困惑する私に口を挟む暇を与えずにどんどんと決めていくと、言い切るとさっさと立ち上がった。きっとリトヘルムを呼んで手筈を整えるのだろう。

と、不意に振り返ったコンラートは私に近づくと、呪文のように短く囁いた唇を、掠めるように私のそれに触れさせた。

「逃げられないと覚悟を決めておけ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄は受け入れますが、その溺愛は納得できません!

嘉月
恋愛
突然告げられた婚約破棄だけど、我ながら簡単に納得できた。だって私はこんなに平凡で、彼はみんなが憧れる公爵家の跡継ぎなんだもの。 素直に受け入れて帰る途中、婚約を破棄された直後に王子様から溺愛されるっておかしくないですか!? 加筆・修正しながらの公開です。

聖女になったら私を溺愛するヤバい兄と血の繋がりが切れました

あや乃
恋愛
ブラコンを拗らせた私は悩んでいた。幼い頃から溺愛され続けたせいでどっぷりと「兄の沼」に嵌っている自分に。 このままでは一生独り身……そんな私が目を付けたのが聖女選抜試験。そうだ、手に職を付けよう、それなら一人でも生きていける!! 一念発起して聖女を目指す私を応援してくれる兄。でもいつの間にか兄の思惑通りに動かされていて!? 「脱兄」を掲げて頑張ったらまんまと兄の手中に転がり落ちてしまったチョロインのお話。 初投稿作品と同じ世界線です。 ※「小説家になろう」さまにも掲載中

俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

百門一新
ライト文芸
小説家の私のもとに届く、とあるその「手紙」についての物語。/中年小説家である柳生のもとに、返事も出していないのにずっと送られ続けている手紙。送り主は10年前に離婚した元妻と娘からで……だが、8年前に2人は他界していた。 /あんなにも文学作品を書き続けていたのに、熱が冷めてしまったかのようにぱたりと新作を執筆できないままでいる柳生は―― ※「小説家になろう」「カクヨム」等にも掲載しています。

【完結】なぜか悪役令嬢に転生していたので、推しの攻略対象を溺愛します

楠 結衣
恋愛
魔獣に襲われたアリアは、前世の記憶を思い出す。 この世界は、前世でプレイした乙女ゲーム。しかも、私は攻略対象者にトラウマを与える悪役令嬢だと気づいてしまう。 攻略対象者で幼馴染のロベルトは、私の推し。 愛しい推しにひどいことをするなんて無理なので、シナリオを無視してロベルトを愛でまくることに。 その結果、ヒロインの好感度が上がると発生するイベントや、台詞が私に向けられていき── ルートを無視した二人の恋は大暴走! 天才魔術師でチートしまくりの幼馴染ロベルトと、推しに愛情を爆発させるアリアの、一途な恋のハッピーエンドストーリー。

結婚式後夜

百門一新
現代文学
僕は彼女が、可愛くて愛おしくて仕方がない。/結婚式の後、一次会、二次会と続き……最後は二人だけになってしまったものの、朝倉は親友の多田に付き合い四軒目の店に入る。「俺らのマドンナが結婚してしまった」と悔しがる多田に、朝倉は呆れていたが、友人達がこうして付き合ってくれたのは、酒を飲むためだけではなくて――僕は「俺らのマドンナが結婚してしまった」と悔しがる多田に小さく苦笑して、「素晴らしい結婚式だった」と思い返して……。 そんな僕の、結婚式後夜の話だ。 ※「小説家になろう」「カクヨム」等にも掲載しています。

白状してはダメですか。僕は……さよならなんて、したくなかった

百門一新
現代文学
三十五歳の「僕」は、妻に七回目のプチ家出をされた同僚兼友人の泣き事を聞かされている。場所はいきつけの『居酒屋あっちゃん』。感情豊かで喜怒哀楽のたびにこちらを巻き込んでくる彼と、それに付き合う「僕」の話――。 ※「小説家になろう」「カクヨム」等にも掲載しています。

【完結】嘘つきヒロインの懺悔は王子様には愛の告白

嘉月
恋愛
魔族討伐の祝賀会の夜、聖女リンジーはアルバート王太子と2人っきりでいた。 彼が話をする前に、私は懺悔をしなければいけないのだ。それがどんなに辛くとも……。 責任感の強い真面目聖女と愛が重い王太子とのすれ違い告白劇。 6話完結。執筆完了済みです。 なろう様にも公開しています。

自己肯定感の低い令嬢が策士な騎士の溺愛に絡め取られるまで

嘉月
恋愛
平凡より少し劣る頭の出来と、ぱっとしない容姿。 誰にも望まれず、夜会ではいつも壁の花になる。 でもそんな事、気にしたこともなかった。だって、人と話すのも目立つのも好きではないのだもの。 このまま実家でのんびりと一生を生きていくのだと信じていた。 そんな拗らせ内気令嬢が策士な騎士の罠に掛かるまでの恋物語 執筆済みで完結確約です。

処理中です...