上 下
18 / 89
第1章 街

第016話 北壁の迷宮 その3 カヨの気持ち

しおりを挟む
 …………村雲カヨの視点


 赤い猿のような魔物は、これまで出てきた魔物よりも明らかに強いと分かった。


 火力を上げるために、私は魔力を高めて攻撃魔法を詠唱する。
 目を瞑り、手のひらに意識を集中させて。

 だが、その結果……猿の投げた大岩に、全く反応できていなかった。

 あんな距離から岩を投げてくると思っていなかったのもあるし、
 心に何処かで慢心していたと思う。

 これまでの魔物は全部、攻撃魔法一撃で倒せていた。
 だからこの魔物も、私が魔法を使えば楽勝なんじゃないかと油断していた。

 岩の大きさと飛んでくる速度から、当たれば多分死ぬ。
 咄嗟の事で足が動かない。避けれないし魔法も間に合わない。

 後悔する間も無かった。

 でも他のみんなは違った。
 ジンはすぐに動いて、私をかなりきつく突き飛ばす。
 胸が結構痛かったけど、仕方ない。

「硬く重く強き盾よ!ディバインシールド!」

 ディバインシールドは極短時間だけ防具を強化する防御魔法。
 フリッツは驚くほど素早く詠唱し、薄っすらと光を纏う盾を構える。
 そしてジンを除く三人を守る形で、前に飛び出していた。

 ニールは弓を投げて素早くフリッツを後ろから支える。普段から練習しているのだろう、流れるような動きだった。

 ドゴッ!!!

 大岩が盾を直撃した。ガラスのようにディバインシールドが砕ける。
 盾は大きくへしゃげ、大岩を止めながらもフリッツは吹き飛ばされた。
 ニールも支えきれずに仰向けになって転がった。

 直後、天井が崩落してニールが瓦礫に埋まってしまった。

 一瞬の出来事だった。
 私はただ、突っ立っていて、突き飛ばされただけ……。

 一方、ジンは私を突き飛ばした反動で大広間に入りながら、岩を避けたようだ。
 しかし、投げられた岩は出入り口を塞ぎ、天井も崩れて完全に埋まってしまった。
 彼だけが大広間に取り残される形になった。

「おいカヨ! 大丈夫か!」

 瓦礫の向こうからジンの声が聞こえてきた。

「フリッツとニールが……それよりジンは!?」
「ああ! 怪我は無い!」

 返事が来て安堵したのも束の間、後ろを見ると左腕に大きな怪我をして立ち上がれないフリッツ。
 胸まで瓦礫の下敷きになったニールは口から血を吐いていた。
 私の思考は完全に止まっていたと思う。

「カヨ! フリッツに治癒魔法を! 私はニールに!」

 セイナの声で我に返り、言われるがままフリッツに駆け寄った。

「「癒しの風!命の水!魂の灯火!癒しを求め傷つく者よ!慈悲と慈愛の声を聞け!静寂なる安寧をここに!ハイヒーリング!」」

 私はフリッツに、セイナはニールに対して、
 二人はほぼ同時に治癒の上級魔法を唱える。

 フリッツの虚ろな目はみるみると活気を取り戻し、あらぬ方向に曲がっていた左手は徐々に形が整っていく。

「オオオオオオォォォォ!!!!」

 直後、大広間から大声が聞こえる。明らかにジンの声では無い。
 ラージエイプの声だ。

 その後、ドン!ドン!と地面を揺らす音が響く。
 ジンは一人であの化物じみた力を持つ魔物と戦っている。
 彼は私を庇った為に窮地に陥っている。

 その事実が胸に刺さり、集中は乱れに乱れる。
 結果、治癒の魔法は中断されて効果を失った。

 焦ってもう一度唱えようとした時、フリッツに制止される。

「大丈夫だ。俺はもう動ける。それよりも瓦礫をどけてニールを助けるぞ」
「わ、わかった!」

 小さい傷は残っているが、フリッツは動けるようになっていた。
 彼は素早く立ち上がりニールの方に向かった。

 セイナは目を瞑り治癒魔法を続けている。額からは汗がとめどなく流れている。
 ニールも息が荒く、苦悶の表情を浮かべていた。
 このままでは間違いなく潰されて死んでしまう。

「胸の瓦礫をどけるぞ!」

 私とフリッツはニールの胸を潰している瓦礫に手をかける。が、ビクともしない。

「何より強く!内なる力を解放せよ!パワーゲイン!」

 フリッツは続けて、力を上昇させる補助魔法を唱えた。
 それを見て私も同様にパワーゲインを唱える。
 初めて使った補助魔法だが、全身に力が湧き上がるのが分かる。

 ニールを潰していた胸の岩が何とか動いた。

 ただ、その時……

「オオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!」

 先程よりも一際大きい咆哮が薄暗い迷宮に響く。

「……ハ、アー……!」

 そしてジンの悲鳴にも似た声が届いてきた。

 動揺が走る。
 だが岩を持つ力を緩める訳にはいけない。
 多分、私は今、泣いていると思う。薄っすらと視界が滲んでいた。

 何とか胸の瓦礫を取り除くことが出来た。
 ニールは幾分楽になったようだった。

「ギャーーギャーーー!!!」

 今度は耳障りな猿の叫びが聞こえてくるようになった。
「まだ生きている。まだ戦っている」そう自分に言い聞かせて次の瓦礫に手をかけた。

「イッテェ!」
「ジン!?」

 彼の悲痛な声が聞こえてきた。
 咄嗟に名前を呼ぶが返事はない。

 ドゴ!ドゴ!と地を叩く音が響き猿はギャーギャーと喚いている。

 私とフリッツは不快な音に堪えながら、ニールの腰を潰している瓦礫を退けた。
 その間もずっとセイナは治癒魔法をかけ続けている。

 ただ、ニールの左脚はどけれそうにない大きさ大岩の下敷きなっていた。

「……ファイアーボルト!」

 その大岩の向こうからジンが魔法を使っている声が聞こえた。

「なんでジンが魔法を……!?」

 彼の魔法は弱い。 魔法を使うくらいなら剣で斬りつけた方がよほど強い。
 剣が折れてしまったのか、もう動けなくて最後の抵抗をしているのか。
 嫌な想像が私の中を埋め尽くし、涙がポロポロと流れてた。

「カヨ、もう大丈夫だ。戦えるなら瓦礫を魔法で吹き飛ばしてくれ」

 ニールは力なく口を開く。
 私は涙を拭いて無言で頷いた。

「これを……」

 そして彼は腰にあったショートソードを渡してきた。
 かなり魔気を使ってしまったので、消費の大きい魔剣創造は多分使えない。

 私はショートソードを受け取り、目を瞑り集中した。

「 風よりも速い体を!鎖を断ち切れ! アジリティーゲイン!」

 自身の素早さを向上させる補助魔法を使う。
 そして左手を向けて全力で攻撃魔法を唱えた。

「旋風よ! 吹き飛ばせ! ウインドボルト!」

 轟音と共に大岩も瓦礫も全て吹き飛ばす。

 視界には先程の大広間が広がった。
 床にはおびただしい量の血が飛び散っている。
 その中でジンは倒れていた。

 私は無心で駆けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

処理中です...