上 下
45 / 49
After-story

禁断の恋 中編

しおりを挟む
-トーマス視点-


 この頃はロウルズ様と話す機会がめっきり減ってしまった。
 理由は単純だ。俺がロウルズ様を避けているからだ。
 最初の内はロウルズ様も、俺が避けている事に気付きながらもいつも通り接してくれていた。
 それでも俺の変わらぬ態度に、段々とロウルズ様も俺を避けるようになっていった。

「はぁ」

 ため息をつきながら街をとぼとぼと歩く。
 宿舎に居ればロウルズ様と鉢合わせる可能性が高い。
 とは言え、外を出歩いてもずっと鍛錬続きだった俺が行くような場所は少ない。
 気づけばいつもの酒場に足を運んでいた。
 
 酒場‐レジスタンス-

 ぶっそうな店名で、憲兵が見たら顔色を変えて有無を言わずに粛清の対象にするだろう。
 だが、この酒場は数年前からあるが、そういった対象になった事は一度もない。
 何故なら国家公認だからである。
 そもそも、この店の名前を決めたのは、国王であるリカルド様だ。

「よう。最近はいつも来てくれるじゃねぇか」

 適当に空いてる席に座ると、陽気に注文を取りに来たのはレジスタンスのマスターであるゴードンさんだ。
 屈強な体に似合わぬ可愛らしいエプロンを付けている。

「あぁ、ここの料理が美味くてね。エールとオススメを頼めますか?」

「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。ちょっと待ってろ」 
 
 鼻歌交じりに厨房に足を運ぶゴードンさん。
 入れ替わるように、彼と同じ可愛らしいエプロンを来た女性が、俺の席になみなみと注がれたエールを置いた。

「ごゆっくりどうぞ」

 笑顔で会釈をされたので、一言お礼を言って軽く頭を下げた。
 彼女はここの従業員であり、ゴードンさんの妻だ。

 ゴードンさんは革命後。

「頭の悪い俺じゃ、貴族様は務まらねぇ」

 そう言って役職にはつかず、王都で酒場を始めた。
 嫁を迎え、今の暮らしには満足しているらしい。

 夕暮れ時だと言うのに、店内は俺だけだ。
 夜になるとそれなりに栄えるらしいが、店名が店名だ。
 こんな店に入り浸っていれば憲兵に目を付けられるのではないかと怯え、好んで入る客は少ない。

 ゴードンさんの鼻歌と、鍋で食材を炒める音だけが店の中を木霊す。
 エールを一気に飲み干し、空になったコップをじっと見つめる。
 酔って忘れようとしても、ロウルズ様の事を考えてしまう。


 もはや隠し切れない。俺はロウルズ様の事が好きだ。
 この感情は尊敬やあこがれじゃなく、恋というのだろう。




 かつて、村を救ってくれたパオラ様。その姿を見て人々は皆「美しい」と称賛した。
 その意見には俺も同意する。パオラ様は美しい。

 そんな美しくも凛々しいパオラ様に、同年代の子達は恋をした。
 同年代の子達は口々にパオラ様のどこが好きか言い合っていたが、俺にはその感情が理解出来なかった。
 ただただ、美しい女性だなと思うくらいだった。

 その後、村は滅ぼされ、レジスタンスに入ったが、そこでも女性に興味は持てなかった。
 ただ忙しいから、恋にうつつを抜かしている暇がないだけ。そう思っていた。
 ロウルズ様と出会い、そうじゃない事に俺は気づいてしまった。

 初めて出会い、俺の話を真剣に聞くロウルズ様を見て、胸が高鳴ってしまったのを今でも覚えている。
 全てを見透かすような切れ長い目で見つめられるたびに、俺の中で今まで感じた事のない感情を感じた。

 きっと気の迷いだ。
 必死に、そう自分を言い聞かた。

 ロウルズ様と、他の滅ぼされた村を見て回るために共に行動をする内に、自分に嘘をつけないくらいその感情は大きくなってしまった。
 だが、俺もロウルズ様も男だ。

 同性愛は禁忌として扱われており、法律的にも禁止されている。
 貴族の中で、稀に妾の男性は居る。
 もし同性愛者である事を公言すれば、周りからの迫害対象にもなりえる。
 だから、表向きには男性の妾は存在していない事になっている。公然の秘密だ。
 
 もしロウルズ様がただの貴族だったなら、妾になる希望は持てただろう。
 だがロウルズ様はこの国の騎士達をまとめる師団長。

 トップに立つ人間が、自ら法を犯せば問題になる。
 もし問題をもみ消せたとしても、他の騎士達の不信感に繋がりかねない。

 いや、もしそうならないとしても、彼の中の正義が法を犯す事を許さないだろう。

「おうおう、辛気臭い顔してんな。そんな顔してたら、せっかくの美味い料理も不味くなっちまうぜ」

 ゴードンさんが次々とテーブルに料理を運んでくる。
 いつの間にこれだけの料理を作っていたのか?
 ……いつの間にじゃない、外を見ればもう辺りは真っ暗だ。考えていたら、それだけ時間が経っていたという事か。

「あの、この量は流石に俺一人じゃ食いきれませんよ?」

「当たり前だ。客も来ないから、俺達も一緒に食うんだよ」

 俺の対面にゴードンさんが座ると、その隣に奥さんも座った。 
 テーブルには色とりどりの料理が並べられている。
 正直に言えば、宿舎でふるまわれる料理の方が豪勢ではある。
 だけど、ゴードンさんの料理には、それらに負けない温かみがあった。

 酒場だから、どちらかというと濃い味つけの料理が多く、酒が進む。
 だから普段よりも飲み過ぎてしまっていた。きっとそうだろう。そうに違いない。

「あなた。口に食べかすが付いてますよ」

 二人の仲睦まじい姿を見て、俺は泣いていた。

-なんて、羨ましいんだろう-

 自分が泣いている事に気付き、二人にバレないようにしようとしたがダメだった。
 俺はボロボロに泣いていた。

「悩み事があるんだろ。どうしたんだ。言ってみろ」

 慌てふためく奥さんとは反対に、ゴードンさんは腕を組みどっしりと構えて俺を見ていた。
 俺が落ち着くまで、何を言うでもなく、ただじっと待っている。 
 今日の俺は酔っている。だから絶対に誰にも言えない事を、ありのままに話した。
 ロウルズ様に恋をしてしまったと。
 
 一度言葉にしてしまうと、それまで抑えていた感情が滝のように流れる。
 濁流のような感情を上手く言葉に出来ず、取り留めのない内容になってしまっている自覚はあった。
 それでもゴードンさんは、ただ頷いて俺の話を聞いてくれた。

 一通り俺の話を聞いたゴードンさんが、ゆっくりと口を開いた。

「それで、お前はどうしたいんだ?」

 どうしたい?
 決まっている。ロウルズ様にこの思いを伝え、結ばれたい。

「俺はロウルズ様と添い遂げたいです。でも、ロウルズ様は師団長の身……」

「師団長とか、それは関係ないだろう?」

 俺の言葉に、ゴードンさんが口を挟んだ。

「関係なくありません。ロウルズ様には騎士達をまとめ、導く使命が」

「いいや、関係ないね!」

 ゴードンさんに言葉を遮られ、言い返そうとする俺の前に、待てと言わんばかりに手の平を出して来た。

「師団長? ロウルズの正義? そんなもん、なんも関係ない!」

「なんでそう言い切れるんですか!?」

 むっとなって言い返す俺を見て、ゴードンさんはため息を吐いた。

「結局の所、告白して振られるのが、奇異の目で見られるのが怖いから、適当にそれらしい言い訳を見繕ってるだけだろう」

 言葉に詰まった。

「……ええ、怖いですよ。それの何がいけないんですか!」

「何にも悪くねぇよ? ただなぁ……」

「ただ?」

「危険な目にあう可能性は高い上に、革命が成功するって保証が無いって分かっていて、お前はレジスタンスに入ったんだろ?」

 ニヤリと笑みを浮かべ、ゴードンさんは立ち上がる。

「さぁて、今日はもう店じまいだ。帰れ帰れ」

 追い出されるように店を出た。

「ははっ、何がレジスタンスに入ったんだろ。だよ」

 結局の所、偉そうに当たって砕けろと言っただけじゃないか。
 だけど、少しだけ心が軽くなった気がする。
 
 少しだけふらつく体に喝を入れ、俺は宿舎へと走り出した。
 この気持ちと決着をつけるために。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

夜明け前 ~婚約破棄から始まる運命の恋~

冴條玲
恋愛
オプスキュリテ公国の第二公子ガゼルは、すべてに恵まれたような白馬の王子様。 けれど、大帝国の皇女様にその美貌を見初められ、婚約を強いられ、初恋の少女エトランジュとは引き裂かれてしまう。 十年後、帝国側からの婚約破棄に、ほっとしたのも束の間。 ようやく再会したエトランジュと結ばれるチャンスは、再会からわずか数日。 手が届かない世界に旅立ってしまう直前のエトランジュ、そうとは知らないガゼルは――  **――*――** 『悪役令嬢と十三霊の神々』シリーズの次世代編です。平和な世界で繰り広げられる乙女ゲーム。 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし 世界は平和でも、人の心まで平和だとは限らないようです。

短編まとめ

あるのーる
BL
大体10000字前後で完結する話のまとめです。こちらは比較的明るめな話をまとめています。 基本的には1タイトル(題名付き傾向~(完)の付いた話まで)で区切られていますが、同じ系統で別の話があったり続きがあったりもします。その為更新順と並び順が違う場合やあまりに話数が増えたら別作品にまとめなおす可能性があります。よろしくお願いします。

義妹を溺愛するクズ王太子達のせいで国が滅びそうなので、ヒロインは義妹と愉快な仲間達と共にクズ達を容赦なく潰す事としました

やみなべ
恋愛
<最終話まで執筆済。毎日1話更新。完結保障有>  フランクフルト王国の辺境伯令嬢アーデルは王家からほぼ選択肢のない一方的な命令でクズな王太子デルフリと婚約を結ばされた。  アーデル自身は様々な政治的背景を理解した上で政略結婚を受け入れるも、クズは可愛げのないアーデルではなく天真爛漫な義妹のクラーラを溺愛する。  貴族令嬢達も田舎娘が無理やり王太子妃の座を奪い取ったと勘違いし、事あるごとにアーデルを侮辱。いつしか社交界でアーデルは『悪役令嬢』と称され、義姉から虐げられるクラーラこそが王太子妃に相応しいっとささやかれ始める。  そんな四面楚歌な中でアーデルはパーティー会場内でクズから冤罪の後に婚約破棄宣言。義妹に全てを奪われるという、味方が誰一人居ない幸薄い悪役令嬢系ヒロインの悲劇っと思いきや……  蓋を開ければ、超人のようなつよつよヒロインがお義姉ちゃん大好きっ子な義妹を筆頭とした愉快な仲間達と共にクズ達をぺんぺん草一本生えないぐらい徹底的に叩き潰す蹂躙劇だった。  もっとも、現実は小説より奇とはよく言ったもの。 「アーデル!!貴様、クラーラをどこにやった!!」 「…………はぁ?」  断罪劇直前にアーデル陣営であったはずのクラーラが突如行方をくらますという、ヒロインの予想外な展開ばかりが続いたせいで結果論での蹂躙劇だったのである。  義妹はなぜ消えたのか……?  ヒロインは無事にクズ王太子達をざまぁできるのか……?  義妹の隠された真実を知ったクズが取った選択肢は……?  そして、不穏なタグだらけなざまぁの正体とは……?  そんなお話となる予定です。  残虐描写もそれなりにある上、クズの末路は『ざまぁ』なんて言葉では済まない『ざまぁを超えるざまぁ』というか……  これ以上のひどい目ってないのではと思うぐらいの『限界突破に挑戦したざまぁ』という『稀にみる酷いざまぁ』な展開となっているので、そういうのが苦手な方はご注意ください。  逆に三度の飯よりざまぁ劇が大好きなドS読者様なら……  多分、期待に添えれる……かも? ※ このお話は『いつか桜の木の下で』の約120年後の隣国が舞台です。向こうを読んでればにやりと察せられる程度の繋がりしか持たせてないので、これ単体でも十分楽しめる内容にしてます。

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

黄金の瞳を持つのは聖女様?〜黄金の月〜

はやしかわともえ
ファンタジー
サーラとシンの物語です。 ゆるゆる書いていきます。 ファンタジー大賞にチャレンジします。 今月末には完成したいなぁ。

浮気疑惑でオナホ扱い♡

恋愛
穏和系執着高身長男子な「ソレル」が、恋人である無愛想系爆乳低身長女子の「アネモネ」から浮気未遂の報告を聞いてしまい、天然サドのブチギレセックスでとことん体格差わからせスケベに持ち込む話。最後はラブラブです。 コミッションにて執筆させていただいた作品で、キャラクターのお名前は変更しておりますが世界観やキャラ設定の著作はご依頼主様に帰属いたします。ありがとうございました! ・web拍手 http://bit.ly/38kXFb0 ・X垢 https://twitter.com/show1write

「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。

古森きり
恋愛
SNSで見かけるいわゆる『女性向けザマア』のマンガを見ながら「こんな典型的な横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で貧乏令嬢になったら典型的な横取り女の被害に遭う。 まあ、婚約者が前世と同じ性別なので無理~と思ってたから別にこのまま独身でいいや~と呑気に思っていた俺だが、新しい婚約者は心が男の俺も惚れちゃう超エリートイケメン。 ああ、俺……この人の子どもなら産みたい、かも。 ノベプラに読み直しナッシング書き溜め中。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ベリカフェ、魔法iらんどに掲載予定。

処理中です...