上 下
37 / 49
After-story

マルクのお見合い騒動 中編

しおりを挟む
 今日もまた、朝から俺は執務室でため息を吐いている。

(何故職場に居て、仕事以外でため息をつくことが増えるのか)

 等と考えながら、また大きなため息を吐いた。

 昨日のアレ手の甲にキスは多分、というか確実にまずかっただろう。
 顔を真っ赤にしたレナ嬢は終始取り乱した様子で、食事中にグラスを倒すわ、ナイフで皿がギリギリ鳴るわのトンデモ行動になっていた。
 その隣では、ザガロが苦笑いを続けるばかりだった。

 本来なら、その後は社交ダンスの予定だったが、グラスを倒した際にドレスを汚してしまい、無しになった。
 結局、食事をして少し話をしただけで終わってしまった。

 今回の件で、ザガロの顔を潰してしまったのだろう。
 今日のザガロは、仕事で最低限の会話しかしようとしない。
 ……はぁ。どうしたものか。

 いつもなら、この辺りでタイミングを計ったようにリカルドが来るのだが、今日に限って来る様子が無い。
 仕方がない。気は乗らないが仕事をしよう。働いている内は嫌な事も忘れることが出来る。

 とにかく一心不乱に働き、気が付けばいつもの倍近いペースで仕事を終わらせていた。
 残った書類は後僅か。これを片付けたら少し休憩を取ろうかというタイミングで、ドアをノックする音が聞こえた。
 ……リカルドの奴、やっと来たか。

「ずいぶん遅かったじゃないか」

 少し乱雑にドアを開けると、そこにはレナが居た。

「あっ、すみません。もしかして誰かと待ち合わせだったでしょうか?」

 俺の態度に、申し訳なさそうな様子を見せるレナ。

「い、いや。そんな事は無いぞ……無いです。お父様にご用事で?」

「その……本日はマルク様に会いに来たのですが、ご迷惑だったでしょうか……」

「いえ。ですがまだ仕事が残っているので、少しだけ待っていただいても宜しいでしょうか」

「はい」

 適当な椅子を持ち出し、俺の机の横に置き、どうぞとエスコートをして座らせた。
 座って貰ったはいいが、ドレスでやや座りづらそうだ。早く仕事を終わらせるとするか。

「あの、そこ計算が間違っています」

「あっ。本当だ。助かります」

「い、いえ」

「もし他に間違っている箇所があったら教えてくれると助かります。普段はレナ嬢の御父上が見てくださっていますのですが、あいにく席を外しているもので」

「はい」

 仕事は、とても捗った。
 レナが来た事で動揺して、仕事でミスを連発してしまったが、その都度彼女が教えてくれて、時にはフォローを入れてくれた。
 失礼な言い方になるが、女性ながら聡明な子なのだろう。流石ザガロの娘なだけはある。

「ありがとうございます。おかげで仕事がすぐに終わりました」

「いえ、どういたしまして」

「それで、俺、じゃなくて。私に用というのは?」 

 俺が問うと、レナは顔を少し赤らめた。

「はい。昨日はあまり話せませんでしたので、少しお話でもと思い。お仕事中なので、もし迷惑でしたら帰りますが」

「いえ、丁度休憩にしようと思っていた所なので。宜しければ中庭を案内いたします。レナ嬢」

 俺は席を立つ。

「ありがとうございます。それとマルク様の方が歳も立場も上です。私に畏まったしゃべり方はしなくても大丈夫ですよ」

 はにかんだ笑顔で言うレナ。

「分かった。畏まったしゃべり方は、苦手だから助かるよ」 

 彼女につられ、自然と笑顔になれた気がする。

 俺達は宮廷の中庭にある庭園を、当ても無く歩いた。
 前にパオラが花の名前を教えてくれた気がするが、正直あまり覚えていない。

 そんな色とりどりの花を見て、レナは楽しそうにしている。
 確か年齢は16といっていたか。まだ少し幼さの残る年齢相当な無邪気な笑顔を見せている。

「君の家に咲いているものとは違うのかい?」

「はい。我が家にはない品種が多く、それぞれ違った趣がありますので、見るだけでなく匂いも楽しめます」

「ふむ。実はその花は、見て匂いを嗅ぐ以外にも楽しみ方があるんだ」

 そう言って俺は一枚花びらを取る。

「あっ……」

 花びらを引きちぎった俺を見て、レナは小さな声を上げる。
 気にせず俺は花びらの根本部分を吸い上げる。

「えっ……?」

 懐かしい、甘酸っぱい香りがした。
 昔は野原で見つけたら、こうして吸っていたな。

「こうやって根元を吸うと、甘い蜜が出るんだ」

「本当ですか?」

 困惑の表情を浮かべるレナに、もう一枚花びらを取って手渡した。

「……」

 両手を皿のようにして受け取り、俺と花びらを交互に見つめるレナ。
 俺が頷くと、花びらを摘まみ、意を決したように吸う。

「……! 少し酸っぱくて、それでいてほんのり甘いです!」

 驚く表情のレナを見て、顔がほころぶ。
 それからしばらく花を見て歩いた。そろそろアーチが見える。庭園の出口だ。

「本当はもう少しエスコートしたい所だけど」

「いえ、大丈夫です。今日はとても楽しめました」

「所で、婚約について君はどう考えている? もし君が嫌なら、リカルド……王に言って他の方法を考えるけど?」

「その……私は貴族の娘ですから……。もし今回を見送れても、いずれはお父様の決めた相手と結婚をしないといけませんので……」

 昔は貴族というとおいしい物をたらふく食べて、贅沢三昧を想像していた。
 だが、今目の前で少し俯き気味のレナを見ると、貴族というのもそれはそれで苦労があるのだろうな。

「なので、出来ればマルク様みたいな素敵な殿方だったら良いなと思いました」

「えっ……」

 ニコリと、顔を赤らめて笑うレナを見て、ドキッとした。

「そ、それでは失礼します」

 そう言って走り去る彼女の後姿を、眺めていた。

「どう思うパオラ?」

「せっかく良い雰囲気になったのに、追いかけないのですか?」
   
「うおっ!?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。
 いつの間にか、背後に立ったリカルドとパオラに声をかけられたからだ。

 驚き振り返ると2人は花びらを吸っていた。この2人に花びらから蜜が吸える事を教えた覚えはない。
 ……どうやら初めから後を付けられていたようだ。

「そうだ、リカルドお前ッ!」

「それよりマルク。今のは追いかけて告白の場面じゃないか?」

 言葉遣いはともかく、流石に公衆の面前で掴みかかったりはしない。
 昨日の事を問い詰めようとする俺に対し、リカルドはサラっと流した。

「さっきの態度を見てれば予想がつく。君はあの子に惚れていて、あの子も君に惚れている」

「うぐっ……」

「ならば告白すれば良いじゃないか」

「しかし、彼女の気持ちを考えるとだな……」

「逆に聞こう。彼女の気持ちを考えるとなんなんだい?」

「……」

 答えに詰まった。
 
「彼女の為に、俺は、どうすれば良い?」

 俺の問いにリカルドは頷き、パオラに視線を向けた。

「そうですね。彼女の為というなら、令嬢が最も喜ぶ方法でプロポーズとかどうでしょうか?」

「令嬢に最も喜ばれるプロポーズ、ですか?」
  
「はい。それは恋です」

 途端にきな臭くなってきた。
 よくよく考えてみれば、パオラもパオラでズレている所がある。

「今晩こっそりレナさんのお部屋まで忍び込み、手を引いて夜の街へデートに誘い、プロポーズ。これで決まりです」

 なるほど。今のは聞かなかったことにして、執務室へ戻り仕事をしよう。
 回れ右をしようとすると、パオラに肩を掴まれた。

「マルク様……、誰とも知らない男性と結婚をしなければならない令嬢にとって、恋とは憧れであり、夢なのです」

 ……。

「彼女の為に、一芝居打ってあげるのはダメですか?」

「……分かったよ。でも本当に俺で大丈夫なのか?」

「あぁ、それなら大丈夫だよ」

 リカルドが能天気に答えた。

「昨日手の甲にキスしたんだろ? あれって愛する相手に求婚するプロポーズなんだ」

 ちなみに貴族同士の結婚は顔も知らない相手と結婚する事が多く、愛がないのでやらない事がほとんどだと説明された。
 だから浮気率が多いとも言っていたが、そんな事はどうでも良い。

「そんな事された上で会いに来たのだから、大丈夫さ」

「まぁ、そんな事をしたのですか……それは、素敵ですね」

 なるほど。俺は会ってすぐにプロポーズしたことになるのか。
 ザガロが苦笑いをするわけだ。 
      
 一度帰宅して着替え、夜になるのを待ってから、俺はザガロの家を目指した。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番
ファンタジー
*『第16回ファンタジー小説大賞【大賞】・【読者賞】W受賞』 *書籍化2024年9月下旬発売 ※書籍化の関係で1章が近日中にレンタルに切り替わりますことをご報告いたします。 彼氏にフラれた直後に異世界転生。気が付くと、ラノベの中の悪役令嬢クローディアになっていた。すでに周りからの評判は最悪なのに、王太子の婚約者。しかも政略結婚なので婚約解消不可?! 王太子は主人公と熱愛中。私は結婚前からお飾りの王太子妃決定。さらに、私は王太子妃として鬼の公爵子息がお目付け役に……。 しかも、私……ざまぁ対象!! ざまぁ回避のために、なんやかんや大忙しです!! ※【感想欄について】感想ありがとうございます。皆様にお知らせとお願いです。 感想欄は多くの方が読まれますので、過激または攻撃的な発言、乱暴な言葉遣い、ポジティブ・ネガティブに関わらず他の方のお名前を出した感想、またこの作品は成人指定ではありませんので卑猥だと思われる発言など、読んだ方がお心を痛めたり、不快だと感じるような内容は承認を控えさせて頂きたいと思います。トラブルに発展してしまうと、感想欄を閉じることも検討しなければならなくなりますので、どうかご理解いただければと思います。

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!

隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。 ※三章からバトル多めです。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

侯爵令嬢に転生したのですが、追放されたので辺境でゆったり暮らしたい。

シグマ
ファンタジー
茅野千尋<かやのちひろ>は終電で居眠りすると、過労でそのまま目を覚ますことなく異世界に転生しまった。 再び意識を取り戻した時には、金髪の少女の体。 侯爵家であるカトローズ家の長女、エリス・カトローズに転生したのだ。 そしてエリスは侯爵令嬢として貴族の務めを果たすべく努力を重ねるのだが、一つのボタンの掛け違いから、その未来はいきなり閉ざされてしまう。 エリスは悲しむもラインハルトの提案で、令嬢の立場を捨てて自由に生きることに。 亜人はいないけど、魔法ありのファンタジーな世界で、エリスは自由な生活を送り始める!

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

処理中です...