上 下
138 / 157
第7章「旅の終わり」

第11話「離反」

しおりを挟む
 キバさんのお葬式は、翌日の昼過ぎに行われた。
 キバさんは四角い棺に入れられ、眠ったような安らかな顔をしている。
 せめて少しでも綺麗にしようと、遺体の損傷を修復したのだろう。顔にはいくつもの縫い跡が見える。
 その隣にはレッドさんが立っている。多分、本来は親族があそこに立つのだろうけど、他の子達は誘拐されて居ないから、レッドさん1人だけだ。俯き必死に涙を堪えているようだけど、それでも止まらない涙を手で拭っている。
 緑の頭巾に赤いキトンをまとっている。他の参列者も同じような服装をしているから、きっとこれがドワーフ族の正装なのだろう。
 参列者は数十人といったところだろう。生前のキバさんと仲が良かったのか泣いてる人もチラホラと見かける。正直僕らは場違いだと思うけど、レッドさんに出席して欲しいと頼まれ、参加している。
 別に嫌々参加しているわけじゃない。むしろ数日とはいえ一緒に住んで居た仲だ。レッドさんと一緒に弔ってやりたい。
 ただ事件があったばかりで、周りの僕らに対して見る目はやや痛々しい。
 流石のアリアやフレイヤでも雰囲気は読んだようで、キョロキョロせず、大人しくしてくれている。

 式が始まり、牧師らしき人が何かを言うたびに数人グループでキバさんの棺に一輪づつ花を添え、別れの言葉の後に手を合わせていた。
 いや、別れの言葉と言うのは少し違うか。「いつでも遊びにおいで」とか「今度会う時は、僕の方が強くなってるから守ってあげる」とか、とても死人に大して送る言葉とは思えない。再会する為の言葉ばかりだ。
 ドワーフ族にとって死は、永遠の別れではなく、また魂になって会いに来るまでのひと時の別れと考えられている。だからまた会おうといった感じの挨拶が多い。
 宗教が違えば結婚式や葬式のルールも変わってくる。あらかじめレッドさんに聞いておいて正解だったな。ここで僕らが本当の別れの言葉を言っていたら総スカンだっただろう。

 僕らの後、最後の別れの言葉を告げるのはレッドさんだった。涙と鼻水で顔はクシャクシャになっていて、正直何を言っているか分からない。けど、彼女の気持ちは伝わってきた。周りの参列者やアリア達も、釣られて声を押し殺しながら泣いていた。

 こうして式が終わった。
 その後、彼の棺を火葬場まで持っていき、数時間かけ灰になるまで燃やし、その灰をキバさんがよく行った場所や、仲の良かった人の家等に撒いていく。魂になった人間が、仲の良い人に会いに行く際に、道に迷わないようにいう意味があるらしい。
 最後に孤児院の周りに撒いた。既に日が沈みかけ、影が伸び始めていた。

 特にお墓を建てる等はしないそうだ。名前の書いた木の札を家のどこかに飾るだけらしい。キバさんの名前が書いた札は玄関の扉に飾られた。
 アインの土地は広いわけではない。多分お墓を建てるスペースが確保出来ないので、こういった形式の葬式になっているのだろう。

 葬式か、そういえばあれだけの人数が居て、誰一人僕らを責め立てるようなことをする人は居なかったな。
 もし僕らに何かをすれば、同じファミリーネームの人にも批難が来る。だから手を出せないのだと思う。彼らにとってファミリーネームというのはそれ程までに重んじているものなのだろう。
 ドワーフの歴史を考えれば、人族に迫害され追いやられたこの土地で生きていくには、嫌いな相手でも手を組まねばいけない。だから個人が勝手を出来ないようにファミリーネームを重要視するように教育されてきたのかもしれない。
 そのおかげで僕らはこの街にまだ滞在していても無事なのだから、感謝をしないといけないな。心の中でそっと、かつてのドワーフ達に感謝した。

 さて、夕食だ。
 レッドさんは少し落ち着いた様子だけど、元気がない。
 昨日は無理にでも空元気な様子を見せていたけど、その気力もないようだ。無理もないか。葬式が終わって、それでも誘拐された子達はまだ帰ってこない。情報すらないんだ。
 突然すぎる出来事にマヒしていた心が、ゆっくりと元に戻ってくるにつれ、段々と現実を突きつけられる。
 正直、僕も疲れていた。手を出されないとはいえ、敵意を向けられ続けるのは精神的に辛いものがある。
 疲れてるのは皆一緒のようで、最低限の会話以外は何も口にする事はなかった。

 後になって後悔する。僕はもう少し周りに気を使うべきだった。


 翌日。
 
「ねぇ、エルク君。起きて」

 ゆさゆさと、誰かが僕を揺する。薄眼を開けると少し眩しさを感じる。朝か。
 もう少し寝ていたいところではあるけど、声の主はいまだに僕を揺すり続ける。仕方ない。起きるか。

「……んっ、おはよう。フレイヤ」

「おはよう。ってそれどころじゃないよ! 大変なの!」

 フレイヤの慌てた様子で何か起きてると察し、僕はガバッと跳ね起きた。
 まさか、また街が襲われているのか!?

「サラちゃんとリンちゃんが居なくなっちゃった!」

 サラとリンが居なくなった!?

「サラとリンが居なくなったって、今度は2人が攫われたって事!?」

「そうじゃなくて、良いから来て」

 フレイヤに手を引かれるままついて行き、玄関まで来た。
 玄関にはアリアとレッドさん、そしてストロングさんが居た。

「エルク君連れて来たよ」

「うん」

「サラとリンが居なくなったってどういう事?」

 うまく事態が飲み込めない。
 誰でもいいから状況を説明して欲しい。

「サラ君達は本日、早朝の飛空船に乗り、アインを出た」

 答えたのは、ストロングさんだった。

「どうして?」

「今回の件について、落とし前をつけるためらしい。詳しい話はお前さん達宛の手紙に書かれているそうじゃ」

 そう言って、ストロングさんは一枚の封筒を取り出した。
 封筒は開封された後がある。

「すまぬが、念のため手紙の内容はこちらで確認させてもらっている」

 それもそうか、ストロングさんは信用してくれてはいるだろうけど、それでも今回の事件の容疑者であるわけだし。

「なんて書いてあるの?」

「エルク。読んで」

「うん。分かったからちょっと離れてね」

 封筒の中から取り出した手紙に、アリアとフレイヤが顔を近づけすぎて読みづらいので、一旦離れさせた。


 『今回の事件は、私の父が起こした事件と見て間違いないです。父の過ちを償わせる。それが娘としての責任であり義務であります。なのでリンと共に実家へ向かいます。皆を巻き込みたくないので、決して追いかけて来ないで下さい。今までありがとうございました』


 手紙を読み終えた。
 頭が追いつかない。

「すみません。サラ達の乗る予定の船は」

「もう出た後じゃ」

 既に出た後か。

「すぐに追いかけたいのですが」

「次に船が出るのは一週間後じゃ」

「他に方法は?」

「ない」

 クソ、今すぐ追いかけるのは不可能か。

「でも、手紙には追いかけないでくださいと書いてあるけど」

 アリアが手紙を指差す。

「じゃあ追いかけないでと言われたから、『はい分かりました』なんて言える?」

 語調が少し強めになってしまった。当たり散らすつもりではないけど、周りから見たらそう見えたかもしれない。
 アリアは無表情のまま一瞬ビクッとして、首を横に振った。

「ごめん。ちょっと言い方がきつくなった」

 思ったよりも、僕は精神的に磨耗しているみたいだな。
 いや、それはアリア達もか。それなのにカッとなって責め立てるような言い方をして……
 後で、もう一度アリアにはちゃんと謝っておこう。
 
「フレイヤはどうしたい?」

「サラちゃんとリンちゃんを連れ戻したい!」

 フレイヤは僕の目を見て、力強く答えた。
 2人の意思は確認した。サラ達を追いかける事に賛成している。
 だから追いかけて、見つけたら説教しよう。なんで相談してくれなかったんだって。
 
 追いかける意思表示を確認したは良いけど、問題は追いかける方法だ。
 船が出るのは一週間後。どうしても一週間はここで足止めを食らう。
 問題はそれだけじゃない、サラの実家がどこにあるのかも知らない。確かサラの家の名前はレイア家とか言っていた気がする。家の名前がわかっても、ここアインじゃ、どこにあるか調べる事も出来ない。ガルズ王国領に戻ってからじゃないと調べられないな。
 
「なんだよそれッ!」

 どうやって追いかけようか考えていたら、先程から大人しくしていたレッドさんが、声を荒げた。
 そうか。まだ彼女には今回の事件はサラの父が起こした可能性がある事を伝えていなかった。
 忘れていたわけじゃないけど、こちらの順序なんて関係無しに次々と問題が起こるせいで言いそびれてた。

「レッドさん。今回の事件にサラは関わっていないんだ。だからサラを責めないで欲しい」

「それならなおさら許せないよ!」

 レッドさんは本気で怒っていた。
 顔だけじゃなく、耳まで真っ赤にして。

「だって、お父さんの罪なんてサラには関係ないじゃないか。もしそれが罪だっていうなら、ハーフの僕らは生まれた事が罪だって言うのかい?」

 そこまで言われて、彼女が何に対して怒っているのか理解した。
 親の罪が子にもあると言うのは、彼女達孤児の存在否定にも繋がる。

「エルク。お願いだボクも連れてって欲しい! サラにガツンと言ってやりたいんだ!」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜

駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。 しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった─── そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。 前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける! 完結まで毎日投稿!

落ちこぼれの無能だと貴族家から追放された俺が、外れスキル【キメラ作成】を極めて英雄になるまで

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
「貴様のような落ちこぼれの無能は必要ない」  神からスキルを授かる『祝福の儀』。ハイリッヒ侯爵家の長男であるクロムが授かったのは、【キメラ作成】のスキルただ一つだけだった。  弟がエキストラスキルの【剣聖】を授かったことで、無能の烙印を捺されたクロムは家から追い出される。  失意の中、偶然立ち寄った村では盗賊に襲われてしまう。  しかし、それをきっかけにクロムは知ることとなった。  外れスキルだと思っていた【キメラ作成】に、規格外の力が秘められていることを。  もう一度強くなると決意したクロムは、【キメラ作成】を使って仲間を生み出していく……のだが。  狼っ娘にドラゴン少女、悪魔メイド、未来兵器少女。出来上がったのはなぜかみんな美少女で──。  これは、落ちこぼれの無能だと蔑まれて追放されたクロムが、頼れる仲間と共に誰もが認める英雄にまで登り詰めるお話。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

斬られ役、異世界を征く!!

通 行人(とおり ゆきひと)
ファンタジー
 剣の腕を見込まれ、復活した古の魔王を討伐する為に勇者として異世界に召喚された男、唐観武光(からみたけみつ)……  しかし、武光は勇者でも何でもない、斬られてばかりの時代劇俳優だった!!  とんだ勘違いで異世界に召喚された男は、果たして元の世界に帰る事が出来るのか!?  愛と!! 友情と!! 笑いで綴る!! 7000万パワーすっとこファンタジー、今ここに開幕ッッッ!!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

黄金蒐覇のグリード 〜力と財貨を欲しても、理性と対価は忘れずに〜

黒城白爵
ファンタジー
 とある異世界を救い、元の世界へと帰還した玄鐘理音は、その後の人生を平凡に送った末に病でこの世を去った。  死後、不可思議な空間にいた謎の神性存在から、異世界を救った報酬として全盛期の肉体と変質したかつての力である〈強欲〉を受け取り、以前とは別の異世界にて第二の人生をはじめる。  自由気儘に人を救い、スキルやアイテムを集め、敵を滅する日々は、リオンの空虚だった心を満たしていく。  黄金と力を蒐集し目指すは世界最高ランクの冒険者。  使命も宿命も無き救世の勇者は、今日も欲望と理性を秤にかけて我が道を往く。 ※ 更新予定日は【月曜日】と【金曜日】です。 ※第301話から更新時間を朝5時からに変更します。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

処理中です...