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第7章「旅の終わり」

第10話「不安定な心」

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 サラが戻ってきて全員揃った。

「皆大丈夫だった?」

 僕の言葉に全員が頷いた。
 どんな内容だったか、お互いに話し合う。
 取り調べ内容も皆ほぼ一緒のようで、何もしないと言う約束は守られているようだ。
 もしかしたらエルヴァンは、本当に僕たちに興味がないのだろうか? 僕らがたまたま事件に居合わせただけで。
 とはいえ何もしてこないという確証はない。一応警戒だけはしておいた方が良いだろう。
 僕らは帰路についた。

 帰り道、僕らは無言で歩いている。

 (今回の件はサラの家が絡んでるらしいから、下手なことが言えないな。)

 とはいえ、無言のままでは気まずい。
 皆がサラを気遣って黙っている事くらい、サラは気付いているだろう。だからこそ気まずい。
 今回の件について、例えサラの家がやらかした事だとしても、サラに非はない。
 でも、キバさんの死に関わってる可能性が高いのだから。気にするなという方が難しいだろう。
 何か会話を振って、気を紛らわせたいところだけど。

「お腹空いたね」

 まずはとりとめのない内容からだ。
 実際にお腹が空いているのは事実だしね。

「うん。お腹空いた」

「レッドちゃんの料理楽しみだね」

 アリアとフレイヤの返事は、どことなくぎこちない感じだ。
 そうだね、と僕も適当に相槌を打ちながら会話を続けてみるけど、中々続かない。
 そんな風に会話をする僕らとサラを、リンが困惑の表情を浮かべながらチラチラと見ている。
 僕らがぎこちない会話をする理由も、サラが黙りこんでる理由も分かっているから、精神的に板挟みになっているのだろう。口を開いて会話に混ざろうとしては辞めてを繰り返している姿は、ちょっと可哀想になってくる。
 何か気の利いた言葉の一つや二つ言えれば良いんだけど、だめだ、何も思い浮かばない。
 結局、サラとリンは何も言わずじまいだった。


 ☆ ☆ ☆


 孤児院に戻ってきた。
 日が完全に沈み、辺りは真っ暗だ。
 街から少し離れた位置にある、孤児院から漏れる灯りだけが見える。
 孤児院の灯りを頼りに、周囲を見渡してみる。街中でもそうだったけど、どうやらこの辺りも死体は片付けられているようだ。
 とはいえ血を洗い流したりはしてないし、細かい肉片とかは回収しきれてない可能性があるだろう。
 そんな物を食事前に見て気分が良いものでもないし、さっさと孤児院に入ろう。うん。そうしよう。
 入ろうとして、ドアの前で立ち止まる。中でレッドさんはどうしているだろうか? まだ泣いているのだろうか?
 どう接すれば良いか、なんて声をかければ良いか思い浮かばない。立ち止まった僕に対しサラ達が何も言ってこないのは、多分同じ事を考えているからだろう。
 ドアの前で一度深呼吸をして、僕は意を決してドアを開けた。

「あっ、お帰り。思ったよりも時間かかったんだね」

「えっ。あっ、はい」

 レッドさんの声色は明るかった。
 その明るさが予想外で、つい返事がどもってしまう。
 いや、昼間の時のように痩せ我慢をしてるだけかもしれないな。

「皆疲れたでしょう? 今からお風呂の準備するから先に入っちゃいなよ。ご飯も用意しとくから」

 そう言って風呂場へと向かって行くレッドさん。
 すぐに鼻歌交じりに浴槽にお湯を入れる音がしてきた。

「えっと、レッドちゃんはもう元気になったのかな?」

「多分、違うと思うよ」

 僕はテーブルを指指す。その方向へフレイヤが目をやって顔が引きつった。
 テーブルには色とりどりの料理が大量に並べられていたからだ。
 とても僕らだけでは食べきれない量だ。

 もしかしたら、他の子達がお腹を空かして帰ってくるかもしれない。そんな事は彼女自身もありえないと分かっているだろうが、それでもそんな『もしかしたら』を期待してしまうのは、仕方がない事なのかもしれない。
 当たり前の日常が、唐突に終わりを告げられたんだ。キバさんが殺され、他の子達は攫われた。それを受け入れ、心の整理をつけるには時間がかかるだろう。
 しかし、当面の問題は。

「この量は流石に。アリアなら全部食べきれる?」

「無理」

 ですよね。
 2人前くらいならいけるだろうけど、3ー4人分を1人で平らげるのは無理だろう。
 
「そろそろお風呂の準備が出来る頃だと思うし、皆は先にお風呂に入ってきなよ」

「じゃあ、エルクも一緒に…」

「僕はレッドさんと調理器具の後片付けをしてから入るよ」

 アリアが「一緒に入ろう」と言い出すのを強引に遮る。今のサラにツッコミは期待できそうにない。そんな状況で下手な断り方をしたら、アリアの「なんで?」ループが炸裂しかねない。
 サラ達はお風呂場へ向かい、彼女達と入れ替わる形でレッドさんが戻ってきた。
 
「えっと、料理ちょっと作りすぎちゃったかな」

 戻ってきたレッドさんが、目をそらしながら苦笑いを浮かべる。
 ちょっとどころじゃない、と突っ込みたい所ではあるけど、今の彼女にそれを言うのは酷だろう。

「そうですね。食べきれないと思うので傷みにくい物は明日食べる分にして分けておきましょうか」

「うん。そうだね」

 それに、と言いかけてレッドさんは言葉を止め俯いた。
 他の子達がお腹を空かせて帰ってくるかもしれない。そう言おうとしたのだろう。
 僕は彼女の前に立ち、少ししゃがんで目線を合わせる。

「もしかしたら、ビアード君達がお腹を空かせて帰ってくるかもしれませんし、今の内に彼らの好物を優先的に分けておきましょうか」

 そう言って頭を撫でる。
 レッドさんはおずおずと顔を上げ僕の目を見て、次第に笑顔が戻ってきた。

「うん。エルク、お皿を出すから手伝ってよ」

「わかりました」

 一緒に料理を取り分ける間、彼女はずっとビアード君達が何が好きで何が嫌いか、僕に語り続けていた。
 嬉しそうに、時折苦笑を浮かべたりしながら。正直、見ていて心が痛む。
 僕の対応は問題の先延ばしで、彼女の為にはならない。むしろ先延ばしにした分だけ傷が深くなるかもしれない。最低だな僕は。
 そんな気持ちを悟られないように、必死に笑顔を作り、相槌を打つのが精一杯だった。
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