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第4章「ヴェル魔法大会」

第20話「卒業式」

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 あれから4日、今日は卒業式だ。
 普段よりもちょっとおしゃれめな服装で学園へ向かう。
 おしゃれと言っても、僕は普段着の上から前にアリアとデートをした時に羽織っていた赤いローブ。
 アリアはその時に着ていた胸元が空いたロングドレス。リンは僕とサラが選んで買ったノースリーブのゴシックドレスだ。
 そしてサラは、いつも通りの服装だった。

「だってこれ可愛いし。もう、別に何でも良いでしょ!」

 そう言いながらも、ちょっと化粧をしている辺り、彼女も今日は特別な日だと意識はしているようだ。
 

 ☆ ☆ ☆


 卒業式、各クラスで卒業証書と成績や使える魔法によって神官プリースト魔導士ウィザード等の称号が授与される。
 冒険者をやる以外にも、仕官する際にこういった称号を持っている場合、待遇が良くなるのだ。
 一人づつ担任に名前を呼ばれて、卒業証書を受け取る。
 証書を渡される際に、称号も授与されると周りから「おお」と言った感じで声が上がる。
 僕らのクラスでは魔導士の称号を授与されたのが4人、神官の称号を授与されたのが2人。ローズさんは神官の称号を授与された1人だった。
 
 確か神官の称号条件は補助と治療魔術を中級以上に加えて、体を接触させなくても補助や治療の魔法をかけられるのが条件だったはず。
 あれ? という事はキラーヘッドと戦った時、僕は彼女と手を繋ぐ必要無かったんじゃないのか?
 もしくは、その後に覚えたのか。どっちだろ?

 生徒達の名前が呼び終わり、次は僕ら冒険者の番だ。
 まずはリンが呼ばれた。彼女は緊張しているのか「は、はいです」と上ずったような声で返事をして、右手と右足が同時に出ている。
 一部の女生徒がクスクスと笑いながら「可愛い」と言っているが、リンはそれどころじゃないようで耳に入っていない様子だ。
 ギクシャクした動きで卒業証書を受け取り、自分の机に戻った彼女はキラキラした目でそれを何度も読み返している。

 次にサラが呼ばれ、彼女は特に緊張等もしていない軽い足取りだった。
 卒業証書を渡し、教師が「オホン」と一つ咳ばらいをする。魔導士の称号を授与されるからだろう。
 教室の皆が彼女を見つめ、少しだけニヤけている。祝いの言葉をあげようと待ちわびている感じだ。
 その期待は裏切られる事となった。

高位魔導士ハイウィザードの称号を授与する」

 魔導士の更に上、高位魔導士の称号。
 普通は特級か超級魔術が使えないと貰えない称号だけど。そうか、彼女は超級魔術「ロードオブヴァーミリオン」が使えるから条件はクリアしている。
 それに加えて新たな5重魔術と言った技術も開発しているし、授与されてもなんら不思議は無かったけど。それでも驚きを隠せなかった。
 クラスメイトの「えぇ!?」と言う騒がしい声が聞こえる。「すごい!」「うわっ、本当に貰えるものなんだ」等と皆が誰かに言うわけではなく、ただ驚きの声を上げる。
 サラはと言うと、それでも冷静な顔をしているが、足がちょっと振るえている。クラスメイトの拍手を受けて、自分の席に戻っていくサラ。少し涙ぐんでいるけど見なかったことにしよう。

 そしてアリア。
 彼女は神官の称号を授与されていた。
 周りの「えっ?」と言う視線を受けても、いつも通りの無表情で素知らぬ顔だ。
 教会で育ったから、本来は神官だったのだろう。じゃあ何で聖騎士やってるんだろ?
 まぁ彼女は色々と謎が多いけど、下手につつくと前みたいに「孤児でした」とか重い過去が飛んできそうだから聞かないでおこう。
 誰だって過去の秘密の一つや二つはあるものだしね。

 最後に僕が受け取る。
 卒業証書。かつて僕がこの学園でいじめられて、去った際に諦めていたものだ。
 挫折をして引き籠り。どうしようもなくなった僕が、今また学園に通い、そして卒業まで出来た。
 僕一人の力じゃどうにもならなかった。父が、彼女達が、皆が。色々と遠回りをしたけど、やっと手に入れた。

「うっ……うっうっ……」

 気づけば、僕は泣いていた。
 皆の前だというのに、涙と鼻水をだらしなく垂れ流し。
 
「ちょっ、ちょっとアンタ何泣いてるのよ」

 サラは卒業証書を握りしめて泣き出してしまった僕の元まで歩いてきて、「全くしょうがないわね」と言いながら背中を優しく押して僕の席まで連れて行ってくれる。
 笑われるかなと不安になったけど、そんな僕にクラスメイト達は一人また一人と拍手をしてくれた。それが嬉しくて余計に涙が出てしまう。

「まったく、泣いちゃうなんてエルク君は恥ずかしい奴だなぁ」

 軽口を叩くスクール君も、目には涙を溜めていた。
 アリアが「大丈夫?」と言いながらハンカチで僕の涙を拭いた後に、鼻をかんでくれた。アリア、これサラのハンカチなんだけど。
 こうして僕が泣き出すという事態はあったけど、教室での卒業式は無事終えた。


 ☆ ☆ ☆


 しばらく教室では学園の思い出話に花を咲かせていた。
 僕が泣き出してしまったのをきっかけに、他のクラスメイトも泣きながら友達と色々と語り合っている。
 いつものへの字眉毛で困った顔のように見えるローズさんが、今回は本当に困ったという感じの顔をしている。

「エルク君達は、卒業したら冒険者に戻るの?」

「うん。そのつもりだよ」

「そっか」

 彼女は確かピーター君と同じで、冒険者志望だったはずだ。

「ローズさんはそのまま冒険者になるんだっけ?」

「うん。だから一回家に帰って親を説得しないといけないの」

「そっか」

 学園に通わせるほどだから、簡単に冒険者なんて許してもらえ無さそうだし。彼女はこの先大変だろうな。

「それでね」

「うん?」

「学園卒業したら、どこかに仕官するか結婚しなさいって親に言われててね」

 仕官するか結婚しなさいか。
 彼女のような優秀な人間を妻に迎えたい人はいくらでもいるだろう。

「それなら、エルク君のお嫁さんにしてもらえれば一緒に冒険者出来るかな。なんちゃって」

 ローズさんのへの字眉毛が更にへの字になって、顔は真っ赤だ。
 俯いてもじもじする彼女の言葉は段々小さくなって、最後の方は意識しないと聞こえないほどだった。

「ローズさん位可愛い子だったら、僕みたいな勇者じゃなくて、もっと良い冒険者の相手がいくらでも見つかるから大丈夫ですよ」

「そ、そうじゃなくて」

 彼女の頭をそっと撫で、そして指を指す。
 僕らに気付いたピーター君が、ポケットに手を入れながらわざとらしく口笛を吹いて来た。
 気づいたというか終始こっちを見ているから、気づいた振りと言うべきか。

「お、おう、どうしたの?」

「いやぁ、ローズさんが冒険者になるけど家族を説得しないといけないなって話をしててさ。それでピーター君はどうやって説得するのかなと思ってね」

「あ、あぁ。俺は冒険者になるって言ったら『それなら親子の縁を切る』と勘当された」

 思ったよりも重い状況だった。それなのに彼は割と明るい。

「そ、そうだ、お前の家『冒険者になる』なんて言ったら軟禁される可能性があるだろ。も、もしもの場合は俺が家出を出来る様に手伝おうか?」

「えっ、あ、うん」

「よ、よし。じゃあ学校に魔力込めたら光る魔道具とかあったし、あ、合図に使える物が無いか見に行こう」
  
 鼻息がちょっと荒くなったピーター君が強引に彼女の手を引き、「えっ?」と言った感じで一緒に教室を出て行った。
 彼は少し変わったな。どもる癖とキョロキョロする所は相変わらずだけど、強気になったと思う。

「アンタさぁ」

 不機嫌ですと言いたげなサラの目線が痛い。
 まぁ理由はわかる。

「知ってるよ」

「はぁ?」

「だから、ローズさんの気持ち。僕をどう思うか知ってるよ」

「じゃあなんで」

「今の僕じゃ彼女の気持ちに答えられないし。答えても良い結果にはならないよ」

 僕に好意を持ってくれているのは嬉しいけど、でも僕は彼女を幸せには出来ないと思う。
 『混沌』を覚えたけど、それは時間制限がある。冒険者として他の職業につくにはこれだけではまだ難しい。
 卒業証書も貰ったけど、だからと言ってすぐに仕事が見つかるわけでもない。それに。

「僕はまだ、サラ達と一緒に居たいんだ」

「なっ」

 僕を助け出してくれたのは間違いなく彼女達だ。その恩返しがしたい。
 もしローズさんを連れだして一緒のパーティになったとしても、上手くいくか怪しい。彼女が僕の事を想って、それを僕が知っているから。
 その気持ちに答えても答えなくてもサラ達とは溝が出来てしまうかもしれない。僕はそれが怖かった。
 だから投げ出す感じになってしまったが、ピーター君に任せた。彼の気持ちも知っているから。

「ま、まぁアンタがわかってるなら、これ以上私が言う必要はないわ」 

 僕は彼女達と一緒に居たい。だから、ローズさん、ごめんね。


 ☆ ☆ ☆


「そろそろ中庭に集まるぞ」

 教師の言葉で、皆教室からぞろぞろと出て行き、中庭に集まった。
 中庭には卒業生の他に、初々しい感じの僕らよりも一回りも二回りも小さな子達が居る。僕ら卒業生と入れ替わりで入る新入生だ。
 卒業式と同時に、入学式も一緒に始まる。

 壇上で学園長であるヴァレミー校長の言葉の後に、卒業生を名指しで指名する。
 指名された生徒は壇上に登り、学園での生活や進路。どういった成績を残せたかを語る。
 誰が指名されるかは事前情報が一切なく、その場のアドリブで喋らされるのだ。

 素晴らしい成績を残し、壇上の上で見事な演説をする卒業生を見て、尊敬と憧れの念を。
 素晴らしい成績を残したものの、壇上の上でひよってしまい、皆に笑われている卒業生を見て、決して偉大な存在ではなく身近な存在に感じ。
 そんな彼らを見て、新入生は優秀な卒業生が決して手の届かないような存在ではない、だから頑張ってそんな彼らのようになろうと思うのだろう。

 そして最後に、冒険者の代表として指名が飛んでくるのだろう。
 呼ばれるとしたら、ヴェル魔法大会を見事に優勝したシオンさんか、5重魔法の技術を開発したサラだろう。
 ヴァレミー校長の視線がシオンさんとサラに向けられ、二人が頷いて返す。

「では最後に、冒険者代表としてエルク」

 えっ?
 何で僕が? この中で一番呼ばれる可能性が低いはずなのに。
 アリア、サラ、リン、イルナちゃん、シオンさん、フルフルさん。皆が僕に頷きかけてる。いやいや。

「えっ、何で僕?」

「俺達がここに居るのは、全てお前が動いたからだ」

「アンタがやった事なんだから、アンタが最後のケジメつけて来なさい」

 ケジメって……
 どうしようとキョロキョロする僕に、クラスメイトが「ガンバレ!」と言ってくれている。
 ヴァレミー校長に「早くせんか」と急かされ壇上に登った。

 周りを見ると何百人と言う視線が僕に集まっている。
 中には「えっ、なんでお前なの?」といった感じの表情の人も結構いる。うん、僕もそう思う。
 何を話そうか、この学園の事かな。

「えっと。僕はこの学園でかつてイジメにあっていて、それが原因で一度学園を辞めました」

 生徒からのざわめきと、新入生の不安の顔が見える。
 教師に至っては目と口を大きく開いて「何を言っとるんじゃ!」と言わんばかりだ。

「あっ、待って、ここから良い話だから。きっと良い話だから待って」

 ヤバイと感じて話を聞かずに帰ろうとする生徒や、僕を壇上から引きずり下ろそうと歩いて来た教師が僕の言葉で足を止める。

「僕は魔法の才能が一切無くて、魔法適性は全ての属性が無しと言う結果でした。それが原因でイジメに会いました」

 更に騒めく、僕がイジメられていた事を知らない生徒も多かっただろう。
 やはり止めるべきだと判断した教師達が壇上に近づいて来た。これもしかしたら冒険者ギルドとの関係を悪くしただけだったかも、どうしよう。
 
「おいおい、エルク君がまだ喋ってるじゃないか」

 教師たちの前にスクール君が立ちはだかった。それに続いてサラやアリア、リンにシオンさん達が。

「ここは任せて、エルク、お前は続けろ」

 余計拗れた気がするけど、どうしよう。
 流石に衝突まで行ったらただ事では済まない、卒業取り消しの可能性もある。そこまでして言う事じゃない。気持ちはありがたいけど僕は壇上を折りよう。せっかく味方に付いてくれたのにごめん。

「エルク、何をやっておるのじゃ。終わっておらぬだろ、さっさと演説を続けぬか」

 一瞬で僕の隣に移動してきたヴァレミー校長に肩を掴まれ、振り返ろうとした体を抑えられる。
 僕の目を見て、ゆっくりと頷くヴァレミー校長に頷き返す。覚悟は決まった。

「僕がイジメにあった原因は、この学園にある『魔術師至上主義』の考えからでした。いつからあるのかわかりませんが、この学園には自分よりも上の実力者には自分から話しかけてはいけなかったり、魔術を扱えない人間への待遇は生徒間ならず、教師からも不当な扱いを受けるのです」

「言わせておけば、魔術もまともに使えぬクズが!」

 顔を真っ赤にしながら、こちらに向かってくる教師。覚えている、かつて僕がイジメを相談した時に邪険に扱った教師だ。
 止めようとする彼を、シオンさんが殴り倒してしまった。流石にそれはやりすぎだ。

「ははっ、おいお前ら見たか? コイツ俺を殴ったぞ? これが魔族の本性だ、無抵抗の人間に対して、ゴフッ」

 一瞬で教師の元まで移動したヴァレミー校長が、教師を殴り意識を刈り取った。
 そして周りに深く頭を下げ、僕に「続けるが良い」と静かにつぶやいた。

「今の教師のように『魔術師至上主義』の人間は沢山いて、僕をイジメる人間も沢山いました。でもそんな僕に最後まで味方になってくれた人達も居ました。もしかしたらこれから入る皆も魔術の才能の有無でいじめに会うかもしれません。だからイジメを見たら助けてあげてください、助けるのが無理でもせめてイジメをしないでください。そしてイジメられたら仲間を頼ってください。僕は最後まで頼る事が出来なくて辞める事になりました、もしその時僕を助けてくれた人たちが差し出した手を握っていれば結果が変わっていたかもしれません。だから……だから……」
 
 最後は涙で言葉にならなかった。
 僕に対して拍手はまばらな感じだった。魔術至上主義の生徒が大半で、僕の言葉に対して嫌悪を抱く人も居ただろう。
 今回僕らが来て学園は変わったと思う。でもそれは小さな一歩で、何かあればすぐにまた戻ってしまうような些細な変化だ。

「エルク君のイジメ、教師を含む魔術師至上主義。これはワシの責任でもある、知っていてどうにも出来なかったワシの無能が招いた事じゃ」

 僕に続いて、学園長が壇上に上がり、演説を始めた。
 
「だが、それを彼らは変えてくれた。新しい変化をもたらしてくれた。『冒険者になりたい』と言う生徒が増える位に。その変化を無駄にしない為に、ワシはこれからこの学園の魔術師至上主義に対して意識改革をさせようと思っておる。しかしワシは無能じゃ、だから新入生の君たち、在校生の君たち、そして教師諸君。どうかこの無能なワシに力を貸してください」

 そう言って頭を下げるヴァレミー校長。
 やはりまばらな拍手であったけど。ヴァレミー校長は満足そうに笑みを浮かべていた。


 ☆ ☆ ☆


「堅苦しい空気はここまでにして、勇者ごっこじゃ!」

 まるで通夜のように静まり返った中庭に、イルナちゃんの声が響いた。
 空元気も元気の内って奴か、彼女はぼよんぼよん動く棒を持って振り回し陽気な振りをしている。

「よし、僕も本気出しちゃおうかな!」

 そう言ってぼよんぼよん動く棒を僕も持って、イルナちゃんと打ち合う。打ち合った反動でお互いの棒が自分の顔にヒット。
 それを見て、クスクスと声が漏れる。

「よし、俺も本気を出そうか」

「あなたはケガをしているんだから、ほどほどにしないとダメよ」

「リンもやるです」

 無理矢理空気を変えようとしている事位誰だってわかっているのだろう。あえてそれに乗るように次々と生徒達が寄って来た。

「会場として、街の外にある平原を抑えておきました。何人か冒険者を雇って警戒に当たらせているのでモンスターの心配はありません」

 誘導の声に従い、皆ボールのついた帽子とぼよんぼよん動く棒を持って街の外へ向かって行った。
 途中から冒険者や街の人達、お子様たちも合流している。どうやら各地に宣伝して参加者を集めていたみたいだ。
 青と白の縞模様のシャツを着た審判も一緒に向かっている。これってもしかして、思った以上に大掛かりなイベントになっているのか?
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