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第2章「魔法都市ヴェル」
第20話「デート・オア・アライブ 後編」
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僕は今、人生において二番目の危機に瀕している。
一番の危機はドラゴン――火竜――と戦った時だ。あの時は色々と死を覚悟した。
そして今は色んな意味の死を覚悟している。
ここはランジェリーショップ。ランジェリー、それは女性物の下着だ!
外から見える店内の様子は、ブラジャーやパンツが展示されている。
シンプルな物から際どい物、もはやただのヒモにしか見えない物、種類は様々だ。
中には当たり前だが女性客しか居ない。この中に僕が入っていく? どう考えても無理だ。
ここは男性禁制の聖域と言っても過言ではない。
店の前で固まった僕に対して、サラが小悪魔のような笑みを浮かべている。
今日は帰ろう、うん、もう帰ろう。サラとは関係が少し修復出来たし、それで良いじゃないか?
見ろよ、このピンクの看板! 『わんわんにゃんにゃんらんじぇり~』って書いてあるし。
しかも両脇には下着姿の猫っぽい獣人と、犬っぽい獣人が「うっふ~ん」と言わんばかりのポーズで描かれている。
もう一度言わせてもらおう。
ここは男性禁制の聖域と言っても過言ではない。
「良いお店を知っているんだ。一緒にランチにしませんか?」
「へぇ、それは良いわね。ここでお買い物が済んだら行きましょうか」
チッ。思わずリンのような舌打ちをしそうになる。
「いや、ここは流石に流石に? ランチの後に、リンを連れてきた方が良いんじゃないかな? サイズの問題もあるだろう?」
「大丈夫よ。リンのサイズはわかってるから」
くっ、じゃあどうするか?
考えろ、僕に出来る選択肢を。
1.諦めてそのまま入る。
サラの機嫌は良くなるだろうし、リンの下着も買える。
良いことづくめにしか見えないが、それは罠だ。
女性客だらけの店で、しかも下着を選んでるところに男が入ってくるのだ。
お客さん達は親の仇を見るような目で、もしくは路上に落ちているゴミを見るような目で僕を見ていくだろう。
正直耐えられる気がしない。却下だ!
2.ここで問答を繰り返し、サラが諦めるのを待つ。
サラの機嫌は悪くなるだろうが、多分そこまで悪くはならないと思う。
さっきのサラと店員さんのニヤケ顔を見る限りでは、困って挙動不審になる僕を見るのが目的だったと思う。そういう意味では彼女の目的は達成しているのだ。
リンの下着が買えないのは残念だが、後日サラと一緒に来てもらえば良い。
問題はいつサラが諦めるかだ。
もし長引いてクラスメイトにでも見られたら、どんなうわさが流されるかわからない。
根も葉も無くとも、悪い噂と言うのはすぐに流れてしまうのだ。
例えば『エルクが女装に目覚めて下着屋に居た』とか。
その場合、僕は登校拒否をして宿に引き籠るだろう。なのでこれも却下だ。
3.逃走する。
サラの機嫌が買い物に誘う前よりも悪くなるだろう、もはや悪手以外の何物でもない。却下だ。
結局のところ、1以外の選択肢が無かった。
うだうだやっていても仕方がない。ここは覚悟を決めて入ろう。
ごくりと生唾を飲んで呼吸を整える。
隣に居るサラを見る、店内では彼女が僕の命綱だ。もし彼女から離れて一人になってしまったら命の保証はない。
自然に、そう自然に入ればいいのだ。下手に挙動不審にならず、まるで常連ですと言わんばかりの顔で。
なんなら、どれがリンに似合う下着か僕も一緒に考えようじゃないか。
覚悟は決まった。
「えっ? ちょ、ちょっと」
「どうしたんだい? 早く入るよ」
前を歩き、店内に入ろうとする僕にサラが驚いた様子だった。
多分もうしばらくは問答が続くと思っていたのだろう、
優しく、そして力強く僕はドアを開ける。
「カランカラン」と来店者を告げるドアベルの音が鳴り響く。
音に反応したかのように、店内にいた女性客が振り返って僕らを見て、固まる。
驚愕、敵意、無関心、反応はそれぞれだが、やはり睨み付けるような目で見てくる女性の方が多い。
明らかに歓迎されていない。
それもそうか、男連れでどちらも人族だ。
そしてここは獣人向けのランジェリーショップ、冷やかしに思われても仕方がない。
「ヒッ」
店の前で余裕を見せていたサラだったが、視線に耐え切れなかったのだろう。
一瞬小さな悲鳴を上げて、僕に隠れるようにしている。
そしてそれが余計に気に食わないのだろう。女性客の目つきが更に鋭くなっていく。
まぁ今の状況は、悪ノリした男性が彼女を連れてふざけて獣人用のランジェリーショップに入ったようにしか見えないだろうからね。
「エ、エルク。やっぱり帰る?」
サラが弱気になっている。もしかしたらさっきの店の前の問答は彼女も心の準備が出来てなかったから乗ってくれていただけで、もう少し問答をしたら「もう、仕方ないわね。それじゃあ帰りましょうか」と言うつもりだったのかもしれない。
しかしここで帰れば、多分サラはリンと一緒でもこの店に来るのを躊躇うだろう。
僕自身はもう覚悟を決めているんだ。サラが弱気の今、ここは僕がリードしてあげないと。
「そうですね。リンの下着を買ったら帰りましょうか」
「あぁ、うん」
「と言っても白猫族のサイズがわからないからなぁ、サラはわかるかい?」
「えっと、ちょっとなら」
「う~ん、店員さんに聞いたほうが早いかな? よし店員さんを探そう」
凄く説明口調になってしまったが仕方ない。
今のはサラと会話をするためではなく、他の女性客に「僕らは冷やかしじゃないですよ」とアピールをするために喋っているのだ。あえて周りに聞こえるように少し大きめな声で。
今の会話でこちらを見てくるお客さんは大分減った。
まだチラチラと僕らを睨むように見る人も居るけど、さっきと比べれば全然マシだ。
これなら何とかなるかな。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
少し大きめの声で喋ったおかげだろう。パタパタと小走りで店員さんが来てくれた。
犬のような耳を垂れ下げながら、少しおどおどした感じに見える。
「白猫族に合う下着を探しているのですが」
「白猫族用ですね。それでしたらこちらのコーナーにございます」
店員さんがチラチラ僕を見ながら案内してくれる、「何で男が居るんだよ?」って感じだろう。
だが僕はあえて何も言わない。
周りの誤解を解くためにサラと説明口調の会話をしたが、不必要に喋ればまた他の女性客に睨まれるだろう。
「こちらが白猫族向けの下着となります」
そこには他の場所に置いてある物よりも、一回り小さな下着が並んでいた。
普通のブラジャーもあれば、シャツのような物もある。
さっきの服選びと比べれば、明確に違いが判る。
しかし違いは判るが、どれが良いかはさっぱりだ。
サラは色々な種類を持ったり眺めたりしているが、僕は基本俯き姿勢だ。
『なんなら、どれがリンに似合う下着か一緒に考えようじゃないか』と言う僕の覚悟は、下着の棚を前にして、一瞬で折れたからだ。
女の子の下着にはそりゃあ興味はある、だがしかし下着そのものに興味があるわけじゃない、下着を着た女の子に興味があるんだ!
ただ下着だけを見ていて楽しいわけがない。そして下着を見ている姿を他のお客さんに見られていると思うと、どうしても目線が下がって行ってしまう。
結果、サラが時折手に持った下着を「これなんてリンに似合ってると思わない?」と見せてくるので「僕もそう思うよ!」と言う位しか出来なかった。
「アンタ、さっきから『僕もそう思うよ!」としか言ってない気がするんだけど」
「えっ」
やばい、ばれた。
流石に多用し過ぎたか。
「もしかして適当に相槌打ってるだけじゃないでしょうね?」
サラが目を吊り上げ、まるでチンピラのような表情で近づいて来る。って顔が近い近い。
「ち、違うよ。ほら、あれなんてどうかな?」
苦し紛れに指を指した先にあった物は、可愛らしいがちょっとエッチな感じのする下着だった。
大きな特徴としては胸元が猫の形で大きく空いている。
ブラもパンツも横をヒモで結んでおり、前面は布面積が多いが、横に行くにつれ面積が減っていっている。
流石にこれは無いか。僕終わったな。
何か言い訳を考えないと。
隣の物と間違えたと言いたいけど、その隣にある物はただの紐にしか見えないブラか、何故か胸の中央部分2つに穴が空いてるブラだ。もっと最悪じゃないか。
「何よこれ!? 凄く可愛いじゃない!」
サラの返事は予想外の物だった。彼女は興奮したように同じような物が無いか探している。
「そちらは、最近流行の物でセクシーかつキュートな下着のデザインが特徴です。肩やパンツの紐部分はほどけても大丈夫なのでオススメですよ」
そう言って店員さんが、サラの持っている下着の横ひもをするりとほどくと、一本の紐が出て来た
どうやら元々普通に繋がっている紐の中央に、もう一本の紐で結んで、紐同士で結んで固定しているように見せかけているだけのようだ。
多分その事実を知らない人は、紐がほどけたら下着が落ちるんじゃないか? とハラハラドキドキするんじゃないだろうか? それが狙いかもしれないけど。
サラは鼻歌を歌いながら会計を済ましている。どうやらお気に召したようだ。
「それならサラの分も買って、リンとお揃いにすれば良かったんじゃないですか?」
「ん~、今日はリンの服を買いに来たんだから、それはまた今度にしておくわ」
下着が買えて上機嫌なのだろう。
普段は機嫌が良くてもどこかそっけないような態度はどこへやらといった感じだ。普段からずっとこうだったら良いんだけどな。
「そういえば、今日は化粧してるんだね」
「えっ? いつ気づいたのよ」
「朝からだけど? サラって普段は可愛い感じだけど、化粧をすると美人になるんだなと思って」
「ふぅん」
こうして、その日の買い物は終了した。
リンの服を買ってサラの機嫌はかなり良くなったし、買い物作戦は成功だったはず。
少し遅めのランチを彼女と取り、僕らは宿へ戻っていった。
サラは帰るまで終始ニコニコしていた。
☆ ☆ ☆
宿に戻ってきた、部屋からは話声が聞こえる。二人とも先に帰って来ていたのか。
部屋のドアを開け、リンは居るかな? おっ、居た居た。
「リン、良いかな?」
包装した荷物を後ろ手に持ち、リンの元に近づいていく。
ニヤケそうになる顔を必死に顔の筋肉で抑える。
普段から鍛えておけばこういう時に筋肉は裏切らないのだろう。なんてどうでも良い事をあえて考えて、顔がニヤけ無い様に。
「これ、今回はリンに色々迷惑かけたから、お詫びと言うかなんというか。これプレゼントなんだけどさ、受け取ってもらえるかな?」
「リンにですか?」
「うん」
「ありがとうです。開けて良いですか?」
「もちろん」
プレゼントをもらった子供のように、無邪気な笑顔でラッピングをほどいていく。
中から出て来た白いゴスロリ服を見て、目をキラキラさせている。
「あっ、でもこれだと返り血の汚れが目立ちそうです」
「しばらく学園に通うわけだし、街中で着る用にすればいいと思うよ」
「はいです!」
こんなに素直に喜んでもらえるなら、送った側としても嬉しい気分になる。
サラも満更でない笑顔だ。
「おや? 他にも中にまだ何かあるです」
「うん、そっちもリンの為に買って来たんだ」
袋の中から下着を取り出したリンの笑顔が固まる。
笑顔だが、何というか頭に「???」とマークが出てるような笑顔だ。
下着と僕を交互に見比べる、もしかして気に入らなかったのかな?
「これを、エルクが選んで買ってきたですか?」
「うん、そうだけど?」
「エルクが一人で、ですか?」
あっ……
珍しくアリアの無表情が崩れて、ドン引きの表情をしている。
違う! 誤解だ!
「勇気のある者と書いて勇者。うんうん、エルクって勇者だね」
「違うんだ! サラと一緒に行って、サラと一緒に選んだんだ!」
弁明するために、サラに助けを求めようと振り返るが彼女はお腹を抱えながら笑って「そうだったっけ?」ととぼけている。
必死に弁明して何とか誤解をとけた。
下着もちゃんと気に入って貰えた。
一番の危機はドラゴン――火竜――と戦った時だ。あの時は色々と死を覚悟した。
そして今は色んな意味の死を覚悟している。
ここはランジェリーショップ。ランジェリー、それは女性物の下着だ!
外から見える店内の様子は、ブラジャーやパンツが展示されている。
シンプルな物から際どい物、もはやただのヒモにしか見えない物、種類は様々だ。
中には当たり前だが女性客しか居ない。この中に僕が入っていく? どう考えても無理だ。
ここは男性禁制の聖域と言っても過言ではない。
店の前で固まった僕に対して、サラが小悪魔のような笑みを浮かべている。
今日は帰ろう、うん、もう帰ろう。サラとは関係が少し修復出来たし、それで良いじゃないか?
見ろよ、このピンクの看板! 『わんわんにゃんにゃんらんじぇり~』って書いてあるし。
しかも両脇には下着姿の猫っぽい獣人と、犬っぽい獣人が「うっふ~ん」と言わんばかりのポーズで描かれている。
もう一度言わせてもらおう。
ここは男性禁制の聖域と言っても過言ではない。
「良いお店を知っているんだ。一緒にランチにしませんか?」
「へぇ、それは良いわね。ここでお買い物が済んだら行きましょうか」
チッ。思わずリンのような舌打ちをしそうになる。
「いや、ここは流石に流石に? ランチの後に、リンを連れてきた方が良いんじゃないかな? サイズの問題もあるだろう?」
「大丈夫よ。リンのサイズはわかってるから」
くっ、じゃあどうするか?
考えろ、僕に出来る選択肢を。
1.諦めてそのまま入る。
サラの機嫌は良くなるだろうし、リンの下着も買える。
良いことづくめにしか見えないが、それは罠だ。
女性客だらけの店で、しかも下着を選んでるところに男が入ってくるのだ。
お客さん達は親の仇を見るような目で、もしくは路上に落ちているゴミを見るような目で僕を見ていくだろう。
正直耐えられる気がしない。却下だ!
2.ここで問答を繰り返し、サラが諦めるのを待つ。
サラの機嫌は悪くなるだろうが、多分そこまで悪くはならないと思う。
さっきのサラと店員さんのニヤケ顔を見る限りでは、困って挙動不審になる僕を見るのが目的だったと思う。そういう意味では彼女の目的は達成しているのだ。
リンの下着が買えないのは残念だが、後日サラと一緒に来てもらえば良い。
問題はいつサラが諦めるかだ。
もし長引いてクラスメイトにでも見られたら、どんなうわさが流されるかわからない。
根も葉も無くとも、悪い噂と言うのはすぐに流れてしまうのだ。
例えば『エルクが女装に目覚めて下着屋に居た』とか。
その場合、僕は登校拒否をして宿に引き籠るだろう。なのでこれも却下だ。
3.逃走する。
サラの機嫌が買い物に誘う前よりも悪くなるだろう、もはや悪手以外の何物でもない。却下だ。
結局のところ、1以外の選択肢が無かった。
うだうだやっていても仕方がない。ここは覚悟を決めて入ろう。
ごくりと生唾を飲んで呼吸を整える。
隣に居るサラを見る、店内では彼女が僕の命綱だ。もし彼女から離れて一人になってしまったら命の保証はない。
自然に、そう自然に入ればいいのだ。下手に挙動不審にならず、まるで常連ですと言わんばかりの顔で。
なんなら、どれがリンに似合う下着か僕も一緒に考えようじゃないか。
覚悟は決まった。
「えっ? ちょ、ちょっと」
「どうしたんだい? 早く入るよ」
前を歩き、店内に入ろうとする僕にサラが驚いた様子だった。
多分もうしばらくは問答が続くと思っていたのだろう、
優しく、そして力強く僕はドアを開ける。
「カランカラン」と来店者を告げるドアベルの音が鳴り響く。
音に反応したかのように、店内にいた女性客が振り返って僕らを見て、固まる。
驚愕、敵意、無関心、反応はそれぞれだが、やはり睨み付けるような目で見てくる女性の方が多い。
明らかに歓迎されていない。
それもそうか、男連れでどちらも人族だ。
そしてここは獣人向けのランジェリーショップ、冷やかしに思われても仕方がない。
「ヒッ」
店の前で余裕を見せていたサラだったが、視線に耐え切れなかったのだろう。
一瞬小さな悲鳴を上げて、僕に隠れるようにしている。
そしてそれが余計に気に食わないのだろう。女性客の目つきが更に鋭くなっていく。
まぁ今の状況は、悪ノリした男性が彼女を連れてふざけて獣人用のランジェリーショップに入ったようにしか見えないだろうからね。
「エ、エルク。やっぱり帰る?」
サラが弱気になっている。もしかしたらさっきの店の前の問答は彼女も心の準備が出来てなかったから乗ってくれていただけで、もう少し問答をしたら「もう、仕方ないわね。それじゃあ帰りましょうか」と言うつもりだったのかもしれない。
しかしここで帰れば、多分サラはリンと一緒でもこの店に来るのを躊躇うだろう。
僕自身はもう覚悟を決めているんだ。サラが弱気の今、ここは僕がリードしてあげないと。
「そうですね。リンの下着を買ったら帰りましょうか」
「あぁ、うん」
「と言っても白猫族のサイズがわからないからなぁ、サラはわかるかい?」
「えっと、ちょっとなら」
「う~ん、店員さんに聞いたほうが早いかな? よし店員さんを探そう」
凄く説明口調になってしまったが仕方ない。
今のはサラと会話をするためではなく、他の女性客に「僕らは冷やかしじゃないですよ」とアピールをするために喋っているのだ。あえて周りに聞こえるように少し大きめな声で。
今の会話でこちらを見てくるお客さんは大分減った。
まだチラチラと僕らを睨むように見る人も居るけど、さっきと比べれば全然マシだ。
これなら何とかなるかな。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか?」
少し大きめの声で喋ったおかげだろう。パタパタと小走りで店員さんが来てくれた。
犬のような耳を垂れ下げながら、少しおどおどした感じに見える。
「白猫族に合う下着を探しているのですが」
「白猫族用ですね。それでしたらこちらのコーナーにございます」
店員さんがチラチラ僕を見ながら案内してくれる、「何で男が居るんだよ?」って感じだろう。
だが僕はあえて何も言わない。
周りの誤解を解くためにサラと説明口調の会話をしたが、不必要に喋ればまた他の女性客に睨まれるだろう。
「こちらが白猫族向けの下着となります」
そこには他の場所に置いてある物よりも、一回り小さな下着が並んでいた。
普通のブラジャーもあれば、シャツのような物もある。
さっきの服選びと比べれば、明確に違いが判る。
しかし違いは判るが、どれが良いかはさっぱりだ。
サラは色々な種類を持ったり眺めたりしているが、僕は基本俯き姿勢だ。
『なんなら、どれがリンに似合う下着か一緒に考えようじゃないか』と言う僕の覚悟は、下着の棚を前にして、一瞬で折れたからだ。
女の子の下着にはそりゃあ興味はある、だがしかし下着そのものに興味があるわけじゃない、下着を着た女の子に興味があるんだ!
ただ下着だけを見ていて楽しいわけがない。そして下着を見ている姿を他のお客さんに見られていると思うと、どうしても目線が下がって行ってしまう。
結果、サラが時折手に持った下着を「これなんてリンに似合ってると思わない?」と見せてくるので「僕もそう思うよ!」と言う位しか出来なかった。
「アンタ、さっきから『僕もそう思うよ!」としか言ってない気がするんだけど」
「えっ」
やばい、ばれた。
流石に多用し過ぎたか。
「もしかして適当に相槌打ってるだけじゃないでしょうね?」
サラが目を吊り上げ、まるでチンピラのような表情で近づいて来る。って顔が近い近い。
「ち、違うよ。ほら、あれなんてどうかな?」
苦し紛れに指を指した先にあった物は、可愛らしいがちょっとエッチな感じのする下着だった。
大きな特徴としては胸元が猫の形で大きく空いている。
ブラもパンツも横をヒモで結んでおり、前面は布面積が多いが、横に行くにつれ面積が減っていっている。
流石にこれは無いか。僕終わったな。
何か言い訳を考えないと。
隣の物と間違えたと言いたいけど、その隣にある物はただの紐にしか見えないブラか、何故か胸の中央部分2つに穴が空いてるブラだ。もっと最悪じゃないか。
「何よこれ!? 凄く可愛いじゃない!」
サラの返事は予想外の物だった。彼女は興奮したように同じような物が無いか探している。
「そちらは、最近流行の物でセクシーかつキュートな下着のデザインが特徴です。肩やパンツの紐部分はほどけても大丈夫なのでオススメですよ」
そう言って店員さんが、サラの持っている下着の横ひもをするりとほどくと、一本の紐が出て来た
どうやら元々普通に繋がっている紐の中央に、もう一本の紐で結んで、紐同士で結んで固定しているように見せかけているだけのようだ。
多分その事実を知らない人は、紐がほどけたら下着が落ちるんじゃないか? とハラハラドキドキするんじゃないだろうか? それが狙いかもしれないけど。
サラは鼻歌を歌いながら会計を済ましている。どうやらお気に召したようだ。
「それならサラの分も買って、リンとお揃いにすれば良かったんじゃないですか?」
「ん~、今日はリンの服を買いに来たんだから、それはまた今度にしておくわ」
下着が買えて上機嫌なのだろう。
普段は機嫌が良くてもどこかそっけないような態度はどこへやらといった感じだ。普段からずっとこうだったら良いんだけどな。
「そういえば、今日は化粧してるんだね」
「えっ? いつ気づいたのよ」
「朝からだけど? サラって普段は可愛い感じだけど、化粧をすると美人になるんだなと思って」
「ふぅん」
こうして、その日の買い物は終了した。
リンの服を買ってサラの機嫌はかなり良くなったし、買い物作戦は成功だったはず。
少し遅めのランチを彼女と取り、僕らは宿へ戻っていった。
サラは帰るまで終始ニコニコしていた。
☆ ☆ ☆
宿に戻ってきた、部屋からは話声が聞こえる。二人とも先に帰って来ていたのか。
部屋のドアを開け、リンは居るかな? おっ、居た居た。
「リン、良いかな?」
包装した荷物を後ろ手に持ち、リンの元に近づいていく。
ニヤケそうになる顔を必死に顔の筋肉で抑える。
普段から鍛えておけばこういう時に筋肉は裏切らないのだろう。なんてどうでも良い事をあえて考えて、顔がニヤけ無い様に。
「これ、今回はリンに色々迷惑かけたから、お詫びと言うかなんというか。これプレゼントなんだけどさ、受け取ってもらえるかな?」
「リンにですか?」
「うん」
「ありがとうです。開けて良いですか?」
「もちろん」
プレゼントをもらった子供のように、無邪気な笑顔でラッピングをほどいていく。
中から出て来た白いゴスロリ服を見て、目をキラキラさせている。
「あっ、でもこれだと返り血の汚れが目立ちそうです」
「しばらく学園に通うわけだし、街中で着る用にすればいいと思うよ」
「はいです!」
こんなに素直に喜んでもらえるなら、送った側としても嬉しい気分になる。
サラも満更でない笑顔だ。
「おや? 他にも中にまだ何かあるです」
「うん、そっちもリンの為に買って来たんだ」
袋の中から下着を取り出したリンの笑顔が固まる。
笑顔だが、何というか頭に「???」とマークが出てるような笑顔だ。
下着と僕を交互に見比べる、もしかして気に入らなかったのかな?
「これを、エルクが選んで買ってきたですか?」
「うん、そうだけど?」
「エルクが一人で、ですか?」
あっ……
珍しくアリアの無表情が崩れて、ドン引きの表情をしている。
違う! 誤解だ!
「勇気のある者と書いて勇者。うんうん、エルクって勇者だね」
「違うんだ! サラと一緒に行って、サラと一緒に選んだんだ!」
弁明するために、サラに助けを求めようと振り返るが彼女はお腹を抱えながら笑って「そうだったっけ?」ととぼけている。
必死に弁明して何とか誤解をとけた。
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