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第五章

46.

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 ソファの上で体を丸めて、浅く呼吸をするリゼット。その背中をレオンがさする。
 大丈夫、大丈夫と声をかけるが、リゼットは目を閉じたままだった。体もぐったりとしていた。

 このまま続くようならと、レオンは抱き上げて運ぼうとする。
 レオンの屋敷に戻ろうか思案する。王に伝えてると、馬車を手配してくれた。
 馬車が着くまで、そのままソファで待つ。
 すると、医師が戻ってきた。ヴォルターを連れていた。

「申し訳ありません。私は怪我などありません。リゼット様を診てもらってください」

 そう言って、ヴォルターは一礼して去ろうとする。しかし、レオンがヴォルターの名を呼んだ。

「ヴォルター、少しでいいからリゼットの側に」
「いえ、私には」
「ヴォルターが倒れた後、こうなったそうだ。どうか、リゼットを安心させて欲しい」
「……かしこまりました」

 レオンの前に跪いて、リゼットの手を取る。その手を撫でて、安心させるような優しい声色で、リゼットに話しかける、

「リゼット様、どうか安心してください。もう大丈夫ですよ」

 ゆるゆると撫でると、リゼットの呼吸が落ち着いて、ゆっくりと目を開けた。

「ヴォ、ルター……ごめんなさい」

 緑の瞳から、涙がポロポロと溢れる。

「何を謝ることがあるのですか?」
「わたくしのせいで、ヴォルターが怪我を」
「怪我などしていません。鎧は壊れましたが、私はひとつも怪我などありませんよ」
「でも……」

 ヴォルターは、リゼットの瞳が揺らいでいることに気がついた。

「嫌な夢でも思い出したのですね、大丈夫です。目を閉じたらすべて忘れますよ」

 リゼットの額にに手を当てて、ゆっくりと撫でる。リゼットは目を閉じて、そうしてすーっと眠った。
 その様子を黙って見ていたレオンへ、ヴォルターが顔を向ける。

「嫌な夢を思い出していたようです、起きたらきっと忘れています。どうか休ませてください」
「わかった」

 馬車の用意ができたと、告げるものがいた。その声でレオンは立ち上がり、王たちに挨拶をする。

「ヴォルターはこの後どうするのだ?」
「ミヨゾティースに戻ります」
「わかった、落ち着いたら会いに行こう」
「かしこまりました」

 リゼットは馬車の中でも眠り続け、レオンの屋敷についても、朝まで起きることはなかった。

 会場に集まった人々へは、王が勝者はレオナードと伝えた。歓声が沸き、その日1日は王都で、レオナードを祝福する声が止まなかった。

 ◇◇◇

 城から少し離れたところに、レオンの屋敷があった。
 レオンが到着すると、執事が待機していた。リゼットの部屋もすでに整えてあり、そのままベッドまで運ぶ。

 着替え等身の回りの世話をする、使用人を呼ぶ。
 あれこれと身支度をしている間、レオンは部屋の外で待つ。

 もう警護はいらないと思っていたけれど、リゼットが心配で離れがたかった。

「レオナード様、終わりました」
「わかった、もう戻っていいぞ」

 レオンは部屋に入ると、リゼットの側に腰掛ける。
 もうすっかり落ち着いた呼吸をして、ただ眠っているようだった。
 髪を撫でて、額に口付ける。すると、レオンの名を呼んだ。

「俺……?」

 てっきりヴォルターの名を呼ぶかと思っていたので、驚いた。

「リゼット」

 名前を呼ぶと、ふっと目を開けた。
 そうして、ぼんやりとレオンの顔を見て、やっと状況がわかったらしく赤面する。

「あ、あの……」
「どこか痛いとか、つらいところは無い?」
「……はい」
「試合の後、リゼットは倒れたんだよ。ああ、ヴォルターが怪我をしたと思ったんだろう?彼は怪我ひとつないよ」

 リゼットは記憶を探るが、まったく思い出せない。レオンの言葉を待った。

「ここは俺の屋敷。リゼットの屋敷より近いし、今日はゆっくり休んで」
「ありがとうございます」

 リゼットの肩までキルケットをかけて、額にキスをするとレオンは部屋を出ようとする。扉に手をかけて、一度振り向く。
 リゼットが起き上がっていた。

「どうしたの?」
「ごめんなさい、レオン。心配をかけてばかりで、ごめんなさい」
「どうして俺に?」

 リゼットは、深呼吸をして、もう一度レオンをみる。
 レオンは扉から離れ、リゼットの側に戻る。リゼットの手をとると、冷たくて震えていた。

「ごめんなさい。伝えたいと思っているのだけど、言葉にするには時間がかかってしまうわ」
「大丈夫、ゆっくりで良いよ。教えて?」

 リゼットが深呼吸をもう一度する。まだ震えるらしく、ひゅっと音を立てる。
 レオンはリゼットの肩を抱いて、引き寄せた。胸の中で、小さく震えるリゼットが、何を告げるのかと待つ。

「ヴォルターが倒れた後、ミヨゾティースの城での記憶が重なりました。それがとても苦しくて、気がついたら湖の底に行っていました」
「うん」
「レオンとわたくしが……行った場所でした。でも、もうあの場所はなくなったと思っていたから、とても怖かったのです」

 リゼットがレオンの服の胸元をぎゅっと掴んだ。レオンは「俺はここにいる」と言って、リゼットを抱きしめた。
 胸の中で、涙声のリゼットはたどたどしく話を続ける。

「あの場所に、小さな頃のわたくしがいました。泣いていて、声をかけて抱きしめて……」
「うん」
「レオンを傷つけたことを、ひどく後悔していました」

 そう言ってリゼットは、レオンの両腕に触れる。大怪我をした跡などひとつもない。筋肉がつき、硬く引き締まった男性の腕だ。
 記憶の中の、幼いレオンの腕ではもうなかった。

「わたくしは、あの日からずっと、レオンに後悔の気持ちを持っていました。その記憶が、湖の底に残っていたのです」
「……今も、後悔してる?」
「……はい」
「リゼットは優しいんだね。俺は、リゼットと婚約できたことを喜んでいるのだけど?」
「なぜですか?別にわたくしは魅力的でないし、爵位も見合わなかったし、レオンにはもっと素敵な方がいると思います」
「んー?大事なことは覚えていないんだね」

 レオンはクスクスと笑って、リゼットに優しく微笑む。そうして涙をすくって、リゼットの顎に触れて、顔を上げる。

「俺はリゼットに最初会った時から、ずっと好きだよ。今も好き」
「最初……?」

 リゼットの記憶は、レオンを大怪我させたところから始まっていた。

「リゼットを初めて見たのは、お茶会だった。まだ小さかったリゼットは、お母さんに抱っこされて、人見知りしていたよ。6歳って言ってた。あんまり顔を見せてくれなかったけど、お菓子を渡したら、笑ってくれたんだ。それで好きになった」
「あの……」

 レオンは、照れもせず教える。王子だからと、お茶会の度にたくさんの女性に囲まれて、あわよくば縁を結ぼうとする人たちの多いこと。
 レオンも当時は9歳で、まだ結婚など考えることもなかった。正直、辟易していた。

「でも、リゼットの笑顔を見たら、またたくさん笑ってほしいなあって思ったんだ」
「あの、そんな理由で?」
「そんな理由じゃだめ?」
「だ、だめとか、そういうのではなくて……」
「じゃあ良いよね。それで、お茶会の後、もう一度会いたくて、リゼットを屋敷に呼んだんだ。確か侍女も連れていたな、マノンの母だったはず」
「ええ、マノンの母が乳母の役目をしていました」
「一緒にお茶をして、俺と庭の散策をしている時に、リゼットが襲われそうになったんだ」
「え、わたくしがですか?」

 レオンは思い出して、厳しい顔になる。
 襲ったのは、レオンと婚約を企む貴族の側仕えだった。リゼットを見つけて、攫い、命を奪おうとした。
 レオンがみつけた頃には、その者の姿はなく、リゼットが竜になって唸っていた。
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