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実践・魔法料理!

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 調理棟の内部はかなり広い。入り口から反対側を観察すると霞んで見えるほど遠くにあり、天井は三階建の建物をぶち抜いたのかと思うほど空にある。

 その幅と天井の高さはまるで巨人のために設計された体育館のようだ。



 この建物全体の広さもそうだが、各個人の「調理場ちょうりば」スペースは隣同士でかなりの距離を保ってあり、それが等間隔に並んでいる様子はどこか墓標を感じさせる。



 更に調理場の間には炎やその他危険な魔法を防ぐための、特殊な魔力をコーティングした板が張り巡らされている。

 板はどれも透明だが、「875年卒業生一同」とか「キノコスープ参上」「僕のバナナをお食べ」などの落書きが目立つ。これを見て教師は怒らないのか? と紅花に聞いたところ

 透明なままだとぶつかってしまう生徒がいるので、卒業生達が少しづつ落書きを書き足す風習が出来たのだという。



 その他にも壁は石造りだが、延焼を防ぐために特殊なコーティングがしてあるというのも紅花が教えてくれた。確かに独特な魔力の気配がある。



 全体的に見てもかなり作りが堅牢だ。いや、堅牢というより防御重視というか、何だかこの場所で魔法決闘でも行われるのかと思ってしまう。



「キュー」



 突然、猫とも狐ともつかない鳴き声のような音がした。驚いて見回すが何もいない。

 いや、何か目の前を漂っている。

 最初はホコリと思ったが、それにしては大き過ぎる。

 球体とも箱型ともつかない、透明とも水色ともつかない色をしたそいつには、クリクリと黒い目が二つくっついていた。



「キュー」



 そいつはもう一度鳴いた。



「ほ、紅花、これは?」

「それは雪の精だヨ。料理魔法学部ここでは具材を保存する時とかに使うヨ。誰かがしまい忘れたネー」

「ほう、これが……」



 確かに近づいてみると、ふんわり冷気を感じる。流石魔法学園。便利な魔法生物がいるものだ。



「紅花もこういう魔法生物を持っているのか?」

「持ってるヨ! 雪の精みたいにとっても可愛いヨ。これ見テ」



 紅花はカバンの中から石を二、三個取り出した。どれもカラフルで、キラキラ光っている。



「これは?」

「マジックストーンだヨ! この中に使役してる精霊とか妖精を入れて飼っておけるヨ」

「なるほど。こいつらを駆使して料理を作るというわけか。ちなみに何を作るんだ?」

「シチューだヨ! 多分クラウスは美味しすぎて血反吐ちへど吐くヨ!」



 何で殺害予告なんだよ。



 紅花は一つ息を吐き、集中した顔つきとなった。彼女は調理台の下から食材、まな板、包丁を取り出し、手際よく並べ始める。

 この時点ではあの忌まわしき呪いの塊が出来る様子は微塵もない。





「それじゃスピーディーに行くヨ!! 出て来て! 氷の妖精アイシーちゃん!」



 紅花が叩くと、石が薄青色に輝いた。

 石から光の尾を引き、何かが調理台の上に飛び出してきた。



「キュー!」



 可愛い声で鳴くそいつは、モコモコした水色の体毛に覆われ、長い耳と大きな瞳を持っている。



「これは、ウサギか?」

「ふっふっふっ。甘いヨ、クラウス。この子はただの非常食じゃないヨ」

「いや非常食なの?」



 俺たちの会話を理解しているのかしていないのか、アイシーちゃんは耳をピンと立て、小首を傾げている。



「この子は氷の妖精ヨ! 日持ちしない食材を預けておくと凍らせて保存しておいてくれるヨ!」

「ほう……」



 何それ超便利。俺も欲しい。



「アイヨー。アイシーちゃん、鶏肉出してヨ」

「キュウウウウウウー!」



 氷の妖精ことアイシーちゃんの体が突然強ばり、震え始めたかと思うと

 ボボボボボボボボボボォ! と、凄まじい勢いで、SiriのANAから鶏肉が飛び出してきた。



「じゃあこれを使ってシチューを作って行くヨ!」

「ちょっと待てえ!!」

「何ヨ」

「さっきそいつ、その、フンをしなかったか!?」

「アイシーちゃんはうんちなんかしないヨ!」

「いやでもさっきお尻から」

「あそこで鶏肉冷凍してただけヨ」

「どこで何を冷やしてくれてるんだ!!」

「妖精の肛門汚くないから大丈夫ヨ」

「肛門とか言うな! ここ調理場だぞ!」

「じゃあこの鶏肉を解凍していくヨ! 出てきて! オーシーちゃん!」



 紅花が赤い石を叩くと、またも光り輝いた。

 今度はどんな動物が出てくるのかと思っていると、急にドン! と地響きが起こった。

 俺たちの前に長い影が伸びる。

 見上げて俺は身体が縮み上がるような恐怖を覚えた。



 巨大なオークが目の前に立っていたからだ。まるで巨木のように悠然と立ち、俺たちを見下ろしている。

 あ、食われる。

 何この調理場に一番相応しくない生き物。



「ほ、紅花……? これは……」

「非常食じゃないヨ」

「分かっとるわ!」



 むしろ俺たちが食われる立場だろ!



「心配しなくてもオーシーちゃんは人間を襲ったりしないヨ」

「ニンゲン、ニク、ウマイ」

「おい何か物騒な言葉が聞こえたぞ!!? 思いっきり人間食う気だぞ! そもそもこいつは何をするために呼んだのだ!」

「オーシーちゃんは『カチカチに凍った食材を常温に溶かす』精霊だヨ」



 そんなピンポイントな精霊いるの!? いやその前にそれはただのオークじゃないのか。

 しかし紅花は全く構わず続ける。



「オーシーちゃん! 鶏肉解凍してヨ!」

「キュー!」



 何でウサギと鳴き声同じなんだよ。

 オーシーちゃんことただのオークは鶏肉を両手に抱くと、毛深い胸元に持っていった。

 むわっとした空気が調理場を包む。

 おいこいつ、まさか自分の体温で解凍する気なんじゃ……。



「可愛イ、私ノ赤チャン……」



 おい! 何か非常に危険なことを口走ってないかあのオーク!

 突っ込みきれない俺に構わず紅花は突っ走る。



「さて! じゃあ肉を解凍している間に野菜を洗っていくヨ! 水の精霊アキュラたん! 出て来てヨ!」



 紅花が再び石を叩くと、今度は一人の男の子が出て来た。いや、正確には男の子ではなく男の子の銅像のようだ。

 裸であり、ちんちんが丸出しである。いわゆる小便小僧というやつだ。

 いや、まさか。



「アキュラたん! 水出して!」



 すると小便小僧から、チョロチョロと水が吹き出してきた。

 どこから飛び出して来たのかはご想像にお任せする。



「じゃあこれで野菜を洗っていくヨー」

「ちょっと待てえええ!」

「何ヨ」

「それは流石に汚いのではないか!?」

「マイナスイオン出てるから大丈夫ヨ」

「どういう類いの大丈夫だ!!」



 しかし紅花は構わず野菜を洗っていく。小便小僧から流れ出る水で。

 ……ま、まあアレは恐らく真水なのだろう。こちらが気にしすぎるのは良くない。

 その時、先ほど鶏肉を温めていたオークがかがみ込んで来た。



「紅花サン、鶏肉解凍デキマシタ」

「ヨシ!」

「デモ全部食ベチャイマシタ」

「ヨシ!」



 何がヨシなんだよ!!



「こんなこともあろうかと!」



 と言いながら紅花は調理台の下を開けた。そこは収納スペースになっているらしく、ひんやりと冷気が漂って来ている。

 紅花はその中から鶏モモ肉をホイホイ取り出した。



「ここに予備がちゃんとあるヨ!」



 最初からそれ使えや。



「じゃあここからは危ないから、クラウスは仕切り板の外に出ててヨー」



 危ない? 俺は状況が飲み込めなかったが、これまでの経緯からとても嫌な予感がしたので、素直に従った。



 俺が調理スペースから出たのを確認して紅花の目つきが変わる。

 包丁を握り、まな板の上の野菜を機敏に切り分けていく。その動きは料理人そのものだ。

 しかし危ないとはどういうことだろう。

 別に包丁がすっぽ抜けて飛んでくる様子もないが。



 一瞬で野菜も肉も切り終えた紅花が、今度は鶏肉をフライパンに移した。次の瞬間。



「ファイヤー!!!!」



 視界が真紅に染まった。

 死を感じるほどの熱量が一瞬で押し寄せる。

 死ぬ。これに触れたら死ぬ。



 思わず尻餅をついてしまった。

 魔法を遮断する板が無ければ俺は今頃灰になっていたことだろう。



 何が起こったのかわからなかったが、一拍後、それが紅花の起こした炎魔法であることが分かった。

 いやこれ紅花は大丈夫なのか?



 俺は炎の中で何が起こっているのか知りたくてヤキモキしたが、今飛び込んでも俺が油淋鶏になるだけだ。



 天を焦がす勢いで燃えていたは炎は徐々に強さを失い、次第に紅花の姿がはっきり見えるようになった。

 立っている。

 地獄のような炎に立ち尽くす彼女は、満面の笑みでこちらを見ている。

 怖え! 完全に地獄の使者だ!



「出来たヨー」



 そう言って彼女が持ってきたのは、白い皿に入れられた、例の真っ黒な物体だった。なるほど、さっき見た油淋鶏があんなに黒かったのは、紅花がとんでもない火力でオーバーキルしていたからなのか……。



「食べろ」



 黒焦げの物体がしゃべった。

 お前が喋るんか
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