上 下
44 / 92

指輪の受け渡し

しおりを挟む
「ジャンヌ、カーテンを開けても良いか」



 俺は指輪を取り戻してすぐ救護室を訪れていた。



「クラウス……開けて良いよ。それよりあんた大丈夫? 怪我してないでしょうね?」



 カーテンを開けるとジャンヌが上半身を起こそうと動いていた。まだ体が痛むようだが、少しづつ回復しているようだ。



「ククク、我を誰だと思っている? 我こそは」

「あー、分かった分かった。無事で何より」



 ぞんざいな言い方だったが、彼女の顔から笑みが溢れた。恐らく本気で心配してくれていたのだろう。



「でも、あんたを無傷で返してくれるなんて、第二自警団にも優しいところがあるのね」

「違う。我が全員ねじ伏せたのだ」

「え?」



 うつむいていたジャンヌが驚いたようにこちらを見た。



「嘘でしょ? またいつもの中二病が発動しただけよね?」

「違う! 本当に勝ったのだ!」

「本当?」



 ジャンヌは少しからかうような表情で俺を覗き込む。嘘を付いていないか探っているのだろう。

 しかし俺の言っていることは本当なのだ。それを証明する方法もある。



「左手を出せ」

「どうして」

「早く」



 ジャンヌは戸惑ったように左手を突き出した。俺はまず彼女の手首を左手で掴み、薬指に取り返した指輪を差し込んだ。ジャンヌの温かい手の感触と、ピクッと手が震えるのを感じた。



「これ、どうして……」



 ジャンヌの目は大きく見開かれており、まるで全長十メートルの犬を目撃したかのような表情で俺を見つめている。戻ってきたのが信じられないのだろう。

 その大きく開かれた瞳から一筋、涙がこぼれ落ちた。



「な、何よ! 別に取り返して欲しいなんて頼んでないし!」



 ジャンヌは目を擦り、慌てて顔を背けてしまった。こんな時にも素直じゃないのがジャンヌらしいなと思った。



「貴様の大切な指輪だと教えてくれただろう。だから、どうしても取り戻したかったのだ」

「そんな、命かけてまで、馬鹿じゃないの。……でも」



 ジャンヌは左手を胸元で大事そうに包み、目を閉じた。



「でも、ありがとう。戻ってきて、本当に良かった」



 彼女の目からは再び涙がこぼれている。普段のクールな彼女からは想像も出来ないしおらしい一面だ。それだけこの指輪への思い入れが強かったに違いない。

 本当に、ちゃんと取り戻せて良かった。命を張った甲斐があった。



「こーんにちはー」



 後ろから、と言うよりほとんど耳元で声がした。



「うわああ!」



 驚いて振り返ると狐塚がニコニコ顔で立っている。いや、何か今までで一番ニヤついている気がする。



「狐塚……い、いつから居たのだ」

「んー、クラウスくんが『ジャンヌゥ……すけべしようやぁ……』って言ってた辺りから」

「おい記憶を捏造するな! そんな事は言っていない!」

「あはは、まあクラウス君がここに入ってきてすぐくらいから居たよ」



 いや全然気付かなかった。そう言えばジャンヌ事件の加害者を一か所に集めたのもこいつだし(真偽は分からないが本当に全員いた)、やたらと気配を消すのが上手いし、狐塚は本当に何者なんだ。



「いやあ、僕の予想通り、クラウス君は強かったねえ。あの自警団が全員負けるなんてねー」



 狐塚は両掌を上に上げて戯けてみせた。褒めているのか、からかおうとしているのか分からない。



「ふっ、我は無敵の闇魔道士。あの程度の相手など地獄の一丁目を曲がる前に倒せるというもの」

「それはよくわからないけど。ま、いいや。まさかあの自警団が裸にされて口にレモンを突っ込まれるなんてねー」

「おい! また誤解を招くような言い方をするな!」

「え? 自警団を裸に剥いたの?」



 ジャンヌが眉間にシワを寄せる。これは俺が特殊な性癖な持ち主だと誤解されている可能性がある。



「していない!(俺は)」

「そんな事よりクラウス君、さっきから見てたけど大胆な事するよねえ」

「大胆?」

「さっきジャンヌちゃんの左手薬指に指輪をはめてあげてたじゃない」

「それがどうした」



 俺にはいまいち狐塚の言いたい事が分からなかった。ジャンヌも分からないらしく、首を傾げている。

 しかし俺たちの反応を見ていた狐塚は今にも吹き出しそうな顔になり、必死に口を抑えている。何が狐塚のツボにハマったのだろうか。



「どうしたのだ」

「いやだってさ。この大陸で左手の薬指にはめるってことは婚約の証じゃないか。こんなところでプロポーズとは大胆だねえ!」



 狐塚は言いながらブフーっと吹き出した。俺とジャンヌは一瞬顔を見合わせたが、ジャンヌの顔が一気に赤くなっていく。恐らく俺の顔も真っ赤になっていただろう。



「ち、違うぞ! 我はそんなつもりで指輪をはめたのではない! ジャンヌが怪我をしていたから、我が代わりにはめただけだ!」

「そうよ! そもそも私はいつも中指にはめてたのにクラウスが間違えて薬指にはめただけ!」



 若干自分だけ助かろうとするの止めろ。



「それに我は左手薬指にはめるのが結婚指輪だと知らなかったのだ!」



 俺は必死に言い訳を試みてみるが、狐塚は全く聞こえていないかのように笑い続けている。



「いやあ、みんなに見せたかったよ! 指輪をはめてもらう時のジャンヌちゃんの幸せそうな顔! クラウス君の神妙な面持ち!!」



 とうとう狐塚は転げてしまい、床を手で叩きながら笑っている。いやどんだけ笑上戸なんだこいつ。

 一方ジャンヌはイチゴのように赤くなった顔を手で覆い、俯いてしまった。こういう話に全く耐性が無いのだろう。



「おい狐塚! 静かにしろ!」



 俺はどうにか静かにさせるため、狐塚を抑えようとした。しかしひらりと身をかわされる。



「僕が欲しかったら捕まえてごらん」

「一々気色悪い言い方をするな!」



 俺はその後も狐塚を捕まえようと頑張ったが、全く狐塚にはかすりもせず、救護室の備品を散らかす一方だった。



「あんた達何してんの!」



 救護室の先生が帰ってきたのはそんな時だった。いつもは優しい先生の顔が完全に般若と化している。あ。まずい。騒ぐだけならまだしも、救護室の備品床に落としちゃった。



「あ、いやこれはだな。この狐塚という男が」

「狐塚? 誰もいないけど?」

「え?」



 さっきまで俺の指差す方にいたはずの狐塚が忽然と消えてる。最早ミステリーである。



「あれ!? 狐塚どこ!?」

「クラウス君。ちょっと話があるんだけど……」



 先生はやけに優しい笑顔で、俺の首根っこを掴んだ。こうなったらジャンヌに説明してもらうしか無い。



「じゃ、ジャンヌ……?」

「じゃあ私は寝るからおやすみ」

「ジャンヌ!?」

「さて、覚悟はいいかしら」

 よくない!!!







 自警団編 おわり
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

社畜の俺の部屋にダンジョンの入り口が現れた!? ダンジョン配信で稼ぐのでブラック企業は辞めさせていただきます

さかいおさむ
ファンタジー
ダンジョンが出現し【冒険者】という職業が出来た日本。 冒険者は探索だけではなく、【配信者】としてダンジョンでの冒険を配信するようになる。 底辺サラリーマンのアキラもダンジョン配信者の大ファンだ。 そんなある日、彼の部屋にダンジョンの入り口が現れた。  部屋にダンジョンの入り口が出来るという奇跡のおかげで、アキラも配信者になる。 ダンジョン配信オタクの美人がプロデューサーになり、アキラのダンジョン配信は人気が出てくる。 『アキラちゃんねる』は配信収益で一攫千金を狙う!

俺だけステータスが見える件~ゴミスキル【開く】持ちの俺はダンジョンに捨てられたが、【開く】はステータスオープンできるチートスキルでした~

平山和人
ファンタジー
平凡な高校生の新城直人はクラスメイトたちと異世界へ召喚されてしまう。 異世界より召喚された者は神からスキルを授かるが、直人のスキルは『物を開け閉めする』だけのゴミスキルだと判明し、ダンジョンに廃棄されることになった。 途方にくれる直人は偶然、このゴミスキルの真の力に気づく。それは自分や他者のステータスを数値化して表示できるというものだった。 しかもそれだけでなくステータスを再分配することで無限に強くなることが可能で、更にはスキルまで再分配できる能力だと判明する。 その力を使い、ダンジョンから脱出した直人は、自分をバカにした連中を徹底的に蹂躙していくのであった。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

異世界に転移した僕、外れスキルだと思っていた【互換】と【HP100】の組み合わせで最強になる

名無し
ファンタジー
突如、異世界へと召喚された来栖海翔。自分以外にも転移してきた者たちが数百人おり、神父と召喚士から並ぶように指示されてスキルを付与されるが、それはいずれもパッとしなさそうな【互換】と【HP100】という二つのスキルだった。召喚士から外れ認定され、当たりスキル持ちの右列ではなく、外れスキル持ちの左列のほうに並ばされる来栖。だが、それらは組み合わせることによって最強のスキルとなるものであり、来栖は何もない状態から見る見る成り上がっていくことになる。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

処理中です...