1 / 13
引きこもり少女編
1
しおりを挟む
部屋のドアをノックする音が聞こえる。私は朝からずっと向かい合っていたPC画面から目を離し、最近めっきり視力の落ちてきた目を時計に向ける。13時27分。お昼ご飯は1時間前に運ばれて来たばかりだ。どうせお母さんが「部屋から出ろ」だの「中学に行け」だの説得に来たんだろう。私は無視してネットゲームを再開することにした。しかし再びノックする音が響く。それも先ほどより大きな音だ。
「うるさいクソババア! 学校なら行かないって言ってるだろ!」
私は机の上に置いてあったペットボトルをドアに向かって投げつけた。半分水が入っていたペットボトルはドアに当たって大きな音を立て、足の踏み場も無いほど散らかった部屋の片隅に転がった。ああ、私元々こんなに怒りっぽかったわけじゃないんだけどな……。
「俺はクソババアではないぞ」
ドアの向こうから予想外な男の声。少年のような声質なのでお父さんの声とも違う。途端に顔のニキビやボサボサの髪が気になって仕方なくなってきて、クシで髪をとかしたくなった。別に部屋に入(い)れるわけでもないのに。
「えっと、誰なの……?」
先ほどの「クソババア」発言の時より随分柔らかい声で恐る恐る聞いてみる。今更よそ行きの声で取り繕っても遅い気がするけども。
「俺は忍者だ」
これまた想定外の答えだ。外国人に「あなたはどこの国から来たんですか?」と聞いたら「地球から来ました」と答えられた感覚に近いものを感じる。
「……え、忍」
「俺は忍者だ」
「いや、聞こえなかったわけじゃなくて」
「アイアムニンジャ」
「いや日本語がわからないわけでもなくって!」
私の頭は疑問符でいっぱいだった。なぜ引きこもりで友達のいない私に男が訪ねてきたのか? そしてその男はなぜ忍者を名乗っているのか? そもそもこのご時世に「私は忍者です」と言われて「はいそうですか」と信じる奴がいるんだろうか。そんなの「私は宇宙人です」とかいう奴を信じているようなものだ。
「茜、聞こえるか?」
別の男の声がした。今度は聞き覚えのある声だ。
「お父さん?」
「今お前が話している、えー、忍者の神本くんは父さんが呼んだんだ」
「どういうこと」
「古い知り合いから紹介してもらったんだ。なんでも神本くんはどんなトラブルでも解決してくれる凄腕の、まあ便利屋みたいなものらしいんだ」
「俺は便利屋ではなく忍者だ」
すかさず横から口を挟む神本くんとやら。いやどっちでもいいだろうに。というか引きこもりを外に出すため忍者を雇うなんて意味がわからないんだけども。何というか、サブマシンガン片手に挽肉を作ろうとしているかのようだ。
「余計なお世話だし。何をされたって私は外に出る気も学校に行く気もないよ」
「なあ茜、そんなこと言うなよ」
「そんな怪しい人に頼むなんてどうかしてるよ。お父さん、自分の加齢臭を嗅ぎすぎて頭おかしくなったんじゃないの?」
「ひ、ひどい! ……でもお前だってこのまま引きこもっているわけにもいかないだろう。去年の夏から半年以上も外に出ていないのは健康にもよくないし、家族のみんなも心配している。それにこのままじゃ卒業だって……」
そんなこと分かってる。分かっているけどどうにも出来ないからこんなに引きこもっているんだ。こんなに荒んでるんだ。
「お父さんうるさい! どっか行ってよ!」
他人がいるというのにまた怒鳴ってしまったことと、お父さんに当たり散らしてしまったことで余計自己嫌悪に陥る。また嫌なことを思い出してしまった。部屋の外で「あとは任せろ」「じゃあお願いするよ」という会話が聞こえ、お父さんの足音が遠ざかって行く。
「どうして引きこもってるんだ」
例の忍者はまだ諦めていないらしい。
「アンタに言う義理なんか無い」
「確かにそうだな」
納得するんだ。
「引きこもっていると、あれだぞ」
どれだよ。
「よくないんだぞ。布団が臭くなるぞ」
そして説得下手くそか。引きこもりのデメリットなんてもっとエグいのが10個くらいあるだろ。それに
「臭くないよ。ちゃんと毎日お風呂に入ってるし」
「布団が?」
「違う! 私が!」
「なんだ、お前の部屋には風呂が付いているのか」
「付いてない付いてない! トイレとお風呂に入る時だけ外に……げほっ」
久しぶりにいっぱい人と会話したせいで喉が痛い。全部こいつのせいだ。
「咳き込んでいるみたいだが大丈夫か? 引きこもりをこじらせたのか?」
「風邪をこじらせたみたいに言わないで」
もう無視しよう。馬鹿の相手をしていたらこちらまで馬鹿になってしまう。引きこもってはいるものの、ゲーム上ではギルドに所属していて友達も出来たのだ。私は椅子に戻り、再びPC画面と向かい合った。
「おい、中に入れてくれ」
頭のおかしな自称忍者なんて誰が部屋に入れるものか。何をされるかわかったものではない。居座られたって絶対に開けないんだから。
「仕方ない。開けてくれないんなら今日は帰ろう」
あれ? 結構すんなり帰るのね。てっきりドアを蹴り壊したり、窓から侵入してきたりするものだと思ったんだけど。
カーテンの隙間から差し込んでくる日が赤く暮れなずんできた。時計を確認すると17時になろうとしいている。ああ、目が霞む。小学生の頃はすごく視力が良かったのにな。私はドアを開け、恐る恐る廊下を見た。誰もいない。まあそうだろう。こんな時間まで部屋の脇に居座っていたら完全に変態だ。私は家族と鉢合わせしないよう急ぎトイレに向かい、ドアを開けた。瞬間的に違和感を感じる。
黒い影のようなものが私の前にあった。驚きすぎて息が詰まる。それは立ちふさがるように仁王立ちしている。そう、忍者である。ええええええっ!? まさか昼過ぎからずっとここで待ち伏せてたの!? 私はびっくりしてトイレの外に出ようとした。しかし驚くほどの手際の良さで羽交い締めにされ、口を塞がれてしまった。何なのこの人! 何が目的!?
「うるさいクソババア! 学校なら行かないって言ってるだろ!」
私は机の上に置いてあったペットボトルをドアに向かって投げつけた。半分水が入っていたペットボトルはドアに当たって大きな音を立て、足の踏み場も無いほど散らかった部屋の片隅に転がった。ああ、私元々こんなに怒りっぽかったわけじゃないんだけどな……。
「俺はクソババアではないぞ」
ドアの向こうから予想外な男の声。少年のような声質なのでお父さんの声とも違う。途端に顔のニキビやボサボサの髪が気になって仕方なくなってきて、クシで髪をとかしたくなった。別に部屋に入(い)れるわけでもないのに。
「えっと、誰なの……?」
先ほどの「クソババア」発言の時より随分柔らかい声で恐る恐る聞いてみる。今更よそ行きの声で取り繕っても遅い気がするけども。
「俺は忍者だ」
これまた想定外の答えだ。外国人に「あなたはどこの国から来たんですか?」と聞いたら「地球から来ました」と答えられた感覚に近いものを感じる。
「……え、忍」
「俺は忍者だ」
「いや、聞こえなかったわけじゃなくて」
「アイアムニンジャ」
「いや日本語がわからないわけでもなくって!」
私の頭は疑問符でいっぱいだった。なぜ引きこもりで友達のいない私に男が訪ねてきたのか? そしてその男はなぜ忍者を名乗っているのか? そもそもこのご時世に「私は忍者です」と言われて「はいそうですか」と信じる奴がいるんだろうか。そんなの「私は宇宙人です」とかいう奴を信じているようなものだ。
「茜、聞こえるか?」
別の男の声がした。今度は聞き覚えのある声だ。
「お父さん?」
「今お前が話している、えー、忍者の神本くんは父さんが呼んだんだ」
「どういうこと」
「古い知り合いから紹介してもらったんだ。なんでも神本くんはどんなトラブルでも解決してくれる凄腕の、まあ便利屋みたいなものらしいんだ」
「俺は便利屋ではなく忍者だ」
すかさず横から口を挟む神本くんとやら。いやどっちでもいいだろうに。というか引きこもりを外に出すため忍者を雇うなんて意味がわからないんだけども。何というか、サブマシンガン片手に挽肉を作ろうとしているかのようだ。
「余計なお世話だし。何をされたって私は外に出る気も学校に行く気もないよ」
「なあ茜、そんなこと言うなよ」
「そんな怪しい人に頼むなんてどうかしてるよ。お父さん、自分の加齢臭を嗅ぎすぎて頭おかしくなったんじゃないの?」
「ひ、ひどい! ……でもお前だってこのまま引きこもっているわけにもいかないだろう。去年の夏から半年以上も外に出ていないのは健康にもよくないし、家族のみんなも心配している。それにこのままじゃ卒業だって……」
そんなこと分かってる。分かっているけどどうにも出来ないからこんなに引きこもっているんだ。こんなに荒んでるんだ。
「お父さんうるさい! どっか行ってよ!」
他人がいるというのにまた怒鳴ってしまったことと、お父さんに当たり散らしてしまったことで余計自己嫌悪に陥る。また嫌なことを思い出してしまった。部屋の外で「あとは任せろ」「じゃあお願いするよ」という会話が聞こえ、お父さんの足音が遠ざかって行く。
「どうして引きこもってるんだ」
例の忍者はまだ諦めていないらしい。
「アンタに言う義理なんか無い」
「確かにそうだな」
納得するんだ。
「引きこもっていると、あれだぞ」
どれだよ。
「よくないんだぞ。布団が臭くなるぞ」
そして説得下手くそか。引きこもりのデメリットなんてもっとエグいのが10個くらいあるだろ。それに
「臭くないよ。ちゃんと毎日お風呂に入ってるし」
「布団が?」
「違う! 私が!」
「なんだ、お前の部屋には風呂が付いているのか」
「付いてない付いてない! トイレとお風呂に入る時だけ外に……げほっ」
久しぶりにいっぱい人と会話したせいで喉が痛い。全部こいつのせいだ。
「咳き込んでいるみたいだが大丈夫か? 引きこもりをこじらせたのか?」
「風邪をこじらせたみたいに言わないで」
もう無視しよう。馬鹿の相手をしていたらこちらまで馬鹿になってしまう。引きこもってはいるものの、ゲーム上ではギルドに所属していて友達も出来たのだ。私は椅子に戻り、再びPC画面と向かい合った。
「おい、中に入れてくれ」
頭のおかしな自称忍者なんて誰が部屋に入れるものか。何をされるかわかったものではない。居座られたって絶対に開けないんだから。
「仕方ない。開けてくれないんなら今日は帰ろう」
あれ? 結構すんなり帰るのね。てっきりドアを蹴り壊したり、窓から侵入してきたりするものだと思ったんだけど。
カーテンの隙間から差し込んでくる日が赤く暮れなずんできた。時計を確認すると17時になろうとしいている。ああ、目が霞む。小学生の頃はすごく視力が良かったのにな。私はドアを開け、恐る恐る廊下を見た。誰もいない。まあそうだろう。こんな時間まで部屋の脇に居座っていたら完全に変態だ。私は家族と鉢合わせしないよう急ぎトイレに向かい、ドアを開けた。瞬間的に違和感を感じる。
黒い影のようなものが私の前にあった。驚きすぎて息が詰まる。それは立ちふさがるように仁王立ちしている。そう、忍者である。ええええええっ!? まさか昼過ぎからずっとここで待ち伏せてたの!? 私はびっくりしてトイレの外に出ようとした。しかし驚くほどの手際の良さで羽交い締めにされ、口を塞がれてしまった。何なのこの人! 何が目的!?
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
地縛霊が家族ですッ⁉わたしたち死んでいるけど生き生きしてます♪
ゆきんこ
キャラ文芸
幽羅灯(ゆらあかり)は幼い頃に自分以外の家族を亡くした天涯孤独の女子高生。でも実はユーレイと会話ができる能力があり、地縛霊となった家族(父・母・弟)と毎日を楽しく過ごしていた。
幼馴染の琢磨(たくま)には本当のことを話していたが、『ユーレイ家族は妄想、現実と向き合え。』と言われ、灯は腹を立てて教室を飛び出してしまう。
川原で独り愚痴を吐く灯。
そんな時、ユーレイ少年・幽輝(ゆうき)が話しかけてきて、悲しい悩みを相談される。
同情した灯は地縛霊家族とともに、悩みを解決することにしたのだが・・・。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
AB型のセツメイ中だ! オラァッ!
アノオシキリ
キャラ文芸
“だれか私にキンタマを貸しなさいよッ!”
こんなド直球な下ネタを冒頭に添えるギャグノベルがほかにあるか?
ストーリーをかなぐり捨てた笑い一本で勝負した俺の四コマ風ノベルを読んでくれ!
そして批評してくれ! 批判も大歓迎だ!
どうせ誰も見ていないから言うが、
そこらにありふれた主人公とヒロインの、クスリともしねえ、大声出せばかねがね成立していると勘違いされる、しょうもないボケとツッコミが大嫌いだ! センスがねえ!
俺のセンスを見ろ! つまらなかったら狂ったように批判しろ!
それでも、
読んで少しでも笑ったのなら俺の勝ちだねッ!
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
棒人間と洗濯機
沼津平成
キャラ文芸
棒人間が、新しい洗濯機を買ったことから始まる、奇想天外な表題作のほか、鬼才の書く奇天烈ワールドが見られる(かもしれないし、その可能性は少ない)15篇を収録予定。(好評だった場合16篇以上書く可能性あり)
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる