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第3章
15 交換条件
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「霧が晴れて太陽が出てる。風もあるから、陽に当たって花の成長が早まるだろうな」
ナイトメアは空を仰ぎ、雪に言い放った。温まった心がまた、徐々に強張ってきた。
「花?」
「リュリュトゥルテ。国花なんですよね」
「ああ。婚礼の儀には必要な花だ」
幸せを招く花も雪にとっては厄介なものだけでしかない。花が咲くということは雪の人生も終わりを迎えるということだ。タイムリミットは刻一刻と近づいているのだ。
また胸がざわめき出した。シャドウのおかげで穏やかな気持ちに戻りつつあったのに、緩やかに良くない方に下降していくのがわかる。
雪は胸元をぎゅっと掴んだ。今にも弾みだそうとしている心の音を深呼吸して紛らわせた。
ナイトメアは雪の変化に気付き、視線だけを送っていた。
「…そうだ、私、あの子を置いてきちゃった…」
自分と同じように閉じ込められていた少女の姿がふっと脳裏に浮かんだ。暗く沈みかけていた雪の表情に、あっと思い出したように明かりが点いた。
「落とされてそんな余裕あるか」
先ほどまで沈痛な面持ちでいた雪の態度の変わり様に、ナイトメアは肩透かしを受けたような気分になった。
「それはそうだけど、あんなところに置いておけないよ!」
二人の会話にシャドウは顔をしかめた。自分だけが知らない内容に嫌な気持ちになったのだ。
「(あの子?)他にも誰かいたのか?」
「あ、はい。実は、」
シャドウの顔を見た途端に雪は口を噤んだ。マリーはシャドウの妹のような存在だ。過去の罰を終えて、結婚をするというので会いに来た。幸せな姿を見に来たというのに、あんな子どもに戻った姿を見たらどう思うだろう。チドリさんへの憎悪が拡大してしまう。シャドウさんまで悪鬼に取り込まれたりしたら?
…もしかしたら私の憎悪を代わりに昇華してくれるかもしれない。
「や、いえ、なんでも!」
雪はシャドウの為をと思いながらも、自分の感情を抑えきれてないことを自覚した。
「雪?」
シャドウは気付いていない。雪の浅はかな望みを。自分では果たせなかったからシャドウの力を借りて、復讐の機会を伺っていたのだ。感情は抑えても、抑えきれてなかった。恥ずかしい。
「違う。違うよ…。こんなの違う」
やめろ。抑えろ。と雪は心の中で念じた。シャドウの優しさに触れて、荒んだ気持ちを均してもらえたと思っていたのに。花が咲くと言われて、また復讐のスイッチが入った。花が咲けば自分は終わりだとチドリに告げられていたのだ。
だけど、
「あの子をあのままにしてはおけない。成長を止めておくなんて尋常じゃないわよ。…助けたい」
自分に何が出来るかはわからないけれど、あんな劣悪な環境にいさせていいわけなどない。あの無邪気な笑顔を曇らせたくはない。
「お前の義務ではないだろう」
お節介な奴めと付け加えたそうにナイトメアは怪訝な声を出す。
「子どもの成長を促すのは大人の義務よ」
雪は浮遊するナイトメアを見上げた。先ほど見せた焦燥した表情は一変して引き締まっていた。
「見守るべき立場の大人が、子どもの成長を抑えるなんてもってのほか。
短い間しか接してないけれど、良い子よ。大事な子なの」
シャドウにとっても大事な大切な女の子だ。絶対に守りたい。
雪はシャドウに向き直し、姿勢を正した。シャドウと離れるのは辛いところだけど、離れなければマリーを助けには行けない。一緒にいたら私のしつこい執念も何度も蘇る。
「助けに行かなきゃいけない子がいるので、私行きます」
四十五度の角度の一礼。営業先でよくやっていた。御礼と謝辞の意味を込める。
顔を上げてすぐに踵を返す雪にシャドウは焦る。
「ちょっと待て!一人で行く気か?」
手首を掴む。咄嗟に掴んだせいかぎゅっと力がこもった。が、雪と目が合うとスッと力を抜いた。
「はい」
簡素な返事にシャドウは困惑気味だ。
「お前を一人にはできない。俺も行く」
シャドウの真摯な眼差しが涙腺にくる。
優しさが嬉しくて、切ない。
でも、
シャドウさんに今のマリーの姿は見せたくない。
雪は葛藤する。天秤にかけても勝ち負けはとうに分かりきっている。シャドウの手を取ればきっと万事うまくいく。マリーの呪いも解けて、チドリとも和解して、きっと私の命を助ける手立てもあるだろう。
自分の死を恐れるのは当たり前だけれど、今は自分の死を引き換えにしてもマリーを守りたいと思っている。
身内でも血縁でもないのにおかしいかな?
「お前がそこまでする理由があるのか?」
シャドウの言葉にナイトメアも頷く。
確かに。自分の命に関わる問題に直面しているのにも関わらず、他人の心配をしている。人がいいだけでは済まされない。
「…無謀ですよね。わかってます。でも、放っておけないんです」
二人の言いたいことはわかる。人が良すぎと言われたらそれまでだ。
「懐かれただけだろ?」
マリーの姿は田舎に残して来た弟妹たちを思い出す。
「おねえちゃんと呼ばれたからには、頑張りたいのです」
長女特有の考えかな?弟妹たちの為になることは何でもやってみたいのだ。おねえちゃんは頑張ったんだよと、やれるだけやってみたい。希望の光になりたい。
「…私は自分の意志とは反してこちらの世界に来ました。助けを求められても国家の為に自分の記憶や未練を差し出すなんてまっぴらです。しかも今すぐどうこうするような危機でも何でもない状態なのに。そんなの犬死にじゃないですか。きっと私の記憶なんかじゃ役に立たないですよ。この国の未来を支えるなんてのは到底無理です。
でも、ただ逃げ回るのは嫌です。一矢ぐらい報いたい。
何の成果もあげずに逃げるわけにはいきません。何の力もないけれど、今はあの子の為に全力を尽くしたい」
意思の固まった表情は揺らぐことはなかった。思えば、影付きを受け入れないと決めた時と同じ顔つきだとシャドウは思い出した。頑固なところは長所にも短所にもなる。
「お前の気持ちはわかるが、一人で行かせるわけにはいかない」
シャドウは雪の手を強く掴んだ。
「…シャドウさん」
離れることを望んでいるとしても、この手を離したくはなかった。
心配をかけてるのはわかるが、ここで怯んではならない。離れたくないと悟られてはいけない。
掴まれている手は力強いが、決して痛いわけじゃない。力づくで私を押し止めようとはしない。優しさにほだされてしまいそうになる。もう一度抱擁を求めてしまいそうになる。
雪は自分の気持ちに抗えなくなりそうになった。一人で行くと決めたのに、シャドウの気持ちに傾きかけている。シャドウの手を握り返してはいけないと必死に抑えていた。
「ならお前が娘の為にあの神官を殺れるのか?」
シャドウはギョッとして雪の手を離してしまった。ナイトメアがシャドウの真横に移動していたのだ。
「な…んだと」
「娘の代わりにお前ができることはなんだ?こちとら時間がないんだ。娘が消えていくのをただ黙って見ている気か」
わかったら娘から離れろと、ナイトメアは杖を抜き差しシャドウに突きつけた。
「ナイトメア!」
雪はシャドウに駆け寄ろうとするが、雪にも杖の先端が向けられた。
「行くなら行け」
「なんであんたが指示するのよ」
「お前にしてもらわにゃいかんことがあるからのう。死んでもらうわけにはいかんのだ」
しっしっと虫を追い払うような手つきをされ、背中を向けられた。背中にはとっとと行けと書いてあるように見えた。無理矢理離された不本意さはあるが、時間がないのは明白だった。
雪はシャドウに向かって声を上げた。
「必ず戻ります」
と、だけ。
他にも言いたいことはあった。ありがとうとかごめんなさいとか。そういった類の言葉の他にも伝えたいことがあったが、それら全てを呑み込んで雪は走り出した。
「雪!!」とシャドウの声を背中に浴びながら走った。
「ひひひ。ふられたか。ざまあないな」
ナイトメアは雪の後ろ姿を見送るのと、シャドウの怒りの形相を交互に見ては笑い飛ばした。
「お前の目的はなんだ?」
シャドウはナイトメアの言動に惑わされまいと拳を強く握りしめ、鋭い眼光を放っていた。視界の端で雪の姿が見えなくなるまで目で追った。
「言っただろう?儂には望みがある。それを叶えるには娘が必要なのだ。娘の命は花が咲くまでだ。今日までの記憶と引き換えに娘を助けてやると言ったらどうする?」
「今日まで?」
「そうだ。元の世界からこちらの世界にいたまでの記憶だ。神殿の不祥事や影付きの処遇など知られてはならんことを山ほど知りすぎたからな。神官に手を出されたことも、もちろんお前のことも。全てだ」
突きつけられた言葉にシャドウは戸惑う。
「…記憶を封じると言うことか」
「そうだ。命をとる代わりに記憶を取り上げる」
シャドウに反してナイトメアは意気揚々に話し始めた。
「お前のメリットは何だ?」
「儂か?儂は肉体が欲しいのだ。今のような実態がない姿では悪鬼と同じだ。陰の力に引き込まれて、いずれは消滅してしまう。娘の膨大な量の記憶を封じるエネルギーを使い、人間になりたいのだ」
「人間に?お前がか?そんな術は聞いたことがない!」
「お前が知らんのは無理はない。人の生き死にを左右させる禁呪の一つだからな。一般には開示はされていない」
シャドウの疑問は一蹴された。
「体を得るとはどういうことだ?まさか、雪の体を乗っ取る気か?」
雪の姿でも中身はナイトメアだった時を思い出した。あれは心臓に悪い。
「ひひ。そうしても良かったんだが、それではつまらん。儂はもっとあやつと話がしたいのだ。今のような信頼されていない関係ではなく、対等に」
「対等にだと?笑わせるな」
夢魔の分際で何を言っているのか!シャドウは怒りを露わにし、ナイトメアを睨みつけた。
「ふん。五体満足な奴にはわからんわ。ただ浮遊するだけの毎日を見させられて正気でいられると思うか?夢魔でも何でも役割がないと存在すら危ういのだからな」
ナイトメアは存在の意義を求めていた。
「して、お前はどうする?儂の望みを聞いて叶えてくれる気にはなったか?娘の命を助ける為に何をしたら良いか理解したか?」
「霧が晴れて太陽が出てる。風もあるから、陽に当たって花の成長が早まるだろうな」
ナイトメアは空を仰ぎ、雪に言い放った。温まった心がまた、徐々に強張ってきた。
「花?」
「リュリュトゥルテ。国花なんですよね」
「ああ。婚礼の儀には必要な花だ」
幸せを招く花も雪にとっては厄介なものだけでしかない。花が咲くということは雪の人生も終わりを迎えるということだ。タイムリミットは刻一刻と近づいているのだ。
また胸がざわめき出した。シャドウのおかげで穏やかな気持ちに戻りつつあったのに、緩やかに良くない方に下降していくのがわかる。
雪は胸元をぎゅっと掴んだ。今にも弾みだそうとしている心の音を深呼吸して紛らわせた。
ナイトメアは雪の変化に気付き、視線だけを送っていた。
「…そうだ、私、あの子を置いてきちゃった…」
自分と同じように閉じ込められていた少女の姿がふっと脳裏に浮かんだ。暗く沈みかけていた雪の表情に、あっと思い出したように明かりが点いた。
「落とされてそんな余裕あるか」
先ほどまで沈痛な面持ちでいた雪の態度の変わり様に、ナイトメアは肩透かしを受けたような気分になった。
「それはそうだけど、あんなところに置いておけないよ!」
二人の会話にシャドウは顔をしかめた。自分だけが知らない内容に嫌な気持ちになったのだ。
「(あの子?)他にも誰かいたのか?」
「あ、はい。実は、」
シャドウの顔を見た途端に雪は口を噤んだ。マリーはシャドウの妹のような存在だ。過去の罰を終えて、結婚をするというので会いに来た。幸せな姿を見に来たというのに、あんな子どもに戻った姿を見たらどう思うだろう。チドリさんへの憎悪が拡大してしまう。シャドウさんまで悪鬼に取り込まれたりしたら?
…もしかしたら私の憎悪を代わりに昇華してくれるかもしれない。
「や、いえ、なんでも!」
雪はシャドウの為をと思いながらも、自分の感情を抑えきれてないことを自覚した。
「雪?」
シャドウは気付いていない。雪の浅はかな望みを。自分では果たせなかったからシャドウの力を借りて、復讐の機会を伺っていたのだ。感情は抑えても、抑えきれてなかった。恥ずかしい。
「違う。違うよ…。こんなの違う」
やめろ。抑えろ。と雪は心の中で念じた。シャドウの優しさに触れて、荒んだ気持ちを均してもらえたと思っていたのに。花が咲くと言われて、また復讐のスイッチが入った。花が咲けば自分は終わりだとチドリに告げられていたのだ。
だけど、
「あの子をあのままにしてはおけない。成長を止めておくなんて尋常じゃないわよ。…助けたい」
自分に何が出来るかはわからないけれど、あんな劣悪な環境にいさせていいわけなどない。あの無邪気な笑顔を曇らせたくはない。
「お前の義務ではないだろう」
お節介な奴めと付け加えたそうにナイトメアは怪訝な声を出す。
「子どもの成長を促すのは大人の義務よ」
雪は浮遊するナイトメアを見上げた。先ほど見せた焦燥した表情は一変して引き締まっていた。
「見守るべき立場の大人が、子どもの成長を抑えるなんてもってのほか。
短い間しか接してないけれど、良い子よ。大事な子なの」
シャドウにとっても大事な大切な女の子だ。絶対に守りたい。
雪はシャドウに向き直し、姿勢を正した。シャドウと離れるのは辛いところだけど、離れなければマリーを助けには行けない。一緒にいたら私のしつこい執念も何度も蘇る。
「助けに行かなきゃいけない子がいるので、私行きます」
四十五度の角度の一礼。営業先でよくやっていた。御礼と謝辞の意味を込める。
顔を上げてすぐに踵を返す雪にシャドウは焦る。
「ちょっと待て!一人で行く気か?」
手首を掴む。咄嗟に掴んだせいかぎゅっと力がこもった。が、雪と目が合うとスッと力を抜いた。
「はい」
簡素な返事にシャドウは困惑気味だ。
「お前を一人にはできない。俺も行く」
シャドウの真摯な眼差しが涙腺にくる。
優しさが嬉しくて、切ない。
でも、
シャドウさんに今のマリーの姿は見せたくない。
雪は葛藤する。天秤にかけても勝ち負けはとうに分かりきっている。シャドウの手を取ればきっと万事うまくいく。マリーの呪いも解けて、チドリとも和解して、きっと私の命を助ける手立てもあるだろう。
自分の死を恐れるのは当たり前だけれど、今は自分の死を引き換えにしてもマリーを守りたいと思っている。
身内でも血縁でもないのにおかしいかな?
「お前がそこまでする理由があるのか?」
シャドウの言葉にナイトメアも頷く。
確かに。自分の命に関わる問題に直面しているのにも関わらず、他人の心配をしている。人がいいだけでは済まされない。
「…無謀ですよね。わかってます。でも、放っておけないんです」
二人の言いたいことはわかる。人が良すぎと言われたらそれまでだ。
「懐かれただけだろ?」
マリーの姿は田舎に残して来た弟妹たちを思い出す。
「おねえちゃんと呼ばれたからには、頑張りたいのです」
長女特有の考えかな?弟妹たちの為になることは何でもやってみたいのだ。おねえちゃんは頑張ったんだよと、やれるだけやってみたい。希望の光になりたい。
「…私は自分の意志とは反してこちらの世界に来ました。助けを求められても国家の為に自分の記憶や未練を差し出すなんてまっぴらです。しかも今すぐどうこうするような危機でも何でもない状態なのに。そんなの犬死にじゃないですか。きっと私の記憶なんかじゃ役に立たないですよ。この国の未来を支えるなんてのは到底無理です。
でも、ただ逃げ回るのは嫌です。一矢ぐらい報いたい。
何の成果もあげずに逃げるわけにはいきません。何の力もないけれど、今はあの子の為に全力を尽くしたい」
意思の固まった表情は揺らぐことはなかった。思えば、影付きを受け入れないと決めた時と同じ顔つきだとシャドウは思い出した。頑固なところは長所にも短所にもなる。
「お前の気持ちはわかるが、一人で行かせるわけにはいかない」
シャドウは雪の手を強く掴んだ。
「…シャドウさん」
離れることを望んでいるとしても、この手を離したくはなかった。
心配をかけてるのはわかるが、ここで怯んではならない。離れたくないと悟られてはいけない。
掴まれている手は力強いが、決して痛いわけじゃない。力づくで私を押し止めようとはしない。優しさにほだされてしまいそうになる。もう一度抱擁を求めてしまいそうになる。
雪は自分の気持ちに抗えなくなりそうになった。一人で行くと決めたのに、シャドウの気持ちに傾きかけている。シャドウの手を握り返してはいけないと必死に抑えていた。
「ならお前が娘の為にあの神官を殺れるのか?」
シャドウはギョッとして雪の手を離してしまった。ナイトメアがシャドウの真横に移動していたのだ。
「な…んだと」
「娘の代わりにお前ができることはなんだ?こちとら時間がないんだ。娘が消えていくのをただ黙って見ている気か」
わかったら娘から離れろと、ナイトメアは杖を抜き差しシャドウに突きつけた。
「ナイトメア!」
雪はシャドウに駆け寄ろうとするが、雪にも杖の先端が向けられた。
「行くなら行け」
「なんであんたが指示するのよ」
「お前にしてもらわにゃいかんことがあるからのう。死んでもらうわけにはいかんのだ」
しっしっと虫を追い払うような手つきをされ、背中を向けられた。背中にはとっとと行けと書いてあるように見えた。無理矢理離された不本意さはあるが、時間がないのは明白だった。
雪はシャドウに向かって声を上げた。
「必ず戻ります」
と、だけ。
他にも言いたいことはあった。ありがとうとかごめんなさいとか。そういった類の言葉の他にも伝えたいことがあったが、それら全てを呑み込んで雪は走り出した。
「雪!!」とシャドウの声を背中に浴びながら走った。
「ひひひ。ふられたか。ざまあないな」
ナイトメアは雪の後ろ姿を見送るのと、シャドウの怒りの形相を交互に見ては笑い飛ばした。
「お前の目的はなんだ?」
シャドウはナイトメアの言動に惑わされまいと拳を強く握りしめ、鋭い眼光を放っていた。視界の端で雪の姿が見えなくなるまで目で追った。
「言っただろう?儂には望みがある。それを叶えるには娘が必要なのだ。娘の命は花が咲くまでだ。今日までの記憶と引き換えに娘を助けてやると言ったらどうする?」
「今日まで?」
「そうだ。元の世界からこちらの世界にいたまでの記憶だ。神殿の不祥事や影付きの処遇など知られてはならんことを山ほど知りすぎたからな。神官に手を出されたことも、もちろんお前のことも。全てだ」
突きつけられた言葉にシャドウは戸惑う。
「…記憶を封じると言うことか」
「そうだ。命をとる代わりに記憶を取り上げる」
シャドウに反してナイトメアは意気揚々に話し始めた。
「お前のメリットは何だ?」
「儂か?儂は肉体が欲しいのだ。今のような実態がない姿では悪鬼と同じだ。陰の力に引き込まれて、いずれは消滅してしまう。娘の膨大な量の記憶を封じるエネルギーを使い、人間になりたいのだ」
「人間に?お前がか?そんな術は聞いたことがない!」
「お前が知らんのは無理はない。人の生き死にを左右させる禁呪の一つだからな。一般には開示はされていない」
シャドウの疑問は一蹴された。
「体を得るとはどういうことだ?まさか、雪の体を乗っ取る気か?」
雪の姿でも中身はナイトメアだった時を思い出した。あれは心臓に悪い。
「ひひ。そうしても良かったんだが、それではつまらん。儂はもっとあやつと話がしたいのだ。今のような信頼されていない関係ではなく、対等に」
「対等にだと?笑わせるな」
夢魔の分際で何を言っているのか!シャドウは怒りを露わにし、ナイトメアを睨みつけた。
「ふん。五体満足な奴にはわからんわ。ただ浮遊するだけの毎日を見させられて正気でいられると思うか?夢魔でも何でも役割がないと存在すら危ういのだからな」
ナイトメアは存在の意義を求めていた。
「して、お前はどうする?儂の望みを聞いて叶えてくれる気にはなったか?娘の命を助ける為に何をしたら良いか理解したか?」
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